略奪者
「う~…こんな事…バレずに本当に出来るんですです…?」
ゴミ部屋…理事長室へ一人で帰ってきたシフォンはテーブルに広げられたアリアの計画書を一文字も零さず端から端まで読み込みため息をついていた。
「はぁ…ターレア君に実績を作らせる為だけにこんな事をするなんて……」
計画書を読んでは頭を振りかぶりため息をつく…頭の奥で頭痛の種が生まれそうになるのを抑えながら何度も何度も読み込み無理だという言葉をコーヒーで身体の奥底に飲み下していき…
「こんな非常識な事、人間じゃ考えれないですです…アリア先生の思考はぶっ飛んでるんですです…しかも何も問題ないみたいな表情して素直に計画に賛同したイオリ君は何者なんですです…?この計画がもしバレたら即刻首ちょんぱですです…ううう…私は悪魔達と契約しちゃったんですです…?…しかもこの魔道具の設計図、時代をいくつも吹っ飛ばしてるですです…」
アリアと唯織が自分とは違う、非常識な人なんだと再確認しながら計画書通りに手を動かし四苦八苦しつつ魔道具を作り始めるのだった…。
■
「全く…むやみやたらにヘルソースを食べさせちゃダメって言ったでしょう?私が水人族の舌に合わせて調整した香辛料は正直私ですらきついのよ?」
「ご、ごめんなさい…つい…みんなも辛いのが好きなのかと…」
「…まぁ、怖いもの見たさみたいなものよねぇ…」
地獄の様な惨状を辛みを軽減する飲み物で納めたアリアはティリアの頭を撫でつつティアが連れてきた面々、自分が連れてきた面々をジトっと睨みつけた。
「…で?何であんたらがいんのよ?それがわかってたからトーマ達は私についてきたのかしら?」
「「「…」」」
「いやぁ~…完全に偶然さね…」
「…まぁいいわ。ちょっと席をずらして話をしましょうか、ティア?」
「…はい」
複雑な表情をしているティアを連れて空いている席に移動し目の前に座るエルダ達を見つめさっきとは違う部分に目を留めた。
「あら?あんたの角…」
「こ、これは…アンジェリカとフレデリカにイオリの魔法で直してもらって…」
「そう、和解はしたってわけね」
「ああ…」
「ならもうこの態度はいいわね。…で?何でエルダ達もここにいるのかしら?」
「それは…レ・ラーウィス学園に転入したくて…」
「ふぅん…それはレイカもルマもって事かしら?」
「…はい…」
「ああ…」
「なるほどねぇ………」
色んな所が大きいアリアの身体にそれだけで足りるのかと思うぐらい少量のパスタを口に含み完食すると隣に座るティアの頭を撫でながら言う。
「悪いけれどあなた達をレ・ラーウィス学園に転入させるつもりは全くないわ」
「…そ…それは…失礼な事や、試合が終わったのに攻撃をしたからか…?」
「違うわエルダ。その件は謝って和解したのでしょう?」
「なら…ティアだけ…か?」
「ティアもレ・ラーウィス学園に転入はしないわよ?」
「「「えっ!?」」」
「ティアは見っとも無くうじうじしてるあなた達に発破をかけたくてわざとレ・ラーウィス学園に転入するって言ってたのよ。…まぁ、発破のかけ方が下手だったみたいだけれどね?」
「すみません…」
顔を真っ赤にしながら俯くティアだったがすぐにいつもの無表情に戻り小さく呟く…。
「本当はずっと探してたティリアと一緒に居たい。でもそれと同じぐらいみんなも大切…だって私はみんなの事を仲間だと思ってたから。今回の事で本当にみんながみんなを信頼して高め合って強くなれる様にしたかった。だけどそれも無駄だった。結局みんなは自分の事だけ。強さを求めるばかりで仲間の事も考えずにレ・ラーウィス学園に転入するって言った…誰も仲間だと思ってない、心配もしてない…本当にガッカリした…もうこれからはみんなの事を仲間だと思わない。学園も辞めてハプトセイル王国で冒険者にでもなる…だから一緒にご飯を食べるのも話すのもこれが最後…さようなら」
「「「…」」」
悲しそうに言葉を残しまたティリアの隣へと戻るティアを見送るとアリアは机をコンコンと叩き俯いたままのエルダ達の視線を集めた。
「まぁ、そう言う事よ。ティアは私達の事も見下しもしなかったし一番仲間というものをわかっていた…ティアなら私が教えてあげてもいいって言ったのだけれどあなた達が再起する事を願って誘いを断ったのよ?あなた達はここに来るまでの間にここに居ないターレア達の事を少しでも心配したのかしら?」
「「「っ…」」」
「私はね?たくさんの仲間に支えられて生きてきた…だから唯織達にも言った事があるのだけれど仲間を蔑ろにする奴がどうしても殺したくて殺したくて仕方なくなるぐらい許せないのよ。少しは自分の事だけじゃなく仲間の事を考えてみなさい。…まぁ、考え直したところで絶対にレ・ラーウィス学園に転入はさせない…だってあなた達の居場所はここじゃないんだもの」
「「「…」」」
エルダ達に言いたい事を言い終えたアリアは食後のコーヒーに口を付け…
「あがぁっ!?!?か、辛い!!!!」
「お、おい!?!?黒龍!!火を吐くな!!!」
「私だって…私だって…」
「…………あなた達ねぇ…」
SSSランク冒険者とは思えない三人にため息をついた…。
■
「…では、ターレア王子の『時間停止』は最長で2分まで止めれて自分だけではなく触れている相手なら任意で止まった時間の中でも動けるように出来るんですね?」
「ああ、だが本当に世界全体の時間を止めているわけではないんだ」
「そうなんですか?」
ポーカーが終わり、気分も落ち着いた唯織とターレアは冷めてしまったお茶に口を付けながら血統魔法について話していた。
「自分を起点とした半径5mから20m範囲内の停止だな。範囲外からは普通に動いている様に見えるし、矢や魔法が範囲内に入れば停止するが効果が切れればまた動くし、範囲内ではありとあらゆるもの…空気や光も止まっているから息も出来ないし、範囲内の止まった風景しか見えないから範囲外がどうなっているかもわからないんだ」
「成程…受けた側からすれば最強の魔法でもかなり制約が厳しいですね。…でもありとあらゆるものが止まっているのであればターレア王子も動けずトランプを入れ替えるのも出来ないはずでは?」
「今まではそうだったんだ。だがクルエラさん達に教えてもらった魔力を身体に纏う方法のおかげで動けるようになって元々魔力がない物なら動かせる事がわかったんだ。それまでは動く事すら出来なかったからただただ止めて次に動く為の思考整理ぐらいにしか使えなかったんだがな…」
「では、体内で魔力を作る人体を発動前に触れていない状態で停止中に動かしたり直接攻撃したりする事はどうですか?」
「いや、発動前に触れていない時点で無理だ。発動前に触れていれば相手を自分の魔力で覆う事が出来るから動かせるんだが魔力の消費も激しいし、魔力を持つものは全てそこに固定される…まるで魔力が本能的に自分を守るみたいにな。イオリ君の胸倉を掴み上げた時は効果が切れた瞬間に掴み上げた様なものだ」
「聞けば聞くほど扱いにくい魔法ですね…では、もう一つの『運命』についてなのですが…過程は見えずに結果だけが見える…それはどんな過程を踏んでも結果は変わらない、確定している…と言う事でしょうか?」
「そのはずなんだが…」
「そのはず…?」
「イオリ君やアリアさんが絡む事については運命が確定しないんだ」
「え?僕とアリア先生が絡むと確定しない…?」
「ああ、まるで運命の歯車から外れている…いや、抗っている様な…いや…何とも言えないんだがイオリ君達は異質なんだ…」
「異質…?僕とアリア先生だけ…共通点は………透明の魔色…?」
「何…?アリアさんも透明の魔色なのか…?」
「ええ、他に共通点と言えば…何ですかね?思いつきません…」
「おいおい…」
さっきまで真剣な表情を浮かべながら質問攻めしていた唯織は苦笑しつつ空になったティーカップを見つめ…
「でも、僕とアリア先生が絡んでいればターレア王子は運命の枷から解き放たれる事がわかりました。…それに希望を感じてくれたから僕達に助けを求めてくれたんですよね?」
「っ…あれはお前が強引に…」
「まぁいいじゃないですか。…じゃあ、そろそろ本題です。…過去の事を話してもらえますか?」
「……」
もう一度真剣な眼差しでターレアを射貫き口が開かれるのをじっと待つとターレアはため息を吐き捨てポツリポツリと語り始める…。
「…過去を語る前に今の俺について少し話そう…その方が分かりやすいだろうからな」
「わかりました、お願いします」
「…この国で俺は道楽王子、残念王子と呼ばれているんだ。その理由は簡単…第三王子という立場で王位継承から最も遠い存在として年の離れた第一王子のアルニクスと第二王子のテルナーツが受けた王になる為の英才教育も受けれず、このハルトリアス学園…国の兵力を底上げする為の学園に入れられ、ダメな俺を比較対象にして二人を引き立てる役目に合わせて全ての不都合を俺に負わせるゴミ箱の役目として生まれたんだ」
「…腐ってますね」
「…本当にな。それでも一応王族だからな…それなりの我がままも利くし、逆に我がままを通して評判を自ら下げれば更にアルニクスとテルナーツが際立つ…割と自由な時間を過ごさせてもらったしそのおかげでターニャ達とも出会えた…そして俺は異種族を侍らして学園生活を楽しむ道楽王子ってわけさ。…で、ここからが過去の話なんだが…俺の血統魔法『運命』は生まれた直後から発現していたんだ」
「う、生まれた直後…からですか…?記憶があるんですか?」
「ああ…生まれてすぐ見たのは国王の顔でも王妃の顔でも産婆の顔でもなく、不思議と自分と思える赤髪の男が全身を切り刻まれ血を抜かれ…バラバラになった赤髪の男だった物が捨てられている光景だった。物心がついてからあの時見たものがどういう意味だったのかわかったがな…」
「……」
「だから俺はこの『運命』を使ってどうにか死なない様に立ち回ろうとしたが四歳の俺に出来る事なんてない、死ぬ事は変わらなかった…そして俺は最後の抵抗として自然と王城を抜け出してこの国から逃げようとし…運命の出会いをした」
「…それが二つ目の血統魔法『時間停止』を持つ方ですか?」
「ああ。…彼女の名前はサニア。俺と同じ赤髪で何歳か年上…掃き溜めのスラムで逞しく生き、俺に初めて人を好きになる気持ちを教えてくれた…俺の所為で死んだ人だ」
「…辛いでしょうが聞かせてください」
「…俺は王城を抜け出しスラムに迷い込んでしまったんだがスラムでは俺の格好は貴族そのもの…スラムの住人達は俺の服を高く売れると思ったのか俺を襲い、身ぐるみを剥がそうとしたんだがその時ボロボロになりながらもサニアが助けてくれたんだ。それから俺はサニアと共にスラムで暮らす様になって二年の月日が流れ…事件が起きた」
空になったティーカップを握りしめ…甲高い音を立て手に鋭い痛みを感じながらターレアは語り続ける…。
「秘密裏に俺の事を探し回っていた国王も二年も見つからないとなれば王城では大事件さ。重い腰を上げた国王が王都に騎士団を散らばせ俺の大捜索が始まり…俺とサニアは見つかった。それでも俺達は逃げて逃げて逃げ続けて…スラムを出て通りに出た途端、俺は馬車に轢かれて死ぬ運命が見えたんだ」
「……」
「だから俺はサニアを死なせない為にずっと引いていた手を離し、俺の死に巻き込まない様にした…そして俺の運命通り馬車が迫り死を覚悟した時、元から発現していたのか、窮地に陥って発現したのか今となってはわからないがサニアは『時間停止』を使って俺を庇おうとし…俺達は揃って馬車に轢かれたんだ…」
そう言ってターレアが血だらけの左手を無視して赤いジャケット、真っ白なシャツを脱ぎ右肩から右脚まで伸びる大きな古傷を露わにし大粒の涙を流しながら声を震わせ言う。
「この傷はその時のものだ。見た目だけはスラムの子供…誰も俺を第三王子だとは気づかず馬車で俺達を轢いた奴はゴミを見る様な目でそのまま走り去り、野次馬もあまりの凄惨さに口を押えてどこかへ消え…俺は右腕と右脚を失い、サニアは腹から下が分かれていた…俺は大切な人を自分の運命に巻き込んでしまった事を悔いて何度も何度もサニアに謝った…だけどサニアは…助けられなくてごめんねって…必ず君だけは生かしてあげるから…だから君は救える人を救ってって…最後の力を振り絞って自分の命が尽きるまで『時間停止』で俺を延命し続けた…そして俺はサニアの『時間停止』で引き延ばされたわずかな時間のおかげで通りすがりの冒険者、フローラさんが血の海に沈んでいる俺を見つけ回復魔法とフローラさんが持つ血統魔法『結合』でぐちゃぐちゃになって使い物にならなくなった右腕と右脚をサニアの遺体から切り取り俺の身体に結合して命を繋いでくれたんだ…その事を俺は王城のベッドの上でフローラさんから聞き、あの時見た運命はサニアが死ぬ運命だったというのがわかって絶望したよ…俺が運命に抗おうとした所為で大切な人を亡くしたんだから…そこからは見栄や体裁の為に俺の事は全て秘匿されて今に至るわけさ…」
「そう…だったんですか…」
あまりにも凄惨な過去…目の前で自分の力が及ばず大切な人を看取った悔しさと悲しさ…唯織の過去とは別種の重さ…筆舌にし難いターレアの過去に自分の中にまた新しい闇が生まれ…ドクリと心臓が跳ねた。
「おい…ターレア…その話本当なのかよ…?」
「…ああ、今まで隠していてごめんターニャ。アーヴェントもごめん…」
「…ターレア、何故言ってくれなかったんだ…」
「言っただろう…?俺が抗おうとしたからサニアも俺の前で死んで…俺を助けてくれたフローラさんすら俺の運命に巻き込まれてテルナーツの道具にされているんだ…もしそれを知ったらターニャやアーヴェント達はどれだけ止めても俺の為に何とかしてくれようとするだろう…?そうしたらまた運命に抗って最悪な結末をみんなに…だから言わなかったんだよ…だから遠ざけようとしたんだよ…もう…目の前で誰かが死ぬのはもう…嫌なんだよ…」
「「ターレア…」」
右腕を大事そうに抱え怯える様に涙を流すターレア…頼って欲しかったのに過去を聞いた今、どうしたらいいかのかわからなくてもどかしいターニャとアーヴェントは…
「…大丈夫です、必ず僕達が何とかします。だからその手を貸してください…」
ターレアの手を魔法で治す今日あったばかりの唯織にターレアを盗られた気がした…。




