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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第四章 運命の奴隷
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絶望の咆哮

 





「なぁオイ、ターレアはまだ来ねぇのか?このままだと全部終わんぞ?」


「知らん!!俺達はただ目の前の化け物を屠り続けるんだ!!グルアァァッ!!」


「だが…このままだと意味が無いぞ?それに殆ど私達が倒してしまっている…今更ターレアが来ても注目されないぞ?」


「そう…よねぇ!…ふぅ、これじゃあターレアが王様になれないじゃない」



 目視で50体程まで化け物を減らしたキース達…じんわりと滲む汗を拭い、まだ戦場に現れないターレアに愚痴るその頃、



「マジでターレア何してんだ…!このままじゃ…!」


「ターニャ、焦るな。必ずターレアは来る」


「逆に何でアーヴェントは落ち着いてられるの?流石に私も心配になってきたんだけど…」


「……感だ」


「「……」」



 後方支援をし続けるターニャ達もターレアが何故現れないのかとヤキモキしていると、前線で戦っていたキース達の目の前で異変が起きた。



「…あん?何だ?急に震え出したぞこのバケモン…」


「グルル…気を付けろ…何かするかもしれない…」


「気持ち悪いな…」


「…でも何か嫌な予感がするわ。少し離れるわよ」



 突然化け物達が不気味に身体を震わせ、身体を膨らませながら表面をブクブクと泡立て始めるとキースがスンスンと鼻を鳴らし全身の毛を逆立て吠える。



「ッ!?テメェら!伏せやがれ!!」


「「「っ!?」」」



 キースの焦りを帯びた声が耳に届いた瞬間、ルマ達はなりふり構わず地面に伏せ、キースは地面を爪で削り炎を起こすとそのまま両腕を交差させて炎の壁を立て、炎の壁は何か液状の物が当たったのかジュウジュウと音と紫煙を立たせる。



「…この煙と臭い…毒か?」


「わかんねぇ。得体の知れねぇ物は燃やせば何も問題ねぇ」


「なら俺が防いでも問題なかっただろ?」


「だから筋肉達磨なんだよオメェは。地面を見てみやがれ」


「…っ!変色…!?いや、これは()()か!?」



 防ぐなら俺がと眉を立てたルマだが、キースの第六感が土の壁じゃダメだと警鐘を鳴らした事を証明する様に、今まで茶色だった地面が紫に変色しボコボコと沸騰していた。



「…だが、今ので全部終わってしまったみたいだな」


「…そうみたいねぇ。ここからでもファンファーレが聞こえるわ」



 だが、どんな幕引きだったとしても王都を攻めて来た化け物達は地面の染みへと変わり、その状況を見ていた王都の国民達はエルダ達にも聞こえる程の終わった、救われたと歓喜の声を上げる。



「…チッ、結局ターレアの野郎は来なかったな」


「そうだな…これからどうなるんだ?」


「さぁねぇ?なる様になるんじゃないかしらぁ?……ターレアと…仲直り…出来るかな…」


「スムーズに人格を入れ替えられるとどっちが喋ってるか戸惑うな…まぁ、キリンの言う通り、どうにかなるんじゃないか、レイカ?」



 汚れた制服を払いながら自然とお互いの手が伸び、今までの戦いを称える様に手を鳴らし合う。



「「…」」


「まぁ、感なんて当たる事の方が少ないんだし…」


「ああ…」


「…これからどうなんだよ…くそっ…」


「「…」」



 キース達とは対照的に王都からのファンファーレを背に受けても暗い雰囲気を纏うターニャ達…だが、そんな解放感も、達成感も、不安感も塗り潰す絶望が忍び寄る。



『…………オオォォ』


「…何?この音…それに地面が揺れてる!?」


「…おい!アーヴェント!何が起きてる!?」


「わ、わからない…!!樹も『逃げて』としか言っていない!!」


「くそっ…何が何だかわからねぇがここからが本番か…!!」



 腹の中を混ぜる様な低音、地にひれ伏せと言いたげな地面の揺れ、徐々に膨れ上がっていく焦りと不安…



「な、何なんだこれは!?ぜ、全身の震えが止まらない…!!」


「それが第六感だ、ルマ。テメェは逃げやがれ」


「何だとキー…」


「いいから逃げやがれ…」



 全身を震わせるルマは逃げろと言うキースを睨みつけようとするが、自分以上に毛を逆立て震えているキースに言葉を失ってしまう。



「…これはいつものゾクゾクとは違う…久々に感じる怖い時のゾクゾクだわぁ……」


「あ、ああ…何なんだこれは…」



 人の生き死にに敏感なキリンも肌が泡立つような何かを感じ、エルダも言い様がない不安感を押さえつける為にアンジェリカとフレデリカが治してくれた角を撫でつける。



 そして…



「「「「っ!?」」」」



 ターニャが作った地割れをなぞる様に裂け、その裂け目から屠った化け物達よりも醜悪で、悍ましく、知性とは関係なく本能が逃げろと警鐘を鳴らす程の化け物達がぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら、まるで地獄から光を求めて這い上がってくるように姿を現し…



「な、何…何あれ…!!」


「あんなの…勝てるわけない…!」


「これが本番…!?やりすぎだろ魔王が!!!」



 身体が地面から半分も出ていないのにわかる巨躯、腐敗した肉から見え隠れする黄土色の骨、本来あるはずの眼は深い闇の穴、天を貫き落とさんとばかりに捻じれ伸びる角、骨に皮と言うボロ布を纏う羽の成れの果て…地面に腐敗した肉を付けた前腕がかかり…



『グオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!』



 命を諦めてしまいたくなる『巨躯の死龍』が咆哮する…。





 ■





「なん…なんですの…あれ…」



 戦勝の映像を見ていたはずのに、絶望が映り無意識に言葉を漏らすリーナ。



「ね…ねぇ…これ…本当にアリア先生のけ…計画中…なんだよね…?」



 映像越しに伝わる恐怖に本当にこれが予定されていた事なのか、本当にこれでいいのかとリーナの制服を摘まむシャルロット。



「これは…なかなかだな…」


「うん…」



 リーナ達よりお姉さんの自分達が震えていたら示しがつかないと声を震わせない様に恐怖を押し殺すアンジェリカとフレデリカ。



「ど、ドラゴン…」



 自然と自分を守ってくれる『黒百合』を手に嵌め、手の震えを震える手で押さえつけるティリア。



「アリア先生とは別種の死…」



 歩く死そのものであるアリアとは別種の死の気配を感じ、何時の間にか握っていた『山茶花』を鞘の中でカチャカチャと震わせるリーチェ。



「…流石にこれはやりすぎじゃないかな、胡桃ちゃん…」



 世界を救う為に戦っていた不死の勇者はもういない、次に死ねば本当に死ぬという恐怖に全身が強張る詩織。



「……」



『巨躯の死龍』が映る映像を軽く目を見開きながらも身動ぎ一つせず見つめるテッタ。



「し、ししし…シフォン!!は、早く逃げるぞ!!」


「そ、そうよ…!!シフォンどこか…何処かに逃げましょう!?」


「お、お父さん、お母さん落ち着いて…!」



 正気を失いつつあるシギルとフランを落ち着かせるのに必死で逆に冷静になっていくシフォン。



「こんなの…どうしろって言うんですの…?」



 計画を知っていたとしても絶望が足元から這い上がり、身体や思考どころか呼吸すら止まりかけるリーナ達…そんな中、たった一人だけ口端を吊り上げ笑みを浮かべる者がいた。



「大丈夫、僕がみんなを守るよ」


「「「「「「!?」」」」」」


「テッタ…?」



 不死の勇者であれば笑みどころか面倒くさいと思いながら片手間でも戦える…なのに不死ではないテッタが、不死じゃなくても元勇者の自分ですら震えるこの状況で、何でそんな笑みを浮かべる事が出来るのかと疑問に思う詩織。



「ま、待ってくださいまし!何をするつもりなんですの!?」


「何って、流石にあの数とあの大きさはルマ達だけじゃ骨が折れるし、僕も前線に行って戦ってくるんだよ。大丈夫、僕が絶対にみんなを守るから。みんな待ってて」


「ちょ、テッタ君!?」



 リーナとシャルロットの制止を振り切り、笑みを浮かべたまま窓枠から外に跳躍する黒豹は…



「痛みを人一倍知っている師匠、恐怖を人一倍知っている僕…師匠、僕は今、笑えてますか?僕は今、みんなを恐怖から怖くないよって守れてますか?」



 笑顔の師匠(フェイナ)からもらった漆黒のガントレットを両腕に嵌めて、気を抜いたらすぐに崩れそうになる笑みを絶やさず絶望の軍勢、『巨躯の死龍』へ疾駆する。



「い…行ってしまいましたわ…」


「どう…する?私達も…」



 テッタが一人だけで戦場に向かってしまった事に驚きつつも私達もと言いかけて口を噤む…今まで人とは試合や訓練として戦ってきた、でも今回は魔獣で何もかも勝手が違う。



「ねぇアンジェ…」


「わかってる…わかってるさ…」



 きっとただの魔獣だったら、先程まで戦っていた化け物達なら怖気づく事はなかった、だが、今の相手は自分達よりも何十倍も巨大な化け物、更にその化け物を守る様に蠢く化け物達。



「怖い…うぅ…」


「何が戦乙女ですか…何度も死を乗り越えたはずなのに…!」



 不安と恐怖塗れの戦場に、それもあんな絶望に立ち向かえるのかと理性が床に縫い留めてくる…だが、そのテッタの行動で意思に炎を灯した者も居た。



「…私を差し置いて先に行くとかやってくれんじゃんテッタ。テッタが頑張ってんのに(元勇者)が動かないとかありえないよね」


「シオリまで…!この避難所の守りはどうするんですの!?テッタさんとシオリの魔力が切れたら校庭に作った避難所がどうなるか…!」


「んなの魔力を切らす前に倒せばいいっしょ。それに、こんな震えてビビってる見っとも無い姿をいおりんに見せたくないし」


「「っ!」」



 恐怖に震えていた自分を罰する様に両頬を叩き、(エルミスティア)からもらった神書を手に窓枠に足を掛け、テッタに教えられた笑みを浮かべる。



「神書・第五章・外節・氷の翼。…んじゃ、私も行って来る」



 氷の翼を背に『巨躯の死龍』へと飛翔する元勇者…その姿が小さくなるとパンッ、パンッ、と乾いた音が二つ鳴った。



「…すみません、私も行きます」


「…私も…!」


「リーチェ!?それにティリアまで!?」



 頬を赤くするリーチェとティリア…頬の熱が全身に回ったのか、それとも想う者の姿が温めてくれたのか、震えが収まった二人は目をスッと細め…



「私は守られたいわけじゃないんです。ユイ君の隣に立って一緒に歩きたい…きっとユイ君ならテッタさんより早くあの場所に駆け付けていたはずです。これ以上、二の足を踏んで後れを取りたくない…ただそれだけです」



 全身に雷を纏い、バチッという音と一瞬の風を残して飛び出し…



「私もです…死ぬかも知れないのに真っ先に手を差し伸べてくれたイオリさん…みんなが伸ばした手を引く中、それでも伸ばし続けようとしてくれたイオリさん…きっとイオリさんなら迷わずあの場所に行くはずです。私もイオリさんの隣に居たい…きっとここに居たら隣に居る資格が無くなる…対等で居たいから私もいきます」



 助走を付け、勢いよく恐怖ごと窓枠を飛び越えていく恋する乙女達。



「…全く、情けないな。追いついたと思っていたが…まだまだ差はあるようだ」


「うん、情けない。だから追いつく為に私達も行く」


「アンジェ、フリッカ…」


「済まないリーナ、シャル、私達は先に行く」


「先に行く。…けど、ちゃんと待ってるから」



 自分達より勇敢で誇らしい後輩達に少しばかりの嫉妬と不甲斐なさを元に妖精の羽を生やし、恐怖に立ち向かう為に銀と黒のゼラニウム、二対一丁の魔道銃を両手に握り、部屋と言う箱檻から飛び出す妖精達。



「…ああああもう!!!何でこう、皆さんは待たないんですの!?」


「リーナ…」


「わかってますわ!わかってますわよ!でも避難した方々が!!こんな状況で放っていけば避難所内で大混乱を起こしてしまいますわ!!」



 すぐにでも大切な仲間達の元に駆け付けたい…だが、自分の納める国の住民でなくても王族として民を見捨てる事も出来ない、その思考がリーナを縛り、黒い手袋の上から親指の爪に噛り付きぐるぐると思考を回すが出てくるのは大量の汗。



「こんなに感情が乱れていたら流石にもう一度王都全体に『精神調律(チューニング)』は無理…!一時的に抑えれたとしてもすぐに大混乱し始める…!何かいい方法…!ダメ…これもダメ…!」



 次々と頭に浮かぶ策に首を振り、時間を浪費していく吐き気にも似た重圧で呼吸が浅く、音も遠のいていく。



「どうしたら…!どうしたらいいんですの…!?アリア先生ならどうするんですの…!?」



 憧れ(アリア)に縋る様に目を見開きながら青白い顔でぶつぶつと呟く姿に親友(シャルロット)は、



「リーナっ!!!!!」


「っ!?!?」



 親友(リーナ)の頬を思いっきり叩き、見開かれ薄っすらと雫が浮かぶエメラルドの瞳を睨みつける。



「落ち着いてリーナ!!ちゃんと息して!!」


「な…なにするん『いいからちゃんと息して!!!』…」



 きつく咎める様な親友(シャルロット)のトパーズの瞳に射貫かれ、何時の間にか止まっていた呼吸を思い出し、肺にゆっくりと空気を送ると叩かれた頬に熱と痛みが生まれた。



「…落ち着いた?」


「…ええ、落ち着きましたわ…」


「また一人でどうにかしようとする悪い癖が出てたよ」


「……」



 叩いてしまった赤い頬に申し訳なさそうに手を添える親友(シャルロット)の手は…震えていた。



「リーナは一人じゃない、それにリーナはアリア先生じゃない。一人でどうにかしなくていい、私がいるしみんながいる。アリア先生にならなくていい、リーナはリーナなんだからアリア先生になれないしアリア先生もリーナになれない。何か間違った事言ってる?」


「…間違ってませんわ」


「ならリーナが今出来る事は何?」



 王族として人々を守る事…だが、それは()()()()()()()()()()()()と震える親友(シャルロット)が冷静にしてくれた頭が答えを出してくれた。



「…皆さんと戦い、あの恐怖を打ち払う事ですわ」



 単純で簡潔な答えを聞いたシャルロットはまだ震えている手で親友(リーナ)の身体を起こすと手を両手でぎゅっと握りしめる。



「…だよね、ここでぐちゃぐちゃ考える事がリーナのする事じゃない。いこう、リーナ…一人じゃ怖いから震えが止まるまで手を繋いでて」


「…ええ、ついでにわたくしの手の震えも止めてくださいまし」


「うん、ちゃんと止めてあげる」



 額を合わせ笑みを浮かべながらお互いの震える手を握り合うと、リーナは目元を腕で乱暴に拭い揺れなくなった瞳でずっとこっちを見ていたシフォンを見る。



「…シフォン学園長、見っとも無い所を見せて申し訳ありませんわ。…後はお願いしても?」


「本当は止めたいところですですけどけど…任せてくださいですです!ここの避難所だけになっちゃいますけどけど、これ以上混乱しない様にやってみるですです!」


「ありがとうございますわ。…シャル、いきますわよ」


「うん!追いつくのに飛ばすからちゃんと掴まっててね!」



 同じ失敗を繰り返す前に止めてくれる親友に手を引かれ、アルメリアに二人で腰を掛ける時にはもう…二人の手の震えは止まっていた。



「…シャル、もし…わたくしが女王になる時が来たら…また同じ様に過ちを繰り返しそうでしたら…支えてくださいまし」


「…うん、公爵家として、仲間として、親友として支えるから」


「頼もしい限りですわ」



 そして遠くで屋根を跳ね、宙を飛ぶ仲間達の背中を追いかける…。

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