初体験
「…イオリ君、さっきは叩いてごめんなさい」
「いえ、誤解が解けたならよかったです」
「…シャルロット勘違いはげし」
「誰のせいだよ!?!?」
「…?」
唯織の部屋でソファーに腰を下ろし紅茶が置かれたテーブルを囲む二人とソファーに寝転がる一人。
シャルロットがほぼ全裸のクラスメイトが同じクラスメイトの部屋から出てくるという衝撃的な体験をした時まで遡る…
………
「イオリ君の不潔!!!!!!」
「あぐっ!?」
「…は?」
シャルロットが唯織の頬を叩く音が廊下に響いたのと同じ時、シルヴィアは瞳から光を消して空間収納から真っ黒のナイフを引き抜いた。
「…こいつ、殺す」
「ひっ!?」
「っ!?ちょ、ちょっと待ってよシルヴィ!!」
いきなり並々ならぬ殺気を放ち始めたシルヴィアに驚いた唯織は殺気に当てられて廊下にへたり込むシャルロットを庇う様に自分の体を盾にしてシルヴィアからシャルロットを隠す。
「…何で?こいつはイオリの事を殴ったんだよ?殺す」
「だからちょっと待ってよシルヴィ!何で殴られただけで殺すの!?」
「…こいつは私の…私とシオリの大切な人を殴った。大切な人を殴られたから殺す」
「だからダメだって!シャルロット・セドリックさんも悪気があって僕を殴ったわけじゃないんだよ!!」
「…イオリの話も聞かないで殴ったのに悪気が無い?ダメ、こいつ殺す」
「シルヴィも僕の話を聞いてくれてないじゃないか!!お願いだから聞いてよ!!」
「っ…」
唯織の一言で動きを止めたシルヴィアは振りかぶったナイフを見つめ…
「…わかった。イオリがそう言うなら」
「…ありがとうシルヴィ…」
ナイフを放り投げて空間収納に仕舞い雫の滴る髪を拭いながら部屋の中へと戻っていく。
「…シャルロット・セドリックさん…立てますか?」
「……ご、ごめんなさい…」
「…ふぅ…」
まるで手足に力が入らないのか廊下にへたり込んだままのシャルロットを起こした唯織は開きっぱなしの扉を閉めて静かに呟く。
「突然の事で驚かれたと思いますが説明させて頂いてもいいですか…?」
「…」
「…では勝手に説明させてもらいますね。シャルロット・セドリックさんが聞きたがっていた師匠の事なのですが…実は僕と二人っきりの時はさっきのシルヴィと同じ様にかなりだらしなかったんですよ」
「…」
「僕がお風呂に入ってるのにいきなり入ってきたり、僕が寝てる時にいつの間にか同じベッドに入ってきたり、暑いからといって服を脱いで部屋をうろついたりと…」
「そ、それは…女性としてどうなんですか…?」
「僕もどうかと思いますがそれが師匠ですし、何より家族として扱ってくれてるので不満は一切ありません。そしてシルヴィも師匠の弟子ですし、そういう所が似てしまったのかも…しれません…多分…」
「……ではイオリ君はさっきの様な事が日常だったと…?」
「ええまぁ…僕からしたら家族間のいつも通りの光景とやり取りですね。ですのでやましい気持ちはありませんし、シャルロット・セドリックさんが考えている様な如何わしい事もありません」
「なっ!?…べ、別に私は如何わしい事なんて…」
「そうですか?…如何わしい事を考えていなかったのであれば誤解は解けたという事でいいですか…?」
「……わかりました。…ですがここはイオリ君とシルヴィアさんだけの場所じゃありません。そういうのはきっちりしないと間違いが起きるかもしれません。だから今後は気を付けてくださいね?」
「わかりました。…今の説明とアリア先生の話であらかた師匠の人となりはわかったと思いますが…せっかくですし良ければ紅茶でも飲んでいきますか…?」
「…そうですね、そうさせて頂いても?」
「はい。では部屋にどうぞ」
そして…
「…イオリ、終わった?」
「だから服を着てよシルヴィ!!」
………
「どうですか?」
「…美味しいです」
唯織が淹れた紅茶に口を付けたシャルロットは軽く目を見開きながら紅茶を見つめる。
「この紅茶の淹れ方もシオリ様の為に覚えたんですか?」
「ええ、料理とか掃除とか、師匠の身の周りはほぼ僕がしていたので自然と」
「っ…そうなんですか…」
詩織の事となると柔らかい笑みを浮かべる唯織に少し驚きながらもう一度紅茶に口を付け…
「…へへん」
「何でシルヴィが得意気なの…?」
「…なんとなくシオリの代わり?」
「全く…」
「…それよりイオリ君…?」
「はい?何でしょうかシャルロット・セドリックさん?」
「その…気にならないんですか?」
「え?何がでしょうか?」
「その…膝…」
「…ああ、これですか」
唯織の膝に頭を乗せて撫でられているシルヴィアに視線を移す。
「よく師匠は僕が座ってるとこうして頭を乗せてきましたから慣れてますね」
「…ここは特等席。シャルロットにはあげない」
「べ、別にいいですよ…なんというかイオリ君の方がお母さんみたいですね?」
「…そう、ですね。確かに僕は師匠のお母さんみたいだったかもしれませんね」
「…」
何処となく陰りがある様な曖昧な笑みを浮かべてシルヴィアを撫でている唯織をまじまじと見つめたシャルロットは一つの違和感に気付く。
「…ねぇイオリ君?聞いてもいいですか?」
「はい?どうしましたか?」
「どうして部屋の中で手袋をしたまま何ですか?それにその首まで覆ってるインナー…暑くないんですか?」
「…」
シャルロットの問いでシルヴィアの頭を撫でる唯織の手が止まり…一拍置いて口を開く。
「手袋を外さないのは失礼かと思いますが僕、寒がりなので」
「そうなんですか…なら今度体の温まる紅茶の茶葉でもお持ちしますね?」
「あ、はい。気を使って頂いてありがとうございます」
「いえ…?」
いきなり感情が平坦になった様な気がする唯織に若干の違和感を感じつつも紅茶を飲みほしたシャルロットは壁にかけられた時計の針が1時を指しているのに気が付く。
「あ、すみません…もうこんな時間ですか…もう少しお話したかったのですがもう遅いのでそろそろお暇しますね」
「…そうですね。明日も学校がありますし、遅刻したらアリア先生に怒られますから」
「はい。…ではまた明日、学校でお会いしましょう」
「ええ、また明日学校で。おやすみなさいシャルロット・セドリックさん」
そしてシャルロットは未だ唯織の膝の上に頭を乗せているシルヴィアの腕を掴んだ。
「シルヴィアさん?」
「…?なに?」
「何じゃなくて自分の部屋に戻りますよ?」
「…ここが私の部屋」
「シルヴィアさんの部屋は隣です。またさっきの私みたいに他の人に誤解されてイオリ君に迷惑をかけたいんですか?」
「…」
「私はイオリ君の説明で納得出来ましたがもしリーナやリーチェさんがこの状況を見たらまた誤解を生みます。その都度イオリ君に迷惑をかけていいんですか?」
「…イオリ、私迷惑?」
「えっ…いや、迷惑じゃないんだけどやっぱり僕達男女だし、ここはみんなで住んでる寮だしさ…ね?」
「…わかった。また明日ね」
「うん…シルヴィもおやすみ」
「ではイオリ君、また明日学校の教室で」
この短時間でシルヴィアの扱い方、弱点を掴んだシャルロットはシルヴィアと共に唯織の部屋を後にし…
「…シャルロットの説教お化け」
「だ、誰が説教お化けですか!!」
まるで同い年だとは思えないシルヴィアを強引に部屋へ押し込んで自室で眠りにつき…
「…はぁ…今日は色々疲れちゃった…お風呂は朝でいいよね…」
唯織もソファーに寝そべり静かな部屋に小さく寝息をたてた…。
■
「おい見ろよ…無色様だぜ…」
「…汚い手で入学した無能…」
「一体どんな汚い手を使ったんだか…」
「…」
特待生寮からレ・ラーウィス学園までの道のりを一人で歩いていた唯織は一般生徒から向けられる敵意の視線と攻撃的な言葉を受けながら思う。
(特待生のみんなは逆に簡単に受け入れてくれたけど…これが普通の反応だよね…みんなと一緒に行動してたらきっと僕の所為で色々言われるかもしれないしもう少し距離を離した方がみんなの為かな…)
いくら理事長が禁止をしたとしてもいちいち個人の発言を記録する事なんて出来るわけもなく、これぐらいは当たり前だと思いながら道を進んでいくが…
(…でもやっぱり…昨日の温かさを知った後だと辛いな…)
温かさを知ってしまったからこそ今まで以上に突き刺さる視線と言葉…改めて知ってしまう世界の息苦しさに唯織は足を止めてしまう。
(もう少し遅い時間…遅刻ギリギリまで寮で待機してから登校しようかな…)
そう思い来た道を引き返そうとする唯織だったが…
「…あれ?イオリ君どうしたの…?」
「…テッタさん」
テッタがボロボロのぬいぐるみを抱きしめながら声をかけてくれた。
「おはようございます。…遅刻ギリギリまで寮で待機してから登校しようと思ったので寮に戻るんです」
「…そっか。なら僕と一緒に教室に行こうよ」
「え…?でもそれだときっとテッタさんまで…」
「んーん、大丈夫だよ。これぐらい僕も慣れっこだから…いこ?」
「でも…」
「本当に大丈夫だから。一緒に学校いこ?」
「…はい」
昨日とはまるで別人のテッタが強引に唯織の手を引いて道を歩いていき、ポツリ呟く。
「…昨日はごめんねイオリ君」
「え…?」
「一緒に帰らなくてごめんね」
「っ…いえ、僕がお断りしたのでテッタさんが謝る事では…」
「それでも僕はイオリ君の手を無理やりにでも引っ張って一緒に帰るべきだった」
「…」
「この世界はイオリ君には優しくない。だけど僕もメイリリーナさんもシャルロットさんもリーチェさんも本当の事を昨日知った。知ったのに僕はイオリ君の事を置いて行っちゃった…だからもう僕はイオリ君の事を置いてかない」
「…何でですか…?」
「…僕は特待生クラスのみんなを守れるぐらい強くなりたいから」
「…」
「アリア先生が言ってたんだ。アリア先生の大切な人と僕が重なって見えるって。どんな武器も魔法も笑って防ぎ、敵のありとあらゆる攻撃から仲間をその身一つで絶対に守る守護者の様な人って。…だから僕もイオリ君に向けられる悪意から守る」
「っ…」
「これからは僕と一緒に学校にいこ?寮に帰る時も一緒に帰るから」
「…はい、ありがとうございますテッタさん…」
「…僕の事はテッタって呼んでくれる?イオリ」
「っ!…はい…っ…テッタ…」
泣き笑いの表情を浮かべる唯織を引っ張る様に満面の笑みを浮かべたテッタが歩く様は友達のようで…唯織とテッタ、お互いが初めて友達を得た瞬間だった。
そして二人は仲良く手を繋いだままレ・ラーウィス学園へと向かって行き…その光景を建物の屋根から見つめていた二人は笑みを浮かべる。
「…おめでとイオリ。初めての友達ゲットだね」
「なーにが初めての友達ゲットだねよ。シルヴィがずっと唯織にべったりだったから今の今までテッタが話しかけれなかったのよ?テッタがずっと寮の前で待っててシルヴィがいないのを確認してたの見てたでしょう?」
「…別にいいじゃん一緒にいたって…」
「よくないわよ!唯織を守るのはいいけれど干渉しすぎよ?昨日シャルロットだって唯織と友達になる為に部屋に行ったのにシルヴィがいたからややこしくなったんでしょう?」
「…イオリの初めての友達は絶対に男の子じゃないとダメ。女の子の友達が最初だと何が起きるかわからない」
「…はぁ、ほんっと過保護なのは変わってないのね…」
「…アリアちゃんには言われたくない」
「アリアちゃんじゃなくてアリア先生よ。…まぁいいわ。私達も学校にいくわよ」
「…うん」
唯織とテッタの初めてを見届けたシルヴィアとアリアは指をパチンと鳴らし、建物の屋根から姿を消した…。