防衛の難しさ
「…はぁ、まだやる気~?流石に皆殺しは可哀そうだから手加減してあげてんの分かるよね~?」
真っ白なお腹を上にして浮かぶ鮫、鮫と両の拳から真っ赤な血が周囲を漂う地獄絵図…アリアは深海で巨大な一頭の鮫と対峙していた。
「つーかさぁ、さっきから俺が話しかけてんのに無視するとかどーなの?」
目の前に漂って来たピクリとも動かない鮫を押しのけながら口から血を流す巨大鮫に話しかけるとアリアを一飲みにしても有り余る口を何度か開閉させ、濃密な魔力で海水を操作して渦に身を隠し…
「……お前は何者だ」
渦から出てきたのは2mはあるだろう古傷と青紫色の打撲痕が目立つ筋肉質の長身、腕と脚に残る灰色の鮫肌、髪は灰色で身長よりも長い長髪、瞳は黒く、口から覗く歯は鮫の様に全てが尖った超絶美形の青年だった。
「血統魔法…じゃないな。まぁいいや、やっと話す気になったみたいだな。ただ生徒達と海に遊びに来ただけの教師だ」
「教師…?教師とは何だ…?」
「あー…えっと、教師って言うのは子供に色んな事を教える仕事だよ。お前も小さい子に色々教えたりするだろ?そんな感じだよ」
「……ならお前はこの場所を支配しに来た訳じゃないのか…?」
「俺の何処がそんな侵略者に見えるんだ?」
「圧倒的な強者の気配…それに…」
そう言って辺りを見渡す鮫人に釣られる様にアリアも見渡すと、まだ気絶している鮫と血が漂いそう思われても仕方ない光景になっている事に気付いた。
「あ、いや…これはそっちから向かって来たから…それに生徒達に危害加えられても嫌だし…」
「我々も同じだ。平和に生きていた所に急に海の中で巨大な魔力の動きがあってそんな気配を持つお前が来た。決死の覚悟で脅威を排除しようとしただけだ」
「あー…あの氷の目印か………うん、ごめん。これは俺が悪いわ~…お詫びとしてみんなと君の怪我を治したいんだけど近づいていい~?」
「………頼む」
戦闘態勢を完全に解いて深々と頭を下げたアリアに驚きつつも怪我を癒してくれるという申し出を迷いながらも受け取ると、アリアから眩い光が溢れて周囲を漂っていた大量の鮫が動き始めアリアを警戒する様に戦闘態勢を取った。
「…まぁ、殺さなかったとはいえ気絶するぐらいの力でぶん殴ったもんね~…」
「癒してもらったのにすまない…奴は我々を害そうとする敵ではないらしい。……もし奴が害そうとするなら既に我々は死んでいる。……そうだ、俺も傷を治してもらった。後は俺が何とかする、だから皆は安心して一度都に帰っていてくれ」
鮫人が一頭の鮫と会話をしているのか独り言を両手を上げながら聞いていると、大量の鮫達はゆっくりと海の奥へと泳ぎ始めてその場にはアリアと鮫人の二人だけになった。
「…これで話しやすくなったはずだ」
(みんなを置いて来てるからあまり時間は掛けたくないけど…海上…心拍数も落ち着いてる…ユリとランもいるし少しは平気か…)
「ありがと~。んじゃぁ建設的な話し合いをしよっか~」
「建設的…?住む為の家でも海の中に建てるのか?」
「あ…うーんと、現状を良くする為にお互い積極的に話そう見たいな意味だよ~」
「成程…なかなか難しい言葉を使うんだな…すまない、殺す術と生きる術しか知らないんだ…」
「ナチュラルバーサーカーじゃん…こっちこそごめんね~、まだ君達の事をよく知らないからまずは自己紹介からしよっか~」
「わかった」
そして戦闘は終わりを迎え、二人っきりの話し合いが始まる…。
■
「…ふぅ、疲れましたね」
「ああ、海ん中は湖と違って流れが常にあっからな。その場に留まるだけでも結構体力使うし、全身運動だから普段使ってない場所が筋肉痛になんぜ」
「確かに…これはこれでいいトレーニングになりそうです」
皆は海底探索を一旦切り上げてランが空間収納から出した見た事の無い材質で出来た真っ白の船で休息を取っていた。
「それにしても絶景ですね…向こう側まで海で何も見えない…」
「あれが水平線ってやつだな。この世界が球状で出来てる証拠さ」
「なるほど…」
ランの隣に座り太陽が反射する水平線を眺める唯織はふと疑問に思う。
「あれ?そういえばアリア先生は?」
「あー、アリアは海水浴場を作るのに海に住む魔獣が悪さしない様に間引きしてんじゃねーか?」
「あー…せっかく楽しみに来たのに襲われる事になったらあれですもんね…」
「だなぁ」
アリアがこの場に居ない事に納得して甲板上で寛いだり楽しんだりしている仲間を見ていると突然ランに頭を撫でられた。
「…?え?どうしたんですか?」
「ん?…あぁ、わりぃな。お前達を見てるとあたいらの子供もこんな感じになんのかなーとか、こうやって子供といろんな場所を回ったりすんのかなーとか色々考えちまってな…気付いたら頭撫でてたわ。子供扱いされんのは嫌だったか?」
「………」
撫でられた頭の感触…何処か懐かしく思い出せない心地のいい気持ちに唯織は…
「…んあ?寝ちまったのか?」
「「「……」」」
「おいおい…そんなに睨んでも何もでねぇぜ?」
疲労感からか、安心感からか抗えない眠気に寝息を立てながらランの膝に頭を落とし、ランは詩織、リーチェ、ティリアの羨ましそうな視線に刺され苦笑すると、楽しそうな表情をしたユリが茶化す様に割り込んで来た。
「おーおーめっちゃ熱い視線を送ってるっすねー?でもマジモンの傾国の美女と競うには土俵が違うっすよ土俵が」
「…どゆこと?」
「おいユリ、あん時の話は別にいいだろ?」
「いいじゃないっすか減るもんじゃないっすし。実はランっちはこの超絶エロエロ美女のユリちゃんを差し置いてあたし達が住んでる世界にある13ヶ国を美貌で動かしちゃう程の女なんすよ?悔しいっす!」
「「「えっ!?」」」
「…え?どういう事ですの?」
「リーナっちも気になるっすか?」
ウトウトしていたのか少し遅れてリーナも反応するとユリはウキウキでその当時の事を語り始める。
「あれはアリアっちが国を興してから5年目のある日、アリアっちの元にずっと国交を拒んでいた国から国交を結ぼうという手紙が届いたんっすよ。その内容を見るとっすね?ランっちと結婚させてくれればアリアっちの国と国交を結ぶ、こちらの国に来る時は外交官としてランっちを必ず同席させる事ってあったんっすよ。んで、アリアっちはずっとこっちから善意で支援してたのに、それを頼りに甘い蜜だけを吸い続けてる中立国にも見切りをつける為に『今回の全国家会議を欠席した場合、同盟国以外の中立国家は全て敵対とみなし、全ての支援を断ち切る』って宣戦布告したんすよ。本心はただ単にランっちを渡したくなかった一心なのに凄いっすよね~!」
「…何とも…まぁ…すごい…話…ですわ…ね…」
「しかもこの話には続きがあるんっすけど~…って、あれ?」
「…おい、なんかおかしくねぇか?」
「あたしの話がつまらなくて寝たってわけじゃなさそうっすよねぇ…」
まだまだ語りたらないと喋ろうとした時、ユリとラン以外の皆が甲板上で寝息を立て始めた事に違和感を感じて臨戦態勢を取った。
「…心拍は安定してっから寝てるだけだな。ユリ、とりあえずこいつらを船内に避難させてくれ」
「あいっす」
指先に牙を刺して血を出し、血が犬の形を取って眠ってしまった皆を船内へ連れて行くとユリは手を振り追加で真っ赤な剣を作り出し、ランは掌から出した黒い闇を真っ黒のナイフへと変えた。
「ランっち、あんま破壊力あんのはダメっすよ?」
「わーってるよ、刺せば圧縮して消し去る短剣だ。刺した相手にしか効果ねーよ」
「マジ物騒っすわ…」
いつ敵が襲ってきても大丈夫な様に甲板上で武器を構えて待ち構えていると…
「…っ!?触手!?」
「うわーっ!!エロい事されるっすー!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!船が引きずり込まれる!!斬り落とせ!!」
「あいあいっすー!!」
船底から真っ白な触手が船を離さない様に掴み、ユリは真っ赤な剣から甲高い回転音を響かせながら触手を斬り落としていく。
「チッ!本体を圧縮する前に自分で触手を千切ってやがる!全員転移はアリアじゃねぇと出来ねぇ…クルーザーを動かす!!振り落とされんなよ!!」
「あいあいまむー!」
海に引きずり込んで有利に戦おうとする行動、圧縮される前に自分で触手を千切る行動に知性があると感じたランは操縦席に乗り込み、ペダルを全力で踏み込み船からギシギシと軋む悲鳴の様な音とエンジン音を響かせるが、触手が絡みついている所為でクルーザーは進む事が出来ず大量の水飛沫を上げるだけだった。
「ユリ!!早く触手を斬り飛ばしてくれ!!クルーザーが持たねぇ!!」
「今やってんっすけど斬っても斬ってもまた生えてくんっすよ!!こいつ再生持ちっす!!それに変な液体で身体ベタベタっすしビリビリするっす!!!」
甲板に落ちた斬った触手がビチビチと跳ねて飛び散った体液を浴びてしまい、身体の動きが鈍り始めた事で船を掴む触手の斬り落としが再生に間に合わなくなってしまう。
「…っああああ~!もう!!マジムカツクっすわ!!もうぶっ放していいっすか!?」
十全に能力が使えれば取るに足らない相手なのに船と眠っている唯織達を守りながら戦い続ける事に苛立ちが隠せないのかユリの銀髪が赤と青に交互に変わり始めた。
「馬鹿やめろ!!ここで熱血と冷血を使ったらこのクルーザーが持たねぇよ!!」
「くあぁぁぁー!!イラッイラするっすー!!」
今すぐこの場所を燃やし尽くしたい、凍らせて砕きたいという衝動を抑えながら触手を斬っていると…
「…うぇ!?な、なんす『うおあっ!?』うわっ!?」
10本の触手が突然千切れ飛び、拘束を抜けた船が海の上を高速で進み始めて振り落とされない様にユリは船の縁を掴んで風に靡いた。
『ラン!ユリ!大丈夫か!?』
『っ!アリアか!助かった!!』
『あたしは風になってるっすー!』
『ならそのまま巻き込まれない様に遠くに離れてくれ!』
『あいよ!』
『風になるっすー!』
ランとユリのイヤリングからアリアの声が響くと全速力でその場を離れ…
「…はぁ、高火力を極めすぎると仲間を巻き込んじまうからこういう防衛戦の時に足引っ張っちまうよなぁ…」
「っすねぇ…」
後方に聳え立つ巨大な水柱、海面を揺らす大波、晴天に降る爆ぜた海水の雨を見つめて溜息を吐いた…。




