公演終了
これにて第四章終了となります。
「なぁ…本当にこの国どうなっちまうんだ…?」
「これは他国に移住するべきだな…」
「俺達の税金で拵えたその武具は飾りか!?金食い虫どもめ!!!」
『巨躯の死龍』を討伐してから数時間後、『巨躯の死龍』という絶望から解放された喜びが…と言うわけではなく、ムーア王国は国王及び王族の戦死という悲しみと、王国の騎士団が守るべき民から目を反らして逃げた怒りと…新しい国王はどうなるのか、この国はこの先どうなるのかという不安が渦巻く坩堝と化していた。
「うえぇ~…さっきまではあんな王子コールだったのに…はぁ~醜い醜い…」
「仕方ないですよししょ『お姉ちゃん』…姉さん」
「ん~いおりん~…」
「あ、あはは…」
王城の一室にある窓から眼下を見下ろし、舌を出しながら心底吐きそうな表情で言葉を漏らす詩織は窓から視線を切ると二週間近く会えなかった唯織を逃がさない様にガッチリとホールドしながら「いおりん成分補充~」と頬擦りしていた。
「にしてもイオリさん?何で遅れたんですの?」
「ああ…えっと…」
今更とばかりに詩織のベタベタを気にせずに遅れた理由を問うリーナ達に唯織はここに来るまでの事を思い出す…。
………
「ターレア王子!準備出来ましたか!?」
「ああ、問題ない!」
「ではムーア王国に転移します!」
計画開始30分前…腹も満たした、血まみれの身体も綺麗にした、短時間ながらも睡眠をとった唯織とターレアが転移魔法で移動しようとした時、
「待ってください。これから戦うのに魔力を減らしたら勿体ないじゃないですか」
「え…ち、千夏様…?」
「様…?」
何か含みのある笑みを浮かべた千夏が申し訳なさそうに項垂れたバハムートと共に近づいてきた。
「面白そうなので私がムーア王国まで送ってあげますよ」
「えっ!?千夏様がですか!?」
「すまぬ唯織…わらわは道理がないと止めたんじゃが…」
「ふふふ、助けたり叱ったりするわけじゃありませんし、ただ面白くなりそうだからちょっかいを掛けるだけですよ?」
バハムートに助けるなんて道理が無いと言っていた千夏は抜け道的にちょっかいを掛けるという名目を盾に唯織とターレアを送ると言い始めた。
「あ、ありがたい事ですが…今回の主役はターレア王子であって、僕じゃありません…なので僕が魔法を使った所で何も支障が無いと思いますが…それにちょっかいとは…?」
「ちょっかいはちょっかいです。それに私はさっき言いましたよ?面白そうだからと」
「……?」
「簡単に言ってしまえば、今回の計画に混ぜてもらえなかった千弦さんに対しての可愛い悪戯。退屈だから少し面白くなる様に演出をするだけですよ。ふふふ」
「「っ!?」」
そう言って指をパチンと鳴らすと唯織とターレア、千夏の身体がふわふわと宙に浮かんでいく。
「ではムゥ、少し子供達を学校まで送ってきますね?」
「あまり母上を困らせるでないぞ…」
「私が今まで千弦さんの不利になる様な事をしましたか?」
「料理の邪魔をしたりしておるじゃろうに…」
「そんなの可愛いお茶目ですよ。それぐらい笑って許してくれないと私退屈ですから」
「そのお茶目で出来た物を食わされる母上の顔を忘れたか…?」
「いつも美味しそうに食べてくれてますよ?ふふふ」
「…ほんにあ奴は女神なんじゃろうか…」
飛んでいく三人の背中に溜息を吐き捨てたバハムートはログハウスへと戻り、最後の言葉も聞かず言い逃げをした千夏達は全く風も寒さも感じない飛行で遠くに見える赤黒い雲へと向かっていく。
「あ、あの千夏様…」
「千夏ちゃんでいいですよ?」
「…千夏様?演出って言っていましたが…」
「意外と頑固ですねぇ。ええ、演出です。あなた達は仲間のピンチに駆け付けて助けるという演出をしてもらおうかと」
「何でそんな事を…」
演出に疑問を持つ唯織、演出の意味を知って理解に苦しむターレアに千夏はわざとらしくため息を吐く。
「あのですね?演劇を楽しみにしていたあなた達が開始5分もしないで悪役と主役が決闘し始めて、主役が悪役を難なく討ってハイ終わり…こんな演劇、楽しいと納得出来ると思いますか?」
「「…」」
「だから私がこの結末が決まり切っている演劇を少しでも楽しく見れる様に私の為に演出してあげるんです。ヒーローというものは遅れてやってくるものですからね」
この計画を演劇と言う千夏にターレアは表情を歪めるばかりだったが、たった一ヶ月でも千夏の人となりを知る唯織は色々と理由を付けているがただ単に手伝いたいのだと思い笑みを浮かべ…
「ふふふ…どんな演出がいいですかねぇ…色付きの煙を焚いてバン!って感じで現れるとかどうですか?それとも光の柱がドンドン!って突き立ってそこから現れるとかどうですか?」
「あ、あはは…」
本当にそうなのだろうかと乾いた笑い声を漏らした…。
………
「と言う事があって…」
「「「「「「「「あ~……」」」」」」」」
唯織の口から語られる遅刻の原因に皆が口を揃えて苦笑していると白く豪華な扉からノックの音が響き、唯織達の返答を待たずして扉が開く。
「イオリ、今回はその……………俺の事を助けてくれてありがとう…」
「ターレア王子…ターニャさん…」
「ウチからも…本当にありがとう。お前がターレアを助けるって言ってくれなきゃきっとウチらは……初対面の時に口汚ねぇ事を言って済まなかった…」
『偽英雄の一撃』の反動でぐちゃぐちゃにしてしまった両腕を包帯で覆う痛々しい姿のターレアと、何度も魔力枯渇を引き起こした所為で一時的に魔力が使えず身体強化のネックレスが創れないターニャがターレアが押してくれる車椅子の上で深々と頭を下げた。
「いえ…その…国王様と王妃様…第一王子と第二王子の件とフローラさんの件は…」
「ああ、その事は気にしないでくれ。今まで親子の情も無く他人の様なものだったしな…フローラさんの事はとても残念だが…殺した人物がもう死んでるとあればどうしようも出来ないさ…まぁ、これからどうしようか途方に暮れてはいるが…」
肉親が死んだ事はどうでもいいとばかりに笑みを浮かべるターレアだったが、今まで国営に関する教育を受けていなかった事で国王になる事が出来るのかと不安を滲ませていた。
「それに関しては友好国ですし、ハプトセイル王国がきっと支援しますわ」
「助かる…と、言いたいんだがな…民の心情的には…」
「そうですわね…民の命を預かる者が未熟で、友好国に頼りっぱなしとあれば遅かれ早かれ国としては立ち行かなくなってしまいますわ…」
同じ王族、同じ民の上に立つ者同士、これからの国の行く末に項垂れると扉が開き、苛立たし気な舌打ちが響く。
「チッ…逆に始まってすらいねぇのにそんな辛気臭え面してる奴なんかに誰も付いて行きてぇと思わねぇよ」
「キース…」
「そうだぞターレア。いつも俺達に俺が国王ならこうするのにと言ってたじゃないか。それをやっていけばいい」
「ルマ…」
「それに…今度はターレア一人じゃない。俺達もいる」
「アーヴェント…」
「うん…私も…頑張る…」
「レイカ…」
「…私は頭を使う事は苦手だ。だから騎士団の教育とか治安維持なら手助けできるだろう」
「エルダ…」
「まぁ…みんなを捨てて一人でハプトセイルに行こうとした私にそんな資格無いとは思うけど…仲間だと思ってるし、手伝える事あるなら手伝うけど…」
「ティア………ありがとうみんな…」
不安が少し解れたのか薄っすらと瞳を潤ませたターレアに皆が笑みを浮かべると自分達しかいなかった部屋にぽふぽふという音?が鳴った。
「大変良い絆でございますね。これが死線を潜り抜けた連帯感というものでしょうか?」
「「っ!?59番!?!?」」
黒髪のツインテールに赤い瞳を片方隠す眼帯、継ぎ接ぎだらけの身体にゴスロリ風の服の袖を膝まで伸ばした少女…59番と呼ばれるオリアスが満面の笑みを浮かべて現れたが、リーナとシャルロットは自分の身体を盾にエーデルワイスとアスターを抜いて立ち塞がる。
「え?59番…?」
「あれ…?ねぇ、私…どっかで会った事あるよね?」
59番が名前?と小首を傾げる唯織に釣られる様に小首を傾げた詩織は何処かで見た事ある顔に眉を寄せて見つめると…
「…ええ、殺し合いをした仲でございますし、その節はどうも。あなたに対しては恨みがありますが、絶対なる神に手を出さない様にと仰せつかっておりますので何も致しませんよ」
「…あ!!まさかお前あの時のあく……ふぅ…その節はどーもー?」
笑みの中に邪悪を隠したオリアスと、アリアと出会った時に召喚された悪魔に殺された時の面々に同じ顔が居た事を思い出し、両者笑みを浮かべたままギチギチと音を立てて握手を交わす。
「……やっぱりそうだったんですのね。59番…あなたはアリア先生の部下で間違いないんですのね?」
「ええっ…!流石はっ…絶対なる神の教え子様っ…!!ご慧眼でございっ…ますっ…!!!」
「…リーナの予想は当たってたんだね」
継ぎ接ぎだらけでも美少女と思わせてくれる顔に青筋を立てながら笑みを浮かべるオリアスに毒気を抜かれたリーナとシャルロットは武器を下ろし本題を切り出す。
「シオリ…そろそろ手を離してくださいまし。59番さんは何でここに居らっしゃるんですの?」
「チッ…」
「…そうですね。私がここにいる理由は…」
「…俺?」
ターニャの車椅子に手を掛けていたターレアに視線を向けて困惑しているのにも関わらず徐に距離を詰め始める。
「ええ、絶対なる神からあなたに渡して欲しいとお預かりしているものがあります」
「絶対なる神…?アリアさんの事か…?」
「そうですね、こちらをどうぞ」
「っ!?」
垂れ下がった長袖をごそごそと弄り…取り出したのは優に厚さ30㎝は越える本の数々を手渡した。
「な、何だこれは…?」
「この国の貴族の裏事情を含め、ここ数年から現在に至るまでの経済状況、流通状況、犯罪状況等はもちろんの事、何が求められてどう改善されているか、何に不満を感じてどう改善されているか…更にはあなたがこれから王してどの様に行動をすればいいか、どの様な言葉を民に届ければいいか、他国とどう付き合えばいいか、他国に対してどういう立ち位置を取るか、今後何を武器に国を動かすべきか、その全てが記された謂わば『虫でもなれる国王様』でございます」
「なっ!?」
何やら不穏なタイトルが記された本を開くとイラスト付きの解説が付いた預言書とも呼べる教科書にターレア達は目を見開いた。
「…あ、アリア先生は何者なんだ…?」
「アリア教諭の寝不足はその教科書の所為か…」
「アリア教諭…二週間も寝ずにそれ作ってた。感謝すべき」
「な、何!?二週間も寝ずにだと…?」
「ご慧眼でございます教え子様方。絶対なる神がご自身の経験も織り交ぜながらお作りになったこの『虫でもなれる国王様』を無駄にされるような事がありましたら…お分かりですね?」
「あ、ああ……」
「それと…こちらをどうぞ」
アンジェリカとフレデリカを袖を鳴らして褒めるオリアスはたじろぐターレアに釘を刺し、『虫でもなれる国王様』の上に小さな黒い箱を置いた。
「これは…?」
「開けてみてください。自ずとやるべき事がわかるかと」
「…?」
恐る恐る黒い箱を開けたターレアは…
「……なるほど、そう言う事か…ありがとうございますアリアさん…」
そう呟き、教科書を驚きながら見ているターニャの前に跪いた。
「…?どうしたんだ?」
「…ターニャ、これからも俺の事を支えてくれるかい?」
「はぁ…?んなの仲間としてあたりめぇだろ。誰の為にこんな事をやったと思ってんだよ?」
「違う…仲間としてじゃない。俺の妻としてだよ」
「「「「「「「「「「「「「「「!?!?!?」」」」」」」」」」」」」」」
「………………………………………………………………は?」
唯織達だけではなく突然の告白にキース達も一番の驚きを露わにし、告白された当の本人は何が起きたのかわからないのか目の前に跪いているターレアを見つめる事しか出来なかった…。
「死の運命を待つだけの俺はこの気持ちを伝える事は無いと思っていたが、あのアホ面を晒してる悪魔に暴かれた。だが、その暴いてくれた悪魔に死ぬはずだった俺は救われた。だから…もうこの気持ちを隠すなんて事はしない。好きだターニャ、俺と結婚してくれ。そして一生俺の事を隣で支えて欲しい」
見た事のない宝石が付く細身の指輪…黒い箱に収まった指輪と真剣な表情をするターレアを交互に見つめ…
「その………ウチなんかでいい……のか?女っぽくも無いし…がさつだし…」
「そんなターニャが好きだ」
「っ…ターレアが王になるならウチは王妃になるんだろ…?」
「ああ、俺の隣に居るのはターニャしか考え付かない」
「…………ほ……本当に……ウチなんかでいいのか……?」
「なんかじゃない、ターニャがいいんだ。……俺と結婚してくれ」
「…」
摘まみ上げられる指輪…よく見れば震えているターレアの手…きっとターレアも自分と同じように心臓が飛び出そうな程に緊張しているんだろうと思った瞬間…
「はぃ…」
左手を差し出し、薬指に新しく感じる重みに涙を零していた…。
そして…
「絶対なる神からの伝言でございます。『ターレアが国王になる事とターニャが王妃になる事を国民に周知したら祝勝会をするから早めに今日やるべき事を終わらせなさい』と。私はシフォンと言う方にも同じ伝言をお伝えしなくてはいけないのでこれで失礼します」
これから未熟な国王として新たな王妃と大変な道を歩む事になるが、ターレアの運命が巻き起こしたムーア王国の騒動は一旦幕を閉じた…。
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「ふぅ…こんなもんでいいっすかね…」
木々に囲まれた森の中…棺桶の中で眠る白い服を着た金髪の少女の唇に指で赤の色を付ける銀髪の美女は、少女の手に手紙と鈍い色のカードを置き…
「んじゃ、また何処かで会えるといいっすね」
棺桶を閉じ、土に埋めるのだった…。
ここまで見て頂きありがとうございます。
拙いながらも完結までしっかりと投稿致しますので見守って頂けると幸いです。




