決意
「急にお呼び立てして申し訳ありません、お父様、お母様。そちらの椅子におかけになってください、お茶を用意します」
「うむ…」
「え、ええ…」
シンプルなベッドと中央に小さなテーブルと椅子しかない飾り気のない木目調の一室に集まったハプトセイル王国の王族達…ただの椅子に腰を下ろしたイヴィルタとメルクリアはリーナが部屋を出ていくのを見届けると殺風景としか言えない部屋を見渡した。
「王城の部屋とは雰囲気が違うな…」
「ええ…ぬいぐるみなんて一つも無いし…本当に何もない…」
リーナが学園の寮生活になってから掃除だけはし続けているリーナの部屋…二人が知るリーナの部屋はぬいぐるみで溢れ、綺麗なモノで溢れ、様々な楽器で溢れ…一人で居る事が苦ではない可愛らしい部屋だったが、今いる部屋はただ寝る為だけの殺風景な部屋。
「…今はお友達がいるから…」
「ぬいぐるみは友達の前では恥ずかしくて集められなくてもあんなに好きだった楽器も必要ない…か。本当に我々は…」
改めて自分達がリーナに対してしてきた事が部屋という形で浮き彫りなって俯きかけると扉が開き、湯気を立たせるティーセットを持ったリーナが戻り…目を丸くした。
「お待たせ…?え?どうしたんですか?」
「「…?」」
「…何で泣いているんですか?」
自然と溢れ出していた涙…その事に気付いていなかったのか二人は自分の頬を伝う涙を拭い…深々と頭を下げた。
「リーナ…本当に申し訳ない…」
「あなたに辛い思いをさせて本当にごめんなさい…」
「……」
父と母が頭を下げた、父と母が涙を流した姿を目にしたのは人生で二度目…イグニスに操られて今まで酷い扱い事をしてきた事、宝物をゴミだと言った事を謝りたいと言われた日と今この瞬間…自分の中ではイグニスに操られていたのだから仕方ないと収めた気持ちがまた熱を持ちそうになるのを唇を噛み締め痛みで気持ちを冷やしていく。
「…頭をあげてください。謝って欲しくてお呼びした訳ではありませんし、謝った所で過去が変わるわけでもありません。私は私なりに自分を納得させています…これ以上、過去を掘り起こしてお父様とお母様を嫌いにさせないでください…」
「「……」」
(最悪…酷い言い草…私がこれ以上傷つきたくないからってお父様とお母様を傷つけた…現にお母様の嗚咽は強くなってお父様は身体を震わせている…でも私が言いたい事はそうじゃない…そうじゃないのに口が動かない…やっぱりまだ私自身が飲み込めてない…)
冷ましたつもりの気持ちが今にも口から零れそうになるリーナは口を固く結び、まだ二人と話すのは早かったとテーブルにティーセットを置き、
「申し訳ありません…やはりまだ顔を合わせるべきではありませんでした…失礼します」
両親に背を向けて部屋を出ようと扉を開いた時…
「…シャル…っ!?テッタさん…!?」
親友であるシャルロットとテッタが気まずそうな表情を浮かべながら部屋の外に立っていた。
「ごめんねリーナ、盗み聞きみたいな真似して…」
「ごめん…心配だったから僕もついて来たんだけど…」
「心配…?」
この場にシャルロットが居るだけなら驚きはしなかったが、まさかテッタまで居る事に流石に驚いたリーナはテッタの言う心配という言葉を問いかけるが、
「だって…国王陛下の事も王妃陛下の事も本当は恨んでなんかいないし嫌いでもないんでしょ?なのに決戦にでも行くような…決別するような表情をしながら訓練場を出てったから…心配したんだ」
「っ…」
はにかみながら言うテッタに心臓が強く跳ねたリーナは顔を赤く染めつつも諦めた様に息を吐き捨てた。
「…そんな顔してましたか…?」
「うん…一番最初に気付いたのはシャルだったけど、リーナの事情をまだ知らないティアさん以外全員気付いてたよ。でも…適役は僕とシャルだと思ったからみんなに任せてもらったんだ」
「え…?適役…?」
「私のお母様とお父様は戦死」
「僕の母親は娼婦、本当の父親は知らない。父親代わりの人が犯罪者で母親と一緒に僕の事を犯罪の道具として使った。…今は母親も父親代わりの人も捕まっちゃってるから生きてるかどうかすらわからないけどね」
「……」
「おせっかいかも知れないけど…別れっていつも突然なんだよ…?」
シャルロットの家の事情は知っていたがテッタの家の事情は知らず、このタイミングで聞かされた過去とシャルロットの言葉で適役という意味を悟ったリーナは俯いた。
「ねぇ…リーナ…私はリーナにまで同じ気持ちを味わって欲しくない…本当に別れって突然なの…明日、もしかしたら国王陛下と王妃陛下が病気で死んじゃうかも知れないし、アリア先生も私達もいるから絶対にないけど誰かに殺されちゃうかもしれない…今を逃したらもうこうやって顔を合わせる事も無くなっちゃうかも知れないんだよ…?」
「……」
「…僕は正直両親何て死ねばいいって思ってたからシャルみたいにいい事は言えないけど…僕は本当は犯罪者として母親と同じ様に捕まるはずだったんだ。だけどミネア校長とガイウス理事長、アリア先生にやり直すチャンスをもらった…そのおかげで僕はこうしてリーナ達と仲間になれた。…頭のいいリーナならもう言わなくても僕達が言いたい事わかるよね?」
(逃げるな、チャンスを与えろ…そう言いたいんですね…でも…)
「もう、自分を騙さなくていいんだよ?リーナ」
「っ!?」
まるで思考を読まれた様に発せられたテッタの声…驚きのあまり、俯いていた顔を勢いよく上げると真剣なテッタの瞳に射貫かれ心臓が締め上げられる。
「リーナが家出した時、校門前でばったり会った事あったよね?」
「…あり、ましたね…」
「あの時、リーナの事が凄く大人っぽく見えたんだ。イグニスとの問題が片付いて、また一から女王になるかならないかを考える様になったからだって最初は思ったんだけど…今思えば昔の事で整理がつかない自分の気持ちに蓋をしてその気持ちから顔を背けてただけなんだって」
「……」
「…だからリーナ、もう無理に自分を騙さなくていいんだよ?こんな言い方はずるいけど…アリア先生なら『まだ子供なんだから親に甘えていいのよ、私はあなたのパパとママじゃないからそんな事してあげれないけれどね』って言うはずだよ」
「十分甘やかしてもらってる気がするけどね?」
「確かに」
クスクスと笑うシャルロットとテッタはじっと見つめてくるだけで何も言葉を発さないリーナを回して後ろを向かせ…
「まだ気持ちがぐちゃぐちゃしてるんだったら我慢しないで全部吐き出してスッキリした方がいいよ」
「そしたら今まで甘えられなかった分、いっぱい甘えていつものリーナを私に見せてよ。私はいつものリーナが好きだよ?」
「シャル…テッタさん…」
「「頑張って、待ってるよ」」
「っ…」
立ち止まっていたリーナの背中を優しく押した…。
「…………お父様、お母様」
「「……」」
背後で扉が閉まる音が部屋に響き、赤くなった目元で見つめてくる父と母に近づいたリーナは拳を握りしめ…
「…今から自分の事を棚に上げて八つ当たりをします」
言う。
「イグニスお兄様に操られていたから仕方ないって、過去は過去、今は今とどうにか大人になって自分を納得させようとしてました…許そうともしました…でも…私に刻まれた過去はお父様とお母様の顔を見る度に疼き出すんです…私は悪い事してないのに…私はあんなに訴えたのに…私はあれだけ我慢したのに…それでも助けてくれなかったお父様とお母様を許せないんです…」
言う。
「だってそうでしょう…?今まで事あるごとにイグニスお兄様を見習え…私の事を何も見てきてなかったんですよ…?なのに洗脳が解けてイグニスお兄様が捕まって王位を継げなくなったからって今度は父親面ですか…?母親面ですか…?」
「「……」」
「私がどれだけ辛かったか、私がどれだけ悲しかったか、私がどれだけ苦しかったかお父様とお母様に分かりますか!?」
「…すまない…」
「本当に…ごめんなさい…」
「っ!謝って私の過去が全てが癒えるとでも思っているんですか!?無くなると思っているんですか!?ふざけないでください!!!!!」
今まで溜めていた激情を全て吐き出していく。
「私はっ!!!お父様とお母様が大っ嫌いです!!!!イグニスお兄様はもっと大っ嫌いなんです!!!!!!そうやって弱々しい姿を晒す王も!!!!泣く事しかしない王妃も!!!!他者を陥れる事しか出来ない王子も!!!!泣いて誰かに助けを求め続けていた王女も!!!!!!何もかもが大っ嫌いです!!!!!」
激情に合わせて大粒の涙が頬を伝っていく。
「でもっ…!!!優しかった時のお父様の顔がっ…お母様の顔がっ…!!!私の手を引いて笑顔を向けてくれたお兄様の顔がっ…!!!私に憎ませてくれないっ…恨ませてくれないんですっ…決別させてくれないんですっ…!!!何もかもがぐちゃぐちゃなんですっ!!!!」
俯いた顔を金糸が覆い隠しても流れ落ちる涙。
「これ以上!!!私が大好きだったお父様とお母様をそんな顔で殺さないでくださいっ!!!!!私が尊敬した王と王妃を穢さないでくださいっ!!!!!私は!!!!過去に囚われている今のお父様とお母様が大っ嫌いです!!!!!!」
張り裂けそうな胸を押さえ熱のある息を荒々しく吐き捨て、
「………これがさっきまでの私の気持ちです…今は…こんな私を支えてくれる最高の仲間に恵まれました…こんな私を導いてくれる最高の師に恵まれました…そのお陰で私は一度捨てたはずのハプトセイル王国の女王になりたいとも考えています…だからもう…後ろを振り返るのはやめます」
袖で涙を乱暴に拭い父と母を射貫く。
「私はお父様やお母様の為ではなく大切な仲間の為に、民の為に女王になります。ですがそれは今ではありません。今の私はまだ子供で未熟…だから最高の師から得られるものは全て吸収し、最高の仲間と競い合い、尊敬する現国王と現王妃の姿を見て学びたいと思っています。そして…」
最後は赤くなった目元を隠さず泣き笑いの笑みで言う。
「そんな私の事を…これから父として、母として見届けて…くださいませんか…?」
部屋の中から聞こえる三人のすすり泣く声…そして、
「…私も全力でリーナの事を支えてあげるからね」
「僕も頑張ってみんなを守るよ」
部屋の外で親友と黒猫はお互いの拳を当て合った。




