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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第四章 運命の奴隷
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歪な形

 





 星明かりが輝く夜…水面が美しく星空を映す湖畔に水色の髪色を持つ二人の少女がいた。



「…ん…」


「お姉ちゃん起きた?」


「あれ…私何してたんだっけ…?」


「う…少し強く殴りすぎちゃった…?」



 ティリアの膝に頭を乗せたまま視界をお腹から星が散りばめられた湖に向けるとティアはああ、そっかと声を漏らした。



「ティリアに殴られて気絶してたんだ…」


「ごめんね…でもああしないとお姉ちゃんは止まらないと思ったから…」


「…」



 妙にスッキリとしている頭と身体…なのに申し訳なさそうに呟くティリアの目の下には薄暗い場所でもはっきりとわかる程黒く、昨日から休憩もせず特訓に付き合い気絶している自分を介抱している時も寝ずに様子を見ていてくれたのだと一目で分かる隈が出ていた…。



「…こっちこそごめんね…私の我がままに付き合わせちゃって…」


「…うん、すごく心配したよ…でも、私もちゃんと説明しないで嫌な事言って殴ってごめんね…」


「あのパンチは凄かった…一瞬で目の前が真っ暗になった…」


「うう…結構感情的になってたから……え?何してるの?」



 ティリアの隈を撫で、膝から頭を退かすとティアはティリアに背を向け小さく屈んで言う。



「今日はもう帰る。ずっと私の介抱して疲れたでしょ?だからおんぶしてあげる」


「大丈夫だよ?帰るぐらいならじぶ『少しはお姉ちゃんらしい事させて』…うん…」



 何時も負ぶってくれる背中はウォルビスの大きくて育ててくれた背中か訓練でボロボロになった時に細くてもしっかり鍛えられたアリアの安心する背中だったが、今目の前にある背中は生き別れの姉の背中…自分と背丈もあまり変わらない華奢で弱々しい背中なのにウォルビスとアリアとは違う安心感と倒れてしまわないかという不安を感じながら覆い被さると小さな呻き声が漏れた…。



「う…ティリアの胸邪魔…凄い重心ぶれる…」


「っ!?や、やっぱ降りるよ…」


「大丈夫。これも身体のバランスを鍛える訓練だから」


「…私そんなに重くないよ…」



 顔を真っ赤にしてティアの背中にしがみ付き歩く揺れを感じていると少しずつ睡魔が襲ってくるがもう少しこの背中を感じていたいと意識を繋いでいるとティアは…



「私はティリアのお姉ちゃんなのに情けないな…」


「…」



 何としても探し出して自分が守ってあげなくちゃいけないと思っていた妹が手も足も出せない程強く、姉らしい所を見せれない、こんな事しか出来ない事に情けなさを感じ無意識に呟いてしまう…だからティリアはそんな姉の小さな身体をぎゅっと抱きしめ…



「ねぇお姉ちゃん…ううん、()()()?」


「え…?」


「あのね…酷い事を言うかも知れないけど…ティアは私っていう妹がいる事をずっと知ってたかも知れない…でも、私はティアっていうお姉ちゃんがいる事を知らなかった…」


「……」


「お姉ちゃんっていう存在がどういうものか考えた事も無かったし全くわからない。今こうしてティアの背中におぶさってるのも何か変な感じなの…」


「…ごめん、嫌だった?」


「ううん、違うの。ただ私はまだティアの妹だって実感出来てないの。だから今、お姉ちゃんらしくないとか情けないとか言われても正直わからない」


「…」


「私はティアの事をお姉ちゃんらしくないとも思わないし情けないなんて思わないよ。だから…」



 ティアの耳元で期待に満ちた声色で言う。



「これから私にティアっていうお姉ちゃんを教えて欲しい。私はティリアっていう()()()()()()()()()()お姉ちゃんの事を見守るから…だから今は妹として初めてお姉ちゃんに甘えるね…」


「……うん、そうだね…お休みティリア…」



 本当の姉妹として歩み寄った二人…力が抜けて重みが増した大切な妹を運ぶ姉の表情はようやく星空の様に明るくなった…。





 ■





「今日はここまでにしよっか、ルマ」


「はぁっ…うぐ…おえっ……!」



 多少の汗を流す黒猫と大粒の汗だけではなく腹の底から血が混じった液体を吐き捨てる獅子…明らかに身体能力が劣るハーフの黒猫が純血の獅子を圧倒するこの光景を獣人族が見たらあり得ないと口にする状況でテッタは星空を眺め不満そうに表情を歪めた。



「うーん…アリア先生のこの魔道具は凄いけどやっぱりここじゃ狭いし学校の闘技場辺りを使いたいんだけどイオリとターレア王子が使ってるだろうし…後でアリア先生に相談してみようかな…」


「てっ…テッタ…おえっ…お前はいつも…こんな訓練を…?」


「…上から見下してるようであんまり言いたくないんだけど気を悪くしないで聞いてくれる?これぐらいはみんな()()()()みたいなものだよ?」


「なっ!?」


「今回はルマの身体が出来るだけ壊れない様にゆっくりやったけど、今回の準備運動をみんな30分に凝縮してやって魔力も身体も動かしやすくしてから特訓だから…正直僕達はみんなの中で一番遅れてるって考えた方がいいかもね」


「うぐっ…」



 ルマが住む家の庭で大の字に寝そべり全身が強く鼓動する痛みに耐えながら星空を眺め自分の不甲斐なさに打ちひしがれているとテッタは制服が汚れるのも気にせずルマの隣に腰を下ろした。



「…やっぱり辛い?」


「…ああ……死にそうな程にな…」


「そっか…まぁ辛いよね。僕も最初はそうだった」


「…」



 荒々しい呼吸が落ち着くまで喋らず、ただただ星空を眺めルマの呼吸が落ち着いた頃…テッタはゆっくりと口を開いた。



「ねぇ、ルマはさ、精神は肉体を凌駕するって言葉…どう思う?」


「…いきなりなんだ?」


「いいからどう思うか教えてよ」


「……気持ちでどうにでもなるなら今頃俺はここで寝そべってないだろうし、獣王になっているだろうな…」


「まぁそうだよね…いくらアリア先生に言われたとしても僕もそんな綺麗事をってちょっと思ったけどさ」


「…今は違うのか?」



 ルマの問い返しに笑みを浮かべたテッタは黒く細い尻尾をゆらゆらと揺らし楽し気に語る。



「うん。リーナやティリア、アリア先生のキツイ訓練をこなすみんなや僕の師匠を見た後だと本当なんだなって思った」


「そうなのか…」


「それに少し考え方が変わったんだ。…きっと今は精神が肉体を凌駕する()()をしてるんだって」


「練習…?」


「そう、訓練で限界まで出し切った時に師匠に言われたんだ。後ろに守るべき仲間や大切な物があったらそうやって寝そべってるの?って。そう言われた時、僕は一回だけ立ち上がれたんだよね。一歩歩いたら倒れちゃったけど」


「……」



 情けないよねと恥ずかしそうに笑うテッタの笑み…その笑みがとても眩しく、そんな笑みを浮かべる事は出来ないと思ったルマは何も言わず目を閉じると…



「こんな事を言っちゃあれだけどさ…ルマはさ、心の底からターレア王子の事を助けたいって思ってる?」


「…どういう意味だ…?」



 自分の今の頑張りを全否定する言葉が呟かれた。



 だが…



「僕が思うにさ、精神が肉体を凌駕する条件って()()()()()()()()()()()()()だと思うんだ」


「誰かの為…」


「うん。…まぁ、これは()()()()()()()()()()ルマの人生だからこれ以上は何も言わないけどさ…大切なものは手放しちゃダメだよ」


「……」



 その言葉は今まで聞いた言葉よりも重く…ルマの人生を変えるには十分すぎる言葉だった。



「よし、じゃあ僕はこれから明日からの訓練をする場所を考えておくから今日はゆっくり休んで。疲れすぎて食欲が湧かないと思うけどしっかり食べてね?」


「…ああ、わかった」


「じゃあ、また明日」



 音も無く身軽に飛び跳ね夜の暗さに紛れた小さな黒猫を見送る獅子は…



「誰かの為…か…俺の師匠はお前だ…テッタ…」



 自分より遥かに小さな背中を目標にした…。





 ■





「今日はこのくらいにするか。…それにしても精霊がいると夜は暗くないな」


「…エルフでもないのに何故そんな精霊に好かれているんだ…?」


「さぁ…精霊の加護でもあるんじゃないか?」



 木々が風に揺れ葉音が優しく響く森に淡い光を放ち色取り鮮やかな微精霊が群がるアンジェリカと、真っ赤に力強く発光する微精霊が群がり樹の根元に大粒の汗を流して身体を預けたアーヴェントがいた。



「俺もお前みたいに精霊に愛されていれば…」


「…何を言っているんだ?お前も愛されているじゃないか」


「火の精霊だけだ…もっと色んな属性の精霊が…」


「…はぁ」



 アンジェリカの周りを漂う色取り鮮やかな微精霊を羨む声を零すとアーヴェントの周りを漂う赤い微精霊の発光が少し弱まり…その小さな変化を見逃さなかったアンジェリカは重苦しく息を吐き捨てた。



「アーヴェント、微精霊や精霊は何が好きかわかるか?」


「…わからない」


「なら何が嫌いかはわかるか?」


「…わからない」


「そうか。…言葉は交わせると思うか?」


「…出来ないだろう。少なくとも俺は一度も精霊の声を聞いた事は無い…」


「そうか。なら意思はあると思うか?」


「……さっきから何を言っているんだ?」


「いや、何…もし精霊が何が好きで何が嫌いで、言葉が交わせて意思があると思っているのにも関わらず()()()()()()()()()()()かどうか確かめる為に聞いただけだ」


「…どういう意味だ」


「お前がさっきから私に寄って来る微精霊を羨む言葉をその赤い微精霊をお前に、自分をターレアに置き換えて考えてみろ。どれだけお前が愛そうとターレアはお前を拒否して遠ざけて別の誰かを常に考え続けているんだぞ?そして極めつけに都合のいい時だけ呼び出して戦わされてその後はいつも通り拒絶だ。お前なら耐えられるのか?」


「っ!?」



 立場の置き換え…アンジェリカの言葉に目を見開くとアーヴェントに群がっていた真っ赤な微精霊がまるで『アーヴェントをいじめるな』とばかりにアンジェリカの周りを激しく飛び周り始める。



「私は精霊に親和性があると言っても詳しい事はわからない。アリア教諭から教えられた知識しか持ち合わせていない。…だがな、これだけはハッキリと分かる。この微精霊達はお前の事が好きで私の事が嫌いだ。そして今、お前をいじめるなとでも私に言っているんだろうな…これを見てまだ意思がないと、言葉が交わせないと、好きなものがわからない、嫌いなものがわからないと言うか?」


「………」


「今のお前に戦う術を教えるのは止めだ。お前を常に見守り助け、愛してくれているのは誰か考えろ。お前が今向き合うべきはものは何か思考を巡らせろ。明日また同じ時間にここに来る。その時にお前の答えを聞かせろ」


「…ああ」



 周りに群がる真っ赤な精霊を優しく手で払いのけたアンジェリカは…



「…最後に一つだけ教えてやる。大切なものは近くにあればある程見え辛い…そして何時までも近くにあると思うな」



 淡い光を放つ色取り鮮やかな微精霊達と夜の森へと姿を消した…。



「精霊と向き合う…」



 森の中に一人残されたアーヴェントはアンジェリカの言葉を頭の中でぐるぐると反芻し…



 あいつきらい


「っ!?…い、今…」


 やなやつ いじめる きらい


「こ……これが精霊の声…」


 すき アーヴェント すき まもる あんしんする


「…何で…何で今まで聞こえなかったんだ…」


 アーヴェント きらい ひ きらい かなしい


「俺が…俺がずっと…お前達を拒絶してたから…」


 なかないで アーヴェント なかないで


「ごめん…ごめんっ…俺っ……」



 大粒の涙を止め処なく流し多くの赤い微精霊と小さなサラマンダー、ずっと守ってくれていたイフリートに抱かれ声にならない声を上げた…。





 ■





「ぜぇっ…はぁぁっ…」


「…エルダ、もしかして不器用?」


「…こ、こんな鬼ごっこで…器用も…不器用もっ…あるか…」



 妖精の羽を生やしクルクルと優雅に踊り続けるフレデリカに地面に膝と手をつきながら睨みつけるエルダ…。



「身体の動かし方不自然すぎ。脳みそ筋肉で出来てる?」


「ぐっ…このっ!」


「バレバレ」


「あうっ!?…くそっ…」



 不意打ち気味にフレデリカに飛び掛かるが空中で側転しながらエルダの背中に触れて地面に落としその上に腰を下ろすフレデリカ…。



「んー…身体硬すぎ」


「がっ!?ぎぃぃぃぃ!?!?」



 顎を両手で掴み思いっきりエルダを仰け反らせるがエルダの顎は地面から手を目一杯開いたぐらいの高さまでしか上がらず聞いた事のない絶叫が響いた。



「…何でこんな硬い?種族で筋肉の付き方違う?背中に羽が生えるから?尻尾があるから?鱗があるから?」


「は…はなじでぐれ…!」


「あ、ごめん」


「うぐっ…身体が硬いのは生まれつきだ…」


「生まれつき脳筋?」


「脳筋じゃない!!」


「でも火を噴くだけで魔法使わない。魔法が苦手なの?」


「う…」



 背中に跨るフレデリカに図星を突かれたのかバタバタと動かしていた竜の尻尾は力なく垂れた…。



「魔法を使うより身体を動かした方が楽だ…」


「その身体を動かすのもぎこちない」


「……」



 種族的の身体能力に甘え鍛錬をしてこなかった事が露呈すると何も聞こえないとばかりに耳を塞ぐが、フレデリカはその両手を取り上げた。



「…エルダは明日からダンスと魔法の勉強」


「は、はぁっ!?だ、ダンスなんか踊っている場合じゃないだろう!?」


「ダンスはすごい、体力を付けるのと柔軟性の獲得、更に身体をどう動かすか学ぶのをいっぺんにこなせる。アリア教諭も体術に音楽とダンスを取り入れたりしてる。間違いない訓練方法」


「そ…それは本当なのか…?」


「エルダの攻撃を避け続けたのもダンスで学んだ身体の動かし方の応用。体力が付けば長く戦えるし疲れで思考が鈍りにくくなる。柔軟性があれば今まで距離を取って避けてたのも距離を置かずに避けれるしカウンターが狙える。こんな利点ばかりのダンスをまだ疑う?」


「た、確かに…」


「ま、私とアンジェは遠距離型だけど」


「……」



 最後に不安が残る一言を残し股下からエルダを引っこ抜いたフレデリカは…



「じゃあそう言う事だから今日はよく柔軟してよく食べてよく寝て。明日からもっときつくなるから」


「わかった…」


「ん」


「…?なんだ?」


「背中乗せて」


「あ、ああ…」



 真っ白の竜になったエルダの背にもう一度跨り夜空を飛んだ…。





 ■





「キリンさん、レイカさん、今日はこれぐらいにしましょう」


「…っはぁ…キツイわぁ…死んじゃうわぁ…死んでるけど…」


「思考が二つでも身体は一つですし、表に出てる人格に負担が集中するのは当たり前ですね。冗談が言える元気があれば大丈夫です」



 王都リアスを囲む外壁の上…王都を何周も走りながら魔法の制御をし、更にシャルロットが常に弄り続けているルービックキューブを解き続けていたキリンは自然と流れ出る大量の汗と鼻血を乱暴に拭っていた。



「シャルちゃんは…そんなに槍を振り回しなが…ら…一緒に走ってて…疲れてないのね…」


「私だって疲れてますよ?ただ、これぐらいの疲労はいつもの事なので慣れてるだけです」


「すごいわねぇ…鬼人族顔負けよぉ…」



 アスターを身体の一部だと言いたげに弄び、様になった構えからトリッキーな取り回し等をキレよく披露し続けるシャルロットの無尽蔵にしか思えない体力に呆れていると…



「…あれ?あそこを歩いているの…トーマさんじゃないですか?」


「えぇ…?あら…ほんとねぇ…」



 少し項垂れよたよたと歩くトーマが外壁の上から見え、キリンは怪訝そうに眉を顰めた。



「あの馬鹿の事だから酒でも飲んで酔っぱらってるのよ」


「そう…見えなくもないですけど…少し汚れてるみたいですし何かあったんじゃないんですか?」



 そう言うとキリンの身体がピクリと反応するがまたすぐに眉を顰めぶっきらぼうに口を開く。



「…目がいいのね?あんなの放っておいて問題ないわよ」


「…心配なら声をかけてきたらいいじゃないですか」


「…」


「あの時の事を謝ったり確かめたりするのには一番のチャンスですよ?」


「…別にいいわよそんなの」


「そうですか。それで後悔しないならいいですけどね」



 トーマから視線を切り背を向けるキリン…本人が嫌ならこれ以上言うまいと槍の鍛錬を始めようとした時、



「キリン…それじゃダメ…」


「っ!?ちょ、レイカ!?」



 一瞬だけレイカが表に現れ無理やり城壁から身を落とし…



「まぁ…レイカさんからしたら前世のお父様ですし、身体は自分の物ですもんね。私は明日の訓練の準備でもしておきますか」



 前世の家族が歪な形であっても再会する大切な時間…家族との時間がどれだけ大切なものか誰よりも知っているシャルロットは水を差さない様笑みを浮かべトーマに近づいていくレイカを見送り馬車へと歩みを進めた。



 ………



「ちょ、レイカ…!こ、心の準備が…!」


「本当は心配…でしょ?…私が二人の関係…知らなかったから…知らないふりを…してただけ…」


「……」



 勝手に動く娘の身体に振り回され娘にすら心配される…複雑な気持ちが表情に出ていたのか…



「ん…?レイカ?…いや、キリンか?」


「……久しぶりね」


「…そうさな、数百年ぶりさね」



 追いついたトーマに一目で見抜かれどういう顔をしたらいいかわからない居心地の悪さに頬を染めた…。



「キリンが表に出て会いに来るったぁ…レイカは知っちまったのかい?」


「ええ…」


「そうか…」


「「……」」



 薄暗い夜道で二人して俯き何も喋らない気まずい時間が流れ始めるが、その流れを断ち切る様に裏にいたレイカが表へと出る。



「ねぇ…私の産みの両親は私を悪鬼憑きだからって捨てた…だから親はいない…でも前世のお母さんとお父さんは…ここにいる…これからはお父さんって…呼んだ方がいい…?」


「っ…そう呼ばれる資格はおいらにはないさね…」


「…何で?」


「何でって…おいらはレイカ…いや、リンカをこの手で守れなかった…それだけじゃない…キリンだっておいらの手で殺して…」


「…恨んで悪鬼憑きにした?」


「…そうさね。もしかしたらおいらに憑りついてくれるんじゃないかと思ったが…まさか長い年月を超えてレイカに憑くとは思わんかった…」


「何で…キリン…お母さんを…恨んだの…?私…リンカは…何で恨まなかったの…?」


「……」



 前髪に隠れたレイカの億劫そうな目がトーマをじっと見つめ…観念したのかあの時の気持ちを零し始める。



「…リンカを恨まなかったのは単純さね。おいら達の可愛いリンカを恨む事なんて出来なかった…恨んで悪鬼になんか出来なかったんさ…」


「…ならお母さんは…?」


「…リンカが殺されて放心して泣く事しか出来なかったおいらを…自分で死ぬ勇気すら出せないおいらを殺してもらいたかったんよ」


「…何で…?普通…二人の分まで生きなきゃって…ならなかったの…?」


「…あの日の事はキリンから聞いたんだろう?」


「うん…騙されて…森で待ち伏せされて…」


「そうさね。あの地獄の日、おいらがキリンを殺さなきゃきっと殺戮を求める本当の殺人鬼になっちまう…だからおいらはキリンを殺した…キリンとリンカはおいらの全てだったのに…絶対に守らなきゃいけなかった大切なものだったのに…そんな状態で生きる希望なんかありゃしないさ…だからおいらは何でおいらにキリンを殺させたんだって、何でおいらもキリンとリンカが行く場所に連れてってくれなかったんだって恨んだんさね」


「……」


「…それからおいらはお前達がいない地獄から抜け出す為に冒険者になって死に場所を求めた…お前達がいる場所に早く行きたくても自分で死ぬ勇気すらない腰抜け…だから命を落とすかも知れないって止められる危険な依頼をこなしてこなしてこなし続けて…でも結局死ねなくてSSSランクの冒険者何かになっちまった…本当に間抜けな話さね…」



 手を伸ばせば伸ばすほど遠ざかっていく死というトーマの救済…何時も明るく振舞っていたトーマは全て嘘、心を壊し(救い)を求めるトーマが本当の姿…だが…



「…ほんっとうにアンタは弱虫で甲斐性無しねぇ」


「……」


「言いたい事も怒りたい事も色々あるけど…自分の娘に何そんな情けない姿を見せてんのよ。もっとしっかりしなさいよ」


「…は…?」



 本当の姿を見たレイカ…キリンがトーマの胸倉を掴み上げ言う。



「今こうして歪でも()()()()()()()()()()()()のよ?まだ死にたいとか的外れな事を言うつもり?」


「っ…でも…おいらは…リンカを死なせてキリンを殺しちまった…」



 守れなかったリンカ…自分の手で殺したキリン…その事実がトーマを雁字搦めに縛り付けていたがキリンは痺れを切らし足を後ろに振り上げ…



「…アンタねぇ!!!」


「ふぐっ!?!?」



 思いっきりトーマの股座を蹴り上げ膝を折り…



「あがっ…おま…ふぐっ…」


「うじうじみみっちぃ事言ってんじゃないわよ!起きた事は変わらない!でもその後は変えられるのよ!!理由がどうであれアンタがワタシを恨んだおかげでワタシはまたリンカの…レイカの母親になれた!ならアンタもまたレイカの父親になれんのよ!!」


「かはっ…ちょ…ま…」


「アンタはあの時より強くなったんでしょう!?なら今度こそ大切なもんを守ってみなさいよ!!この…甲斐性無しが!!」


「ぐっ!?!?」



 胸倉を引き寄せ殴りかかる右手に完璧なタイミングでトーマの顎が当たると今度こそ地面に倒れ伏した…。



「……相変わらずの鬼嫁さね…」


「…アンタがなよなよしてんのがいけないのよ。覚悟は決まったかしら?」


「…ああ、やっぱおいらにはキリンしかいねぇや…リンカ…いや、レイカ…こんな父親でもいいか…?」



 グラグラと揺れる視界でもしっかりと見つめ…



「…もっとしっかりして欲しい…」


「う…」


「でも…これから…よろしく…お父さん…」


「…ああ、今度こそおいらはお前らを幸せにしてみせるさね…!」



 恨み辛みが折り重なる歪な家族が一つになるのだった。



「……ところでトーマ、何でそんなにボロボロなのよ?」


「追い打ちをかけておいてそれを言うんさね…?…白黒狼んとこの嬢ちゃん…リーナちゃんと決闘して、書置きには引き分けって書いてあったけど本気を出したんにボロカスに負けたんよ…しかも白黒狼に足から埋められて抜け出すのに時間がかかったさね…」


「は、はぁっ!?」


「あの王女様…そんなに強いんだ…」


「…てか、よく見ればキリン達もボロボロじゃないさね?何してたんよ?」


「…シャルと…特訓してた…」


「シャル…キリン達も白黒狼んとこの桃髪の嬢ちゃんとやってたんか…自分とこの生徒を使ってレイカ達の特訓…ってぇそんなタマじゃないさね…白黒狼は何を企んで…いや、おいらは負けたんだったな…詮索は止すか…」


「「……」」


「まぁ、今日は飯でも食おうさ…レイカの好みも知りたいさね」


「…そうね、何時までもこんな汗くさい状態嫌だしお風呂も入りたいわ」


「賛成…お腹空いた…」



そして大鬼と鬼嫁…そして小鬼の家族は手を繋ぎゆっくりと歩き始めた…。

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