恋のライバル
「ちょっといおりん!昨日どうなったの!?」
「そうですよユイ君!どうなったんですか!?」
「え…昨日って…え?盗み見してたんですか?」
「「うっ…!?」」
海水浴二日目…砂浜で遊んでいる皆を見ていた唯織は詩織とリーチェに昨日の事を問い詰められていた。
「ご、ごめんなさいユイ君…どうしても気になって…」
「ぬ、盗み見しようとしたのはごめん…でもアリアちゃん達に気絶させられて…」
「あはは…別に何も無かったですよ。僕の身体に傷がある事を伝えて、魅惑の魔眼が効かなかった理由を二人で考えてただけですよ」
「「……」」
唯織にそう言われて詩織とリーチェが同じ様にティリアに視線を向けると…視線に気づいたのかティアとの話を中断して満面の笑みで可愛らしく唯織に向かって手を振った。
「「絶対に何かあったでしょ!?」」
「あはは…仲良くなっただけでそれ以上でもそれ以下でも無いですよ…」
更に激しくなる追及に苦笑しつつものらりくらりと唯織は躱し続け…唯織達の他にも海水浴ではなく話し合いに興じているグループがあった。
「テッタ君でよかったかな?」
「は、はい!イヴィルタ・ハプトセイル国王陛下!」
「今は国王としてではなくリーナの父として君と話したいだけなんだ。そう緊張するな、リーナと接する時と同じで構わん」
「そうよ。私もリーナの母として貴方の事が知りたいの。そう緊張しないでちょうだい」
「は、はい…!」
「お父様、お母様…そんな事を言っても難しい事ぐらいわかりますわよね…?」
「む?アリア殿達は問題なかったが?」
「アリア先生と比べないでくださいまし…それに何でテッタさんとお話しする必要があるんですの?」
「う…むぅ…か、彼には才能がありそうだからな…我が国の騎士団を任せたり王城で働く意思がないかと思って話を聞きたいと思ったのだ」
「ぼ、僕が王城務めですか!?」
「ちょ…ま、待ってくださいまし…話が飛躍し過ぎではありませんこと…?」
「そんな事は無いわリーナ。どちらにせよテッタ君だけじゃなくここに居る皆に実績と地位を与える事はリーナが女王になった時に必ず必要になると思うわよ?その為に少しお話がしたかったのだけれど何か不自然かしら?」
「ま、まぁ…いずれはわたくしがそうしようとは思ってましたが…」
何故このタイミングでこんな話をするのかわからないリーナとテッタ、何かを企んでいそうなメルクリア、難しい顔で何も言わないイヴィルタのグループ。
「……もしかするとそうなんじゃないかって思ってたけど…」
「っすねぇ…多分そうっすよ」
「だな」
そんな生徒達を見ていたアリアは確信を持って声をあげた。
「ねぇみんな?何で砂浜でしか遊ばないの?もしかして泳げなかったりする?」
ティリア、ティア、唯織、詩織以外の皆が肩をビクリと跳ね上げて気まずそうに顔を背けた。
「お…泳げなくても凍らせてしまえば問題ありませんわ…」
「流石に脳筋すぎんだろ…」
「そ、そうですよ…私は水の上を走れば問題ありません…」
「うっわ、こっちにガチの脳筋いたっすよ」
「私はアルメリアで飛べますし…」
「そういう問題じゃないんだけど…」
「は、橋を作ればみんな渡れますし…」
「頭いい様に見せかけてるっすけど馬鹿っすよテッタっち」
「…はぁ、確かに弱点は考えて補えって教えたけど…これは泳ぎの練習をする必要があるね」
ちゃんと自分達の弱点を他で補う思考をしている事に成長を感じつつも脳筋すぎる生徒に頭を抱えたアリアは指を鳴らし、砂浜と海を跨ぐように50m四方の白い岩で囲いを作り掌から水を出して注ぎ始め…
「流石にいきなり海で泳ぎの練習はハードル高すぎるからプールを作ってあげる。ティリアとティアは一緒に水を注ぐの手伝って。他のみんなは入念に身体を解しといて~」
突発的な水泳の授業が始まる…。
■
「イオリは泳げたんだ?」
「うん、ほら僕と姉さんが暮らしてた魔王領のログハウスの前に大きな湖があったでしょ?よく泳いで魚を取ったりしてたから」
「なるほどね」
「それにしてもテッタが泳げないなんて思わなかったな」
「泳ぐ場所なんて無かったし…あったとしても下水道と噴水ぐらいじゃない?」
「あはは…確かに」
テッタの手を取りつつバタ足を教える唯織。
「まずは全身を水につけて水の中で平常心になる練習をしよっか」
「ぜっ!…ぜっ…絶対にて…手を離さっ…離さないでくださいましっ…」
「いたたたた…わ、わかったって…それに足も下に着くんだから大丈夫だって…」
「そ、それでも怖いものは怖いんですのよ!?」
「い、痛い…わかったから力を抜いてって…」
水が怖くてティアの手を握り潰す程の力で握りしめるリーナ。
「ぷはっ!?わ、私に集中してよシオリ!」
「…ああ、ごめんごめん。でももうシャルは殆ど泳げてるじゃん?リーナより上手いよ?」
「うるっさいですわ!!」
「顔を水につけられない時点でここにいる誰もがリーナより上手いから褒めてないよ…」
「シャルもやかましいですわよ!?」
チラチラと何処かに視線を逸らす詩織に手を取ってもらって泳ぐシャルロット。
「流石にアンジェとフリッカは覚えが良いね?」
「ふぅ…確かに人より覚えがいいかもしれないが、アリア教諭の教え方が上手くなければたった10分でここまでマスター出来なかったさ」
「ぷはっ…もうバタフライも出来る様になった。いえい」
たった10分でクロール、平泳ぎ、バタフライまで教え込むアリアと完璧にマスターするアンジェリカとフレデリカ。
「やっぱ日頃運動して身体作ってたからかお前達も覚えが良いな?」
「まぁ…ククとアーデに比べればって感じだけど…」
「ぷはっ!!…ば、バタフライは無理でした…アンジェ先輩とフリッカ先輩凄いです…!」
ランの教え方がよかったのかアンジェリカとフレデリカ程ではないがクロールと平泳ぎをマスターしたシエラとシリカ。
「あっはっは!めっちゃ溺れてるっす!!あははは!!」
「ぶはっ!?ひ、酷くない!?」
「しっ…死ぬ…!」
「死なないっすし、酷くないっすよ?ちゃんと教えた通りにやれば溺れないのに水にビビッてジタバタしてるからいけないんっすよ。ほら、支えてあげるっすからもっかい力抜くっすよ」
「「ひんっ!?」」
既にユリに身体を知られ尽くしてるのか的確に身体の力が抜ける場所を触られプカプカと浮き始めるククルとアーデ。
「…」
「リーチェ?どうしたんですか?」
「…昨日…ユイ君とどうなったんですか…」
そして皆から離れたプールサイドで剣呑な雰囲気を纏うリーチェと笑みを浮かべ続けるティリア。
「…どうなったと思います?」
「っ…もういい『告白する前に振られましたよ』…え…?」
「全く酷いですよ…私はまだ告白するつもりが無くて、身体の事や何でみんなに効いた魅惑の魔眼が効かないか知りたかっただけだったのに」
「…ごめんなさい」
同じ人を好きになって同じ人に振られた…今のティリアの笑みはその悲しさと気まずさを隠す為の笑みなのかと思うと自然とリーチェの口から謝罪の言葉が零れた…が、
「何で謝るんですか?」
「それは…」
「確かに振られて悲しかったし傷つきましたけど…諦めるなんて一切考えてないですよ?」
「…え?っ!?」
眼鏡を外した魅惑の魔眼で見つめられ、リーチェが魅了に対して身構えるとティリアの笑みが挑戦的な笑みへと変わった。
「安心してください、もう魅惑の魔眼が暴走する事はありませんよ」
「……昨日とは随分と性格が変わりましたね?」
「私は誰にでも好かれて愛されたいんじゃなくて、イオリ君に愛されたいって確信を持てたからですかね?」
「…絶対に負けませんよ」
「私も絶対に譲るつもりはありません」
完全に恋のライバルとしてティリアの事を認識したリーチェは負けじと挑戦的な笑みを浮かべ…
「でも…手段を選ばず周りを顧みない様な真似は絶対にしません。イオリ君の事は愛してますし譲るつもりも無いですけど、それと同じぐらいリーチェの事もみんなの事も大切で愛してますから」
「それは…………私もです…」
本当に眩しい笑顔をする様になったティリアから差し出された手をきつく握り…
「それはそうと休憩は終わりです。さっさと泳ぎをマスターしちゃいましょう」
「あ、ちょっ!?」
水の中に引き込まれた…。
■
「さてと…練習の成果を確かめるのも兼ねて一つアクティビティといこうか」
突発水泳練習から約二時間…お昼ご飯も食べて気力が回復してきた頃、アリアは皆にゴーグルと細い黒い棒、黒いリストバンドを手渡していく。
「黒い棒…?ライブの時のペンライトですか?」
「んや、違うよ唯織。ティリアとティアはいらないけど、真ん中の所に窪みがあるでしょ?そこを咥えれば水人族みたいに水中で息が出来るようになる魔道具なんだ。ちなみにこのゴーグルも水中だと距離感とか視野が狂うと思うけど、これさえつけてれば正確に視認出来る魔道具で、このリストバンドはみんなの心拍数とか何処にいるかを知らせる事が出来る物だから絶対に外さないでね」
「相変わらず凄いですね…水中で呼吸が必要となると…潜るんですか?」
「正解。今からやるアクティビティはスキューバダイビング、本当は鉄の塊に酸素を込めた物を背負って体温を保ったり怪我を防ぐ全身を覆うウェットスーツとかを着なくちゃいけないんだけど…みんなは魔力を纏えるし、魔力が纏えないシエラ達はユリとランが補助してくれるから問題ないよ。他の事はユリとランに任せるね」
「ういーっす!お任せあれっす!」
「うし、んじゃ、早速耳抜きからやってみっか」
海へ潜る為の注意事項や水中で呼吸が出来る魔道具の使い方のレクチャーをし始めるユリとランから離れるとアリアは二度指を鳴らして二人の女性を召喚した。
「フェンリル、フェニックス、少し海に潜って来るから国王と王妃の事を任せるよ?」
「お任せくださいお母様!」
「ええ、楽しんで来てくださいましお母様」
タンクトップにホットパンツ姿のフェンリルと真っ赤なワンピース姿のフェニックスが胸に手を当て敬礼すると即座にイヴィルタとメルクリアの護衛に付き、更に指を一つ鳴らしてもう一人の女性を召喚した。
「ファフ~お菓子おかわ…あれ?ママじゃん~」
「ごめんねリヴァイアサン。今から生徒達と海に潜ろうと思ってるんだけど、万が一があるかもしれないから念の為にリヴァイアサンの力を貸して欲しいんだけどダメかな?」
神龍同士でお菓子を食べてたのかファフニールにお菓子を強請るリヴァイアサンの両頬を優しく包むとリヴァイアサンは手に持っていたお菓子を一口で食べて跪く。
「うん。私はママの力で全てを飲み込む海。『私達』はどんな事でも飲み込んでママを助けてあげる」
「ありがとうリヴァイアサン」
リヴァイアサンの額に口付けするとリヴァイアサンの身体が光の粒子となってアリアの身体に吸い込まれ…
「…うん、いい感じじゃん~?」
白黒だった髪色は澄み渡る海の様な蒼色、赤い瞳は蒼い瞳、狼の耳は立派な蒼い龍の双角、狼の尻尾は龍の鱗で包まれた丸太の様な蒼い尻尾へと変わり、口調もリヴァイアサンのものへと変わっていた。
「んじゃ~いっちょスキューバダイビングといきますか~。ついでに海水浴場の安全確認もすればいっせきにちょー」
そしてアリアの姿に驚く唯織達とのスキューバダイビングが始まる…。
■
(うわ…!すごい…!!)
黒い棒の両端から吐き出された息が泡となって上に登っていく海中…唯織の眼下には細長くゆらゆらと揺れる海藻、その海藻を食べる魚達、でこぼこした海底を歩く海の生き物たちの姿があり、陸では絶対にお目にかかれない神秘的な生態系の世界が広がっていた。
「今みんなが泳いでいる辺りは海面から約50m程潜った表層と呼ばれる水深で、陸からここまで100海里…m換算で約185㎞離れた大陸棚って場所なんだ。ここからもう100海里程進むと急激に海底が崖みたいになってて深さも増して光も届かない世界へと変わるんだ。ちなみに表層は光が届く200mまでで、光が届かない200mから下は深海域になって生態系もガラリと変わるんだよ。ちなみに深海域の浅い所から中層、斬深海層、深海層、超深海層だよ。…はぁ~真面目に喋るの疲れる~…」
リヴァイアサンと獣神化したアリアがはぐれない様にと皆の腰に伸び縮みするベルトを付け、その伸びたベルトをアリア、ティリア、ティアの三人で引いて移動するという方法で移動しているのだが、その間もアリアは皆の前に光魔法で表示した半透明の板に分かりやすい図を表しながら海の授業を挟んでいた。
「あ~ちなみになんだけど~、魔力を纏わないでそのまま下に潜り続けると水圧が増して胸にある肺の空気が作用して肺が潰れるから注意ね~。あと~、急浮上するのもダメだから~。急浮上すると水圧がかからなくなってこれまた肺の空気が作用して今度は破裂するから~」
とても重要な情報が軽く伝えられた事で皆が一際大きく息を泡へと変えると、リーナの頭に天使の輪が現れ頭に直接リーナの呆れ声が響いた。
『そう言うのはもっと早く言うべきなんじゃないんですの?』
「やっぱリーナのその魔法は汎用性があるね~。何で今伝えたかなんだけど~、こんな綺麗な場所でも一歩間違えれば死ぬんだって自然の厳しさを身を以て知ってもらう為だよ~」
『…確かに言われなければこんな体験出来ないとずっと深くまで潜ってましたわね…』
「そう言う事~。あと~、あんまり魚とか海底に生えてる海藻、珊瑚とかをむやみやたらに触っちゃダメだよ~。毒をもらうかも知れないからね~。………?んじゃまぁ~ここに目印立ててベルトを繋いでおくからあまり離れすぎず楽しんで~」
アリアが腕を振り上げると真下から目印となる巨大な氷柱が聳え立ち、遠くに行き過ぎない様に皆のベルトを柱に括りつけて更に奥へと泳いでいった。
『自由に…まるでペットみたいですわね…』
『仕方ないよリーナ。陸ならまだしも、海の中じゃ私達はこの魔道具が無かったら何も出来ずに死んじゃうんだし。自由行動をするって言っても一応私達も安全を考えて水人族のティリアとティアさん、ランさんとユリ先生を軸にグループ分けして行動とかどうかな?』
「私は問題ないよ。ティリアもそれでいい?」
「うん、問題ないよお姉ちゃん」
『あたいもそれで構わないぜ。こうやって手ぇ繋いでやってねーと魔力を纏えなくてシエラとシリカが死んじまうからな』
『っすねー。ククっちもアーデっちも絶対にあたしから離れちゃダメっすよ~』
『ならシャルの言う通りティリアとランさん、ティアさんとユリ先生にグループを任せますわ。でも…わたくしが入らなかったグループは水中で会話出来ませんわよ?手話もありますけど意思の疎通に時間がかかりますし…白の魔色を持ってるシャル、シオリ、アンジェ、後は透明の魔色のイオリさんがわたくしの「偽天の女王」と「共鳴接続」が使えるなら話は別ですが』
『流石に私は使えないよ?』
『んー私も無理かな~』
『私も無理だな。イオリなら出来そうだがどうだ?』
『流石に僕も無理ですね…一からどういう魔法なのか解説してもらってちゃんと理解出来れば再現出来るかも知れないけど…今すぐは絶対に無理ですね』
『それでも凄いですわよ…まぁ、こればっかりは仕方ありませんわね。わたくしのいない方のグループはハンドサインや手話で何とかしてくださいまし』
『それしかありませんね。ではグループ分けを…』
………
『まぁ…こうなりますわよね…』
ティアのグループ…リーナ、シャル、テッタ、フレデリカ、ユリから離れられないククルとアデル。
『あはは…そうだね…』
ティリアのグループ…唯織、詩織、リーチェ、アンジェリカ、ランから離れられないシエラとシリカ。
『ではまた後程』
『お互い安全には気を付けようね』
『もちろんですわ』
分かりきったグループ分けに苦笑しつつも皆が海の神秘を堪能し始めた頃…
「あのさぁ…この先で俺の生徒達が海を楽しんでんだよね~。邪魔するつもりならお前らボコボコにするけどいいのかな~?」
光が僅かにしか届かない深海で巨大な海の化け物達と対峙していた…。




