門出を祝う大輪の華
「…イオリ、頑張ってね?」
「うん、自分の出来る限りの事をするよ」
今だ頭の痛みを擦って誤魔化しているシルヴィアから声をもらった唯織はとことこと離れていくシルヴィアを見送って…
「…イオリ、本気で来なさい。本気でやらなかったら…腕か脚、一本もらうわよ」
「っ…」
異常な程の殺気を放っているアリアの前に立った。
(この殺気…師匠と同じかそれ以上…格が違いすぎる…脚が震えそうだ…)
「…師匠に容赦するなとでも…言われたんですか…?」
「…まぁそんなところね。んで?覚悟は出来たのかしら?」
「はい…まさか入学初日で二回も死ぬ思いをするとは思いませんでした…」
「大丈夫よ。本当に殺したりなんかしないわ。武器は何を使うのかしら?」
「…師匠から頂いた剣があるのでそれを使わせてもらいます」
「…」
そう唯織が言うとアリアは唯織の体をジロジロと見つめて首を傾げながら問う。
「何処にシオリの剣があるのかしら?」
だから唯織は何もない場所に腕を伸ばしながら答える。
「…アリア先生と同じ方法…いえ、近い方法で収納しています」
「………イオリは血統魔法が使えるのかしら?」
「いえ、僕は血統魔法が使えません。アリア先生と同じです」
「…へぇ?」
唯織の答えに笑みを浮かべて黄金の剣を弄び始めたアリアは再度問う。
「どうして私が血統魔法を使えないと思うのかしら?」
「それは血統魔法を使ったリーチェ・ニルヴァーナさんの後に何かを考えるそぶりをしていたからです。次は恥ずかしそうに何かを呟く…流石に距離があったので声は聞こえませんが、リーチェ・ニルヴァーナさんに不自然に思われない様に詠唱の文言でも考えていたのではないですか?」
「…」
「それにアリア先生は師匠のお友達…師匠のお友達だから当然知っていらっしゃると思いますが詠唱と言う行為が必要ない事も知っていて当然だと思います。今まで魔法を使うのに詠唱何てしていなかったからこそ詠唱するのが恥ずかしかったのではないですか?」
「…なら私がどうやって剣を取り出したのか聞いてもいいかしら?」
「はい。…最初は紫の魔色…空間属性の魔色を持っていて空間収納魔法を使ってあたかも血統魔法でその剣を創造した様に見せた…と思いました…が…」
「が?」
「全く魔力が動いていませんでした…だから近い方法と言い方を変えたんです。…正直どうやって取り出したかまでは正確には把握できませんが…アリア先生、アリア先生も僕と同じ透明の魔色ですよね?」
「……いいわね。そう思った理由を言ってみなさい」
「それだけの魔力…師匠の何十倍もの魔力を起こしているにも関わらず他の人からはまるで何が起きているのか見えていないからです。透明の魔色は普通の人達には見えませんから…」
「ふぅん…」
唯織がアリアの問いにわかる限りの答えをぶつけるとアリアは黄金の剣を弄ぶのを止めて脇に挟むと満面の笑みで黒表紙にサラサラと何かを書いていく。
「ほとんど正解だわ。どうやって取り出したかはわからなくても仕方ないから満点あげるわ。ほんっといいわねイオリ?」
「ありがとうございます。…そろそろ始めますか…?」
「…そうね。ずっとお喋りしてても仕方ないし…」
そう言うとアリアはパタンと黒表紙を閉じて後方に無造作に投げると黒表紙が空中で姿を消し、脇に挟んでいた黄金の剣を構え直す。
「んじゃ、イオリの実力を見せてもらうわよ?」
すると唯織は伸ばし続けていた腕を勢いよく振り…何もない場所から真っ黒で華奢な剣を引き抜いた。
「はい…僕が出せる全力をぶつけさせて頂きます」
そして…
「さぁどっからでもかかってきなさい!!全て受け止めてあげるわ!!」
「いきます!!」
唯織とアリアの剣は一瞬で合わさり、シルヴィアの時と同じ衝撃が二人の間で生まれた…。
■
「…うん、ちゃんと本気出してるねイオリ」
唯織とアリアが生み出し続ける衝撃で銀髪を暴れさせながら唯織を見つめるシルヴィアは指で輪っかを作り、その輪の間に水の様なキラキラした膜を張って輪を通して辺りを見渡す。
「…ふふ、みんな驚いてる。そりゃそうだよね、今まで無能だって蔑んでたんだから。せいぜいあほ面をそうやって晒してればいい」
真っ白の制服を着ている一般生徒…特待生の実力テストを身に来ていた者達は揃って校庭から離れた場所で驚愕の表情を浮かべていた。
「…で、こっちは…」
輪っかから視線を外して少し離れたシャルロット達を見つめ…
「…こっちも驚いてる。…なら仕上げをしてもらお。…誰にもイオリを馬鹿になんかさせないから」
目と口を大きく開いて言葉を失っているシャルロット達から視線を切り、耳に手を当てて一人呟く。
「…アリアちゃん、魔法使っていいよ」
■
「なかなかやるじゃない!!剣の腕は正直言ってシオリ以上よ!!」
「ありがとう…ございます…!!でも僕はまだ師匠を…超えてるなんて思ってません…!!」
「向上心が高いのね!!いい事だわ!!」
「ありがとうございます…っ!」
(ぐ…一撃一撃が重すぎて今にも痺れで剣を手放してしまいそうだ…!!)
アリアの目の前で足を止めての真正面からの斬り合い…アリアは楽しそうな笑みを浮かべていたが唯織の表情は苦し気だった。
「ほらほらほら!!!もっとフェイント使いなさい!!!」
「フェイントを使ったら…その前にアリア先生の剣が僕の腕を…斬り飛ばしますよね…!」
「ハッ!!やってみないとわからないでしょう!?」
(やらなくてもわかりますよ…!!さっきから僕のミスを敢えて見逃して剣だけ狙って来てるんですから…!!…?何を…?)
少しでも緩めてしまえば即座に斬り伏せられる…そんな緊張感の中、唯織はアリアが剣を交えながら左手を耳に当てたのを見た。
「…そう、もう少し剣を交えていたかったのだけれどわかったわ」
「…?何をしているんですか…?」
「ああ、悪いわね、こっちの話よ。…さて、近接戦はもうお披露目し終えた…し!!」
「あぐっ!!!っ!?」
剣に想像を絶する程の衝撃を一振りで加えられた唯織は声を漏らしながら体を後ろに滑らせるとアリアの頭上に真っ黒な魔法陣が10個程作り出されている事に気付く。
「…ま、まさか魔法…」
「さぁ、世界の常識を覆すわよ。透明の魔色があらゆる魔色の原点、唯一世界の理に縛られない自由な魔色だと言う事をここで証明しなさい、いくわよ由比ヶ浜 唯織」
「っ!?」
そしてアリアの言葉と共にパチンと言う指を鳴らす音が響いた瞬間…10個の魔法陣から剣を模った魔法が唯織に向って絶え間なく放たれた。
(うっ!?な、何だこの魔法…!!お、重すぎる…!!それにこれだけ魔法を放ってるのに魔力が全然減ってない…!!長期戦になったらまずい…!!)
アリアから少し放たれた位置で雨の様に振り注ぐ剣を弾き飛ばし続ける唯織はアリアの魔力が全然減っていない事に気づき、長期戦を避ける為に魔法から逃れようと回避し始めるが…
「あら?逃げるなんて許さないわよ?」
「っ!?ぐっ…!」
アリアがもう一度パチンと指を鳴らすと更に黒い魔法陣を頭上に現れ、唯織の逃げ場を的確に塞ぐように黒い剣の雨を降り注がせる。
(どうする…!アリア先生を円から出す為には物理的に押し出すしかないけどこの魔法のせいで近づけない…!なら傷を負わせる…?無理だ…!生半可な魔法じゃ傷つかないしもし傷つける程の魔法を使えば学校が…!どうする…!!どうしたらいい…!!)
「…考え事なんて余裕じゃない?動きが鈍ってるわよ?」
「っ!!あがっ!?」
弾き損ねてしまった黒い剣が脇腹を霞めて真っ赤な血を飛び散らせると更に黒い剣の勢いが増し、嵐と言うほどの斬撃が降り注ぐ。
「何をそんなに考える事があるのかしら?私、言ったわよね?全て受け止めてあげるわって」
「っ…!」
「いいからあんたは何も考えずに全力を出しなさい。全力を私にぶつけてきなさい」
「で、でも学校が…!」
「そんなのどうでもいいわ!私が何とかしてあげるから今ここであんたを虐げてきた者達に見せつけなさい!!由比ヶ浜 唯織っていう存在を今ここで!!この世界に見せつけなさい!!!」
「っ!」
(何を迷ってたんだ僕は…!僕の目の前にいるのは師匠のお友達…僕なんかよりも強くてずっと格上だ…!!師匠もアリア先生も僕の為に…!!)
「……はい…!」
アリアの声に迷いを振り切った唯織は黒い剣を弾き飛ばしながら魔法を使う為に深く集中していく…。
(自分の魔色が赤く染まっていくイメージ…!更に火が起きる原理を明確にイメージ…!!そしてその火が剣に溜め込まれていくイメージ…!!!)
すると唯織の剣からチラチラと火の粉が舞い始め、剣を振る度にそのどんどん熱を蓄えていく。
(次は自分の魔色が緑に染まっていくイメージ…!火は風によって酸素を送られ強く燃え上がる…!!火種を消さない様に適切な強さで風を送り込んで更に火を強く…!!!)
剣に蓄えられた熱は適切な風によって炎へと姿を変えていき、唯織の剣が激しく燃え上がっていく。
(そして自分の魔色が紫に変わっていくイメージ…!炎から発せられた熱を空間魔法で圧縮…!!炎が消えない様に酸素だけを取り込むイメージ…!!!それを何度も何度も繰り返す!!!)
そして唯織のイメージが明確に組みあがった時…唯織の剣に灯った炎は瞬きをする様に、呼吸をする様に、脈を打つ様に轟轟と音を立てて熱と光を蓄えていく。
「…へぇ!?なかなかそれは凶悪そうね!?だけれど近づけないんじゃ意味ないんじゃないかしら!?」
「近づけないならこれを…撃ちます!!動かないでください!!!」
「ハッ!!動くわけないじゃない!!さっさとそれを撃ち込んできなさい唯織!!自分の力で世界の常識を覆しなさい!!!」
「はいっ!!!」
更に激しさを増す剣の嵐…全身をその嵐に刻まれながらも唯織は力強く声を上げて剣に蓄えられた莫大な熱と光をアリアに向けて解き放つ。
「いきますアリア先生!!!!!」
「っ!!!」
唯織の声と轟音と共に剣から放たれた白い炎の奔流はアリアの黒い剣の嵐ごと一瞬で校庭を白く焼き尽くす…
「ぐううううううううううううう!!!!!!!!!!!」
「っ!?!?」
事無く、白い炎の奔流はアリアの声と共に受け止められていた。
「唯織!!あんた本当にいいセンスしてんじゃない!!!せっかくの入学式なのに華々しさが足りないと思ってたのよ!!!」
「なっ!?」
「唯織の華々しい門出を私と詩織がここで祝ってあげるわ!!よく見てなさい唯織!!!あんたは今日!!!由比ヶ浜 唯織っていう透明な花を世界に咲かせるのよ!!!」
そう声を荒げたアリアは白い炎の奔流を極彩色に染め上げ真上に弾き…
「唯織…入学おめでとう。これからあなたの世界が彩り鮮やかに色付く事を心より願うわ」
満面の笑みを浮かべながら唯織の為だけに空に大輪の炎の華を咲かせた。
「あ…アリア先生…」
空に咲く大輪の華…今まで見た事のない光景に唯織は自然と頬に雫を落とし…
「さぁ、これで唯織の実力テストは終わりよ。後は今後の学園生活の流れを伝えるからその涙が止まったら教室に来なさい」
「…はい…はい…っ…ありがとうございます…ありがとうございますっ…!!」
自分の為だけにこんな素敵な贈り物をしてくれた詩織とアリアに感謝しながら嗚咽を漏らした…。
■
「いつつ…焼け爛れってレベルじゃないわよこれ…甘く見てたわ…」
唯織に見えない様に隠していた真っ黒に焦げた腕を回復魔法で完全に癒したアリアは満面の笑みを浮かべて惜しみない拍手を唯織に送っているシルヴィアの元まで歩き…
「…これでいいかしら?」
そう言ってため息を吐くとシルヴィアはアリアに抱き着いた。
「ありがと!!私ちょー満足!!」
「ならいいわ。…んじゃシルヴィ、ホームルームしたら解散だから教室に行くわよ。みんなに伝えてきてちょうだい」
「…ん、アリア先生は?」
「こんなボロボロの服で生徒の前に出たらダメでしょ?着替えてからいくわ」
「…りょーかい」
唯織の一撃で煽情的な格好になってしまったアリアはシルヴィアを引きはがして校舎へと姿を消し…
「…おめでといおりん。これからの学園生活が楽しくなるといいね」
校庭で一人涙を流す唯織にシルヴィアはもう一度拍手を送った…。