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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第四章 運命の奴隷
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一日の終わりと始まり

 





「さて…夜はあたしの時間っすよ~」



 夜闇に紛れる様な黒の衣装を纏ったユリは夜なのに昼と変わらない明るさの視界の中、コツコツと足音を鳴らし昼に集めた情報を頼りにある人物の所に向かっていた。



(多分この辺なんっすけど…お?)



 ガツッと鳴る音とその後に響く人の呻き声の様な音…壁に背を預け薄暗いであろう路地を覗くと…



「いい加減っ!!口をっ!!閉じろっ!!」


「うぐっ…だ…誰…たす…」


「黙りやがれっ!!」



(やってるっすねぇ…)



 助けを求める血まみれの男に拳を振るう男…ガルムとポトラを捕まえようとしていた酒場の男を見つける。



(助けてあげるっすけどもうちょっとだけ我慢してくださいっす~…)



「ふぅぅ…やっと静かになったか…」



 ピクリとも動かない男に麻袋を被せ、慣れた手つきで両手足を縄で縛るとすぐ近くに置いてあった台車に乗せてバレない様に布をかけて男を運び始める。



「ったく、手間取らせやがって。さっさと運んで酒飲んで女でも買うかぁ」



(生かす価値無しっすね。でももう少しだけ利用させてもらうっすよ)



 ガラガラと台車を引く音が鳴り、野良犬がその音でワンワンと鳴き、足音を隠す必要すらないユリは事前に王城へと忍び込ませていた血の蚊の視界に意識を移しながら男の尾行を始めた。



(まずは一階…部屋数は52…応接室に雑事系の部屋…使用人の部屋が多いっすね)



 的確に人のいない道を通っていく男を横目に谷間から取り出したメモ帳にサラサラと間取り図を書き込んでいく。



(二階は謁見の間に談話室に王族の執務室兼私室がひー、ふー、みー…六つ?国王、王妃、第一王子、第二王子、第三王子…ああ、第二王子の奥さんで確か…フローラさんっすね…流石に本とか書類は蚊で開いたり捲ったり出来ないっすから後で漁るとして…さて三階はっと…お?王城に向かわない…?)



 台車から布とボロボロのローブを取り出し変装をしながら移動する男は方角的には王城…ではなく、色んな建物から暖かい明かりが漏れる住宅街へと向かい始める。



(まぁ、ヤバい事やるのに直接王城に向かうわけないっすか…こりゃ、地下通路とかある系っすかねぇ…)



 少し予想が外れ眉根を寄せるユリだったがすぐに親指に自分の牙を当て、真っ赤な極小のネズミを大量に生み出すとそのネズミ達は一斉に散らばり地下が無いか探索し始め…また情報の濁流がユリの脳を蹂躙していく。



(んっ…流石に頭痛いっすねぇ…でも…あらら、こりゃすごいっすねぇ…)



 アリアからもらっていた白い錠剤と細長い瓶に入った真っ赤なアリアの血を飲み干し王都リアスの地下にの地図を正確に書き起こしていき…



(明らかに厳重な扉が二つ…これは当たりっすかね?っと、こっちも当たりっすか。ハルトリアス学園で使われてる認識阻害と防音の結界が分かりづらい様に使われてるっすねぇ…)



 迷路の様に入り組む地下道に相応しくない厳重過ぎる扉を二つ見つけ印をつけると台車を引いていた男が明かりのついていない綺麗な家の前に止まり、トントン…トントントンと扉をノックすると中から別の男の声が聞こえた。



「崇高なる血脈は何を欲する?」


「世界を統べる王者の冠」


「…いくつだ?」


「力強いの縄が1、しなやかな糸が2だ」


「…確認する」



(合言葉に隠語…縄が男で糸が女っすかね?っと、とりあえず捕まってる人を助けるっすか)



 家から出てきた黒いローブの男が持ってきた台車に向かっている時、ユリは()()()()()()()()()()()まさぐる様に動かすと…



「…我々を愚弄する気か?」


「は?」


「何処に縄と糸があると言うんだ?」


「はぁっ!?」



(やっぱり縄は男、糸は女っすか。…この人達は気を失ってるだけっすね)



 ユリの影から縄で縛られ麻袋を被せられた男女三人が身動ぎなく現れ、男女を運んできた男は顔面蒼白になりながら台車を見渡していた。



「ち、違うんだ…本当に持ってきたんだよ!!」


「黙れ。お前が持ってくる縄と糸は必要以上に傷ついて使い物にならない事が多かった。そろそろ潮時だ」


「ま、待ってくれ!俺はほんむぐっ!?――――!!―――――――!!!!」



(ひゅぅ~天罰命中ご愁傷様っす)



 弁解する余地も無く黒ローブに連れていかれる男に笑みを浮かべながら冥福を祈ったユリは縛られた三人を解放し、生傷だらけの身体を血の様に赤いポーションを振りかけて治すと目を覚ます前に真っ赤な狼の背に乗せて元居たであろう場所へ送り届けた。



「っし、引き渡し現場と作業場らしき場所は押えたっすし…」



 綺麗な銀髪を纏め一撫ですると髪の色が銀から黒へ…



「さっきの男にもローブの男にもマーキングばっちりっすし…」



 目を閉じ手を翳すだけで真っ赤な瞳は黒へ…



「次は…王城に潜入するっすか」



 指を鳴らすと妖艶なスタイルが平凡な身体つきへと変わり…



「まずは資料を漁って次に人物調査、それが終わる頃には作戦開始っすね」



 一瞬で別人になったユリは予め用意していたメイド服に着替え、ティリアにも渡した眼鏡をかけると蝙蝠の羽を広げもう一度夜に紛れた…。





 ■





「さてと…シフォン学園長、いらっしゃいますか?…入りますね」



 ノックしても帰ってこない返事に遠慮しながらも音を立てず学園長室に入る唯織。



「…アリア先生のハーブティーのおかげ…かな?」



 ソファーから転げ落ちる事なく最初に寝た体勢のまま深い眠りに身を任せているシフォンに笑みを浮かべ、自分が来る前に起きた時用に朝食を机に並べ保温機能が付与された魔道具のカバーを被せると指を鳴らさず馬車の前へ転移した。



「流石に日付が変わった時間だし…誰も起きてないかな?」



 改めて今日一日が終わった事を実感しながら馬車の扉を開けるとそこには…



「あら、随分遅かったじゃない。念入りにやってたみたいね?」


「アリア先生…ただいまです。少し顔が赤くないですか?」



 真剣な表情で机に向かっていた少し顔の赤いアリアがいた。



「クルエラと少しお酒を飲んだのとお風呂上りだからかしらね。それよりご飯は?」


「いえ、流石に気分的に疲れたので汗を流して寝ようかと…」


「そう…本当は食べて欲しい所だけれど…まぁ、いいわ。なら私も眠気覚ましに一緒にお風呂に入ろうかしら」


「え?もう入ったんじゃ…って、一緒にですか!?」


「別にお風呂は何回入ってもいいでしょう?それに…」


「っ!?」



 突然アリアの身体が眩い光に包まれ反射的に目を覆うと光が収まり…一度見た事のある少年の身体、本来のアリアの姿に戻っていたが髪色は茶色ではなく白と黒、おまけに狼の耳と尻尾まで備わっていた。



「唯織の事を知ってて男の姿なら何も問題ないでしょ?」


「確かに…というか、初めて見た時は茶色の髪で耳も尻尾も無かったような…」


「あー、そういえばそうだね。この姿の説明をするには少し長くなるからお風呂に入りながら説明してあげるよ」


「わかりました」



 カシャカシャと音の鳴る見た事のない薄い板を取り出し机に広げていた書類を一纏めにして空間収納に放り込んだアリアは肩が凝ったのか腕を大きく回しながら唯織と泳げてしまう程広いお風呂に向かう…。



 ………



「…くあぁ~…やっぱお風呂はいいね~…心の洗濯とはよく言ったもんだよ…」


「そうですねぇ……」


「…ああ、そういえばこの姿について教えるって言ってたよね。ちょっと仕事しながらでもいい?」


「別に構いませんが…お風呂で仕事ですか?書類とか濡れちゃわないですか?」


「お風呂で仕事出来る様にさっきこれに写真撮っておいたし、ほぼ計算仕事だけだからね」


「その板…それも異世界の物ですか?」


「そ。僕の仲間にターニャみたいに何でも作れる人が居てね。アンジェとフリッカにあげたゼラニウムも異世界の武器なんだけどそれをこの世界の仕様に合わせて作り変えたんだよ。で、僕のこの姿についてだったよね」


「はい」


「実は僕には左眼以外にも権能があるんだよ」


「権能…神から与えられた恩恵、特殊能力の事ですよね?セッテ様が左眼に時を操る権能を与えたんですよね?」


「そうそう。右眼はこれから起きるであろう事象、空間を掌握する権能が宿ってるんだ」


「…瞳の奥に箱みたいな模様…」


「後はこれに関しては目に見える権能じゃないんだけど…人との繋がり感じる権能っていうか…加護みたいなものがあるんだよね」


「人との繋がりを感じる権能…イメージしにくいですね…」


「んー…簡単に言うと…例えば食料にしようか。お米とか野菜って農家の人が作るでしょ?そのお米とか野菜を作った人物の顔が浮かんだり、物とかなら大切にしていたペンを無くして僕が拾ったらその落とし主がわかるとか…なんとなくわかるかな?」


「物と人との関係性が分かるみたいな感じですかね?」


「そうそう、そんな感じ。それをうまく使えば僕が求めた物、人物が向こうから寄って来やすくなるみたいな感じ」


「すごいですね…」


「で、時を操る、事象を掌握する、繋がりを感じる権能はさっきも唯織が言った通りセッテに与えられた権能なんだけど、僕が魔王から魔神に至った時に僕自身の権能が発現したんだ。この世界で言う血統魔法みたいなもんだね」


「なるほど…」


「で…その権能を説明する前に僕の三つの身体について何だけど、この身体の時は魔法が一切使えないんだ」


「え?魔法が一切使えないんですか?」


「うん。魔力を纏う事すら出来ないんだ。でも、魔力を纏わなくたってバハムート達神龍7体を同時に相手するぐらいの身体能力があるし、この手に持てる武器なら全てを完璧に扱う自信があるよ。ユリスに見せてもらったと思うけど斬風(ざんぷう)とかも剣や槍、斧、やろうと思えば万年筆でも出来るしね」


「す…すごいですね…」


「で、アリアの身体なんだけど実はアリアの身体も人間族なんだよ」


「えっ!?獣人族じゃないんですか!?」


「うん。で、アリアは打って変わって魔法特化の魔法使いなんだけど一応無手の武術が扱えるぐらいなんだ。多分武術だけで戦うとしたら…ティリアといい勝負って所かな?」


「それは…ティリアさんが凄いのか、魔法無しでもティリアさんと同等が凄いのかわからないですね…」


「ティリアが凄いんだよ。身内贔屓無しで見てもティリアは無手の武術に関してはトーマとバチバチにやり合える…それよか少し上ぐらい、まだ教えてないけど飛拳と飛脚、空歩を教えたら出来ると思うよ」


「無手の武術…僕ももっと練習しないとですね…」


「で、最後に水色の髪の獣人族の身体があったでしょ?あの身体は生産、特にポーションとか薬系が得意なんだ。一応僕がいつも使ってる金色の剣とか防具も作れるけどね」


「なるほど…たまに飲ませてくれるポーションとかはそう言う事だったんですね?」


「そうそう。後、あの身体は召喚魔法が使える身体なんだ。だからバハムート達を召喚するにはあの身体じゃなきゃいけないんだけど…そこで発現した僕の権能の出番って感じ」


「アリア先生の発現した権能…身体が三つあるからもしかして三つあるんですか?」


「当たり。この身体…あ、茶色の髪で狼の耳も尻尾も生えてない状態のこの身体では『悪神(あくしん)』っていう権能が宿ってるんだ」


「悪神…なんだか怖い響きですね…」


「まぁ、名前に負けず劣らず凶悪な権能でさ、かなり上位の悪魔…正直一体一体が魔王に匹敵する強さを持つ悪魔を72体召喚するのと、夢の住人達…見るだけで気が狂いそうになる化け物達を召喚する権能なんだよ」


「魔王級の悪魔…それに見るだけで気が狂いそうになるって…」


「滅多な事が無いと使わない権能かな。…で、いつものアリアの身体は『魔法創造』っていう権能でイメージすればどんな魔法でも創り出して使える権能なんだよ。みんなに見せた魔法とかは普通に考えた魔法なんだけど、異世界に渡る魔法何て普通出来ないからね」


「うわぁ…反則ですね…」


「いやいや、唯織だって異世界を渡る事は出来なくても透明の魔色でほぼ同じ事が出来るでしょ?神の権能なしで出来る唯織の方が僕は反則だと思うよ?」


「そ、そうですかね…」


「うんうん、だから自信持ちなよ」


「…わかりました」


「で、最後の権能…獣人族の身体で使える権能は『受容』。受け入れて取り込む事が出来る権能なんだ」


「受け入れて取り込む…と言う事はその姿は…三つの身体を受け入れて一つの身体として取り込んだ姿と言う事ですか?」


「正解。だからこの状態なら近接、魔法、生産全てをこなせる完璧な状態になれるんだ。これが僕の強さの秘密だよ」


「そうだったんですね…一つの身体でも相当凄いのにそれが全部合わさっちゃうなんて…」


「それに実は()()()()()()()()あるんだけど…まぁ、これは内緒にしておこうか」


「その上とっておきがあるんですね…そんな人に面倒を見てもらってる僕達は世界一の幸せ者かも知れないですね」


「お、唯織も言う様になったね?そうさ、君やテッタ、詩織やリーナ達は決して不幸になる為に生まれてきたんじゃない、幸せになる為に生まれてきたんだ。だから今回の業も悪も全て僕に預ければいい。なんたって僕は全ての悪を背負うと決めた魔王だからね」


「…本当にありがとうございます」


「別にお礼なんていいよ。僕は僕がやりたくてやってるだけだしね。それより…」


「…?何ですか?」


「リーチェとはどこまで進んでんの?」


「…えっ!?何でそんな話になるんですか!?」


「だってさー、最近リーチェ露骨に唯織を意識してるよ?唯織の事だから一線を越えちゃったなんて絶対にないってわかってるけど、キスぐらいまではしたでしょ?」


「うっ…あ、あれは…」


「…強引に奪われた感じか」


「……はい…」


「モテる男は辛いねぇ~」


「それ…アリア先生が言います…?」


「違いない!あはは!」


「あははって…ははは…」



 こうして見た目だけは美少女の少年達の一日は終わりを迎え、シフォンが魔道具を作り上げる二週間…皆、自分のやるべき事だけを見て全速力で突き進んでいった…。



 そして…



「……これは…流石にキツイっすね…」



 ユリは全身を赤黒い液体で染め、苦悶の表情を浮かべていた…。

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