業を羽織りし者
詩織は思った。
(あ、これ死ぬんじゃね?)
リーチェは思う。
(あ、死にましたね)
アンジェリカも思う。
(これは死んだな)
フレデリカも思った。
(あ、死んだ)
テッタは苦笑した。
(流石に師匠もこれは無傷じゃ済まないよね…)
ルマは諦める。
(俺はここで死ぬのか…)
キースは困惑する。
(こんな死に方ってあるか!?)
エルダは怒る。
(ふざけるな!?何なんだこれは!?死ぬのか!?)
レイカは悲しんだ。
(また死んじゃうのか…)
後ろからは肌を焼く様な炎の竜が、空からは肌を焦がす様な炎の柱が、更には肺を焼き尽くす様な荒々しい風が、閉じた眼を突き刺す光が、塞いだ耳をこじ開ける様な音が、身体を押しつぶしてかき混ぜる様な衝撃が爆心地に近い詩織達を襲っていた。
そして、それは遥か後方でこの爆発を起こした者達も同じだった。
ティアとティリアは衝撃で吹き飛ぶ大量の鉄砲水に流されそうになりながら思う。
((これっ…死ぬっ…!?))
アーヴェントは命を繋ぐ為に鉄の壁にしがみ付きながら思う。
(こんな所で死ぬわけにはいかないんだ…!!)
シャルロットとリーナは鉄の壁に突き刺したエーデルワイスを一緒に握って堪えながら、自分達が引き起こした爆発の衝撃で吹き飛んで建物に突き刺さる王都の外壁を見て肝を冷やしていた。
((や、やりすぎたっ!?!?))
そして、この中で現状一番非力なターニャは絵を蹲って守りながら冗談抜きで死にかけていた。
(やばっ…おぼ…ちからっ…)
そんな大災害の状況が何秒、何十秒、何分続いたのか曖昧になって来た頃…光、音、衝撃が鎮まり、肌をじりじりと焦がす熱と何もかもを隠す爆煙だけがあった…。
「げほっ!?ごほっ!?…くっ…み、皆さん大丈夫ですの…!?」
止めていた息と一緒に大量の水を吐き捨てたリーナがそう問いかけると同じ状況だった者達も同じ様に息と一緒に水を吐き捨てた。
「ごふっ…だ…大丈夫だよリーナ…」
「ぶはっ…ああ…俺も…問題ない…」
「けふっ…私も…お姉ちゃん大丈夫…?」
「こふっ…うん…熱すぎてすぐに乾きそうだけど…」
「かはっ…なん…とか…」
満身創痍ながらもちゃんと返事を返してくれた皆に胸を撫でおろし、すぐに前線組の状況を知る為に残していたなけなしの魔力で同調した。
『皆さん、問題ありませんわよね?』
『いやぁ~…マジで死にかけた…』
詩織が声のトーンを低くする程に爆心地に近かった前線組はこちら以上に死に近かったはずだが…リーナは前線組が絶対に無事だという自信があった。
『…うん、壁を八枚突破された時はちょっと焦ったけど守り切ったよリーナ』
『流石ですわ、テッタさん。…シオリ、軽くでいいのでこの爆煙を風で吹き飛ばしてくださいまし』
『おっけー』
憧れが絶対の信頼を置いている守護神の弟子であるテッタなら、どれだけ死に近い場所でも仲間を守ってくれるという信頼があったからこそ出来た攻撃…その成果を確かめる為に詩織に煙を飛ばしてもらう…が、
「これは跡形もないで…」
「…何…あれ…?」
言葉に詰まるリーナとシャルロットの視界に映ったのは無残に抉れ崩壊した地面と炎に焼かれていく樹…崩壊と言う言葉が似つかわしい景色の中で宙に浮かぶ赤黒い球体が嫌に目を惹いた。
「あれは…!テッタ!!もう一回壁を作り直して!!!」
「えっ…わ、わかった!!」
同じ様に崩壊した景色に浮かぶ赤黒い球体に見覚えがあった詩織は声を張り上げ、テッタにもう一度壁を作らせると神書を手に黒曜石の剣を向けて叫ぶ。
「神書・第八章・神節・『アマテラス』!!!!!」
その瞬間、シャルロットが放った『太陽の錫杖』と似た極光の柱が空から赤黒い球体に突き刺さり視界を真っ白に染め上げていく…が、
「なっ…嘘でしょ…?私の神格魔法を食らって無傷…!?」
それでも傷一つも無い赤黒い球体に目を見開いていると山茶花に手をかけたリーチェが球体を睨みつけ口を開く。
「シオリ…あの玉は何ですか?」
「あれはアンデット系の魔獣にある核…あの核を壊さない限り無限に再生する。弱点は光のはずなんだけど私の神格魔法の光を食らっても無傷だった…それにあの大きさは1000年前…私が殺した魔王ヴァルドグリーヴァが使役してたアンデットの核と同等の大きさ…」
「魔王ヴァルドグリーヴァ…シオリの魔法が効かないのであれば後は物理的に叩き斬るしかないですね。テッタさん!道を!!」
「わかった!!」
「ちょ、リーチェ!?」
焼け残った植物の蔦を寄り合わせて緑の道を即席で作り上げ、その道を雷を纏いながら疾走し…
「『戦乙女の剣心・一ノ型』…『雷切流・雷火』ッ!!!」
師匠の流派、雷切流の構えを取り、道を這う様な前傾姿勢から放たれた不可視の一刀は雷の轟音を伴って核に刃を当てるが…
「っっなぁっ!?!?」
アリアの手袋でさえ斬ったリーチェの『山茶花』は核の恐ろしい硬度に弾かれ、驚きと手の痛みに声を漏らしながら道を踏み外してしまう。
そしてその直後…
「っ!!再生を始めた!?」
斬れなかった悔しさに引っ張られる様に落下しながら核が肉を付け始めるのを見つめるしか出来なかった…。
「シオリの魔法でも…リーチェでも壊せないんですの…?」
詩織の極光の柱、リーチェの一刀を諸共せずに形を作り始める核に魔力の限界からか、それとも度重なる恐怖と絶望からか、渾身の一撃が効かなかった無力感からか膝を折るリーナは…視界の端に映っていた小さな姿が揺れたのに気付く。
「げ…んか…い…」
「た、ターニャさん!?うあっ!?」
「「「っ!?」」」
まるでベッドに身体を投げ出す様にゆっくりと後ろに倒れていくターニャに手を伸ばすがリーナの手は虚しく空を切り、それどころかティアの魔道銃と一緒に門を守っていた鉄の壁すらも消滅して全員が重力を思い出した様に落下…
「大丈夫かい?ターニャ、アーヴェント、ティア」
「「「…え…?」」」
する事無く、いつも見ていた赤髪、いつも聞いていた優しい声、あの日から一切姿を見せなかった仲間が宙に薄い土板を浮かべて全員を受け止めていた。
「「ターレア!?」」
「ター…レア…遅すぎ…んだろ…」
「ごめん、待たせたね」
そう言って苦笑するターレアは眼と鼻から血を流すターニャ、元から青白い肌を更に青くしたティア、両肩から先を真っ黒に焦がしたアーヴェントを見つめ、一瞬表情を辛そうに歪めるがすぐに笑みを浮かべた。
「みんなありがとう…俺が英雄になる姿を見届けてくれ」
「ターレア…ああ、任せたぞ英雄…」
「…わかった」
「ああ…はやく…終わらせてく…れ…」
「…リーナさん、ターニャをお願いしてもいいかい?」
「ええ…問題ありませんが…イオリさんは一緒じゃないんですの?それにその剣…イオリさんのですわよね?」
何処か達観した様な…すっかり大人の雰囲気の変わったターレアにターニャを託されるが、一緒に居るはずの唯織が居ない事と、その唯織の大切な剣を腰に下げている事に首を傾げた。
「俺の剣はあいつに折られたから貸してくれたんだが…まぁ…それと、あいつならあそこだ」
「…?」
剣を借りるのに何かひと悶着あったのか、うんざりする様に肩を落とすターレアが指差した方を見ると、そこには詩織と同じ様に氷の翼を生やした唯織が落下していたリーチェを抱きかかえている姿があった。
「リーチェ、流石に今のは危なかったんじゃないかな…?」
「ゆ、ユイ君!?…ああっ…」
徐々に近づいてくる地面の恐怖も、王都を攻めようとしていた『巨躯の死龍』の絶望も全て燃やし尽くす様に顔を真っ赤にしたリーチェは「もう少しこのまま…」と思いつつ、ゆっくりと近づいてくる地面に絶望して声を漏らす…。
「みんなごめん、遅くなっちゃった」
「いおりん~!!おっそいよ!!」
「うぎゅっ…」
「全く…遅れた上に格好つけて登場とはな?」
「そういうのは本の中でやって欲しい」
「ご、ごめん…」
抱えたリーチェごと抱きしめてくる詩織を受け止め、やれやれと笑みを浮かべて冗談めかすアンジェリカとフレデリカに苦笑しながら謝ると、テッタが笑みを浮かべながら拳を突き出した。
「遅いよイオリ」
「ごめんテッタ。でも、さっきの爆発を防いだ姿はちゃんと見てたよ?滅茶苦茶カッコよかった」
「…え?見てたの?」
「あっ……あ、後で説明するよ!…って、あ…」
拳を合わせてうっかり口を滑らせたとばかりに誤魔化す唯織に皆で首を傾げるが、今はそれどころじゃないと剣を抜こうとするが手は何もない空を何度も握る。
「あれいおりん?剣はどうしたの?」
「すみません師匠…実はターレア王子の剣を折っちゃって…一時的に貸しているんですが…ぐっ…」
「あ、お、おう…そこまで大切にしてくれてるのは嬉しいけど…ほら、折っちゃったなら仕方ないって…」
「はい…とりあえず詳しい話はあれを倒してからにしましょう」
一時的にでも心底貸したくなかったのか今まで見た事ない程に歪む唯織にびっくりしつつも、空間収納から大鎌形状のアコーニトを抜くと皆の表情が一気に引き締まる。
「…再生が早い」
既に核を隠し、首から下を形成しつつある『巨躯の死龍』を睨みつける唯織。
「どうするイオリ?あの爆発でも、シオリの凄い魔法も、リーチェの一撃でも壊れなかったけど何か考えがあるの?」
「一応あるにはある…けど、今回の主役はターレア王子だからね。僕達はそのサポートに徹しよう」
「わかった、僕ももう魔力は三割ぐらいしかないし…避難所の維持を考えないといけないから魔法は使えないけど問題ないよ」
「私は半分だけど、テッタと同じで避難所の維持があるし、万が一に備えるから私も魔法はこれ以上は使えないけど問題なし!」
「私は問題ありません」
「私達も特に問題ない、まだまだ戦えるぞ」
「うん、援護も火力も任せて」
自分よりも先に戦っていたのに、一度は倒したはずの『巨躯の死龍』が復活しようとしているのにも関わらず、まだまだ身体も闘志も萎えていない皆に心強さを感じながらさっきの爆発に放心していたキース達に歩み寄り…
「まだ戦う意思はありますか?」
「…テメェがいんならターレアもいんだろ?」
「ええ、後方組の方にいますよ」
そう言うとあの爆発でも倒せないと折りかけていた心を立て直し、意思の籠った眼で唯織を射貫く。
「後でテメェらが何で遅れたのかじっくり聞いてやっから覚悟しとけ…」
「あはは…」
「俺も休ませてもらった…やってやる…!」
「私もだ…あの巨体を押さえつけてくれていたテッタが温存となれば押さえる役が必要だろう?『全身竜化』して押さえ込もう」
「がん…ばる……ふぅ、レイカも頑張るみたいだし、ワタシももうひと頑張りするわぁ」
頭部を再生し始める『巨躯の死龍』にもう一度立ち向かう為にキース達も立ち上がる。
「さて…みんなを下に下ろした事だし、俺も偽物の英雄になる為にいくか」
「…気を付けてくださいまし、生半可な敵じゃありませんわよ?」
「ふっ…あいつより可愛げがある。ターニャ達を頼む」
『巨躯の死龍』を唯織より怖くないと一笑したターレアは自分の代わりに泣き始めた土砂降りの雨の中、崩れた外壁から見えていた物を掴み…
「…悪く思うなよ、父さん、母さん、兄さん達…これはあんた達が始めた事の結果と報いだ。俺はあんた達の屍の上でこの業を背負い、幸せにならせてもらう」
泥水と血に塗れたボロボロの赤いマント…クルセント・ムーアが身に着けていたマントを羽織り、頭部を再生させ、完全に姿を現した『巨躯の死龍』の咆哮を偽物の英雄へと至る為の祝福の鐘だとばかりに笑みを浮かべ…空を踏みしめた…。




