偽天の憧れ
「行きますわよ…世界に響け…!『偽天の女王』!!」
「「「「っ!?!?」」」」
極大の光の柱が砂漠に突き刺さり、目を開けていられない程の光が収まるとそこには光で出来た天使の羽と天使の輪…否、羽は幾何学模様が集まった羽で輪はリーナの両耳を覆う様な形、ヘッドフォンの形をしていた。
「…おいおい、天使の真似事かい?」
「確かに真似事ですわ…ですが…私が真似た天使は…羽を失い、魔王に救われ羽を取り戻した…天空の歌姫ですわ…」
「…そんな天使、聞いた事ないさね」
「でしょうね…その天使の力の一端をお見せしますわ…」
そう言うと血を吐き出し過ぎてふらつく身体を必死に繋ぎ止め、両耳の天使の輪に手を当てるとんんっと喉を鳴らして歌う。
『…―――――♪』
「…?歌…?」
「この歌…私が作った歌じゃない」
ウォルビスの呪いを解く為に汗…聖女の聖水を集める時にアリアがサウナで聴かせてくれた歌を歌うと幾何学模様の羽が目まぐるしく動き、ピアノの音やバイオリンの音等がリーナの歌声に合わせて響き始めるとアリアがよく使う回復魔法と同じ光と赤い光が身体を包み…
「……一発で成功しましたわ…」
「まさか…今の私の『癒女神の息吹』…!?それだけじゃない…身体強化の魔法まで…」
「ふふ…やっと驚かす事が出来ましたわ…」
意識を保つのに苦し気な表情を浮かべていたリーナが癒女神の息吹を使った事に驚き、アリアを驚かす事が出来たのが嬉しかったのかリーナはクスリと笑い鞘に納めたエーデルワイスをもう一度抜き放つ。
「わざわざ回復する時間を待ってくれるなんて思いませんでしたわ」
「…あのまま攻撃すりゃぁ殺しちまうからな」
「そうですか、その判断が命取りにならなければいいですわね」
「ぬかせよ嬢ちゃん。…つーか、それが嬢ちゃんの血統魔法かい?そんな血統魔法聞いた事も見た事もねぇ…王族に相応しい派手ささね」
「違いますわ。これはわたくしが創り上げたわたくしだけの魔法ですわ。それと…先に謝らせて頂きますわ」
「…それはおいらの事を舐めてた事についてかい?」
「違いますわ。最初から貴方の事は舐めてませんもの。…この魔法は実戦において未完成なんですの。だから調節が上手くいかなくて殺してしまう可能性があったので使わない様にしていましたが…アリア先生がどうにかしてくれるって言ってくれましたわ。…それでも殺してしまうのは忍びありませんのでご自慢の肉体を駆使して死なない様に頑張ってくださいまし」
「…こりゃ豪気なこって」
そう言ってエーデルワイスをその場で勢いよく振り、指を鳴らし、砂を踏みしめ、深呼吸をし…その後も色んな音を立て続けるリーナ。
「…何してるんさね?もう攻撃していいんかい?」
「何時でも攻撃してくださって構いませんわよ。これは試合じゃなく決闘…相手を待つ道理はありませんわ」
「…そうかい。んじゃ遠慮なくいかせてもらうさね!!!」
リーナの不可解な行動に首を傾げつつも瞬発しようとトーマが身体を膨らませた瞬間、
「後ろ、注意ですわ」
「っ!?」
後ろから鋭い風切り音…エーデルワイスを振りかぶった音が聞こえ反射的に振り返り金剛を盾にするが後ろには何もなく…
「は…?何だ今の音…?」
「注意してあげましたのに背中ががら空きですわ!!!!」
「あぐあっ!?!?」
一瞬で距離を詰め、トーマのがら空きの背中を斜めに斬り裂いた。
「こな…くそっ!!」
「そんな破れかぶれの攻撃なんて当たりませんわよ!」
「ぐっ!?」
振り返り気味の頭を狙った横なぎを状態を反らして避けるとトーマの伸びきった右腕を仰け反った姿勢のまま斬り刻み、更には巨体の股下を潜り抜け太腿の内側をズタズタに斬り裂き即座に距離を開いていく。
「本気を出さなくていいんですの?流石にその速度じゃ今の私には当たりませんわよ?」
「っ!小癪な!!」
エーデルワイスを砂地に突き刺したままトーマを中心に円を描く様に走り、砂塵を巻き上げ姿を隠すとトーマはその場で金剛を振り抜き巻き上がった砂塵を吹き飛ばすが…
「っ…何処に行きやがった!?」
「ここですわ!!」
「っ!?このっ…何!?」
真後ろから鬼気迫るリーナの声が聞こえ反射的に金剛を振り抜くがそこにリーナの姿はなく、
「だからここですわ!!」
「あがっ!?」
トーマが吹き飛ばした砂塵をかぶり、足元に身を隠していたリーナはトーマの両の足首と膝を裏から斬り裂き膝をついて低くなった後頭部を思いっきり蹴りつけた。
「くそっ…!王族らしくない泥臭い戦いさね!!」
「いつわたくしが王族という立場を振りかざしましたの?今のわたくしはハプトセイル王国第一王女メイリリーナ・ハプトセイルではなく、レ・ラーウィス学園特待生二年のリーナ。SSSランク冒険者で名を馳せた白黒狼、アリア先生を担任に持つただの学生ですわ」
「ちっ…なかなかやんじゃないのさ…」
「血統魔法を使って鬼人化して傷を癒した方がいいですわよ?」
「ハッ…嬢ちゃんに心配されなくても大丈夫さね」
そう言ってトーマが不敵に笑うとエーデルワイスで斬られた傷口を握り締め、並々ならぬ力を入れると流れていた血液が止まり徐々に塞がっていく。
「ほらな?」
「つくづく規格外ですわね…なら、今度は二本丸ごと頂きますわ」
「やってみな嬢ちゃん。鬼の手足は頑丈さね!!」
決闘を始めた時とは目つきがきつくなりもう油断しないとばかりに突進してくるトーマを見つめながらリーナは耳に覆い被さる天使の輪に触れ、ダイヤルを回す仕草をすると…
「ラララ…ラララ―――――」
「っ!?」
リーナの口遊む歌がトーマの耳に届いた瞬間、リーナの前で金剛を振りかぶった体勢のままピタリ止まり…
「頂きますわ」
「っ!!ぐああああああ!?!?」
真っ赤な炎を宿したエーデルワイスがトーマの両腕を焼き斬り絶叫が生まれた…。
「…どうです?流石に血統魔法と魔法無しで腕を二本も生やすのは無理じゃありませんこと?」
「く…そが…!!」
「本気を出せば取るに足らない小娘のはずなのに自身で縛りを掛けた所為で無様にあしらわれる…何事にも本気で立ち向かわない報いですわ」
膝をつくトーマの喉元にエーデルワイスの切っ先を突きつけ首筋から流れる血を見つめたリーナは言う。
「さっきの言葉を返しますわ。降参しますの?」
「…んーや、おいらはまだ降参しないぜ?」
「この状況で降参しないんですのね?」
「…そうさね。おいらはこの状態でもまだ戦えっからな」
「……そうですか。SSSランク冒険者が手を抜いたとしてもこんな小娘に負けるはずがない…そんなちっぽけなプライドが邪魔をするんですのね?」
「…口の減らねぇ嬢ちゃんだ。その剣でおいらを殺ってみな。その前においらの脚が嬢ちゃんの身体をへし折るぜ?」
「そうですか…では…」
諦めの悪いトーマにため息を吐き捨てエーデルワイスを振りかぶり…
「アリア先生、トーマさんの両腕を元に戻してくださいまし」
「…は?」
勢いよく鞘に納めると間抜けな声を上げたトーマを無視して焦げた両腕を持ち上げアリアの元へと運ぶ。
「…いいのかしら?あんな強がりを言ってても明らかにリーナの勝ちよ?」
「ええ…そうよリーナちゃん。これは明らかにリーナちゃんの勝ちだわ」
「そうだな…本気を出していないとはいえここまで圧倒したんだ。この決闘は自分の勝利だと勝ち誇っていいぞ?」
「なっ!?おいおい!?おいらはまだやれるさね!?」
「は?格下だと思ってハンデすら与えた相手に両腕斬り飛ばされて無様に膝ついてんのに何見っとも無くガキみたいにピーピー喚いてんのかしら?それでもSSSランク冒険者なの?普通潔く負けを認めるんじゃないのかしら?」
「うぐっ…わ、わかった…こうさ『待ってくださいまし』…」
両腕が無いのに器用に立ち上がりアリア達に詰め寄るトーマだったがアリアの言葉に震え降参と口にしようとした時、トーマの両腕を差し出しながら待ったをかけた。
「それじゃダメですわ。バルアドスさんが言ったみたいに本気を出せばなんて言い訳をされたくないですし、わたくし達の努力をおいらからしたら別にと嘲るトーマさんにわたくし達がどれだけ必死にやってきたのかわからせないといけないんですの。だから本気で戦ってもらう為にこの両腕を治してくださいまし。腕を治す事でわたくしに止めを刺さず、回復するのを待っていた借りを返し、その上でもう一度言い訳のしようがない敗北を与えて見せますわ」
「ほんに口の減らねぇ嬢ちゃんだ…」
「黙れ駄鬼。『うっ…』…リーナ、本当にそれでいいのね?」
「ええ、お願いしますわ」
「…わかったわ」
項垂れながら伸ばされる短い腕にリーナから受け取った焦げた二本の腕を合わせ、小声で詠唱すると断面が淡く光り焦げも落ちて真新しい二本の腕へと変わる。
「ちゃんと動くか確認しなさい駄鬼」
「…ああ、問題ないさね…」
「では仕切りなおっ…けふっ…仕切り直しますわ」
「…ちょっと待ちなさいリーナ」
「っ!?ひゃひふるんへふほ!?」
悔しそうに腕の調子を確かめながら離れていく大きく斬り裂かれたままのトーマの背中を見つつリーナも開始位置に戻ろうとした時、リーナの掠れた声と咳で喉に違和感を感じたアリアは腕を掴み問答無用で口の中に指を入れて中を覗くと…
「っ!?喉の内側だけじゃなく口の中がズタズタに裂けてるじゃない!?何で治さないのよ!?私の回復魔法が使えるんでしょう!?」
「…この魔法は未完成だってさっき言いましたわ…音の調整が出来なくて傷ついちゃうんですの…」
みるみる口の中に血が溜まっていく程深く傷ついた口内が露わになった。
「それにさっきの回復と身体強化の魔法はまぐれなんですの…回復だけしようと思ったら魔力の量が多くて身体強化までかかっちゃいましたわ…今、同じ様に口の中だけを治そうとしたら回復しないか過剰回復と身体強化の倍掛けで意識が飛んでしまいますわ…」
「随分と危なっかしい魔法ね…昔のサリィを思い出したわ…本当に続けて大丈夫なのかしら?」
「…ええ、魔法や戦闘に関してはクラスの中で一番凡人のわたくしが皆の努力とアリア先生が正しいと言う事を証明して見せますわ」
「…わかったわ。頑張ってらっしゃい」
背中を優しく押され、口に溜まった血を吐き捨て唇に血化粧をしたリーナは痛む喉を調整していると額から徐々に鬼の角を生やしていくトーマが先程とは別人の顔付き…本気の顔付きで口を開く。
「…まさか声と音を使った魔法とは驚きさね。白黒狼はそんな魔法まで教えてくれるんか?」
「ええ。この世界にアリア先生程の優れた先生はいません…いえ、もう一人だけいますわ」
「へぇ…どんな奴なんだい?」
「わたくしの師匠、天空の歌姫と言われる天使サウリフィス様ですわ」
「天使ねぇ…実在するなら会ってみたいもんさね」
「生きている間に会えるといいですわね。…んんっ、始めますわよ?」
「ああ、そうさな」
エーデルワイスを顔の横に構えて腰を低く落とし、綺麗な突きの姿勢を取るとトーマは金剛を砂に突き刺しアリアにくっ付けてもらったばかりの両手で…
「ぐっ…!」
「なっ!?…み、耳を潰すなんて…!」
耳の中に指を突き刺した…。
「…あーあー…何も聞こえねぇなこりゃ。これなら嬢ちゃんの声と音を使った魔法も効かんだろ」
「常人じゃ考えられませんわ…これが命のやり取りのプロ…アリア先生と同格の存在…!」
いくら治るからと言っても脳に近い耳という器官を何の躊躇いも迷いもなく潰し笑みを浮かべるトーマに戦慄しつつも命をやり取りする厳しい世界に本当の意味で身を投じたリーナは…
「わたくしが憧れへ近づく為の糧にさせて頂きますわ…!!」
凄惨な笑みを浮かべ、今、この時、この瞬間、この状況でしか味わえない自分が新しく生まれ変わっている感覚、憧れへ近づいている感覚に心を躍らせた…。




