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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第五章 水姫と水都
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針と傷とラーメン

 





「…っふぅ…さ、流石にもうきついです…!」


「…ごめん…ラスト、も、もう一回…!」


「…わ、わかりましたっ…!」



 完全に伸びてしまったアンジェリカ、フレデリカ、リーナ以外の面々…唯織は荒い息を吐き捨て続けるティリアに数十回目の戦闘態勢を取った。



(数十回戦ってようやく見えたティリアの癖…そこを突ければ一撃入れられるはず…!)


(凄い集中力…下がるどころか上がってきてる…)



 眼鏡越しで唯織の瞳を見つめ、衰えない驚異の集中力に息を呑んだティリアは両手を何度か握りアリアと瓜二つなボクシングの様な構えを取った。



「……整いました、いつでも」


「…いくよ!!」


「「ッ!!!」」



 両者が瞬発し最初に繰り出す攻撃は右のストレート…だが、そのストレートはお互い肘が伸びきっておらず、首を傾げるだけで躱して次の攻防へ移る。



(やっぱり肘を伸ばさなくなってる…!)


(ティリアに何度も逆に折られたからね…!!)



 相手の攻撃を利用してたった一撃で無力化するアリア達お得意の関節の逆折りを警戒しつつ、両手足を使った高速のラッシュを唯織が仕掛ける。



(やっぱり受け流される…ならここから右からのワンツー!)


(上に弾く!)


(弾かれた勢いを使ってサマーソルトっ!)


(下からの線っ!なら半身で躱して勢いを利用したまま着地前に伸びきった脇腹に蹴り!)


(を絶対に狙ってくるから両手をついて腕の力で身体を回しつつ回避と軸足へ足払い!!)


(それを空ぶった脚の勢いを利用して飛んで態勢が崩れた所に顎にお返しサマーソルト!決まる!)


(っ!?態勢が悪っ!?受け…ちゃダメだっ!!)


「っ!?」



 お互い相手の力を利用した紙一重の攻防を繰り広げ、確実に決まるはずのティリアの掬い上げる様な爪先を立てたサマーソルトは身体の柔らかさを利用した仰け反りで回避され、両者は軽い身のこなしで後方へ距離を取る。



「…今のは確実に決まると思いました」


「僕も…完全に蹴り上げられたと思ったよ…」



 一息ついた事でドッと噴き出す汗を煩わしそうに拭う唯織とティリアは笑みを浮かべてもう一度瞬発した時、



「いきます!」


「いくよ!…っあえ?」


「イオリくっ!?」



 唯織の視界が揺れ、急激な吐き気に襲われて所為で脚が縺れ…ティリアの豊満な胸に顔から突っ込み押し倒した…。



「えっ!?へあっ!?だ、大丈夫ですかイオリ君!?」


「うっ…ありが…とう…ご、ごめ…さっきの蹴り…やっぱり当たってたみたい…」


「あっ…」



 頭から倒れない様に咄嗟に抱いてくれたティリアに感謝しつつ、グラグラする視界のまま押し倒した身体を退かすとティリアが名残惜しそうに声を漏らすが、唯織はそんなティリアに苦し気な笑みを浮かべてえずきながら蹲った。



「だ、大丈夫ですか…?」


「おえっ…やっぱりすごいね…あ…アリア先生の武術を完璧に…使いこなし…てる…触れても…受けても…ダメとか…癖を出させる前に…やられちゃった…あはは…」


「で、でも…イオリ君の顎には掠った痕も無いですよ?わ、私の足にも当たったとか掠った感触も無かったですし…」


(…あれ?イオリ君の身体…)



 蹲った唯織の背中を優しく撫でつけながら自分の足にも唯織の顎にも蹴りが当たった感触も痕跡も無い事、手に伝わる唯織の背中の感触に首を傾げたティリアだったが、死屍累々の訓練場にティリアの問いを答えてくれる人物の声がした。



「多分っすけどティリアっちはまだ教えてない飛蹴(ひしゅう)が偶然出来ちゃって、それが紙一重で回避した唯織っちの顎に当たって脳震盪を起こしたんじゃないっすか?」


「ゆ、ユリ先生?いつから…」


「逆折り対策の右ストレートをかっこよく避けあった所からっすね」


「最初から…全然気付きませんでした…」



 最後の一試合を最初から見ていたユリに気付けなかった事に驚きつつ、隣で苦しそうにしている唯織の背を撫でているとユリは真っ赤な針を持ちながら近づいて来る。



「んー、唯織っち?吐き気以外になんか症状あるっすか?」


「うっ…視界が揺れて…吐き気と…身体に力が入らない…です…」


「それだけっすか?」


「今はその三つが…うぷっ…」


「おっけーっす」


「…ユリ先生?その針で何をするんですか…?」


「これを唯織っちにぶっ刺すんすよ」


「えっ!?」


「いっつっ!?」


「我慢するっすー」



 驚きの声をあげるティリアを無視して唯織の服越しの背中に遠慮なく針を刺すと唯織も痛みで声をあげるが、ユリはそのまま手慣れた手つきで数か所に針を刺していく。



「まぁ、こういう眩暈とか感覚系はポーションとか回復魔法じゃ治らないっすからねーっと、応急処置はこんなもんすかね。唯織っち、体調はどうっすか?」


「…!す、すごい!吐き気も無いし視界も揺れてない…身体にも力が入る…!」


「あ、あんなに辛そうだったのに一瞬で…!」



 針を刺すだけで唯織の症状が治った事に二人は目を見開くが、ユリは唯織の血が付いた針を噛み砕きながらやれやれと笑みを浮かべる。



「あくまでも応急処置っすからね?後で魔王様にちゃんと診てもらうんすよ?」


「…わかりました。さっきの針を刺すのは治療とかなんですか?」


「っすねー。針を刺す事で人体のツボを刺激して症状を緩和する施術っす。他にも肩凝りとかを緩和するツボとかあるっすよ?後でティリアっちにもやるっすか?」


「か、肩凝りですか…?」


「おっきい胸の所為で肩凝ってるんじゃないっすか?」


「っ!?い、イオリ君の前で言わなくてもっ!?」


「あはは…」



 顔を真っ赤にするティリアから視線を逸らしつつ笑うと唯織は針を飲み込んだユリに小首を傾げた。



「それでユリ先生は何故ここに?」


「あ、そうっすよ、もう少しで夕飯が出来るんで呼びに来たんっすよ」


「夕飯…もうそんな時間なんですか?」


「っすよー。みんなお昼ご飯も食べないで夢中になって殴り合いしてたっすからね~。とりま、みんな起こして来るっすよ。今日の夕飯は魔王様の大好物っすからね」


「アリア先生の大好物…はい、わかりました」



 朝から夜まで続いた訓練に終止符を打ったユリに従う様にあのアリアの大好物が何なのか気になった唯織は力が入る様になった身体を起こ、



「…あれ?」


「っ!?い、い、イオリ君!?」



 せず、またティリアの豊満な胸に抱き留められ、



「不純異性交遊は流石にダメっすよ唯織っち?」


「ち、違うんです…身体はもう問題ないんですが…なんかバランス感覚が…」


「あー、さっきの症状に隠れてた脳震盪の影響っすね。ティリアっち、そのまま押さえとくっす」


「は、はい…」


「ここっすね」


「いっっっ!?!?」



 またユリに針を刺されるのだった…。





 ■





「イオリ大丈夫?」


「うん…ユリ先生とアリア先生が言うにはこの身体のだるさは針治療の時に起きる好転反応で、瞑眩(めんげん)って言うらしいんだ…血流とかが活発になってる証拠らしい…」


「へ、へぇ…そういう医療的な事は全然わかんないや…体調が良くてもそんな風になるんだね?」



 汗をかいてボロボロだから少し身だしなみを整えるという女性陣より先に席に着いていたテッタは、アリアの診察を終えてだらだらと隣の席に着く唯織を心配していると、



「熱くなくても動きっぱなしだと汗やべぇな…」


「お風呂入りたい~…」



 指先から二の腕までを覆う包帯、胸だけを隠して素肌を晒す汗だくの上半身、旗のように揺らめく袴姿のシエラとシリカが現れた。



「し、シエラさん…シリカちゃん…その…上になんか着ないんですか…?」


「んあ?…あー、汗かいてっから上に何も着たくねぇんだけど…わりぃな、変なもん見しちまって」


「い、いや…その…目のやり場に困ると言うか…」


「テッタ先輩とお姉ちゃんのそのやり取り、イオリ先輩とティリア先輩、ティア先輩ともしましたね…それと、イオリ先輩ぐったりしてどうしたんですか?」


「ああ、うん…ちょっと訓練で張り切り過ぎちゃって…」


「戦闘学科特待生の訓練かぁ…やっぱりすごいんですか?」


「朝からついさっきまでティリアと組手してたんだ…最後の最後にいいのもらっちゃってね…」


「あ、朝からぶっ通しですか!?本当に凄いですね…ティリア先輩もあんなに優しそう…って、あんなに凄いパンチ出来るしそんなもんなんですかね…?戦闘学科恐るべし…」



 顔を赤くして視線を泳がすテッタ、机に頬を付けながら喋る唯織、テーブルに寄りかかって汗を拭いながら楽しく話すシエラとシリカ、そんな輪の中に血相を変えた白衣の少女が混ざった。



「っ!?ちょ、シエラ!シリカ!その腕どうしたの!?怪我したの!?」


「く、クク!?お、落ち着けって…怪我なんてしてないって…」


「そうだよククちゃん。これは親方がくれた魔道具だよ?」


「親方…ランさんがくれた魔道具…か…よかった…怪我したのかと思った…」



 シエラとシリカの腕を隠す様に巻かれた包帯がランからもらった魔道具だと知ったククルは床にへたり込むぐらい安堵すると、シエラとシリカは困った様な笑みを浮かべてククルを立たせた。



「…ほんと小さい時から変わんねぇなクク」


「昔からククちゃんは心配性なんですよ~」


「いやいや…もう少し女の子なんだから傷とか気にしようよ…」


「こんな事してりゃあ火傷も傷も日常茶飯事だしなぁ…」


「そうですよククちゃん。火傷と傷は鍛冶師の勲章です!」


「……あっそ」


「「…?」」



 腕の傷を誇らしそうにして笑うシエラとシリカから素っ気なく顔を逸らすククル…そんな温度差のある三人に唯織とテッタは小首を傾げていると、



「早くお風呂はーいーりーたーいー!」


「お腹空き過ぎてお風呂入れないって言ったのはシオリですし、ユリ先生も汗をかいたり臭いが移るかも知れないから後の方がいいって言ってたじゃないですか」


「うぇ~正論説教お化け」


「ガキ勇者…いえ、勇者じゃないのでチビガキですね」


「はぁー?」


「何です?」



 身だしなみを整えた女性陣が詩織とリーチェを筆頭に唯織とテッタを明らかに避ける様に遠くの席に座った。



「…あれ?何でみんなあんな遠く?」


「多分…汗を気にしてるんだと思うからあんまり気にしなくていいと思うよ?テッタ」


「あ~…僕獣人だし、鼻利いちゃうもんね…」


「っ!?…あ、あーしもちょっとみんなと交流深めてくるわ…」


「っ…あ、あーくしも…」



 唯織とテッタの言葉に皆よりも汗をかいていたシエラとシリカは今まで男性がいない環境に慣れ過ぎてニオイを全く気にしておらず、思い出したかのように顔を真っ赤にしながら詩織達の元に行きその場には仏頂面のククルだけが取り残された。



「…はんっ」


「…なんか機嫌悪いですね?ククルさん」


「ククって呼んでくれないと教えてあげなーい」


「あはは…えっと、クク?何で機嫌悪いんですか?」



 唯織のクク呼びに一瞬だけ笑みを浮かべると詩織達に背を向ける様にして小声で話し始める。



「…イオリ君とテッタ君って、シエラとシリカの事どう思う?」


「え…?う、うーん…鍛冶の才能があって、鍛冶に対しての誇りと目標をちゃんと持っててしっかりした人だと思います…まだ二日目だし、これぐらいしか流石にわからないですけど…」


「僕もそんな感じかなぁ…?」


「…まぁ、そうだよね。会ってまだ二日だし…」



 唯織とテッタの答えがククルの望んだ答えじゃなかったのか苦笑し、自分の中のシエラとシリカを語る。



「私からしたらシエラとシリカは可愛い物が大好きなただの女の子なんだよね」


「ただの女の子…」


「うん。あの二人が付けてるリボンだって本当は自分達が欲しかったのに、鍛冶師の私達には似合わないって言って遠慮してたから私とアーデで無理やりプレゼントして付けさせたの」


「へぇ…ククは…って、僕もククって呼んで大丈夫?」


「いいよテッタ君」


「ありがとう。…ククはシエラさんとシリカちゃんの事をよく知ってるんだね?」


「私達がまだこーーーんなに小さい時からね。いわゆる幼馴染かな」


「それじゃ豆粒じゃん…」



 大袈裟に幼い頃からの付き合いだと言うククルに二人で笑うとククルの表情は少しだけ暗くなった。



「…だからまぁ…何て言うのかなぁ…シエラとシリカが我慢してる事とかもわかるわけで…」


「…無理して鍛冶師として振舞っている…って事ですか?」


「…そう、イオリ君正解。あんながさつそうに振舞ってるけどさ、男の子の前じゃ汗のニオイだって気にするし、よく思われたいからってスタイルの維持の為に毎日走ってスタイル維持してるし、私が作った化粧品で肌のケアとかしてるし、可愛い物で自分を着飾って可愛いって思われたい…そんな普通の女の子なの。なのに…シエラとシリカにそうさせない鍛冶が私は嫌い…」



 そう言うククルを見た唯織はさっきの取り乱し様と今の話を繋げ…服に隠れた自分の腕を撫でながら呟く。



「…()()()…ですか?」


「…うん。あの傷の所為でシエラとシリカは女の子になれない…鍛冶師からしたらそれだけ経験してきた勲章なのかも知れないけどさ…本当の二人を知ってるからこそ私は嫌い…」


「なるほど…」



 頬杖を突いて表情を隠す様に視線を逸らすククル…シエラとククルの本当と今を知り、理解しているからこそ心配という形で気にかけているのかと思っていると…



(…ねぇ、イオリ?イオリの復元魔法で古傷を治したり出来ないの?)



 ククルに気付かれない様に手遊びに見せた手話でテッタが問う。



(…多分出来る…と思うけど、シエラさんとシリカさんがあの腕の傷に誇りを持っていたら誇りを穢す事になるし、ククの話だけでそうだって決めつける事も出来ない…本人が治して欲しいって言うなら喜んで治すけど、もしククがそんなシエラさんとシリカさんの為に何かをしようとしてるなら僕達がやろうとしてる事は邪魔になるから一旦様子見をした方がいいかな…それに今日一日ククと居たのはアリア先生だし、アリア先生が何も言ってこないなら何もしないのが正解だと思う。…突っ走るのはターレア国王の時で懲りちゃったしね…)


(そっか…女の子なら身体の傷なんて無い方がいいと思うけど、その傷に対して思い入れがある人もいるんだもんね…)



 今日一日ククルの傍に居たのはアリア…そのアリアが何も言っていないのなら様子見した方がいいと結論付けた唯織とテッタは、



「…もし、僕達に何か出来る事があるなら遠慮なく言ってくださいね?」


「僕も出来る事があるなら手伝うよ」


「…ありがとイオリ君、テッタ君」



 ククルの笑みに笑みを返し…



「おう、待たせたな!今日のアリアの大好物、あたい特製のラーメンだぜ!!しかも魚介、豚骨、醤油、味噌、塩、更につけ麺、替え玉まで出来っから好きな味を探しな!!」



 大鍋を抱えたラン、アリア、ユリ、アデルがアデルの調理室から現れ皆の夕食が始まった…。

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