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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第五章 水姫と水都
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今までとこちら側

 





「お帰りなさいませイオリ様、テッタ様、ティリア様…それと、アリア様でお間違いありませんか…?」


「ええ、そうですよセルジュさん。今日はちょっと大人数ですが…先にこの子達を応接室に案内してもらってもいいですか?テッタもついて行ってもらっていいかな?」


「は、はい…」


「かしこまりました。どうぞこちらへ」


「イケメンなんですけど~…!」


「お褒め頂きありがとうございます」



 戦闘学科特待生寮の執事長でありセドリック公爵家侍従長兼レ・ラーウィス学園校長のミネアの弟、セルジュにシエラ達の案内を任せると、寮の門前にアリア、唯織、ティリア、ティアの四人が残った。



「で…先に君達に伝えたい事があるんだ」


「伝えたい事ですか?」


「うん。…ティリア、ティア、明日の朝から国王イヴィルタ・ハプトセイル様と王妃メルクリア・ハプトセイル様を連れてアトラス海王国に向かうよ」


「「っ!?」」


「…と言う事は、遂に…?」


「そうだよ唯織。ティリアとティアのお母さんを救いに行くよ」


「「……!!」」



 アリアから告げられる言葉…ずっと待ち望んでいた計画の開始を聞いたティリアとティアは目を見開きながら言葉を失い涙を流す…。



「詳しい事を伝えたいんだけど…明日の準備もあるし、旅路も長いからその時に詳しく話すよ。ティリアとティアは明日の準備をしてくるといいよ。中にユリがいるからティアは寮まで転移で送ってもらって準備が出来たら今日はティリアの部屋に泊まりなね?」


「「はいっ!!」」



 手を繋ぎながら寮の中に駆けて入る二人を見送ったアリアは笑みを浮かべている唯織を見つめ…言う。



「で、唯織?唯織はアトラス海王国に行きたいかい?」


「…え?そのつもりですけど…何でそんな事を言うんですか…?」


「ユリに何度かアトラス海王国に行ってもらって情報を探ってもらってたんだけどさ…アトラス海王国はハッキリ言って淫都なんだよね」


「淫都……」


「男児を産む為に女性はとにかく子供を産む事が求められる…でも、水人族(マーメイ)人間族(ヒューム)水人族(マーマン)としか子を成す事は出来ないでしょ?だから人間族(ヒューム)の冒険者の男性を相手にする娼婦が多くて、男児として生まれなかった身寄りの無い少女達が身体を売ってその日を生き延びてる…性というものが汚く蠢く場所は唯織の心傷(トラウマ)を刺激するには十分な所でしょ?だから行くか行かないか聞いたんだけど…どうする?」


「……」



 自分の過去を知っているアリアから心配そうに告げられる目的地の状況…出来るなら近づきたくない、見たくない、関わりたくないと言うのが唯織の偽らざる本心…でも、ここから去ったティリアとティアの嬉しそうな顔が脳裏を過り…



「…行きます。仲間の為にも…僕にも何か出来る事があるなら行きます」



 腹に刻まれた奴隷印が疼くのを殴って黙らせると意思の籠った眼差しをアリアに向けた。



「……そっか。唯織も参加って事で」


「はい、お願いします」



 そう言うと思ったと言いたげな笑みを浮かべるアリアが差し出す拳に唯織も拳を合わせ…



「んじゃ、誘拐紛いな方法で連れてきたあの子達と少し話そっか」


「…自覚あったんですね…」



 自分より小さな先生の後を追う…。





 ■





「ねぇねぇテッタくぅん!好きな子とかいるの~?」


「えっ!?…いや…その…」



 戦闘学科特待生寮の応接室…長めの黒いソファーに四人で腰を下ろすシリカ、シエラ、ククル、アデル、長めのテーブルを挟んでソファーに腰を下ろすテッタ。



「もしいないならククちゃんとかどーお?」


「ちょっとクク!!テッタ様に失礼な事言わないで!!ククみたいな猫被りが釣り合う訳ないでしょ!?」


「はぁ?そういうアーデこそ猫被ってるでしょ?さっきなんてイオリ君に寂しいの…抱きしめて?何て言ってたくせに」


「は、はぁっ!?今言う事じゃないでしょ!?この顔面詐欺!!」


「あっ!?やったなこのまな板!!」


「えっ…ええぇっ…?」



 対面で行われる髪を掴み合う女の争いにどうしたらいいのかわからずテッタがおろおろしていると、その隣でティーカップに口を付けているシリカとシエラはうんざりした表情を浮かべた。



「いつもの事だから気にしないでくれ…」


「喧嘩する程仲がいいって言いますし、疲れたら勝手にやめるので気にしないでください…」


「そ、そうなんだね…っ!?」



 遂にはソファーから転げ落ちて床で取っ組み合っている二人のスカートの中が見えそうになり、顔を赤くしながら視線を逸らすと…



「みんな待たせ『『がっ!?』』…え?何でそんな所にいるの…?」


「あ、あはは…」



 アリアが扉を開け、その扉の角が頭に当たったのかククルとアデルは同時にダウンした…。



「えーまぁ…とりあえず話をしようか」



 頭を擦るククルとアデルを座らせてテッタと唯織に挟まれる様にソファーに腰を下ろすとアリアは紅茶に口を付けて一息入れてから話を始める。



「…さて、ご褒美は後であげるし君達も色々聞きたい事があると思うけど、まずは僕から話してもいいかな?」


「「「「…お願いします」」」」


「うん。じゃあ、僕が何で君達の事を詳しく知ってるかなんだけど…実は僕達の代わりに唯織達のサポートを出来る人を前々から探してたからなんだ」



 そう言うとシエラ達だけではなく隣に座る唯織とテッタも「えっ?」という声を漏らすが、アリアはそのまま話を続ける。



「唯織の武器と制服を見てシリカちゃんとシエラちゃんはどう思った?」


「…あーくしじゃ…いえ、この世界の鍛冶師が一生を賭けても作り出す事が出来ない剣、ナイフだと思いました…正直…嫉妬しますし、悔しいです…あーくしも作ってみたいです…」


「あーしもだ…どんな名工でも槌を投げるクロイロカネの加工をしている事もそうだが、普通の鉱石を糸に加工する事すら困難だし、そんな事を考える奴もいないのにそれをさも当然の様に武器や糸に加工している技術がこの世界の常識を超えてる…技術どころか発想すら敵わないとか…本当に嫉妬する…」


「「…」」



 いつも快活でスランプの今でも元気を無くさない二人が落ち込んでいる事にククルとアデルは驚きを隠せないでいた。



「…じゃあ次、ククルちゃん」


「…えっ…あ、はい…」


「これ、僕が作ったんだけどどう思う?」


「っ!?」



 懐に手を忍ばせて空間収納から赤、青、黄、透明で淡く輝く液体が入った試験管を取り出すとククルの目は血走る勢いで目を見開きテーブルに乗り上げた。



「な、何これ!?じゅ、純度が上級なんか比べ物にならないぐらい高い…!!宝石の様に輝く赤、青、黄…それにこれ…見た事ないけど私の感が告げてる…この透明のポーションはヤバい…!」


「正解。これは解毒、麻痺、消火、石化、呪い、衰弱、その他諸々の状態異常を癒すキュアポーションだよ。流石に病気とかは治せないけどね?」


「なっ!?!?!?ちょ、アーデ!!!」


「ま、待って!!今視るから落ち着いて!!!…我が血に宿りし力よ、我が呼びかけに答え世界の全てを印す書庫の鍵を与えたまえ…我が名はアデル・カルシュテイン、司書の血を宿す者なり…」



 信じられないとばかりに四種類のポーションをアデルの眼前に突きつけるとアデルの瞳の色が鈍色から綺麗な銀色に変わり…



「……」


「結果は!?」


「…赤いのは致命傷や欠損、瀕死の状態から一瞬で癒してしまうポーション…青いのは魔力を全回復するポーション…黄色は肉体の疲労だけじゃなくて一時的に身体能力を向上させるポーション…透明のは本当に毒も何もかも癒せるポーション…こんなのお父さんとお母さんの商会でも見た事ない…!」


「…!…!!」


「あんまり女の子がしちゃいけない顔してるよ?で、これを見てククルちゃんはどう思う?」



 アデルの血統魔法『鑑定』によって陸に上がった魚の様に口をパクパクと動かすククルに笑みを返すと、何度も何度も深呼吸をして無理やり落ち着きを取り戻した。



「……このポーションがあればどれだけの人が救えるか…でも…これが戦争に使われたら…こんなのが作れるって知られたら…」


「…」



 ククルなら飛びついて製法を聞いてくると思っていたのに呟かれた言葉は未来を案じる言葉…アリアは軽く目を細め、唯織に視線を向けると微かに笑みを浮かべていた。



「…なんだ、既に釘を刺してたのか」


「はい。あの後ですから…」


「なら話は早いね。アデルちゃん、君にはこれを見てもらいたいんだけど…どう思う?」


「……拝見します」



 また懐に手を忍ばせて紙に穴を開けて紐で括った簡素な書類の束を空間収納から取り出し手渡すと、アデルの顔色が驚きの表情へと変わっていく。



「え…!?な、何ですかこれ…!」


「何ってこの国で主に食されている食材の栄養素とその栄養素が人体にどう働きをかけるか、それを元に病人に食事を与え完治した食事療法の成功事例と、この国の食糧事情とか今まで捨てられるだけだった食材の利用と調理方法、この世界では毒があったりして食された事が無い食材の処理と調理方法、その他諸々の食に繋がる事を書いたアデルの為だけに用意した書類だよ」


「…!!」



 知っている事、知らなかった事、知りたかった事、食の道を進むにあたって絶対に必要になって来るであろう情報が記された書類を食い入る様に読み進めるアデルを見て、前々から苦労して用意していたアリアは笑みを浮かべた。



「そんなに真剣に読んでもらえるなら作った甲斐があったよ。…で?それを見てどう思う?」


「…この知識と情報があれば食糧事情は改善して飢餓で亡くなる人も少なくなりますし、高価な薬を買えない人もちょっとした食事の工夫だけで助かる様になります…でもどうやってこんな知識を…?アリア先生は何者なんですか…?」


「うんうん、期待通りの反応だね。でも、それを答える前に…」


「「あっ!?」」


「さっきも言ったけど、君達には唯織達のサポートをしてもらう為にここに呼んだんだ。無償で情報をあげる程僕は優しくないよ」



 ククルとアデルの手にあった書類とポーションを取り上げると悲しそうな声が上がるが、アリアは四人を見極める様に表情を改めて指を立てる。



「突然の事でまだまだ気持ちの整理も頭の整理も出来てないと思うけど、重大な選択って言うのはいつも突然なんだ。そして、今の君達には二つの選択肢がある。一つ、今日あった事を全て忘れて僕がここに来てもらう為に提示した情報だけを受け取りいつもの常識的で平和な日常(今まで)に帰る。二つ、今ここで唯織達の仲間になり、今までの日常が全て嘘だと思う程に非常識で危険な非日常(こちら側)に足を踏み入れるかだ」


「「「「……」」」」


「脅すわけじゃないけど、唯織達の仲間になるなら君達が唯織達を別世界の住人だと思う様に君達も普通の人からしたら別世界の住人になるんだ。そうなれば当然普通の生活を送ろうとしたとしても君達を求めて血の臭いをさせた奴らが付き纏う…絶対にね」



 アリアの言葉に四人の喉が緊張を飲み、必死に考える様に俯き汗を膝に落とすとシエラが口を開いた。



「…何であーし達なんですか…?」


「それは君達が普通の人とは違う才能を持っているからだよ。僕達の代わりを頼めるのは本当に一握りしかいないからね」


「…?さっきも言ってましたが…アリア先生の代わりをあーくし達がするんですか…?」


「うん。僕はね、唯織達が学園を卒業する時に姿を消す事になるんだ」


「…それはどうしてですか…?」


「そういう決まりだからさ」


「「…」」



 そう言うと暗い表情を浮かべたのはシエラ達ではなく唯織とテッタだった…。



「僕がいなくなるのは決定事項、どんな事があってもそれが変わる事は無い。…だから僕は才能がある君達に目を付けたんだ。僕の代わりって言っても四六時中面倒を見ろってわけじゃないよ?唯織達の武装はこの世界の人じゃ整備出来ないからその武装の整備をシエラちゃんとシリカちゃんに任せたい」


「「あーし(あーくし)達が…」」


「もちろんククルちゃんもポーションで生傷が絶えない唯織達の事を支えて欲しいし、アデルちゃんには美味しくて健康的な料理で唯織達の体調管理や心と身体を休める時間を作ってもらいたい。けど、二人にはリーナがこの国の女王になった時に支えてあげて欲しいんだ」


「リーナ…メイリリーナ・ハプトセイル第一王女の事ですか…?」


「そうだよククルちゃん。君達二人の才能は特定の個人に対してというより、もっと広く使われるべき才能だ。例えば国とかの規模でね?」


「っ…わ、私にそんな才能は…」


「私にも…そんな才能は無いと思います…」


「僕がこの眼でしっかりと見て僕に匹敵する才能があると認めたんだ。だから君達にもシエラちゃんとシリカちゃんに負けないくらいの才能がある。だけど僕は君達に無理強いするつもりは全くない…君達の人生だから君達の好きに生きるべきだ」



 アデルの前には様々な料理のレシピ、ククルの前には三種(トリプル)ポーションのレシピと数回分の材料、シリカの前には唯織の持つトレーフルに似たクロイロカネのナイフ、シエラの前にはティリアの黒百合に似たクロイロカネの手袋が置かれ…



「だから普通の幸せを求めるならこれを受け取って帰った方がいい。これぐらいなら作ったり使ったりしても大して問題にもならないからね。…だけど、それでも知識と技術、力を求めてその力で何かを成し遂げたいなら僕達がシエラを世界一の防具職人に、シリカを世界一の武器職人に、ククルを世界一の薬師に、アデルを世界一の料理人にしてあげる。そして、その君達の身は必ず唯織達が守ってくれる。…どちらを選ぶか、選択は君達次第だ」



 非日常(こちら側)への扉…日常(今まで)との決別の扉が開かれた…。





 ■





「まさかあんな下着…じゃなかった…水着を選ばされるなんて…」


「…でも、お姉ちゃん楽しそうに選んでたよね…?」


「まぁ…そうだけど…」



 豪華な部屋には少し不釣り合いな使い古された家具の数々…ティリアを救い、育てたウォルビスと一緒に住んでいたセグリム村の家からそのまま持ってきた家具が並べられた部屋でティリアとティアは一つのベットに入っていた。



「遂に明日…」


「…向かうのは明日で、実際は数日かかるからすぐじゃないけどね」


「わかってるよお姉ちゃん…お母さん…どんな人なんだろう…」


「…」



 ティリアのその呟きはティアの顔と心臓を歪めるのには十分な呟きで…



「私が知ってるお母さんの事を話してあげる…私も全部知ってるわけじゃないけどね…」


「うん…聞かせて…」



 水色の姉妹はお互いを確かめる様に、足りない部分を補う様に手を繋いだ…。

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