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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第五章 水姫と水都
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女と弟子

 





「もうじきリーナっちが来ると思うっすからもう少し待っててくださいっす」


「う、うむ…」


「わかったわ…」



 王城でのユリの対応の落差と常識外れの馬車の中、もう少しで家出をした娘が来るという現実に居心地の悪さを感じているイヴィルタとメルクリアから視線を外したユリは、新しくアリアが拡張した三つの部屋の内の一つに入った。



「待たせたっすねーアーデっち。あたしがアーデっちの事を教えるユリちゃん先生っすよー」


「……」


「おー、めっちゃ集中してるっすねぇ」



 温かみのある壁と床、様々な調理器具が吊るされた広い銀色のキッチン、中央には肉を解体する大き目の台、そんな部屋でククルと同じく分厚い本の隅々まで視線を走らせてぶつぶつ呟きながら頭に情報を叩き込んでいるアデルが居た。



「おーい、アーデっちー」


「…っ!?す、すみまぶっ!?」



 背後に回り、ユリが後ろから本を強制的に閉じた事で後ろに人がいる事に気付いたアデルは勢いよく振り向きユリの大きな胸に顔を突っ込んだ…。



「わーお、大胆っすね?でも残念っす、この胸はアリアっちのもんなんっすよ」


「に…憎い…」


「んー?アーデっちはおっきい胸が憎いんっすか?」


「……」



 ユリの胸を睨みつけながら自分の胸に手を置くアデル…そんなアデルを見たユリはクスリと笑みを浮かべて空いている椅子に腰を下ろした。



「まぁ、隣の芝生は青く見えるって言うっすからねー。アーデっちはアーデっちの武器を磨くといいっすよ?」


「…お決まりの文句は言わないんですか?」


「お決まりの文句っすか?…あー、あれっすか?胸なんか大きくても動くのに邪魔だし肩凝るし、変な男がジロジロ見てくるからいいもんじゃないよっすか?」


「……」


「あたしはこの大きい胸どころか全身が女の武器だって思ってるっすからそんな事言わないっすよ?逆に自慢するっすけどね?」


「…まぁ、そうですよね…ユリ先生みたいに美人なら当たり前ですよね…」


「そうっすよ?みんなだっていい成績を取ったら自慢するっすよね?美味しい料理が出来たら、切れ味のいい包丁が手に入ったら自慢するっすよね?高い宝石を手に入れたら自慢するっすよね?SSSランク冒険者になったら自慢するっすよね?だったらあたしは自分の事を最高の女だと自慢するっすよ」


「……」



 女性にしては高い高身長、細く煌めく銀の髪、大きく綺麗な赤の瞳を際立たせる長い睫毛、整った鼻、小さく瑞々しい唇、肌は穢れを知らない処女雪の様な白、余計な筋肉は無く長く細い四肢、服を裂きそうな程膨らんだ胸、華奢で折れてしまいそうな細い腰…対して自分は綺麗な銀ではなくくすんだ鈍色、綺麗と言われた事の無い少し癖のある鈍色の瞳、分厚く重い眼鏡を乗せ続けた鼻、何度も徹夜を繰り返し寝不足で荒れた唇と肌、四肢は長くとも綺麗ではなく、大人びた顔付きに似合わない幼児体系の胸と度重なる味見で少しだけ気になるお腹…自分もユリと同じ見た目ならそうやって自信満々に生きれたのかなと考えて背中を丸めるアデルだが…



「何背中曲げちゃってんすか?そんなんじゃいい女が下がるっすよ?」


「…え?」



 ユリの言葉に耳を疑うと顎を掴まれて嘘偽りの無い赤い瞳と目が合った。



「アーデっちが何を思っていい女としてるのかはわかんないっすけど、アーデっちはいい女っすよ?」


「え…で、でも…ユリ先生みたいに私…」


「そりゃそうっすもん。あたしはあたし、アーデっちはアーデっちなんすからあたしになるのは無理っすよ」


「……」


「あたしだってお風呂に入って髪の毛を綺麗にしなきゃボサボサになるっす。食べ過ぎればお腹も出て肌も荒れるっす。この胸だってぐーたらしてたら形が崩れちゃうっす。でもそうならない様にあたしはあたしなりに努力してんっすよ。そうやって努力してきてものが今のあたしなんすから、それを誇るのは当然っすし、あたしとは全然違うアーデっちがあたしみたいに努力してあたしになる事は無理なんっすよ」


「……」


「一回テストで1位の成績を取って慢心して勉強しなけりゃ次の成績はボロボロなるっす。料理道具も腕も磨かなきゃ味も腕も落ちるっす。宝石だって磨かれなきゃ埃を被って本来の美しさが無くなるっす。SSSランク冒険者っていう地位に甘えて贅沢を重ねれば腕は落ちていつか死ぬっす。だからあたしはアリアっちに綺麗だって思われる様に、エロイって思われる様に、好かれる様に努力しまくってるっす。…別にアーデっちを励ましたいだとかそんなご高尚な理由じゃなく本心を言うっすけど、あたしからしたらアーデっちはあたしには無い魅力を持ったいい女だと思うっすよ?」


「ど…どう言う事ですか…?」



 顎を掴まれながら再度聞こえるいい女という言葉…自分の何処がいい女なんだと問いかけるとユリはアデルを立たせて一つ一ついい女たる理由を述べていく。



「まず髪っすね。ちゃんとブラシを通してるからか絡みも痛みも無くてサラサラっすし、あたしはストレートっすけどアーデっちは少しウェーブがかってるんでヘアアレンジ次第で同じ年代の女の子より大人びて見えるっす。それにこの鈍色っすけど光の当たり方で銀にも黒にも見えるじゃないっすか。あたしの銀髪なんて光に透かしても銀っすよ?三倍お得っすよ」


「…そんな事言われた事も思った事も無い…」


「まだあるっすよ?次に目っすけど、若干切れ長でクールな印象っすし睫毛も長いっすから眼鏡を外したら余計大人びて見えるっす。鼻も形いいっすし、それに唇っすけど色んな料理の味見をしてるんすからちゃんとケアをしてあげれば綺麗になるっすし、アーデっちの年頃なら肌あれだって普通っす。保湿とかちゃんとすれば問題なく綺麗になるっすよ」


「あうっ!?」



 目を見つめられながら頭、目、鼻、唇、頬とユリの指が這っていくとその指は止まる事無くアデルの細い首筋から胸へと進んでいく。



「首も綺麗っすし胸の感度もいいじゃないっすか。大きさより感度っすよ」


「んんっ!?」


「このお尻にかけての腰のラインが綺麗っすし」


「んっ…」


「お尻だって柔らかいっすしここも…」


「ちょ、そこっ…あっんくっ!?」



 別の生き物の様に蠢くユリの指に耐えられなかったのかアデルは顔を真っ赤にして床にへたり込み、ユリは指に残っている感触を確かめながら笑みを浮かべた。



「やっぱ感度いいっすねー。でも、アーデっちをいい女だと思う最大の理由は外見でも感度でもないっす」


「…何なんですか?」


「誰かの為にご飯を作ってあげたいって思うその考えっすよ」


「………料理なんて誰でも出来ます…」


「んーや、シエラっち、シリカっち、ククルっち…特にシエラっちとシリカっちの()()()()の為にっすよね?」


「っ!?」



 自分が何故料理の道に進んだのか、その理由は()()()()()知らないはずなのに何故ユリが知っているのかと目を見開いた。



「あー、アリアっちとランっちには教えたっすけど本人達に教えるなんて無粋な事はしてないっすよ?」


「…何で知ってるんですか…?」


「んなのアリアっちに探してってお願いされたからっすよ。だからあたしは探していい女だと思ったアーデっち達に目を付けて調べたっす。でも、お父さんの事に関しては調べた情報を繋ぎ合わせたあたしの予想っすから当たっててよかったっす」


「……」



 さっきまでの親しみやすく嫌でも綺麗だと思ってしまう表情から妖艶で蠱惑でミステリアスな笑みに変わり…



「こと女に関してはアリアっちよりもあたしの方が理解してるっすし、その魅力の引き出し方も心得てるっす。料理の腕はアリアっち、ランっち、あたしはほぼ同じレベル…これ程適任な教師はいないっすよ?なるっすか?最高の女に」


「…はい、私を…最高の女にしてください」



 銀色のブレスレットを差し出すサキュバスに魅入られた少女は耳に小さな重みを加え女性へと変わり始める…。





 ■





「馬車の中にこの設備があるのは驚きだけど…何というか…」


「普通…それに据え置きの設備だけで槌も素材も燃料もない…」



 馬車の中の一室…アリアが一晩で作った石造りの鍛冶場はシエラとシリカの工房と比べて設備は普通過ぎたが、ランは唯織達から預かった銀色のブレスレットを腕に通し一つずつ木で出来たテーブルの上に武器を並べながら口を開く。



「豪華な設備も燃料もいらねぇよ。炉があって金床があって槌があって…便利な魔法なんかもある世界じゃ鍛冶なんて何処でだって出来っからな」


「っ!?まさか空間収納…!?」


「すごい…!伝説の勇者様の魔法…!!」


「あー…そういやまだ渡してなかったな。ほら、シエラとシリカの分の()()()…お伽話の勇者様が使ってた伝説の魔法、空間収納が使える魔道具だ」


「っ!?わ、わわわっ!?」


「ちょっ!?そんな投げないでっ!?」



 何もない空間から武器を取り出す姿に目を落とさんばかりに見開くシエラとシリカに苦笑したランは追加で銀色のブレスレットを二つ放り投げ、二人は人生で初めて命を賭けてブレスレットをキャッチした…。



「そん中にあたいからお前達にプレゼントを入れておいた。実際に魔力を流して使って取り出して見な」


「ま、マジか…これ一つで簡単に命を狙われる…ヤベェ…」


「本当に非常識(こっち側)に…」



 今、自分達が腕に通そうとしている銀色のブレスレットがどれだけの価値を秘めているのか考えるだけで心臓が止まりそうになりながらも二人は腕に通して魔力を流し、独特な感触の空間を弄ると手に何かが当たりゆっくりとその空間から引き抜いていく。



「これは…ランさんと同じ服…?」


「おう、その服を着てりゃ火山の火口だろうが汗一つかかねぇで済むし、雪山で凍死する事も無くなんぜ」



 まずシエラが引き抜いた物はランが着ている真っ赤な袴と真っ白なサラシ…着ているだけでどんな温度でも快適なものに調節が出来るというインチキ染みた魔道具作業着。



「包帯…?」


「それは耐火性に優れたテーピングだ。ちなみにそれを巻けば純血のドワーフにも負けねぇぐらい腕力が出せる様になんぜ」


「と言う事は…もう火傷しない…?でも肌感が…」


「あたいが鍛冶師に大切なもんを損なう様な物を渡すと思ってんのか?肌感も失わない様になってっから安心しな。まぁ、巻いて見りゃわかる」



 次にシリカが引き抜いた物は真っ白な包帯…テーピングと言う名の腕力を底上げする魔道具で、鉱石を叩いた感触、飛び散る火花でどの程度鍛えられたのかを肌で感じていたのが分からなくなると懸念を漏らしたが、それすらも問題なく分かると言うまたインチキ染みた魔道具。



「これは…槌と携帯炉と携帯金床…ですか?」


「ああ。その炉は魔力を込めれば着火出来て魔力量に応じて火力の調整が出来るだけじゃなくその温度を常に保つ優れものだ。金床は強化された力でぶん殴っても壊れないだけじゃなく、魔力を流せば好きな大きさと形状に変えれる。槌は魔力を込めればその分だけ重量が増える様になってんぜ」


「今までの常識が壊れるなこれ…」


「何処でも鍛冶が出来る…凄すぎます…」



 鍛冶の為の神器と言っても過言ではない品々に引き攣った笑みを浮かべるシエラとシリカに笑みを浮かべたランは二人の耳に小さな重みを加えた。



「そのイヤリングは唯織達の仲間、アリアの教え子の証だ。絶対に外すんじゃねえぞ?」


「「…わかりました」」



ほんの数グラムの重み…その重みで改めて自分達が非常識(あちら)側の人間になった事を自覚し自然と表情が引き締まる。



「…いい面構えになったな。んじゃ、移動時間を使ってお前らの資質と才能を確かめさせてもらうぜ。アリアとユリからは聞いてるが…あたいは自分の目で確かめてぇ」


「「…親方、お願いします」」



ランの表情も引き締まり、自然とランを親方と呼んだシエラとシリカはランが空間から新しく取り出した二つの黒インゴットを見つめる。



「お前らはこのインゴット…どう思う?」


「「……」」



全く同じ色、全く同じ見た目、全く同じ重量…素人目では同じ物にしか見えないインゴットを交代で手に取り確かめた二人は一つ頷き合って同じインゴットを指差す。



「こっちのインゴットの方が質が良い。不純物が無い」


「更に言えばこれは武器向けのインゴットです。もう片方のインゴットは同じ素材ですが廃材を纏めて精巧に偽造した死んだインゴットです」


「ほぉ…?ならこのインゴットと比べるならどうだ?」



二人の回答に興味をそそられたランは空間から錆びて状態の悪い銀インゴットを取り出すとまた二人はじっくりと観察し、シエラは銀インゴット、シリカは黒インゴットを指差す。



「あーしはこっちの銀インゴットだ。このインゴットは柔軟性に優れていて衝撃を分散させる事に向いてる。防具に向いたインゴットだ」


「あーくしは武器専門なのでそのまま黒インゴットです」


「へぇ…」



今度は両者別々のインゴットを指差しそれぞれの分野に適した答えを出したのを聞いたランはニッと口端を上げた。



「いい眼を持ってんな?生まれた時から判んのか?」


「生まれた時はなんかこっちの方がいいとかそんな感じだったが…」


「こうやって確信を持って理由を答えられる様になったのは鍛冶を始めてからです」


「資質が才能によって開花したか、才能が資質に追いついたか…どちらにしろお前らはあたいより資質も才能もある。こりゃ育てんのが楽しみだな」



見ただけでインゴットの状態と質、更には同じインゴットでも若干の違いを見抜き武器に向いているのか、防具に向いているのか判別出来る二人が何処まで成長するのか楽しみに思ったランは、



「っし、合格だ。んじゃ、ちゃっちゃと全員の武器と制服を整備すんぞ。とっとと着替えちまいな」


「「はい!親方!!」」



 新たな弟子達の頭を優しく撫でつけた…。

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