情報の濁流
「…はぁぁぁぁ、お疲れ様ねリーナ」
「初級と中級を何発か撃っただけですし、ずっと喋りっぱなしだったアリア先生よりは疲れてませんわ」
清潔感のある白を基調とした一室…そこには編入の説明会を終え、きっちりと着こなしたスーツの窮屈そうな胸元を緩めて四肢を投げ出すアリアと緑色でシュワシュワと気泡が浮き真っ白なアイスを乗せた飲み物…メロンクリームソーダを飲むリーナがいた。
「それにしても…こんな計画に貴族のあなた達が乗るとは思わなかったわ…」
「…こんな所で話していいんですの?」
「隣に来られない限り遮音してるから大丈夫よ」
「そうなんですのね。…まぁ、思う所が無いと言えば嘘になりますわ。命の大切さを教えてくれたアリア先生が今度はどれだけの人が死ぬかわからない事をしようとしているんですもの…内心複雑ですわ」
「そうよねぇ…」
「でもわたくし達はアリア先生との限られた時間を無駄にしたくないんですの。確かにこの計画はアリア先生の住む世界では褒められたものではないですし、わたくし達の気持ち的にもよくはありませんがユリ先生も言っていた通りわたくし達も短期間で最大限の効果を発揮させるのに一番理に適っていると思いますわ。それにここはアリア先生の住む世界ではなく魔法が全ての醜い世界…なら、強い魔法が使えない自分が悪い…自己責任ですわ。しかもアリア先生は私達に約束してくれましたわ。力を持たない一般の方々は絶対に襲わない、国を守る為に命を落とす事を覚悟した軍人と金銭と自身の命を秤にかけた者達のみの被害に抑えると。ならわたくし達は仲間の為、友の為に出来うる限りの事をしますわ」
「そう…」
リーナの力強い声色には既に覚悟を決めていると感じさせる力があり…それは国の全てを担う女王と同質の雰囲気を纏わせている事に気づいたアリアはクスリと微笑んだ。
「ごめんなさいね…少しあなた達の事を舐めてたかも知れないわ」
「…?どういう事ですの?」
「まだまだ子供だと思ってたのだけれど…大人になってるのね。少し誇らしいようで寂しいわ…」
「っ…」
リーナの眼に映るアリアの笑みは今まで見てきた中で一番柔らかく優しくて…とても辛そうで悲しそうに見え、サリィが言っていたまだ知らなかったアリアを正しく理解してしまい不意に心臓が跳ね上がった…。
「…ずっと無垢でいて何も出来ないより、汚れてでも何かを成し遂げられる方がいいだけですわ…だから……まだまだ子供のわたくし達は頼らせてもらうのでアリア先生も大人のわたくし達に頼ってくださいまし…」
「…そうね、教え子がこれだけ覚悟を決めてくれてるのに私が何時までもうじうじとしてたら示しがつかないわ」
「っ!?」
部屋中に両頬を叩く音が響き、口の端から赤い血が見える事からとてつもない力で叩いたのだろうと感じたリーナは…
「それじゃあ私達も準備を始めるわ。いくわよリーナ」
「…はいですわ!」
部屋を出る気合の入った担任の背を笑みで追いかけた…。
「…どうしたのユリ?…クルエラ達がこっちに向かってる…?わかったわ…」
「…?」
■
「さてさて…」
空に浮かぶ雲が近く感じる時計台の屋根…袖なしの真っ黒のパーカーとホットパンツ、太腿までの黒い編み上げブーツという装いのユリは人差し指に浮かぶ一滴の血を見つめ、皆の元にいる真っ赤な猫から送られてくる視界と音を共有していた。
「ふぅん…人形君は存在しなかった事にされた王族だったんっすか…ムラサメはそんな過去があったんっすね~。生き証人があの鬼しかいなかったから流石にわからなかったっすけど、当事者からの話っすし信ぴょう性は高いっすね。みんな上手くやってるみたいっすし、こっちも始めるっすか」
人差し指の血を舐めとり自分の牙に親指を押し当て新しい血を流すと一滴の血から肉眼では視認しにくい真っ赤な蚊が10匹程生まれ…
「……100…いや、1000ぐらいでいっとくっすか。頼んだっすよ~…あ~うんま…生で飲みたいっすねぇ…」
ユリの声を合図に蚊は王都リアスに飛び散り、空間収納から透明のカップに入ったアリアの血をストローで飲み目を閉じた。
………
「安いよ安いよ~!今日は鹿の燻製肉が安いよ~!」「上質なネギが今なら銅貨6枚!!」「うちの武具は切れ味と頑丈さが違うよ!」「いらっしゃいませ~」「最近スラムの人減ったよな~」「お客様凄い肌が綺麗ですね?こちらの服なんかいかがですか?」「えー、本日は王都リアスの歴史について」「ママーおトイレー」「今度はお前が鬼だぞ~!」「待ってよ~!」「おい、順調なのか?」「これ凄く面白くない?」「うわー!これおいしー!」「おい!その材料はこっちだ!ちげぇ!!お前はほんとどんくせぇな!!」「すみません親方!!」「今日はどこのお店に行く?」「えー!素敵なお店がいい~!」「にゃぁ~」「あぁ?てめぇ今ぶつかって来ただろ?」「はぁ?言いがかりつけんじゃねぇ!」「最近夜になると野良犬の唸り声が凄くて…」「おいおい精霊女王…悪かったって…」「お待たせ致しました、こちらハプトセイル王国から取り寄せた紅茶でございます」「今日の説明会やばかったな!?」「ああ!初級魔法なのに中級魔法並みに凄かった!!」「私レ・ラーウィス学園に転入しようかなー!階級制が無いなら楽しそうだし!」「いや~!今日の依頼はすごく簡単だったしもう一件ぐらいギルドで受けるかー?」「あの宿屋滅茶苦茶安いんだよな~」「ねぇ、これ買ってよダーリン!」
………
「…気になるのは四つっすね」
頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜる様な情報の濁流から気になるワードを見つけると指をパチンパチンと鳴らし余計な情報を切っていく。
「でもあの飯のおかげで白黒狼が何かを企んでるって事がわかったんだぞ?その手伝いをすれば仲直り出来るさね」
「無理よ…だってこの国からすぐに出てけって言ってたんでしょう…?もう終わりよ…」
「卑屈になりすぎさね…おいら達はSSSランク冒険者だぞ?絶対に何か手伝えるし、ちゃんと話をする機会を作っくから…な?黒龍?」
「そうだな。多分転入の説明でハルトリアス学園にいると思うから向かってみるか」
「…ん~、面倒くさい事になりそうっすねぇ…」
一つ目の気になる事、トーマ達がアリアを追いかけて学園に向かう情報をキャッチすると耳に手を当てた。
「アリアっちっすか?…いや~、何かトーマっち達がアリアっちと仲直りしたいって学園に向かってるっすよ。…そうなんっすよ。…あいーっす。…次々~」
指をパチンと鳴らしてトーマ達の情報を遮断し、残りの情報に思考を回していく。
「確かにな?スラムとかきたねぇしくせぇし食いもん盗む犯罪者ばっかだからさっさといなくなっちまえばいいのにな」
「本当にな~。さっさとロイヤルナイツ様捕まえてくんねぇかなぁ」
(スラムの人数が減った…これは手遅れかも知れないっすねぇ…)
「あなたの所は聞こえたの?」
「聞こえてるわよ…うちは最近子供が生まれたばかりだから唸り声で起きちゃって夜泣きが…全然寝れてないのよ…野良犬の取り締まりなんて国はしてくれないし困ったわ…」
「私の方には聞こえてこないから遠いのかしら?」
(夜に犬の唸り声…一旦この人がスラム街に近い場所に住んでるか確認する為に観察継続するっすか。んで…)
「当たり前だ。じゃなきゃこんな昼間っから飲みにこねぇよ」
「ハハ、ちげーねぇや」
(こいつらが一番気になるっすね。服装は草臥れてて無精髭…どちらかと言うと真っ当なタイプじゃなくて金も無さそうなタイプっすっけどあの革袋の中身がお金なら結構持ってるっすね…ん?)
ボロボロであまり雰囲気の良くない居酒屋で酒を飲み始めた男二人に目を付け注意深く観察していると先に飲んでいた男が訝しげに気に後から来た男の腕を見つめ始めた。
「おい、その腕どーしたんだよ?何かに噛まれたのか?」
「あぁこれか…犬っころに噛まれたんだよ」
(犬っころ…嚙み傷の大きさ的に小型の犬…まさかっすよねぇ…)
「なんだ、順調だって言ってたのにやられてんじゃねーか」
「うるせぇ…最初っからあの二匹半殺しにしときゃよかったぜ…」
「あの二匹?」
「スラムの犬と狸だよ。気絶してる間に連れてこうと思ったんだが途中で起きやがって噛みついてきやがったんだ」
「飼い犬に手を嚙まれるってか?傑作だな!!」
(犬と狸…リーチェっちのとこにいるガルムっちとポトラっちの事っすか…あの青痣はこいつがやったんっすねぇ…)
「ケッ…まぁ、その帰りに脚のねぇ親父がいたからボコって売ってきたんだよ。丁度よかったぜ」
(人身売買…奴隷商に売った…ってわけじゃ無さそうっすね…こいつらは死んでも問題なさそうな人物を夜な夜な集めて非正規の誰かに売ってるって事ならたとえ下請けだったとしてもその取引相手の方が情報を持ってそうっすね…んで、その下請けが商品を届けていけばいずれ大元に辿り着くはずっす。後はこのクズ達が動く夜まで王城と王都の情報集めっすかね~)
胸の谷間から小さな手帳を取り出し手に入れた情報を書き込んでいくと指をパチンパチンと鳴らし、また情報の濁流に溺れていった…。




