世界の生声
「くっ…!!当たらない…なのに数が多すぎる…!!」
裂け目から絶え間なく現れる化け物の軍勢を白鱗鞭で薙ぎ払うエルダ…先程までは一振りで三体纏めて屠れていたのに、今回は一振りしても一体どころか回避までして反撃してくる化け物達に体力と精神力を削られていた。
「多いだけじゃないわぁ…!明らかにさっきの奴より強いわよ…!」
無傷だが大量の汗に荒く息を吐くキリン…斧に纏っていた黒い霧も、額から形成されていた黒い炎の角も薄くなり、レイカにも疲労が溜まっている事は明らかだった。
「早く…!早く!!!」
武器を使わないが故に身体の至る所から血を滲ませるルマ…自慢の拳と爪、テッタとの特訓で洗練された魔法でどうにか屠り続けていたが、それは時間の問題だった。
「一斉に襲ってくる前に早くこいつらを一体でも多く倒してあの化け物を止めるんだ!!!」
知性があるとは微塵も感じられない統率性の無い本能のままの行動のおかげで何とか凌ぎ切れている状況は、裂け目から這い上がってくる化け物が多くなるか、それともまだ全貌を露わにしていない『巨躯の死龍』が動き出した瞬間、瓦解する事がわかり切っているからこそルマはなりふり構わず化け物達を屠っていく…だが、
「―――――!!」
「しまっ!?ぐあっ…!!!」
「「ルマ!?!?」」
化け物の一体が極太のうねる触手を横薙ぎに振るい、強かにルマを打ち付け巨体を地面に転がした。
「だ…大丈夫…問題な…っ!!」
戦いながらも心配そうに声を上げるエルダとキリンに言葉を返そうとするが、触手を防いだはずの左腕に全く力が入らず、不自然な方向に曲がりぶら下がっている事に気付き、左目をきつく閉じて痛みを堪えてしまった。
そしてその隙を敵を殺す事だけを本能とする化け物は見逃さなかった。
「ルマ!!左よ!!!!」
「左っ!?」
「―――――!!!!」
キリンの怒声で閉じていた目を開いた時にはもう遅く、口内を鋭い歯でびっしりと埋め尽くした四足歩行の化け物が大口を開いて折れた左腕を丸飲みにした。
「ぐっ…ああああああああああああああああああ!?!?!?」
左腕に無数のナイフで突き刺された様な痛みが走り、更にその無数のナイフが左腕を捻じ切る様に蠢く熱と激痛に自然と涙が溢れ始める。
「はな…せ!!離せええええええええええ!!!」
このままでは腕を持っていかれる恐怖に一心不乱で無事な右腕で化け物を殴りつけるが、化け物の口は左腕からは剥がれず、自分の血が吐き出されるだけだった。
「エルダ!!少し任せるわよ!!」
「早く助けてやれ!!」
「言われるまでも無いわよ!!!」
広範囲で対応出来るエルダに自分の持ち場を任せて、未だルマの左腕から剥がれそうにない化け物に向かって近づこうとした瞬間、
「『瞬雷狼』!!!!!」
「っ!?キース!?」
全身から雷を迸らせ、灰色だった髪を金色に変えた狼…遠くで化け物を抑えていたはずのキースがルマの左腕に噛みついた化け物に爪を突き立て、牙を突き立て引き裂いた。
「ペッ…左腕は付いてるみてぇだな、ルマ?」
「き、キース…」
「…チッ」
頭から流れる血で顔を濡らし、雄々しく立ちながら息を切らし優しく腕を差し伸べるキースに涙で濡れた目を見開くルマ…いつかの何処かで見た事あるその姿に呆けていると、キースは苛立ったようにルマの頭を叩く。
「…何ボケっとしてんだ泣き虫。足は無事なんだろ?」
「っ!…キース…お前まさか…」
「ケッ…だから逃げろっつったんだよ…いいからテメェはさっさと逃げやがれ。テメェの分はオレが何とかしてやる」
「ま、待ってく…」
言葉を最後まで聞かずにまだまだ裂け目から這い上がってくる化け物達に向かっていくキースに、霧がかった幼い記憶が刺激された気がしたが、すぐに頭を振り思考を戻した。
「今はこんな事を考えてる暇はない…この腕じゃ足手纏いだ…一旦下がって回復してくるから待っててくれキース…!」
顔を歪め痛む左腕を庇いながら化け物達に背を向けようとした時、ルマの肩に優しく何かが触れた。
「お待たせ、ルマ。助けに来たよ」
「っ!?て、テッタ!?」
笑みを浮かべ横に立つテッタに驚いていると、テッタはジャケットの裏から薄紅色の小瓶を取り出し、ルマのボロボロの左腕に中身を振りかけると見る見るうちに傷が癒えていく。
「これ、生産者ギルドが避難所に配給してくれたポーションなんだけど何本かちょろまかしてきたんだ。僕があの化け物達を抑えている間、もう少し下がってエルダさん達と休んでて」
「ひ、一人でやるつもりか!?俺は今左腕を治してもらった!俺も戦うぞ!!」
「ちゃんと休んだら手伝ってもらうけど、そんな疲れた状態で一緒に戦われても足手纏いだよ?」
「なっ…」
折れていた左腕の感覚を確かめ戦う意思を見せるルマだったが、少し肩を押されただけで足が崩れてしまった。
「恐怖に立ち向かうのは自分が思ってる以上に体力を使うんだよ。それにここに来る前にターニャさんとも話したけど、ルマ達が邪魔で攻撃出来ないからあの辺りまで下がってくれって言ってた。だからしっかり休んでから助けに来てよ。いい?」
「…ああ、わかった…」
テッタが現れた途端、恐怖を思い出した様に震え出した手と足…立ち上がろうにも全身に力が入らない事に悔しそうに答え八個の小瓶を膝で受け取った。
「こんな怖い奴らに立ち向かえたんだし…確実に獣王へ近づいてるよ」
「……」
そう言って目を見開いているルマから離れたテッタは前で戦うキース達を視界に収めつつ、ポケットから取り出した種をばら撒き、高く跳躍すると漆黒のガントレットで勢いよく地面を殴り咆哮する。
「『臆病者の求める手』!!!!」
『ギュアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!』
殴りつけた地面がひび割れ、無数の太い植物の蔦が物凄い勢いで成長していき、化け物達を払い、巻き取り、捻じ切り、押しつぶし、逃げ場を塞ぎ、『巨躯の死龍』を戒める様に首と前腕を締め付け蔦の牢獄に囲っていく。
「やっぱり最初から死んでるから絞め殺すなんて出来ないよね…!キース!!エルダさん!!レイカさん!!キリンさん!!ルマにポーションを渡したから一度下がって少し休んで!!」
「っ!…チッ!!」
「!?…助かった!!」
「助かるわ黒猫ちゃん!!」
「後は…」
ずっと戦っていた三人は限界が近かったのかすぐにテッタの指示に従いルマの元まで下がり、囲い損ねた化け物達を屠る為にアンドロメダを抜いて瞬発しようとした時、
「へいへいテッタ!初っ端からそんな飛ばしちゃって魔力持つの!?魔力を温存しとかないと避難所崩れちゃうよ!」
「シオリ!!」
「左は任せて!!」
氷の翼を羽ばたかせた大人の詩織が囲い損ねた化け物達を合間を縫って飛翔し、黒曜石の剣ですれ違い様の一閃で的確に両断し斬り伏せていく。
「なら僕は右側を『逆側は任せてください!!』っ!リーチェ!!」
詩織が斬り伏せていく逆側に駆け出そうとすると自分よりも速いリーチェが後ろから風を纏いながら追い抜いていき、アネモネとアイリスを両手に持って詩織と変わらない速度で風の様に身体を器用に回しながら化け物達を斬り伏せていく。
「な、なら少し蔦を遠くまで伸ばして『遠くに抜けた化け物は私達に任せてもらうぞ、テッタ』…アンジェまで…」
「一人でカッコつけるのダメ、それにテッタの魔力が尽きたら避難所が危ない。温存当たり前」
「フリッカ…」
双子ならではの阿吽の呼吸でお互いの重心を安定させるように背中を合わせ、左右の大回りで王都の外壁に近づこうとしていた化け物達をエルリとルエリがくれたモノクル越しで見据え、魔力を溜めて速度と威力を上げたゼラニウムで撃ち抜いては溜め、撃ち抜いては溜めてと次々と灰へ変えていくアンジェリカとフレデリカ。
「あんな遠くのを撃ち抜いてる…え…ど、どうしよう…一気にやる事が無くなったんだけど…」
次々と頼もしい仲間達に屠られていく化け物達…一気にやる事が無くなったテッタがきょろきょろと自分が出来る事を探していると頭に声が響く。
『テッタさん!そろそろ準備できますわ!衝撃体勢で備えてくださいまし!!シオリは水を!リーチェ!アンジェ!フリッカ!すぐにテッタさんの後ろに避難してくださいまし!!』
「っ!わかった!!」
「おっけー!!」
「わかりました!!」
「私達の司令塔は頼もしい限りだ」
「やっぱりリーナは人を導く才能がある。それにこの魔法凄い」
凛として毅然としたリーナの声を聞いて後ろで休憩していたルマ達を覆う様に半球状の土の壁を十枚重ねで作り、その壁の隙間に緩衝材として植物の蔦を敷き詰めると詩織達も壁の内側に避難し、その内側に詩織の水の膜が張られる。
「テッタ…な…何が起きるんだ?」
「ルマ、破裂したくなかったら耳を塞いで目をきつく閉じて、口を少し開けておいて。エルダさん達も同じ様にしてください」
「わ、わかった…」
地面から生えた植物の蔦に身体を預けながら揃ってテッタ達が耳を塞いで目を閉じ、口を開いた事に戸惑いつつもテッタ達に倣う様に同じ格好を取るルマ達だったがキースだけが訝し気にテッタを睨んでいた。
「おい黒猫、何でそんな間抜けな事しなくちゃいけねぇんだ?」
「……」
「おい、聞いてんのか?」
「……」
「チッ、後で覚えてやがれ…」
話しかけても無視された事に苛立ちながらもキースはこれから何が起きるのかわからずテッタ達に倣った…。
■
時は少し遡り…
「ダメ…!あのドラゴン効いてる気がしない…!」
「あの化け物達もだ…かなりの頻度で避ける…当たったとしても一発じゃ灰に変わらなくなっているな…」
遠距離からキース達を援護していたティアとアーヴェント…裂け目から這い上がって来る化け物達や『巨躯の死龍』に表情を歪めていた。
「左右にも広がり始めたり抜けてる奴もいる…どうしたら…!」
化け物が抜ければキース達も位置を下げて対応しているが、じりじりと王都に近づいてきている化け物達に苛立ちを隠し切れないでいると、双眼鏡を覗き込んで何かを考え込んでいたターニャがそのままの姿勢で口を開く。
「…ウチの憶測が正しけりゃ、あのデカ物をやらないとあの化け物達は生まれ続ける気がする」
「…?何でそう思うの?」
「最初の化け物は一気に押し寄せて来ただろ?でも今回はまるで生み出されたらあの裂け目を上り始めるみたいに攻めてくる間隔がバラバラだ。野生の獣だって一匹ずつ獲物にかかっても返り討ちに合う可能性を恐れて群れを作って統率がとれた動きをする。…なのにあの化け物にはその傾向が見れねぇ。上るのに個体差があるって言われりゃそれまでだが、どうにも知性ってもんが感じられねぇし…デカ物が何かをする為の時間稼ぎの駒、盾って感じがすんだ」
双眼鏡から目を離さずそう語るターニャの観察眼に脱帽しつつ、無駄だと分かっていても攻撃せずにはいられず『巨躯の死龍』に射撃しながら問う。
「…どっちにしろ、何かをさせる前に一気にあのドラゴンを倒すのが一番なんだね…でも、全く攻撃が通る気がしない、ターニャが星を降らせたりでもしない限り有効な攻撃は出来ないと思う…」
「ウチはこんなデカ物と心中なんてしたくねぇ…でも…ウチに考えがある。ティア、アーヴェント、いったん援護射撃を止めてこのポーションを飲んどいてくれ。効き始めるまで少し時間がかかる」
「う、うん…?」
「…わかった」
詩織からもらっていた薄水色の液体が入ったガラス瓶をティアとアーヴェントに渡し、双眼鏡を片手に描いておいた絵に修正を加え始めるターニャは自然と舌打ちを漏らす。
「…チッ、このままじゃ巻き込んじまう…もう少し引いて欲しいんだが…くそ、あいつらも必死に目の前の敵と戦ってるから頭に血が上ってるだろうし、この距離じゃこっちの考えてる事を伝えたくても声が届かねぇ…」
「なら俺があいつらに伝えにいこうか?」
「いや、ティアとアーヴェントはここで魔力を回復させて待機しててくれ。これからやる事にはお前達の全魔力が必要になる…あいつらには酷だが、やられない事を信じて範囲外に出るまでそのままじりじりと押されて下がってもらうしかねぇ…」
「……わかった、なら俺は全力で魔力の回復に努めさせてもらう」
血を流しながら戦うキースとルマ、中衛ではなく同じく前衛に広がったエルダとレイカに申し訳ないと思いつつ手を進めていると、化け物の触手に打ち据えられたルマの姿が双眼鏡に映る。
「っ!ルマの野郎…!」
「っ!?ルマ!!」
「やめろティア!!無駄に魔力を使うな!!」
「何で!?あのままじゃ腕が喰われちゃう!!」
全力で魔力の回復に努めるアーヴェントは静かに目を瞑ったまま、仲間がやられているのに何もするなと言うターニャに怒声を放つが、ターニャは魔道銃の銃口を手で握り自分に向けさせるとティアを押しつぶす様に怒声を張り上げる。
「いいからやめろ!!星を降らさないといけないって言ったのはお前だろ!?それと同等の攻撃をする為にお前達の全力の魔力が必要なんだよ!!あのデカ物を一撃で倒さなきゃどっちにしろウチらは終わる!!それでもいいのかティア!!」
「っ…!!」
眼を充血させて睨みつけるターニャ…魔力枯渇状態で魔力を使い続けようとする時に現れる、より症状の酷い魔力欠乏の兆候が出始めたのか、試合で見たリーチェの様に鼻血まで流し始め、乱暴に腕で拭うターニャの姿に気圧されたティアはゆっくりと魔道銃を下げた。
「…ったく、余計な力を使わせんじゃねぇ…お前らに渡した分でウチのポーションはもうねぇんだ。今からやる『万物創造』だって温存していた地割れ二回分の魔力を使う…ティアの銃とウチのネックレスの維持も並行してっから頭だって焼き切れそうだ…だからしくじれねぇし、ウチだってギリギリなんだよ…」
「……」
少し遅れてキースがルマを化け物から助け出している光景を見つめ、今自分が出来る事に集中する為にアーヴェントと同じく目を閉じるとタタンッ、という何者かが鉄の壁の上に着地した音が鳴る。
「ターニャさん、援護に来ました」
「黒猫…!」
隣に立つ笑みのテッタに希望を見いだせたのか一瞬だけターニャの表情が明るくなるが、すぐに真剣な物に変えてこれからやろうとしている事を口にする。
「すまねぇが前線で戦ってるあいつらをこの位置まで下げてくれ!」
「魔力欠乏の症状…その位置まで下がって大丈夫なんですか?」
「ああ!これからあのデカ物をでけぇ箱で囲ってティアとアーヴェントの最高火力をぶち込む!」
「なるほど、なら僕も出来る限りの補助をします」
「助かる!」
「それとごめんなさい、支援物資の中には魔力ポーションが無かったんです…でも、頑張ってください」
「ああ!頑張るからしくじんないでくれよ!!」
「後、他にも指示があるなら全部リーナに言ってください。…きっとリーナならここに来るはずなので」
「あの王女…あん時の声か!わかった!」
身を屈め、強烈な力で鉄壁を蹴ったのかガァン!という音と共に斜めにルマへ射出されるのを見届けると今度は髪を揺らす風を起こし続ける者が上から登場する。
「ターニャ頑張ってんじゃん?」
「シオリ!?」
「…ありゃ、魔力欠乏…ポーションあげなかったっけ?使い切っちゃったん?」
「いやティアとアーヴェントに残りは渡しちまった…」
「ふぅん…まっ、これあげるからもうちょいがんばりな」
「うわっ!?馬鹿!!落としたら…ってもういねぇじゃねぇか…助かるぜシオリ…」
詩織の手から無造作に落ちてくる薄水色ではない水色の液体が入った瓶を落とさずキャッチした頃には既に前線へ向かっており、詩織の背に感謝の言葉を送りながら液体を呷ると今まで感じていた干乾びる様な飢餓感がたちまち満たされていく。
「これならやれる…!……うおっ!?雷…?うあっ!?」
身体の異常も解消され、テッタのおかげでルマ達も指示した位置まで下がってる事を確認して絵を完成させようとすると、すぐ隣を雷が突き抜けた事に驚き、更にその雷を追いかける様に左右を何かが通り抜けた。
「あ…あいつら速すぎんだろ…!」
何時の間にか前線にリーチェとアンジェリカ、フレデリカも参加している事に目を見開いていると今度は少し離れた所…ティアの辺りでタタンッ、という誰かが着地する音が鳴る。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「ティリア…!」
ただ静かに目を閉じているティアが何か不調なのかと心配するティリアに驚いているとターニャの少し上から声が響く。
「やっぱりみんな早いね…」
「単純な速度だけなら絶対に勝てませんわね。ターニャさん、あのドラゴンを倒す算段はついているんですの?」
「…やっと来たか。ああ、あのデカ物にドでかいのを一発くれてやるつもりだ。詳しい指示は全てお前に言えって黒猫が言ってたが言っていいか?」
「聞かせてくださいまし」
「ありがとリーナ」
アルメリアから降りたリーナはシャルロットを折りやすい様に手を取ってエスコートしつつ絵を必死に描いているターニャの算段を耳にする。
「まず、あの取り巻き共はデカ物を倒さない限り湧き続けるのがウチの見解だ。だから裂け目は全部覆わずにデカ物の周りだけをでけぇ壁で四方を覆ってそこにティアの雷、アーヴェントの炎の全魔力ツッパ一点集中で魔法をぶち込む。本当はウチも攻撃に回りてぇがあのデカ物が入る囲いを創るので魔力はぎりぎりになっちまう。だから前線に出てる黒猫達の魔法も借りたい所だが…」
「シオリとテッタさんはダメですわ。魔法で避難所を維持している状態なので魔力をあまり使わせたくありませんの。それにリーチェ、アンジェ、フリッカはどちらかと言うと大型の相手より対人特化ですので一撃必殺には向きませんわ」
「…だよな、あの戦い方を見れば何となくわかる。ならここにいるお前達ならどうだ?」
唯一決め手を持っているであろう詩織には頼れない…ならばここに居るリーナ、シャルロット、ティリアならと話題を振る。
「私は…まぁ、アルメリアに溜めた約1年分の魔力を使えば…」
「わ、私も少し時間があれば雷を落とす事ぐらいは出来ますけど…流石に大きすぎて『氷牢獄の白雪姫』じゃ凍らせる事は…で、出来たとしても時間が…それに近づかないといけなくて…」
「巻き込まれるからそれは無しだな…お前はどうなんだ?」
「正直無理ですわね…わたくしも対人特化ですわ」
「なら、ティリアとシャルロットには『待ってくださいまし』…?」
早速と続くはずの言葉をリーナに遮られ小首を傾げると、リーナは前線で戦っているテッタ達の魔力に同調する為に天使の輪の弄りながら自分の考えを伝え始める。
「ティアさんとティリアは防御に回し、攻撃はターニャさん、わたくし、シャル、アーヴェントさんでした方がいいですわ」
「は?アーヴェントとシャルロットはまだわかる。お前はさっき対人特化だって言っただろ?それにウチは囲いを創るので精いっぱいだ。それに防御って何の事だ?」
「火と雷を別々に使っても火と雷で攻撃した以外の相乗効果は生まれませんわ。だからここは疑似爆発魔法…水蒸気爆発で吹き飛ばした方がいいですわ」
「水蒸気爆発…?何だそりゃ?」
「簡単に言ってしまえば水と火で起こす爆発ですわ」
「…なら、ティアとティリアが防御に回るのはおかしいだろ?逆に必要じゃねぇか」
「だからターニャさんが『万物創造』で囲いと水を創り出すんですのよ」
「はぁっ!?おい!さっきの話聞いてたか!?ウチは囲いを創るので『出来ないんですの?』…テメェ…」
それぐらい出来て当たり前とでも言いたげに簡単に言うリーナにターニャは眉を吊り上げて声を張り上げるが、リーナは煽る様にターニャへ捲し立てていく。
「少し頭を回せばわかりますわよ?爆発を起こす以上、その余波である光、音、衝撃、熱波は確実に生まれますわ。その光と音と衝撃と熱波を最大限に和らげる事が出来るのは流動体であり、音を通しにくく熱と乾燥に強く、光を曲げる事が出来る水が最適なんですの。そして、王都とわたくし達がその余波から逃れる為には莫大な水が必要…幸いな事に、ここには水の扱いに突出している水人族のティアさんとティリアがいて、二人が全力でウォーターウォールを張れば被害はぐっと少なくなりますわ。それともターニャさんは水人族のお二人よりも水の扱いが得意で?もし自信があるのならお二人に水を溜めてもらいますわよ?」
「ぐっ…」
「たかが水を溜めるのに魔力を使わせてしまったら被害が広がりますわ。少しは根性を見せてくださいまし」
「……くそ!ああ、やってやんよ!!!」
半ば自暴自棄に絵を修正し始めるターニャにニヤリと黒い笑みを向けたリーナは準備を始める。
「ティアさん!ティリア!全魔力を使って一面で構いませんのでわたくし達の前にウォーターウォールを張る準備をしてくださいまし!!踏ん張りどころですわよ!」
「わかった!」
「うん!頑張ろうお姉ちゃん!」
手を繋ぎ全魔力を起こしながらウォーターウォールの準備をし始める手を前に向けるティリアと魔道銃を前に構えるティア。
「シャル!魔力の溜め直しは手伝いますわ!全力でやってくださいまし!!」
「…わかった!師匠…不完全ですが技をお借りします!!!」
アルメリアをクルクルと回し、カァン、と音を立てて足元に突き立てると、目を閉じたシャルロットが起こす魔力に応える様に頭上に真っ赤な魔法陣が幾重にも連なって現れ、それに呼応する様に『巨躯の死龍』の頭上にも魔法陣が現れていく。
「アーヴェントさん!ご自身の全魔力と精霊の全魔力も合わせて最高火力を用意してくださいまし!!」
「了解した!サラマンダー!イフリート!力を貸してくれ!!」
手に持った弓を投げ捨て、サラマンダーが肩から姿を現し手まで這って行くと、サラマンダーはアーヴェントの長身と同じ長さの炎の強弓へと姿を変え、イフリートはアーヴェントを後ろから抱きしめる様に重なり、肩から手先まで覆う炎を纏ったガントレットへ姿を変えると丸太の様な炎の矢が番えられ、ゴウッ、ゴウッ、と音を立てて引き絞られていく。
「後はターニャさんだけですわ!」
「うるせぇ!!もう少し…もう少しだ…!!!」
せっかく詩織にもらったポーションで魔力欠乏から復帰したはずなのに、囲いだけではなく水まで創り出せと言う無茶に意地でも答えてやると身体が渇きと限界を訴えてくる頭を無視して、絵に赤い雫が垂れない様に乱暴に雫を拭い、絵は繊細で緻密に描き上げていく。
「………だあああああ!!!ちくしょう!!出来たぞ我がまま王女!!!」
「褒めて遣わしますわ!!…テッタさん!そろそろ準備できますわ!衝撃体勢で備えてくださいまし!!シオリは水を!リーチェ!アンジェ!フリッカ!すぐにテッタさんの後ろに避難してくださいまし!!」
血走った眼と鼻から滴る赤い雫を落としながら睨みつけてくるターニャを黒い笑みであしらい、前線で戦っているテッタ達が指示通り衝撃体勢を取ったのを見たリーナは全開で魔力を起こし、着弾地点…正確には『巨躯の死龍』が植物の蔦で縛り付けられているその上方と、アーヴェントと『巨躯の死龍』を直線に結んだ中間の二箇所に狙いを定める。
「皆さん!ウォーターウォールがあったとしても必ず衝撃が来ますわ!!魔力が切れた無防備な状態でこの高さから落ちたら確実に死にますわ!!死にたくなければ絶対に踏ん張ってくださいまし!!」
魔力の昂りでバサバサと髪を暴れさせながらエーデルワイスを抜き、切っ先を『巨躯の死龍』に向けてそう叫ぶと、一際強く下から突き上げて身体を浮かしにかかる風が吹きあがる。
「行きますわよ!!!ターニャさん!!!」
「ああ!!具現化しやがれ、『万物創造』!!!!!」
描き上げた絵に乱暴に掌を叩きつけると『巨躯の死龍』を覆い隠しても余りある高さ70m程の長方形の壁が中に大量の水を貯えながら現れ、
「アーヴェントさん!」
「ああ!!…『炎霊の業炎』!!!!」
渾身の叫びと共に放たれた紅炎の矢は甲冑を着た火竜の姿を模し、後方を爆ぜさせながら更に身体を加速させ、
「…ここですわ!!!」
リーナが狙いを定めていた中間地点に辿り着いた瞬間、火竜の姿が暴風に巻かれて更にその身体を激しく燃やす業炎の竜へと成り、
「ティアさん!ティリア!!」
「「ウォーターウォール!!!!」」
ティアが引き金を引き、ティリアの『黒百合』が目を閉じたくなる程の眩い青い光を発すると、滝の様な水のカーテンが爆発音に似た水音を立ててしっかりと王都を隠す様に広げられ、
「シャル!!わたくしの風ごとやってくださいまし!!」
「っ!神の裁きにてその身を燃やし尽くせ!!『太陽の錫杖』!!!!!!」
リーナの声を合図に目を見開き、師匠の魔法の名を叫ぶと赤黒い雲を突き破る太陽の柱がリーナの暴風に巻かれてその柱を大きくし、シャルロットの柱に焼かれた炎風は錫杖の鞘と化し…
「くたばれですわ!!!!『太陽の炎風』!!!!!!」
世界が命の炎を灯した様な熱が、世界が目覚める様な真っ白の光が、世界が産声を上げる様な音が、世界が動き出した様な衝撃が王都を包んだ…。




