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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第五章 水姫と水都
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矛盾とメス

 





「あーーもう遅いなぁ~…早く海行きたいのに~…」


「ししょ…姉さん、まだ30分も待ってないじゃないですか…どうせ一日は移動に費やすんですよ…?」


「わかってるけどさぁぁぁ~…誰かに待たされてるって思うと早く早くってなるじゃん?」


「その待ってる相手はこの国の王様ですけどね…」



 馬車とは思えない快適で真っ白な空間…アリアが待っても来ない国王と王妃を王城まで迎えに行ってから30分、唯織と詩織は時間を持て余した黒い旧制服と白制服を着たテッタとティア達がティリアと組手をしている光景を少し離れた場所で見ていた。



「……ねぇ、いおりん」


「…何ですか?」


「絶対に無理だけはしないでね?」



 心配そうに告げられた「無理だけしないでね」という言葉にてっきり止められると思っていた唯織は目を丸くし、身体中の過去()を撫でながら笑みを浮かべた。



「…はい、ありがとうございます。僕はてっきり…姉さんに止められると思ってました」


「んー…そりゃ止めたいけどさぁ…今のいおりんなら行くのやめないでしょ?」


「…はい。今回はアリア先生達が解決するので僕が出来る事は無いと思いますが…それでも僕達だけ寮で待ってて終わったと聞かされるよりはその場にいて何かの助けが出来ればと…それに、何か出来るかも知れないのに背中はもう向けたくないですから…」


「そう言うと思ったよ…でも、いおりんにはかなり根深い心傷(トラウマ)がある…何度でも言うけど絶対に無理はしないで」


「はい、その時は姉さんが助けてください」


「…ん!おっけー!」



 お互い笑みを浮かべ、一際大きいドンッという音でテッタ達に視線を向けるとテッタ達は床に寝そべりながら疲労に喘ぎ、死屍累々の中心には残心を残したティリアが立っていた。



「…もう無手じゃ絶対に勝てないですね…」


「うん…神書を使って大きくなったとしても無手じゃ絶対に無理…前までは貴族の名前を聞くだけで腰を抜かすぐらいザ・村娘だったのに今じゃ武神…元々才能があったのか、アリアちゃんの教え方が凄いのか、それとも両方なのか…本当に人って変わるんだねぇ…」


「そんな事を言ったら姉さんが一番変わったと思いますよ?不老不死から神の子供…身体も考え方も前とは別人ですし」


「んー…確かに?」


「まぁ…僕は何も変わってないですけどね…」


「……」



 復讐に憑りつかれた復讐鬼…どんなに仲間に恵まれようと、どんなに経験に恵まれようとも唯織の本質は自分を売った両親への復讐を果たす為に生きる復讐鬼…その復讐を止めるつもりも無いし、何なら全力で手伝うつもりの詩織は…()()()()()



 復讐を果たせば念願が叶ったと達成感を得られる…だが、テッタ達という枷と鎖を得た今の状況で復讐を果たそうとすれば唯織はきっと復讐を果たしても、果たさずとも後ろめたさと罪悪感に押しつぶされて離れて行ってしまう…なら、その()()()()()()()()()()と。



「…ねぇ、いおりん…?」



 テッタ達が立ち上がり、赤いポーションを飲み干し、もう一度ティリアに戦闘態勢を取って挑む…その僅かばかりの時間は両者の間に沈黙を生み、唯織のしたい事の為に復讐を止めたくない気持ち、唯織の今後の為に復讐を止めたい気持ち、その矛盾が詩織の頭をぐちゃぐちゃと冒し乾いてくっ付く口をどうにか動かした詩織は、



「みんなお待たせっすー!両陛下を乗せて王都を出たっすよー!アンジェっち、フリッカっち、シロとクロの手綱を任せるっすー!」


「っ!ああ、任せてくれ!」


「うん!」


「…」



 ユリが王都を出たと伝える為に現れ、嬉しそうにユリの元へ向かうアンジェリカとフレデリカの姿を見て気持ちに封をした。



「…?姉さん?」


「…移動中は暇だし私達も組手に混ざろっか」


「そうですね、僕も無手での戦闘をもう少し詰めたいと思ってたので」



 今まで復讐を止めたいなんて思わなかった詩織は本当に自分も変わったんだなと思いつつ、旧制服を着た唯織と一緒に武神へ果敢に挑み始めた…。



「…すみません、わたくしは少し休憩しますわ」





 ■





「アリア教諭!代わろ…う?」


「アリア教諭!代わ…る?」


「あらぁ、早いですねぇ?」



 景色が高速に流れる御者台で手綱を握っている色と狼の特徴しか似ていない、長い髪を三つ編みにして胸の前に下ろしている軍服姿の小さな少女がアンジェリカとフレデリカを柔らかい笑みで迎えた。



「アリア教諭のその姿も…あの少年の姿の様に別の身体なのか…?」


「そうですよぉ」


「少年姿の時も思った…別人過ぎ。雰囲気全然違う…もしかしてまだ身体ある?」


「ふふふ、流石にもうないですよぉ。この地図を渡しておくので手綱を任せますねぇ?」


「ああ、任せてくれ」


「ん、任せて」



 おっとりした雰囲気の小さなアリアはアンジェリカとフレデリカに手綱を渡し、馬車の中に戻ると自分の部屋に入って行くリーナとその後に続く様にイヴィルタとメルクリアが部屋に入って行くのを見つけた。



(…ふふっ、自分から歩み寄ったんですねぇ…)



 馬車に着いた時、娘と顔を合わせたらどうしたらいいのかとあたふたしながらユリと話していた二人と、女王になるのなら絶対に避けて通れない事柄に向き合い始めたリーナに笑みを浮かべ、空間魔法で拡張した新しい三つの部屋の一つに入ると…



「……違う…()()()()()()()()…あんな凄いポーションが作れる人が作れないはずない……」



 真っ白で清潔感のある部屋に真っ白の水道付きテーブル、様々な形をした透明なガラス瓶が納められている棚、真っ白で見た事の無い小さな車輪が付けられた白い板、一目で研究室だと分かる一室の中心で真剣な表情を浮かべながら分厚い本をパラパラと高速で捲っていくククルがいた。



「何を調べているんですかぁ?」


「…違う…これじゃない…これでもない…」


「ククル?聞こえてますかぁ?」


「アリア先生なら絶対に…絶対に作り方を知ってるはず…」


「ククル~?」


「どこ…これでもない…」


「ククル!!」


「ううひいっ!?!?」



 夢中になりすぎてアリアの声が聞こえていなかったのかアデルがアリアの大声で飛び上がり、盛大に転ぶと大きな目をパチクリさせた。



「…へ?あ、アリア先生ですか…?」


「そうですよぉ。これから授業をしてあげようと思ったんですがぁ…何を探していたんですかぁ?」


「っ…」



 そう言うとアデルはしまったと言う風に目を見開きながら口を押えるが…すぐに観念して重苦しく息を吐き捨てた。



「はぁ……探してた……はい、探してました…」


「よかったら教えてくれますかぁ?」


「…絶対に誰にも言わないですか?」


「…?誰かに聞かれたらまずい事なんですかぁ?悪い事に使わないんだったら何も聞きませんよぉ?」


「いえ…実は…」



 黒い方の狼耳に口を近づけ囁くアデルの声がくすぐったかったのか狼耳を何度かピクピクと動かしたアリアは目をスッと細めた。



「なるほどぉ…事情と考えはわかりましたぁ。でもぉ…それを相手が望んでいなかったらどうするんですかぁ?」


「そうなったとしても…世間では需要があると思いますから…」


「ふむぅ…わかりましたぁ。本当は水人族用の薬を作ってもらいたかったのですがぁ、先にその薬を作りますかぁ」


「っ!?や、やっぱりあるんですか!?」


「ええ、ありますよぉ。…ただぁ…んぅー…」


「…?」



 真剣な表情を浮かべて詰め寄って来るククルに動じずに顎を指で摘まみながらアリアは思考の海に溺れていく…。



「…?先生?」


「…あぁ、ごめんなさいねぇ…少し色々考えてましたぁ。それじゃぁ早速…と言いたいのですがぁ、これをあげますぅ」


「っ!?ど、何処から…」


「お伽話の勇者様が使ってたとされている空間収納の魔法ですよぉ。…そしてぇ、この銀のブレスレットはその空間収納が使える魔道具ですぅ」


「へ…?ええええええ!?」


「とりあえず腕に通して魔力を流して中に入っている物を取り出してみてください~」



 空間収納から取り出した銀のブレスレットに腰を抜かす程驚いたククルはアリアの言う通りに魔力をブレスレットに流し、自分の手が空間に消えた事に再度驚きながら中の物を取り出していく。



「…こ、これは…ペン型のナイフ…?それにこの鞄…見た事ない器具がいっぱい…」


「はい~。それはメスという人体を切る小刀ですぅ。そのバッグは医療バッグですねぇ」


「武器と応急キット…と言う事ですか?」


「ですねぇ。メスは一応武器としても使えますがぁ…どちらかと言うとぉ…人の内臓を切り取ったりするものですぅ」


「…えっ!?」



 猟奇的な事を言い出したアリアにぎょっとしながら距離を取ると、アリアは口に手を当ててニッコリ微笑む。



「ククルは何で回復魔法で病気が治せないか知ってますかぁ?」


「…そ、それは…そういうものだからですよね…?」


「違いますよぉ。これから医学、薬学を学ぶ者としてそういう漠然とした答えをしたらダメですよぉ?」


「い、医学…?…で、でも、それが世界の常識で…だから薬というもので病気を…アデルもそれでご飯で病気を治すって…」


「もうククルは非常識(こちら側)の人間ですよぉ?」


「っ!?…そ、その理由を先生は知ってるんですか…?」



 そう問うとアリアは笑みを仕舞い、真剣な表情で車輪のついた真っ白の板の前に移動し黒いペンでサラサラと文字と絵を描いていく。



「包丁で指を切った、転んで膝を擦りむいてしまった、物にぶつかって腫れてしまった…この程度の軽傷なら初級回復魔法『ニル・ヒール』で治せます。切り傷、深い切り傷、裂傷、血が流れる様な流血の怪我、軽度の火傷なら中級魔法の『ニル・ハイヒール』、千切れかけている四肢や骨折、皮膚が焦げる程の火傷に関しては上級魔法の『ニル・エクスヒール』、そして瀕死の状況、四肢の欠損等は最上級魔法の『ニル・セイクリッドヒール』で癒す事が出来ます…まぁ、欠損に関しては落ちた腕や脚等が無ければ無理ですけどね。ですが…最上級魔法でも病気だけは癒す事が出来ない。その理由は外から加えられた外傷を対象に人体に備わっている自己修復能力、治癒力を高めて傷を癒す魔法だからです。そして何故回復魔法に強弱があるかなのですが、これは人体に生成される魔力が勝手に外部からの魔法を弾こうとしてしまうのが原因ですね」


「…え?そ、そうなんですか…?」


「はい。回復魔法の定義について説明した所で次に状態異常と病気についてです。状態異常というのは外から加えられた体調の変化。病気というのは人体の内側から発生する体調の変化と考えてください」


「外と内の体調の変化…?」


「はい、体調の変化は外から加えられた()()ではないので回復魔法では癒せません。毒薬を飲まされたり、痺れ薬を塗ったナイフで切られたりと()()()()()()()()()調()()()()であれば聖女の聖水や、昨日見せたキュアポーション、上級魔法の『ニル・キュアヒール』で解除、癒す事が出来ますが外傷は癒えません。…で、内側から発生する体調の変化ですが…外から加えられた外傷でも体調変化でもなく、自分の食生活や環境で()()()()するものなので回復魔法も状態異常回復魔法も効かないんです」


「自然発生…そっか、外から加えられたものじゃないからそれが本来の自分、自分の一部として正常だと…」


「はい、正解です。この世界には白の魔色を持つ者がいたとしても回復魔法は中級までしか使えない人が大半、上級魔法が使える者は国や貴族のお抱え、神殿のお抱え、最上級魔法なんて本当にごく限られた一部の人間のみになってしまいます。普通の人はそんな雲の上の人から治療も施してもらえず死んでいってしまいます。…だからそれをちゃんと理解し、()()()()()()()()()()()で病気と外傷を癒し、大勢の命を助ける事が出来るのはククルなんです」


「知識と技術で病気を治す…そんな事が私に出来るんですか…?」


「ええ、私が教えれば問題なく」



 そんな事が出来たら世界の救世主…荒唐無稽な事を自信満々に言い放つアリアの言葉は重く押しつぶそうとするが、それと同時に絶対の安心を与えてくれるような言葉に自然と首を縦に振った。



「…ふふっ、そんなに身構えなくて大丈夫ですよぉ。身体の悪い所を切り取ってポーションをかけて元に戻して汚染された身体を薬で元の正常の身体に戻すだけですからぁ」


「…そんな事が出来ないから人は怪我と病気で死ぬんですけどね…」


「それを出来る様にククルの事を育ててあげますよぉ。ささっ、他の物を取り出してください~」


「…本当に非常識(あっち側)の人間になるんだなぁ…」



 まだ常識側に立っていたククルは若干の諦めと共に苦笑を浮かべて止まっていた手を動かし、続いて白衣、手袋、眼鏡、唯織達と同じデザインのイヤリングを取り出した。



「メスは金属鎧もスパっと切れちゃう程の切れ味でぇ、相手に痛みをあまり与えない様に痛覚を麻痺させる雷魔法が付与されてますぅ。悪用しちゃダメですよぉ?」


「す、すごっ…」


「白衣と手袋は自浄機能と自動修復機能が付いていて汚れをキレイにするだけではなくぅ、魔力を流せば解れた部分も破れた部分も直してくれますぅ。血が付いたメスを白衣で拭えば白衣もメスもピッカピカですねぇ」


「な、なるほど…」


「次に眼鏡ですがぁ、それをかけると()()()()()()()()が出来るのと同時に相手の身体を見ると透けて見えますぅ。身体の悪い箇所なんかは濃淡で表示されますよぉ」


「っ!?あ、アーデの血統魔法と同じ!?身体が透けるってどういうことですか!?」


「まぁ、かけて見ればわかりますよぉ」



 ククルの髪色と同じ薄桃色のメガネをかけるとアリアが空間収納から取り出したポーションの鑑定結果がレンズに現れた。



「す、すごっ…何これ…!」


「ふふふっ、眼鏡の縁のダイヤルを回すと私の身体を透かして見る透視モードになるので確認してみてください~」


「っ!?ひ、人の骨ってこんな風になってたんだ…」


「ええ、私は健康体なので悪い所は見つからないと思いますがぁ、血の巡りが悪かったり疾患を抱えてる人が居ればその部分が白い靄みたいに見えますぅ」


「こ、こわっ…」



 透かした状態で骨が喋っているという若干ホラーな光景にすぐダイヤルを回して鑑定モードに切り替えるククルは…



「最後のイヤリングは私の生徒の証であって唯織達の仲間の証ですぅ。絶対に外さないでくださいねぇ?」


「わ、わかりました…」


「ではぁ…脳が焼き切れるまでお勉強といきましょうかぁ。かなりハードにいきますのでしっかりと付いて来てくださいね?」


「はい…!お願いします先生!」



 多くの命を救う為に日常と常識に別れを告げ、世界にメスを入れる…。

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