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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第四章 運命の奴隷
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荒療治

 





「…何の用だ」


「流石盗み見…いや、盗み聞きが得意なのだな」


「森は…森人族の庭だ」



 日の光すら遮る鬱蒼とした森の中…そこには大きな木に身体を預けるアーヴェントと真っ赤な猫を肩に乗せたアンジェリカがいた。



「ターレアが大変な時にお前は暢気に森林浴か?」


「…聞いたのか?」


「ああ」


「そうか…」


「…」


「…」



 皮肉めいた問いに淡々と答え沈黙を作るアーヴェントにこれでは話が進まないと面倒くさそうな表情を浮かべたアンジェリカはゆっくりと近づくと…



「…?この光…虫か?」



 様々な色の光が飛び交う幻想的な雰囲気を一言でぶち壊す言葉を呟きアーヴェントは流石に眉根を顰めた。



「…違う、微精霊だ」


「初めて見たが虫ではなく微精霊か。確かアリア教諭が言うには微精霊はまだ形を持つ前の精霊の残滓、欠片でそれが集まり一つになると精霊として形を得る。そして微精霊が生まれるのは木や火や水、自然から溢れる魔力が結晶化して生まれるか、契約者との契約が切れた精霊が新たに生まれ変わる時に自身の形を崩して再構築する際に生まれる。謂わば精霊とは自然から生まれ自然へと帰り循環する者…合っているか?」


「…本当に何者なんだアリアさんは…何故精霊の起源を知っている?森人族しか知らない事だぞ…?」


「アリア教諭は私達の最高の担任でそれ以上であってもそれ以下ではない。それよりお前はここで微精霊と森林浴をただ楽しんでいただけなのか?」


「……」


「…まただんまりか。埒が明かない…やはりお前はターレア達の輪に必要のない人形だ。さっさと森人族のファウス森王国に帰ったら…そうだった、お前はターレアに保護されたんだったな。帰る場所が無いならその場で遊び相手がいなくなった人形の様に朽ちていればいい」



 自分の事を一向に語ろうとしないアーヴェントに痺れを切らしたアンジェリカは軽蔑するような視線を投げそのまま去ろうとするが…



「…お前に…俺の何がわかる…」


「…っ!!!!」



 投げやりに呟かれたアーヴェントの言葉が耳に届いた瞬間、銀のゼラニウムを抜き頬を掠める一弾を放った。



「いい加減にしろ人形。俺の何がわかるだと?よくそんな台詞を吐けたものだな?わかってもらおうとしていないのはお前だろう?」


「…」


「何も伝えようとしていないのに誰もが自分の都合のいいように解釈してくれると思うな。お前は誰かに本当の自分を伝えようとした事があるのか?」


「…」


「自分から何もしない奴が誰かの役に立つと、必要としてくれるとでも思っているのか?随分お前の頭はめでたいのだな?」


「…れ」


「勘違いしているお前にハッキリと言ってやる。ターレアの後ろに隠れていればお前は楽だろうが矢面に立たされるターレアは苦労しているんだぞ?盲目的に従ってるお前はターレアを逃げ道にしている卑怯者だ。そんなお前を誰が知ろうとしてくれる?そんなお前を誰が愛してくれる?お前は誰にも必要とされない何も出来ないただの人形だ」


「黙れ…」


「お前はそうやって指を咥えて見ていろ。英雄の隣に人形の居場所はない、さっさと消えるんだな」


「黙れ!!!!!」



 アンジェリカの言葉に怒りを剥き出して叫ぶアーヴェントの背後にイフリートではない()()()()が現れ、地面から火柱がアンジェリカを襲うが…



「イフリートとは別の精霊?このトカゲ…サラマンダーか?」


『―――――!!!』


「なっ!?」



 いつの間にかアーヴェントの背後に移動した妖精の羽を生やすアンジェリカがゼラニウムを突きつけ掌サイズの赤いトカゲを鷲掴みにしていた。



「この森林浴はサラマンダーと契約する為にしていたのか?」


「…」


「…そうか。別にお前の精霊ではないのだな?なら私に攻撃してきた野良精霊と言う事でここで握りつぶさせてもらおう。国の人に危害を加えたら大変だからな」


『―――――!!!!!!!』



 何も答えないアーヴェントに見せつける様に手の中のサラマンダーを握りしめると悲痛な声を上げ試合の時に見せた時以上の焦りを表情に現した。



「っ!?や、やめてくれ!!そうだ!!そのサラマンダーと契約する為にここにいたんだ!!」


「…何故素直に言わなかったんだ?」


「…」


「何故、素直に、言わないんだ?」


『―――――!!!!』


「や、やめろ…!!」


「やめろ?」


『―――――!!』


「っ…わかった…わかったからサラマンダーを離してくれ…何でも答えるから…」


「なら本当のお前を私に見せろ」



 乱暴にサラマンダーを手放し太い幹に脚を組んでアンジェリカが座るとアーヴェントはサラマンダーを撫でつけポツリと呟く。



「俺は……ファウス森王国の王家から存在を消された…いや…存在しなかった事にされたアルフレッド・ファウスだ…」


「…また王族か。どれだけ私達の周りに王族がいるんだ…まるで王族の安売りだ」


「俺に言うな…好きで王族として生まれたわけじゃない…」


「まぁそうだな?今のは私の失言だ。で?」


「存在を無き事にされた原因…それは私が()()()()()()()()()()()()()からだ…」


「火に愛され風に嫌われている…そうだな…森人族が火を使うと言うのはあまりイメージがないが確かにあの試合でのイフリートの攻撃もそうだがアーヴェント…アルフレッドを守る姿は見事だったな」


「は…?見事…?」


「ん?何か変な事を言ったか?思った事をそのまま言ったまでだが」


「いや…まぁ…それで…森人族の風習として赤の魔色は悪しき魔色と教えられ、国に災いをもたらすと言われているんだ…ここに来たのもターレアの助けになる為に火以外の精霊と契約出来ないか試していたんだが…来てくれたのはサラマンダーだった…」


「ふむ…それで火に愛されているアルフレッドは災いをもたらす象徴としてファウス森王国を追い出されたという事か?」


「ああ…適性の儀が行われて俺に赤の魔色しかない事がわかってすぐな…」


「なるほどな…」


「それから俺は魔獣がひしめき合う森の中で死を待つばかりで遂に何も出来ずに魔獣に食い殺される時…血統魔法が発現して最上級精霊のイフリートが召喚されたんだ…それで俺はそのまま森で生活していた時…ターレアに出会った…」


「ふむ…」


「最初は人狩りかと思ったが…ターレアは何も持たない俺に何もかもを与えてくれた…だから俺はターレアに忠誠を誓っている…」


「それが他の仲間と一線を置いている理由か」



 アーヴェントの話を聞きゆっくりと目を閉じたアンジェリカはふんと鼻を鳴らした。



「…くだらん、まるで犬だな。いや、犬の方がまだ利口か」


「…なんだと…?」


「だってそうだろう?犬だって拾ってくれた主人とその主人の家族には時間がかかったとしても愛情を覚え愛想を振り心を開くものだ。だがお前はどうだ?拾ってくれたターレアだけに心を開いてその家族であるティア達には一切心を開かない…犬と言うのすら烏滸がましい」


「貴様…!!」


「最後の問いだ空っぽのアルフレッド。答え次第でお前の運命が全て決まると思え。思考を止めるな、描け、想像しろ…お前は()()()()()()んだ?」


「っ…」



 アンジェリカの容赦ない言葉に息を詰まらせるアーヴェント…自分が何になりたい…そんな事を一度も考えた事が無かった空っぽの人形は…



「俺は…………人に…なりたい……誰かに必要としてもらえる……人に……」


「…そうか。まぁ…もっと具体的に言って欲しかったがいいか。悪いが既に()()()()()()()がいるのでな、()()()()()()()()()()()()


「英雄の…右腕…」



 英雄の右腕へと至る為に辛辣な妖精と共に森の奥へと消えていく…。





 ■





「お姉ちゃん…少し休憩した方がいいよ…?組手で結構殴っちゃったからボロボロだし、アリア先生と話してからまだ寝てないんだから…」


「休憩してる…暇なんてな…いっ…!」



 唯織と詩織がターレアとターニャと対峙している時、ティリアは身体中に青あざと擦り傷を作ったティアと誰もいない森の中でターニャの魔道銃無しで雷の魔法が扱える様に練習をしていた。



「うっ…くうううっ!?」


「お、お姉ちゃん!!」


「これぐらい…大丈夫だから…」


「大丈夫じゃないよ!焼け焦げてるからちょっと待って!!」



 寝不足と疲労からか魔力のコントロールを誤り、肉の焦げる臭いと両腕が見るに堪えない状態にティリアが慌ててアリアからもらった真っ赤なポーションを振りかけると白い煙が上がり見る見るうちに全身が真っ白な肌へと戻っていく。



「凄い…これならまだ続けられる…!」


「ねぇお姉ちゃん…ちょっと待ってよ…休もうよ…」


「ダメ…休んでる暇なんてない…こんなんじゃダメ…!!っくぅぅぅ………」


「…」



 せっかく治った身体をまた痛めつける様に魔力を起こして雷の魔法を使い始めるティアにティリアは…



「いい加減にしてよお姉ちゃん!!」


「っ!?…何すんのティリっ!?」



 目に涙を浮かべ黒百合を嵌めた手でティアの頬を思いっきり引っ叩いた。



「何で私の心配を無視して一人で突っ走るの!?」


「何でって…早く強くならないとターレアが…」


「だからってがむしゃらにやったって強くなんないよ!!!」


「じゃあどうしたら…!じゃあどうしたらティリアみたいに強くなれるの!?どうやったらいいの!?私には時間がないの!!」


「時間がないって…そんなの今までお姉ちゃんが本当に仲間の事を知ろうとしてこなかった所為でしょ!?お姉ちゃんだって自分はずるいって言ってたじゃん!!なのに過去の話を聞いて自分が間違ってたからって焦ってそんな無茶なわがままに巻き込まないでよ!!」


「っ…」



 叩かれた頬の痛みより胸に耐えがたい痛みを感じたティアは泣きそうなティリアから顔を背けた…。



「もう…いい…私だけで何とかする…ティリアはもう戻ってて…」



 胸を押さえ苦しそうに呟きティアは森の奥に一人で消えようとふらふらとした足取りで歩き始め…



「…だから…だから…!!何でわかってくれないの…!?そんな無茶苦茶なやり方じゃダメなの!!少しは私の言う事を聞いてよ!!!」


「うるさい…私は私のやり方でやる。もうティリアの手は借りない…自分一人でやる」


「…!!」



 少し前の自分と同じ…母を救う為に一人でどうにかしなくちゃいけないと思っていた自分と同じ考えのティアにルノアールが教えてくれた…自分を救ってくれたあの暖かい思いを上手く伝えられないティリアの脳裏にいつか聞かせてくれたアリアの言葉が過り…



「分からず屋には一度痛い目を見せてわからせる……」


「え…?あぐっ!?!?」



 ぶつぶつと呪詛の様に呟き続けるティリアの身体が浮き上がるほどの強烈なボディーブローがティアに突き刺さった…。





 ■





「…ふぅ」



 薄暗く様々な臭気が立ち込める王都リアスのスラム街…そんな場所に似つかわしくない格好をしたリーチェは道端に座り敵意の視線を向けてくる人達を無視して先を歩く真っ赤な猫を三本の得物を揺らしながらゆっくりと追いかけていた。



(やはり魔力を纏う事すら出来ない…魔力の存在は確かに感じますが思う様に動かない…これが無茶をしたツケですか…思ったより代償は厳しいですね…)



 いつもは気にならない揺れる得物の重さと魔力が扱えないもどかしさと煩わしさを感じていると真っ赤な猫がピタリと止まり、招き猫の様に足を動かし一つの扉を差した。



「ここですか。負けてこんな所でふて寝とは本当に駄犬ですね…私はユイ君のお手伝いをしたいのに…」



 ボロボロになった木造の建物を見つめノックをするか迷ったリーチェは刀で扉を押すと…



「こんな所で何…を…?」


「…あぁ?何でテメェがここにいんだよ…」


「「……」」



 ボロ布一枚だけを纏いリーチェの刀に怯える全身青痣だらけの茶色い犬型と同じく茶色い狸型の獣人族の男の子達に食事を取らせているキースがいた。



「き、キース兄ちゃん…」


「キースにぃ…」


「これは…どういう状況ですか?」


「…テメェには関係ねぇ。さっさとその刀を戻してどっか行きやがれ」


「あー…これはあれですかね…シオリが恋バナで言っていたやんきぃ?というのが捨て猫に優しくするといい人に見えるぎゃっぷ?を狙うやつ…ですかね?」


「ハァ…?何ワケわかんねぇ事言ってんだ?さっさと出ていけ。テメェみてぇな貴族が来る場所じゃねぇんだよ」


「私には全然よく思えませんが…世の女性はこんなのに心が揺れるんですかね?」


「お、オイ!!何勝手に座ってんだテメェ!!」



 ガアガア吠えるキースを無視して空いている席に腰を下ろしたリーチェは俯いて怯える二人を見つめた。



「それで…あなた達お名前は?」


「オイ、教えなくていいぞ。こいつはオレの腕と脚を笑いながら斬り落とすヤベェ奴だ」


「この駄犬の言葉は無視していいですよ?私に見っとも無く負けて止めてくれって懇願してきた弱虫なので」


「っ!?テメェ……!!」


「…それであなた達のお名前は?」


「…ガルム…キース兄ちゃんは駄犬なんかじゃない…」


「ポトラ…キースにぃを虐めないで…」


「ガルムとポトラですか…どうしてこんなだけ…この人と一緒なんですか?」


「「…」」



 犬型の獣人族ガルムと狸型の獣人族ポトラは食べかけの食事を抱えてキースの後ろに隠れてしまう。



「ハッ!」


「…は?何ですかその笑いは?」


「獣人族は本能的にヤベェ奴がわかんだよ。テメェは明らかにヤベェ奴だって思われてご愁傷さまだな?」


「…本能的にヤバい人が分かるのに私達やアリア先生に喧嘩を売るとはやはりあなたは駄犬ですね?命を溝に捨てるご趣味があるとは頭が大変お花畑なようで?綺麗なお花を一束頂けますか?お花売りの駄犬さん?」


「…あぁ?」


「何ですか?もう一度血の海に沈めて差し上げましょうか?」



 決して混ざり合う事のない水と油…売り言葉に買い言葉の火と油…犬猿の仲という言葉を体現するのにピッタリな二人の雰囲気はまだ幼いガルムとポトラには刺激が強かったのか…



「「…びえええええええええんんんん!!!!!」」


「「っ!?」」



 子犬と子狸は吠え二人は慌てふためいた…。



 ………



「…で?何時までここにいる気なんだよ」


「用件を伝え、返答次第ではすぐに帰ります」


「だったら早く言え…こっちは忙しいんだよ」



 泣き疲れボロボロのソファーで寝るガルムとポトラを横目に小さな声で話し合うリーチェとキース。



「では早速本題ですが…現在、ユイ君…イオリ君がターレア王子に特訓を付けています」


「…は?」


「実はターレア王子は生まれた頃から自分が凄惨な死を迎える運命を見ていたそうです。その凄惨な死に皆さんが巻き込まない様にする為に試合をわざと棄権し、自分に愛想を尽かさせて遠ざけ私達のレ・ラーウィス学園へと編入させようとしていたみたいです」


「…んだよそれ…ふざけてんじゃねぇぞターレア…」


「さぁ?本人に聞いてみればいいんじゃないんですか?…まぁ、()()()()()()、ですが」


「…どういう意味だテメェ」



 リーチェの物言いにテーブルに身を乗り出すキースだったが…



「っ!?…何のつもりだ…?」


「ここからは死を覚悟して聞いてください」



 首を挟み込む様にアイリスとアネモネを抜き放ちリーチェは言う。



「ターレア王子を救う私達の計画には英雄が必要なんです。その英雄へと昇華させる為にターレア王子は私達の試合より遥かに凄惨な訓練をイオリ君に施されているはずです」


「オレ達の試合よりだと…?それに計画と英雄って何の事だ…?」


「私達の計画は簡単です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてその討伐をターレア王子とその仲間が行い、この国を滅亡から救った英雄へとなってもらうんです。自分達で治安を悪くしてロイヤルナイツとして治安を維持するマッチポンプが得意なあなた達にうってつけの計画です」


「っ!?……この剣はそう言う事か…バラしたら殺すってか…」


「ええ。私は既に命を摘み取る覚悟をしていますので慎重に判断してください。出来ればあの二人にあなたの首を渡したくないですし、もしあなたが断ればあの二人がどうなるかも保障出来ませんから」


「………」



 首筋に鋭い痛みが走り真っ赤な雫が滴る中、キースは自分の血を見て試合の時の恐怖を思い出したのか小刻みに震え…



「…何で…テメェらがうちのターレアの為に…」


「それは私達の仲間、イオリ君がターレア王子を救いたいと言ったからです。仲間なら手伝うのは当然でしょう?」


「仲間…か。……わかった…言わねぇから剣を退かしてくれ…」


「そうですか。…では、私の特訓を受けると言う事でいいですか?」


「…本当に強くなれんのか…?」


「私達には一生かかっても追いつけないでしょうがいい線まではいけるんじゃないんですかね?」


「…チッ、本当にムカつくクソアマだぜ…」


「は?」


「っ…わかった…」



 完全にリーチェに屈服したのだった…。

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