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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第五章 水姫と水都
141/157

遠足当日

 





「……」



 朝なのにカーテンを閉め切る薄暗く豪奢な部屋、その部屋の中央に鎮座する天蓋が下ろされたベッド、そのベッドから香る独特な香りのお香…正常な思考を奪う匂いに抗う為に唇を噛み締め、天蓋が下ろされたベッドで何かが動けば聞こえてくる女性の悲鳴に駆け付け、その悲鳴を上げさせている何かを殴りつけたくなる衝動を掌に爪を食い込ませて堪える女性がいた。



「……お前の提案で残したがもうこいつは使えない、処分しておけ」



 少し高めの男の声…その無慈悲な言葉と共に天蓋から吐き出された女性は泡を吹き、白目を剥き、裸体には赤く生々しい傷跡が残されていた。



「……かしこまりました、オーバルセル・アトラス陛下」



 怒り噛みつきたくなる口を落ち着かせ、憎しみで震えそうになる声を必死に抑えて吐き出された女性を布で包み、優しく抱き上げるとまた無情にも男の声が聞こえてしまう。



「アリス、代わりを連れてこい。次は二人だ」



 これで何百人目だ…何百人犠牲になればいい…何百人壊されればいいんだ…何時までこんな地獄が続くんだ…もうたくさんだ…もうどうなってもいい…そんな気持ちが膨れ上がったアリスは、



「………オーバルセル・アトラス陛下、お言葉ですが『だったら喋るな、代わりを持ってこい。また壊されたいのか?』…かしこ…まりました…」



 言葉だけで自分の身に刻まれた過去を掘り起こされ、身体の自由と思考が奪われ抵抗する事も出来ずに女性を抱きながら部屋を出た…。



「ごめんなさい…守ってあげれなくてごめんなさい…でも…もうすぐだから…」



 悲哀と後悔に満ちた声色でそう呟くアリスは…



「もうすぐあの方達がこの国を壊してくれるから…」



 ()()()()()()()()()()()()()()()を歪め憎悪と復讐の炎を瞳に灯す…。





 ■





「…ら……ほらティリア起きて」


「……んぅ…?」


「寝ぼけてないで起きて。さっきアリア先生がご飯食べに来いって言ってたよ」


「んんっ…んー…」



 時刻は朝6時…身支度を整えつつあるティアの手によってカーテンが開き、部屋に朝日が取り込まれるとティリアは夜更かしした目を擦りながらユリが選んだのか自分が選んだのかわからない黒の下着姿をベットから晒した。



「んっー…ふぁっ…おはようお姉ちゃん」


「…」


「…お姉ちゃん?」



 伸ばされた身体で主張し続ける胸…似ているが故に自分があの下着を付けたらこんな風に見えるのかと鏡を見ている様な気分になっていた。



「私もユリ先生に下着選んでもらおうかな…」


「え?」


「何でもない。制服用意しておいたから私は先に降りてるね?」


「…うん、私もすぐに行くね」



 ドアが閉まる音を聞きいたティリアはティアが用意してくれた畳まれたシャツに腕を通し、スカートに足を通し、脚をソックスで覆い、ネクタイを締め、ジャケットを羽織り…



「髪…伸びて来たな…」



 胸辺りまで伸びた髪の寝癖を直し、黒縁のメガネをかけて皆が待つ食堂に向かう…。





 ■





「ティリアも来たみたいだね」


「す、すみません…寝坊しました…」


「んや、早めに呼んだから時間通りだよ」



 アリアと赤いワインの様な液体が入った瓶をもの欲しそうに見つめるユリが長いテーブルの上座側に座り、今日は対面側には詩織、唯織、テッタ、リーナ、シャルロット、ティリアが座る側にティリア、ティア、リーチェ、アンジェリカ、フレデリカという席順で皆から朝の挨拶をもらいつつ遅れてティリアも席に着くと、アリアの隣に()()()()()、フレデリカとシャルロットの隣に二つずつ、()()()()()()が増えている事に気付いた。



「とりあえず今日の流れを伝える前に新しい仲間を紹介するよ。入って来ていいよ」



 アリアがそう言うと近くの扉から毛先に行く程白くなる真っ赤なポニーテールの美女と昨日出会ったばかりの緑制服の面々が現れた。



「まずはラン。しばらくはこっちでみんなの面倒を見る事になったよ」


「祝勝会ぶりだな。よろしく頼むぜ」



 赤地に金の複雑で芸術的な刺繍が施された羽織りにサラシ、真っ赤な袴姿のランがアリアの隣に座ると唯織、テッタ、ティリア、ティア以外の皆が残りの四人に対して首を傾げたり、「詩織ちゃんレーダーに引っかかったのはお前達か…?」と見てくる約二名の視線を受けながら残りの面々も自己紹介をする。



「えー…あー…あーしはこれからみんなの防具の整備をする事になった座学学部鍛冶部門二年特待生のシエラ・エルブランドだ。気軽にシエラって呼んでくれ、よろしく頼む」


「あーくしは武器の整備をする事になった座学学部鍛冶部門一年特待生のシリカ・エルブランドです!先輩方よろしくお願いします!シリカって呼んでください!」


「ポーションを作ったりとみんなの治療を任された座学学部薬学部門二年特待生のククル・テスタロッサ、ククちゃんでーす!よろしくねー!」


「食事や体調管理を任された座学学部料理部門二年特待生のアデル・カルシュテイン、アーデって呼んでね。今日の朝食はアリア先生に教えてもらいながら作ったから改善点があったら教えて欲しい、よろしくね?」


「と言う事で、僕達の代わりを務めてくれる事になったからみんな仲良くするようにね」



 全員が席に着き、空席も全て埋まるとセルジュがメイドを引き連れてアリアとアデルが作った料理が皆の前に並び、「頂きます」と声を揃えて食べ始めると…



「そのまま食べながら聞いて欲しいんだけど、今日の流れを説明するね?」



 と、アリアが口を開き指を鳴らすと皆の前にハプトセイル王国とアトラス海王国を光線で繋ぐ半透明の板が現れ、唯織達も若干びっくりしていたがリーナは「なるほど…これは使えそうですわね…」と呟き、今日から参加のシエラ達は最高にびっくりしていた。



「まず、朝食を食べ終わったら馬車に荷物を詰め込んで王城に向かいイヴィルタ・ハプトセイル国王とメルクリア・ハプトセイル王妃と合流して王都を発つよ」



 早速四人程非常識(こちら側)の洗礼を受けたのかげほごほとむせるが、アリアはお構いなしに説明していく。



「ハプトセイル王国からアトラス海王国までの道のりは通常の馬車で約半月程かかるけど、シロとクロにお願いすれば一日で着く。で、アトラス海王国のオーバルセル・アトラス国王との会談は今日から五日後…移動に一日、遊びに二日、入国と休憩で一日、会談という流れでスケジュールを組んでるよ。…あ、転移魔法ならすぐじゃんとか野暮な事言うのは無しね?」



 四名程わけがわからないと目を白黒させていたが、リーナ達は少し顔を赤くしつつも初の海水浴というイベントに心を躍らせ、唯織は少しぎこちない笑み、ティリアとティアは真剣な表情を浮かべた。



「で、会談なんだけど…流石にみんなは同席出来ないから馬車の中から見ててね?」


「まぁ…そうですわよね…」


「まぁね。正直この計画はティリアのお願いを叶える為に僕とユリの二人だけでやろうとしてたし、巻き込むべき人はもう巻き込んだから僕達からしたらもうティリアのお母さんを救うのは確定事項、会談自体茶番なんだ。だからみんなは気負わずに顔合わせと歓迎会を兼ねた海水浴を楽しむだけでいいよ。と言う事で、食べ終わったら各自馬車に荷物を積み込むよーに」



 ハッキリそう言い切るアリアは頼もしいもので皆は安心して朝食を食べ進め、アリアは一足先に皆より少ない朝食を食べ終えるとそのまま食堂を後にし、改造馬車と幻想馬のシロとクロを寮の門前に出した。



「よーし、シロ~クロ~?今日はいっぱい走るからちゃんと食べるんだぞー?」


「「――――!」」



 シロとクロの前に両手から出した白炎と黒炎を近づけると上機嫌に鼻を鳴らしながら喰らい付き、鬣と蹄、尻尾の炎の勢いが増して身体も一回り大きくなっていくのを笑みで見守っていると、



「何か大きくなってますわね…」


「しかも炎食べてる?」



 小さなトランクを手に持ったリーナとシャルロットが前に見た時よりも大きくなっているシロとクロを優しく撫でつけた。



「この子達は炎の馬だからね。普通のご飯も食べるけど、炎の方が好きなんだよね」


「「ふぅん…」」



 そう言うとリーナは魔力量に物を言わせた荒々しい炎を、シャルロットは繊細な魔力操作で力強くも静かで優しい炎を手にシロとクロの鼻先へ近づける…が、



「「―――」」


「…ですわよね」


「何か普通にショック…」


「あはは…」



 スンスンと鼻を鳴らしたかと思うと不機嫌そうに顔を背けてアリアの白炎と黒炎を食べ始めた。



「簡単に例えるとリーナの炎は調理どころか血抜きもしてない獣肉。シャルは血抜きも調理も出来てるけど見栄えだけの貴族料理で美味しくない…って所かな?」


「獣肉…」


「貴族料理…」


「こればっかりは魔法の熟練度とシロとクロの好みだからね。…それより荷物を積んだら?」


「そうですわね…シャル、積み込みますわよ」


「熟練度…そうだね、早く積み込んじゃおっか」



 自分達が出した炎の酷評を受けたシャルロットは『巨躯の死龍』の時に使った師匠(フィーヤ)の足元にも及ばない『太陽の錫杖(ヘリオス・レイ)』を思い出していたが、リーナに連れられて馬車の中へと姿を消した。



「ちゃんと成長してるから別に気負う必要はないと思うけど…まぁ、フィーと比べるのは仕方ないか…」



 シャルロットの表情で何を考えているかちゃんとわかっているアリアは困った笑みを浮かべていると次は妖精達がシロとクロを撫でつけた。



「クロ、今日も美しいな…よろしく頼む」


「シロ、今日も綺麗…よろしく」


「「――――」」



 褒められたのが嬉しかったのか機嫌よさそうに鼻を鳴らすと、アンジェリカとフレデリカの顔にシロとクロも頬擦りを返し始め和やかな空気が場を流れた。



「アンジェとフリッカは本当に黒いものと白いものに目が無いね?」


「ああ、黒はいい。何もかもを飲み込む黒は全てを優しく包み、見たくないものを見せず心に平穏をくれるからな」


「白はいい。何もかも優しく照らしてくれる。穢れ無き白は全てを許して世界を美しく映してくれる」


「…本当にアンジェとフリッカはなるべくして双子になったって感じだね」


「それほどでもない」


「それほどでもある」


「おまけに息ピッタリ…まぁ、荷物積み込んじゃいな?」


「ああ。…後でクロの手綱を握ってもいいだろうかアリア教諭?」


「私もシロの手綱握りたい。お願いアリア教諭」


「「――――」」


「ん、シロとクロも乗り気だし王都を出たら代わってもらうよ」


「「よしっ!」」



 アンジェリカとフレデリカにシロとクロの手綱を任せると言うと手を叩き、年相応の少女の反応を残して馬車の中に入っていく。



「動物好きなとこもエルリとルエリにそっくりだよ…」



 身体が大きくなったシロとクロの馬具を調整しているとアリアの頭に愛おしい手が乗り髪をかき回した。



「なぁ、千棘?シエラとシリカはあたいが教えんのはいいけどよ、ククルとアデルは千棘が教えんのか?()()()を連れてきた方がいいんじゃねぇか?」


「ラン、この身体でもここではアリアだよ。…まぁ、ランの言う通りなんだけどさ…ピュリって()と並ぶぐらいのイケメンじゃん…?今のククルとアデルは面食いモードだし、会わせたら絶対に惚れるだろうし、絶対に居なくなる人に想いを寄せる事になったらククルとアデルが可哀そうだし…それにピュリにも(きょう)にも嫁がいるわけで…ピュリと鏡にそういう気持ちが無かったとしても、ククルとアデルが本気になる可能性があるのにそんな事したら…」


「あー…そう言う事か。確かに()()()()()()()()()()()だったら三人諸共説教確定だな…」


「でしょ?見え見えの地雷を踏むなんて僕には出来ないからね…」



 二人で仲間の妻が笑みを浮かべている姿を思い描くとぶるりと身体を震わせ苦笑を浮かべた。



「まぁ、そう言う事だからシエラとシリカを頼むよ?」


「ああ、任せとけ。…っと」



 そう言ってアリアの傍を離れようとした時、シエラ達四人組がこっそりと…特にククルとアデルが熱烈な視線を向けているのに気付き…



「忘れもんだ」


「ん?どうしんむっ!?」


「「「「っ!?」」」」



 見せつける様に自分より小さいアリアの顎を掴むと唇を強引に奪い、顔を真っ赤にしてる四人に一発でアリアとの関係を証明し、少し離れた所で「アリアはあたいらのもんだから他のいい男を見つけな」と言っているランの後姿を見ていると…



「これは完全に前の仕返しだな…いっつっ!?」



 首筋に鋭い痛みが走り、反射的に振り解きそうになるのを我慢するとユリが銀色の髪を垂らしながら噛みついていた。



「なーに生徒の前でイチャイチャしてんっすか?あたしだってみんなの前だからって血を吸うの我慢してたっすけど、そう言う事なら遠慮なく吸わせてもらうっすよ?」


「ぐっ…瓶に入った僕の血を飲んでたじゃん…全部飲み干したんでしょ…?」


「生は違うんっすよ生は」


「だから人聞きの悪い言い方をしないで…ほら…シエラ達びっくりしてんじゃん…」


「後で説明すればいいだけっすよ」


「うぐっ…」



 ユリの突然の奇行に今度は青褪めているシエラ達だったがランが馬車の中に強引に押し込み、身体から急速に力が抜けて指先が冷たさで震え始めると唯織、詩織、テッタ、リーチェが青白い顔のアリアにぎょっとしながら触らぬ神に祟りなしと通り過ぎた…。



「あいつら…意外と薄情だな…」



 空間収納から真っ赤な液体が入った大瓶とストローを取り出し、吸われた血を取り戻しながらシロとクロの馬具の調整を終えると水色の姉妹が心配そうな声色を出した。



「アリア先生大丈夫ですか…?」


「凄く顔色悪いですよ…?」


「ああ…うん、大丈夫だよティリア、ティア…」


「「…」」



 首筋から血を吸われながら青白い顔で大丈夫だと言われても全く納得できない二人だったが、どうしてもアリアに言わなくちゃいけない言葉を言う。



「お母さんを救う為に色々としてくれて本当にありがとうございます」


「私からも…ティリアの身体を治してくれた事、こうしてまたティリアと出会えた事、それだけじゃなく私達のお母さんまで助けてくれて本当にありがとうございます」


「…ちょっとそのお礼は気が早すぎるんじゃない?」


「アリア先生は言ってくれました…もう確定事項だって。だから私はもう何も心配してないですし、お母さんはもう助かったと思ってます」


「アリア先生とはまだ短い間しか関わってませんが…それでも確信してます」


「…そっか、じゃあそのお礼は受け取っておくよ。…ティリア、ティア」


「「…?」」



 首筋に牙を立ててたユリもアリアの雰囲気が変わった事を察してアリアの首筋から離れ、頭を下げていたティリアもティアもじっとアリアの顔を見つめた…が、



「…いや、ごめん何でもない。みんなはもう馬車に乗り込んでるみたいだからティリアとティアも馬車に乗っちゃいな」


「「は、はい…?」」



 少し考え込んだアリアに小首を傾げながらもティリアとティアが馬車に乗り込んだのを見届けると、ユリが御者台に軽い身のこなしで乗り込んで腕を伸ばす。



「…言わなくてよかったんっすか?」


「今言ってぐちゃぐちゃな気持ちになるなら今は仲間との海水浴を楽しんでもらいたいし…入国した辺りで言おうと思う」


「そっすか…っと」


「ありがとユリ」



 伸ばされた腕を掴み御者台に乗ったアリアは姿を変え…



「ふぅっ…いくわよ?」


「うっす!」


「「―――――!!」」



 手綱を鳴らし、ティリアとティアに対する不安を振り切る様にシロとクロを走らせる…。

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