一矢報いて
(先程とは比べ物にならないとんでもない圧…以前のわたくしなら対峙しただけで戦意を失ってましたわね…)
身体が軋む様な重苦しい空気の中…遂に本気になったSSSランク冒険者、百鬼と謳われる鬼人族のトーマと対峙するリーナ。
「なんかいいもんでも食ったんかい?いい顔で笑ってるさね」
「…ええ、何時の間にか憧れていた人へ近づけるチャンス…この階段をわたくしの脚で、わたくしだけの力で駆け上がれるか、はたまた脚を止めるか転げ落ちるか…わたくし自身を試すみたいで楽しみで仕方ありませんわ」
「…聞こえねぇがやる気は十分みたいだな。おいらに本気を出させんだ…一撃で終わってくれちゃ悲しい」
「絶好のチャンスに一回手を伸ばしただけで終わるわけありませんわ。掴むまで、この身体が朽ちるまでわたくしはあがき続けて見せますわ」
喋る度に痛み血が溜まる口の煩わしさも忘れ、凄惨な笑みを浮かべ続けるリーナにハプトセイル王国の王女という面影はなく…高みへ挑戦する一人の少女は口の中に溜まった血を荒々しく吐き捨て、それが再開の合図だと言いたげに高みへ瞬発する。
「いきますわよ!!!」
「今度は正面ど真ん中!!ほんに嬢ちゃんの戦い方はよくわからんさね!!」
砂塵を脚で巻き上げ顔の横に構えたエーデルワイスを限界まで引き、正確に心臓を狙う突きを見せるとトーマはニヤリと笑い正面衝突を望む様に金剛を振り上げながらリーナに向かって突進した時、リーナは違和感を感じる。
(速さは変わらない…どころか落ちてますわ…?っ!?これはっ!?)
微妙な速度の違い…本気を出しているはず…その証拠に額から伸びる二本の角は生えている…そんな違和感に本能が危険信号を出した時、リーナは無意識にエーデルワイスの切っ先を足元に突き込みながら風を生み出し上空へと飛び…自分の判断が間違っていなかったと悟る。
「…チッ!一撃ならずさね!!」
「っんなぁっ!?」
数舜前にリーナが居た場所に金剛が縦に振り下ろされると砂地が轟音と共に縦に裂け、アリア達が立っていた場所まで裂けるとその裂け目から大量の砂が雪崩の様に落ちていく…。
(ただ力任せに振った一撃がこんな…規格外すぎますわ!!)
本気になって魔力を纏ったとしても人間の身体で起こるはずがない事象を目の前で起こされた事で種族の違いだけでこれ程の差があるのかと顔を歪めた瞬間、
「今のおいらに安全圏はないぜ嬢ちゃん!!!」
「っ!?あがっ!?」
上空という安全圏にいると錯覚したリーナに向かって咎める様に砂地からトーマが拳を突き込むとその拳から空気の弾丸が生まれリーナの腹を打ち抜き更に上空へと吹き飛ばす。
(ま、魔法じゃない…純粋な身体能力…強靭な肉体から発せられる衝撃…よく耐えましたわわたくしの身体…!同じ土俵で戦うのは無理が過ぎますわねっ…!)
骨は折れていなくてもヒビが入った様な鈍痛に血を吐き出しつつも自分を褒めて気持ちを繋ぎ止めると米粒ほどの大きさに見えるトーマを見下ろしながら思考する。
(きっと速度の低下は筋肉を膨張させたから…その証拠に地面を裂く一撃にアリア先生とユリスさんが一度見せてくれた飛拳と似た体術…飛蹴もあると考えるべきですわね………っ!?飛拳も飛蹴も使えるという事は!?)
自分には出来なくてもこういう事が出来るとアリアとユリスが教えてくれた知識…その知識のおかげでリーナは気付く。
「チッ!気づかれたさね!!!」
「うぐっ!?!?」
安全圏は無い…その言葉の通り天高く吹き飛ばされこの高さなら大丈夫だと思っていたリーナは何もない場所を踏み固めて空を歩く空歩という体術をトーマが使える可能性に辿り着き、反射的にエーデルワイスを身体の中心に構えて上から振り下ろされる金剛を受けた。
(いくら砂とはいえこの速度で叩きつけられたら死ぬ…)
身体がバラバラに千切れそうな風圧の中、高速で近づいてくる地面に誰しもが死を悟る状況なのにリーナは…
(急激に下に風を当てて相殺したら間違いなく身体が砕ける…ならこれですわ!)
冷静に思考を回し風で着地するのではなくエーデルワイスに魔力を纏わせ力任せに振り抜くとパキンという高く澄んだ音と共にカーブを描いた氷の滑り台が作られ、その上に薄く水が流れると衝撃を殺す優しい風がリーナを包みウォータースライダーの要領でつるつると滑っていき…
「反撃…ですわ!!」
自由落下してくるトーマ目掛けて氷のジャンプ台が形成されるとトーマに加えられた勢いとその勢いを増す暴風がリーナを射出し、空を駆け上がる勢いでエーデルワイスの突きが放たれた。
「っ!?なかなか器用さね!!」
「くっ!?あうっ…!」
空中という踏み止まる事が出来ない場所なのにも関わらず金剛を盾にした壁の如く揺らがないトーマ…突き出した右腕に骨が砕ける痛みを感じうめき声を漏らすと…
「残念だったな嬢ちゃん!!!」
「がっ!?」
金剛の裏から伸びたトーマの手に華奢な首を掴まれ…
「これで終いさね!!!」
「―――――!!!」
リーナは空歩で加速したトーマに今度こそ砂地に叩きつけられた…。
………
「リーナ…」
「あの馬鹿…!!いくら本気だからってやりすぎじゃない…!!」
「お、おい白黒狼…すぐに回復してやれ!!あのままじゃ死んでしまう!!」
リーナが叩きつけられた事によって降り注ぐ砂の雨の中、クルエラとバルアドスは明らかにリーナが死ぬと慌てふためきアリアに駆け寄るが…
「な、何してるのよアリア!?早く…っ!?」
握った両手から血が滴り奥歯を噛み締めて今にでも駆け出して助けたいという気持ちを必死に押さえつけ修羅の様な表情を浮かべるアリアに言葉を失った。
「大丈夫よ…リーナは…まだやれる…」
「な、何言ってるのよ…!?もう終わったわ!!早くリーナちゃんを…!ああ、もう!私がいっ…」
怒りと不安で震えるアリアの声…動き出そうとしないアリアに痺れを切らして助けに行こうとした時、
「…え?」
砂の雨が晴れてクルエラ達の目にさっきまで無傷だったはずのトーマが耳と口から大量の血を流しフラフラしながら立つ姿と、エーデルワイスを杖にして膝をつき、口と耳から大量の血を流すリーナの姿が映し出された。
「な…え…?ど…どういう…事…?」
「まだリーナは諦めてない…黙って見ててちょうだい…」
………
(喉と耳…完全に潰れてますわ…おまけに目も霞んで頭もグラグラしますわ…)
喉からひゅっと空気が漏れる音しか鳴らないリーナ…
「あ…がっ…な…なひ…しははった…」
目を回し上手く喋れずフラフラと立つトーマ…
(自爆覚悟の身体共鳴…上手くいきましたわ…)
空中で首を掴まれた瞬間、リーナは反射的にトーマの腕を掴み自分の魔力をトーマの中に流し込んだまま身体の中に人体を破壊しうる程の大音量の振動を響かせていたのだ。
だが…
(強靭な筋肉の鎧の上からじゃ何度試しても意味がなかった…だから直接触れて直接体内に響かせた…でも…もうわたくしは立つ事すら出来ないのに…これがSSSランク冒険者の百鬼トーマ…)
千鳥足でもしっかりと一歩ずつ砂を踏みしめて近づいてくるトーマの歩みに合わせてパラパラと光の粒子に還る自分の羽…
「ひはひははぜ…ほんひへ死に…死にかけたのは」
驚異的な回復力で言語能力も取り戻し歩みがしっかりとし始めるトーマ…
(これは…負けましたわ…悔しい…全力を出したのに…後もう一歩だったのに…)
「これで本当に終いだ。殺しはしないさね」
エーデルワイスを支えにしても膝をつく事が出来なくなったリーナは力なく振り上げられる金剛を見つめ…
(これで終わり…終わり…やだ…負けたくない…やだ…負けたくない…!!負けたく…!!)
「…おいおい、流石においらも怖いぜその執念…何が嬢ちゃんをそうまでさせんだ…?今は学生っつっても王族なんだろう?そんな事していいんさね?」
トーマの鋼の様な脚に噛みついた。
「世界で五人しかいないSSSランクの数百歳を超えてるおいらに生まれて12、3の嬢ちゃんがここまでの深手を負わせたんだぞ?大金星じゃねぇか。それだけじゃいけないんさね?」
(尊敬するアリア先生に…憧れのアリア先生に…近づきたい…みんなが正しかったって認めさせたい…!)
「その目…それじゃ納得いかないって目さね。こんな状況でも決闘を止めないとかどんなヤバい教育をしてるんさ白黒狼…」
(わたくしが…私がまだやれるって信じてくれているのに悪く言うな…!私が憧れた人を…私を救ってくれた人を悪く言うな…!!)
「…まぁいいさね。ゆっくりと休みな嬢ちゃん、強かったさね」
(私は…!!!)
振り下ろされる金剛がスローモーションに見えたリーナは…
「がっう!?!?…ぐぞ…まだ隠してやがっ…」
最後に噛みついた脚から大音響の振動を流し、トーマの苦痛に歪む表情を見て意識を手放した…。
………
「…リーナ、よくやったわね…」
意識の無いボロボロのリーナを抱え優しく撫でつけるアリアの目尻には小さな雫が浮かび…
「こんなに強くなってたのね…引き分けよ…今はゆっくり休みなさい…」
白目を剥き大の字で寝転がる鬼を尻目に我が子を愛する様にリーナの額に口付けをし夜の帳が下りた…。




