解く糸
「まだ人間共…いや、人間達が国という仕切りも作らず自然と魔法と共に生きていた時代…我々魔族が魔王ヴァルドグリーヴァと共に人間達を蹂躙していた頃の話だ」
懐かしむとも言えぬ重苦しい哀愁を纏ったギャリーは俯くビビとプラムを一瞥し、千棘達に語り始める。
「昔は今みたいに海は水人族のモノではなく、この辺にも人間が食料を求めてやって来て海に潜り、船を作り、魚を捕って、家を作って住んでいたんだ。だが、そんな平和は魔王ヴァルドグリーヴァが生まれ、魔王ヴァルドグリーヴァが我々魔族を生み出し、たった一つの使命…人間を一匹残らず殺せと言う使命を与えた瞬間…終わったんだ」
「詩織が召喚される前の話か…相当酷かったって話だけど?」
「ああ…我々魔族は自我も考える事も無くただ与えられた使命をやり遂げる為だけに人間を殺して貪り喰った。中には骨すら残さず地面に落ちた血肉も土ごと貪る奴もいた」
「エグイね…」
「…それだけか?」
「それだけ?…ああ、もっと責められる…じゃなくて、怒られるとか敵意剥き出しにされると思ったの?」
「ああ…」
「今ギャリー達に過去の事で怒っても何も変わらないし意味ないでしょ?ビビもプラムもユリやラン、唯織達に攻撃するんじゃなくて穏便に済ませようとしたのも知ってるし、昔みたいな事を今してなければそれ以上の事は思わないよ。それにその後は詩織も魔族に対して喰うまではしなかったと思うけど人間達を守る為に同じ様な事をしてるし、お相子じゃない?お互い殺してるんだから殺されもするさ」
「そうか…」
「で?続きを聞かせてよ」
「…わかった、それから地獄の様な光景が日常となった頃だ。今アリアが言った通り、異世界から来た由比ヶ浜 詩織が我々魔族から人間を助け、世界を覆いつくすぐらいいた同胞は我々が殺した人間の数を簡単に超えるぐらい死んだ」
「魔族からしたらまぁ…詩織の存在はおっかないよね。僕も殺されそうになったし…ギャリーのその古傷は詩織と戦って付いた傷?」
「違う。由比ヶ浜 詩織が召喚された後、今まで殺されるだけだった人間達が武器と魔法を使って由比ヶ浜 詩織と同じ様に反撃をする様になったんだ。情けない話だが由比ヶ浜 詩織と戦っていれば俺は死んでここにはいなかったはずだ」
「今はそんな威厳、欠片も感じられないけどやっぱ人間からしたら勇者だったんだなぁ…」
「我々からしたら死そのものだったがな。…だが、そのお陰で我々魔族は絶対的な強者じゃないと恐怖を知り、人間を一人殺せば我々が10体以上殺される事で人間を一匹残らず殺すという使命に疑問を持ち、何も出来ず殺されるのなら生きていたいと戦いを止めてヴァルドグリーヴァから隠れてひっそりと各地で怯えながら生き始めたんだ」
「なるほどね…」
「そして由比ヶ浜 詩織とその仲間がヴァルドグリーヴァを殺し、人間達に平和が訪れた頃…この海は危険だと人間は寄り付かなくなった…らしい」
「らしい…って事は、今のはエリュインさんって魔族から聞いたって事?」
「ああ。なんせ俺とビュビレイクークは海の中で地上の事は何も分からず自我も無いまま海に近づく人間を殺し、由比ヶ浜 詩織が召喚される事には海に人間が来る事も無くなっていた。だから俺達は誰も来ない海の中でヴァルドグリーヴァが死んだ後も人間を一人残らず殺すつもりでいたんだ」
「ふむ…確かに海で被害が出てれば詩織が助けに来てただろうし…危険な場所に人間達が近寄らなくなったから詩織は海に来る事無くギャリー達が今ここにいるって事か…」
「そうだ。それからも来るはずのない人間達を待ち続けていた時、本当の意味で俺とビュビレイクークが生まれる日、名も無い魔族が安息の地を求めて俺達の前に現れた」
「それがエリュインさんって魔族?」
「ああ。エリュイン様の声はプィミリレラムと同じ様に歌い魅了し誘う力があった。その声のおかげで自我を手に入れ、さっきの話を聞いたんだ」
「だからエリュインさんから生まれたか…それで、水人族が生まれた経緯はどうなの?」
「それは『そこからはワタシに喋らせてギャリュジャギギ』…わかった」
魔族が生まれ、魔族が過去にどんな事をしてどうなったのかを語り、水人族の成り立ちについて話し始めようとした時、その話に思い入れがあるのか…はたまた憎しみがあるのか、プラムが暗い顔をしてギャリーと語り部を変わった。
「この話だけは絶対にワタシの口から言う」
「わかったけど…誇張、大袈裟に何が悪いとか、全部人間が悪いとかそういう感情は抜きで話してね?ただでさえ当時を知るのが魔族側だけで、そっちだけの主張…話しか聞けないんだから」
「わかってる…でも絶対にアリア達も人間が悪いって絶対に言うから…」
「…わかった、なら聞かせてくれ。水人族がどう生まれたのか、どうして人間を憎むのか」
「うん…ワタシは…姫と王子…お母さんとお父さんから生まれた最初の水人族なの」
「…えっ?マジ?」
「マジ…?どういう意味?」
「あー…本当に?って意味だよ…」
「本当に人間の言葉って意味わかんない…普通に本当にって言えばいいのに」
「ご、ごめん…プラムが最初の水人族なの…?」
「そうよ。みんながお母さんとお父さんの事を姫、王子って言うからワタシも姫と王子って言ってるけど、ワタシはエリュインお母さんとレクトお父さんから生まれた正真正銘の娘。何時だったか忘れちゃったけど、ワタシはお母さんに何でお父さんと身体が違うの?お母さんとお父さんの娘なのに何でワタシの身体は違うのって聞いた事があるの。そしたらお母さんは魔族で、お父さんは人間だから二人のいい所が合わさってワタシになったんだよって言ってくれた」
「ま…本当なんだ…」
「その時はよくわからなくてそうなんだって思ったけど、ある程度自我が出来上がったワタシはいつも傍にいなくて、偶にしか顔を見せないお父さんを不満に感じて悪く言った…そしたらお母さんがお父さんと出会った時の話をしてくれたの。お父さんはすっかり平和になった陸地で暮らしてて、魔族に怯えなくなった人間達は海に船を出して魚や貝をまた捕り始めたんだって。だけど…お父さんとお母さんが出会う事になったその日、お父さんはお父さんのお父さん…ワタシからしたらおじいちゃん?よくわかんないけど、二人と他の人間達と一緒にいつも通り海に魚と貝を捕りに来てたんだけど、急に空が黒くなって強い風が吹いて雨が凄い音で海に当たって雷まで鳴って…本当に運悪く船の帆に雷が落ちて船が壊れちゃったんだって」
「船乗りの天敵、嵐か…」
「船に乗ってた人間達は即死。だけど運が悪くても運がよかったお父さんは気を失って海に落ちて…それに気づいたお母さんがお父さんを助けたの」
「…まるで人魚姫だね」
「人魚姫?なにそれ?」
「悲しい恋物語だよ。プラムのお母さんとお父さんの出会い方がその物語の出会い方と同じだったからそう思っただけさ」
「ふーん…まぁ、この話は悲しい恋物語じゃなくて憎しみの復讐話だけどね」
「…相当人間を恨んでるんだね?」
「当たり前でしょ。ワタシのお母さんとお父さんを殺したのは人間なんだから」
「…続きを聞かせてくれる?」
「うん。お母さんは魔族だから人間達に姿を見られたらダメだからってお父さんを砂浜に置いてすぐに海の中に戻ったんだけど…それから何年か経った時、またお父さんが海の中に落ちたの。それをまたお母さんが助けて、また同じ様に砂浜にお父さんを置いて帰ろうとしたらお父さんに腕を掴まれたんだって。お母さんは驚いてお父さんの手を振り払ってすぐに海の中に帰ったんだけど…そしたらまたお父さんが海の中に飛び込んで…どうしたらいいのかわからないお母さんは何でこんな事するの!って怒ったんだって。そしたらお父さんは自分を生んだ時にお母さんが死んじゃって、今度はお父さんが死んじゃったから一人になって、村の人間達もどう接していいかわからなくて、この子の傍にいたらまた誰か死ぬかも知れないって言われる様になって一人ぼっちになっちゃって…死のうとしてたんだって」
「忌み子で村八分か…何ともまぁ人間が考えそうな事だね…」
「それからお母さんは目を離したらまた死にそうなお父さんに、私の事を誰にも言わなければまたここで会ってあげるから死ぬならどっか別の所で死んで、海の中で死なれるのは目覚めが悪いからって言ったの。そしたらお父さんはお母さんに毎日会いに来る様になったんだって。…本当に人間って変だよね、死にたくて溺れ死のうとしたのに別の所で死なないで毎日お母さんに会いに来て生きて、ワタシまで生んでるんだから…」
「…そうだね。本当に死にたいならそうしただろうけど…人間って言うのはプラムが思ってるほど強くないんだよ」
「どういう事?」
「死ぬのにも勇気がいるんだよ、どれだけ絶望して死にたかったとしてもね。プラムもさっき僕に殺されそうになって死ぬのは怖いって思ったでしょ?」
「……」
「だから何度も自分を助けてくれたエリュインさんが冷たく別の場所で死んでって言ったとしても、またここで会ってあげるって言葉は…プラムのお父さん、レクトさんの事を絶望から救ったんだと思うよ?それにそのお陰でプラムが生まれて、今の水人族がいるわけでしょ?凄い事じゃん」
「…あっそ……それからお父さんは何度もお母さんに会いに来て…お母さんも段々大人になってくお父さんを好きになって…ワタシが生まれて…きっと幸せだったんだと思う…なのに…なのにあの人間達が…!お父さんの事を殺して…!!!」
自分の中にある最悪の記憶が蘇ったのか憎しみに染まった表情から大粒の涙を零し嗚咽を漏らし始めるプラム…そんなプラムの背中を撫でながら言葉にならない言葉をビビが代弁してくれる。
「プィミリレラムが姫様…エリュイン様と一緒にレクト様に会う日、何十年も村の外れに住んだレクト様がたった一人で海に出ては必ず魚を捕って帰って来る事を怪しんだ村の人間達がレクト様の後をつけていたんです…そしてレクト様がエリュイン様とプィミリレラムと一緒に居る所を見た人間達は訳の分からない言葉を大声で叫び…最初は弓…レクト様の胸に深々と刺さり、エリュイン様とプィミリレラムを狙う様に魔法が放たれました…」
「……」
「胸から大量の血を流すレクト様、レクト様とプィミリレラムを守る様に魔法の集中攻撃を受けたエリュイン様…三人を逃がす為に追いかけてくる腕の立つ人間をギャリュジャギギが足止めして、私が三人を連れて人間達が追って来れない島まで逃げました…だけど私達魔族は魔石さえ無事なら時間が経てば何度でも再生するから回復魔法が使えず……レクト様は…」
「……はぁ、みんなが人間を恨む気持ちも分かるよ…」
「それから人間達の攻撃の所為で胸の魔石に傷が付いてしまったエリュイン様も弱っていき…最後に私達にプィミリレラムを頼む…あの人間達を……と言って灰になりました…」
「人間を…ね」
最後までエリュインは言葉を残せなかったのか人間をの後を語らなかったビビの言葉は…聞き手が違えばきっと二つの意味に聞こえただろう。
「だからワタシはっ…!お母さんとお父さんを殺した人間達をワタシの歌で全員海に引きずり込んで殺してやった!!何か文句でもある!?」
「…何も文句はないよ。僕だって大切な人が殺されたら絶対に復讐するだろうね」
「…あたいもねぇな。両親殺されて、殺した奴らとお手手繋いでなんざ無理だわな」
「っすねぇ。あたしなら何度も死の淵に立たせて興味が失せるまで拷問するっすね」
「「おいおい…」」
当時のプラムが汲み取った意味はあの人間を殺してと言う意味…大切なものを傷つけ奪った人間達を恨むのは当然…なのだが、プラムはアリア達の返答が思ったものと違い過ぎて、更に自分よりも過激な発想をするユリに呆けた。
「…は?…はぁ…?それは間違ってるって言うんじゃないの…?」
「ここで間違ってるって言う奴は自分達のルールと気持ちを押し付けようとする偽善者だけだよ。…でも、そう言うって事は…自分は間違ってたかも知れないって思ったんでしょ?」
「っ…」
そして時が経った今、プラムはあの時の言葉の意味が殺してではなく、恨まないでと言いたかったのではないかと密かに思っていた。
「じゃなきゃ、唯織達を眠らせるなんて回りくどい事をしないもんね。殺す気なら唯織達を操ってユリ達に攻撃すれば…ねぇ」
「それをされちまったら…まぁ…」
「すねぇ…」
「……」
決定的な事を言わずに苦笑するアリア達…もしあの時、眠らせずにアリアの言う通りの事をしていたらきっと自分がした事と同じ…否、それ以上の事が起きていたかも知れないと身体を震わせると、アリアはそんなプラムを見てふぅっと息を吐き捨てソファーに身を投げた。
「結局さ…人間だろうが魔族だろうが考える事が出来る生物は最初はそれが正しい、間違いないって思って行動しても時間が経てばあの時の行動は本当に正しかったのか?本当に間違いじゃなかったのか?って悩むんだよ」
「……」
「でもさ、それって悪い事じゃ無いんだよ?」
「どういう事…?」
「間違いを重ねて重ねて重ね続けて、何が悪かったんだ、どうすればよかったんだってずっと頭を悩ませて試して見て上手くいったり間違ったり…そうやって歴史が出来上がっていくんだ。プラムだって当時は人間達を殺す事が正しいと思ってそうした。だけどもし、同じ事を僕の仲間達にそうしてたら?」
「……皆殺し」
「そう…プラム達だけじゃなく全員皆殺しだよ。何もしてないこっちを先に殺してるんだからこっちだって殺すし、殺される覚悟と全てを失う覚悟を持ってもらわないと困る。どう転んでも復讐って言うのはどちらかがその復讐の種を根絶やしにして完遂するまで絶対に終わらないんだ。だけどプラムは過去にした事がもしかしたら間違ってるかも知れないって考えた。その結果、殺すんじゃなく寝かせるって方法を取ったおかげで今回僕達の逆鱗に触れずに済んで死ななかっただけじゃなく、こうして顔を合わせて話し合ってるんだよ?それは知性ある生物としての成長とも言えるんだ」
「……」
「だから僕達は君達の過去に同情はすれど肯定も否定もしない。だけど僕達は君達とのこれからに頭を悩ませて肯定と否定をする。…少しは僕達の事を今までの人間達と違うってわかってくれたかな?」
「………………最後は何言ってるか分かんなかったけど今までの人間達と違うのはわかった…」
「それだけわかってくれればいいよ」
お互いの事情と過去を混ぜ合わせてようやく敵ではないと言う事を理解し合うと本題についてアリアが話し始める。
「で…水人族がプラム達の子孫って事で間違いはないんだよね?」
「間違いない…と思う?」
「え?どう言う事?」
「ワタシも詳しくはわかんないけど、ワタシの周りにいると段々魚達が人間っぽくなって、姿形が人間と変わらなくなったら陸に上がって勝手に増え始めて国を作っちゃったんだよね。ワタシ自身卵産んだりとかしてないし、ワタシの血を引いてるかどうかは…でも、ワタシの子達って人間達からしたら色々凄いんでしょ?」
「やっぱ魔族は不思議だよね…人間じゃ絶対に考えらんない事が起こるんだもん…まぁ、そうだね、人間からしたら水人族はもれなく美形揃いだし、血統魔法は精神支配…結構恐れられてるよ?」
「ふーん…まぁ、ワタシの子達だしね。そうなるのが当たり前だよね」
「さっきわかんないって言ったじゃん…別にいいけどさ。で…ティリアの事なんだけど…僕が思うにエリュインさんの先祖返りなんじゃないかなって思うんだ」
「先祖返り…?何それ?」
「プラムはエリュインさんとレクトさんのいい所を継いで生まれてきたでしょ?でも偶にお母さんとお父さんのいい所以外に、もっと前のお母さんとお父さんのいい所を継ぐ事があるんだよ」
「……?」
「簡単に言えばエリュインさんとレクトさんだけじゃなく、ヴァルドグリーヴァのいい所まで継いじゃうって事だよ」
「あぁ…ふーん…」
「絶対にわかってないでしょ…エリュインさんは魔族っていう同族まで魅了する事が出来る声があった。そしてティリアも水人族っていう同族まで魅了する事が出来る瞳がある…完全に同一人物って訳じゃ無いけど、部分的にはエリュインさんと同じって言ってもいいかもね?」
ティリアの魅惑の魔眼がエリュインの先祖返りの可能性がある事を伝え、一旦お互いが納得出来る位置で話し合いを終わらせると…
「…あ、そうだ。少しお願い事がしたいんだけどいいかな?」
「「「…?」」」
新たな提案をアリアが持ちかけた…。




