尻尾にじゃれつく黒子猫
「それじゃあ後はお任せしますね」
「うむ。…ミネア、早急に対処しろ」
「かしこまりました、ガイウス様」
テッタの両親含め、今までテッタの血統魔法を悪用し続けてきた者達への制裁を依頼したアリアはすぐさま遠くで待っているテッタの元へと駆けていく。
「にしてもアリア殿はたった一日…いや、たった数時間でここまで破壊し尽くすとは思わなんだ…流石はシオリ殿の友人と言ったところか…」
ミネアが制裁を行う為に姿を消した今、ガイウスの周りにはまるで入学式とは別人の様な面持ちになっているシャルロット、メイリリーナ、リーチェが真剣にテッタとアリアを見つめていた。
「…どうだ?これからの学園生活、楽しいものになりそうか?」
「…わかりません…ですが…あの人…アリア先生からは学ぶべきものがたくさんあると感じます…」
「…ふんですわ!!確かに学ぶものはあるかもしれませんがわたくしはまだアリア先生を担任だとは認めてませんわ!!せいぜいわたくしが立派な王となる為に利用させて頂きますわ!!」
「…私は既に多くのものを教えてもらいました。私の軽率な考え…命の重さ…それを摘み取る覚悟…自分の命を賭ける怖さ…私が今まで培ってきた何もかもがアリア先生の前では児戯に等しいんだと痛感しました…だから私はアリア先生から学べるだけ学び尽くしたいと思います…」
「ほぉ…リーチェはもうそこまでアリア殿を認めておるのだな?」
「…計89回…私がたった数分の間で死を感じた回数です…死の淵にたった数分で89回も立たされたんです…これでアリア先生を認めなければ…よほどの馬鹿か人間として大切な何かを落とした愚か者です…」
「う…うむ…だいぶ変わったのだな…」
真剣な表情の中でも少しの戸惑いを見せるシャルロット、口では認めないと言ってもアリアの一挙手一投足を見逃さない様見つめるメイリリーナ、死というものを何度も体験したからか瞳から光を消して何処か世界の真理でも見た様に達観しているリーチェ…一癖も二癖も三癖もある者達をこうも変えてしまうアリアを見つめたガイウスは…
(早速イオリ君を特待生クラスに入れた効果が出たようだな…儂もアリア殿の授業を受けてみるか…)
そんな事を思いながら笑みを浮かべた…。
■
「…さぁテッタ?準備はいいかしら?」
「…少し準備を…してもいいですか?」
「ええ、いいわよ。ただ実戦とかならそんな時間は持てないから何かしら対策しておきなさいね?」
「わ、わかりました」
円の中で黒表紙に何かを書き込んでいるアリアを見つめながらテッタは自分に与えられた一つの色…茶色の魔色を起こしながら地面に両手をついて詠唱を始める。
「土よ…我が名はテッタ…土色の信徒なり。我が呼びかけに答え困難を打ち砕く強靭な体を、勇猛な戦士を、勇姿を備えたその姿を我の前に現したまえ…フル・アースクリエイト」
そして小さい声ながらもしっかりと意思を宿した詠唱を終えるとテッタの目の前の土がどんどん人型の形を作っていき…
「へぇ?ゴーレムを作るのね?確かにテッタの血統魔法と相性がいいわね…上級魔法が使える事にも驚いたけれど、しっかりと自分の能力を把握してるところもいいわ。大幅かて………ね、ねぇテッタ?」
「は、はい?」
「ど、何処まで大きく作るつもり…?」
黒表紙にテッタの評価を記入していたアリアは既にレ・ラーウィス学園の校舎と同じぐらいの大きさになっているのにも関わらず、まだまだ大きくなっていくゴーレムを見つめて言葉に詰まる。
「え、えっと…もう少し…」
「……流石にもういいんじゃないかしら?」
「もう少しで出来ます…出来た…」
そう言うとテッタが作り出したゴーレムは大きな学園の校舎を腰の位置に置くほど巨大になっていた…。
「後は…我が血に宿り力よ…我が呼びかけに答え命の息吹を吹きかけたまえ…我が名はテッタ…命の尊さを知り、命の温かさを知る者なり…」
そしてテッタは自分の血に与えられた魔法を使い…巨大なゴーレムに命を吹き込んだ。
「こ…これはえらい迫力ね…七人のドラゴンに囲まれた事を思い出したわ…」
「え…?あ、アリア先生…?」
「…ああ、何でも無いわ。それにしても期待以上だわ…これは大幅加点ね…」
「あ、ありがとうございますっ…」
何かを思い出したのか体を震わせたアリアに小首を傾げたテッタは巨大なゴーレムの足に触れながら友達にして欲しい事をお願いする様に言う。
「ねぇ、ゴーレムさん?アリア先生と戦ってくれる…?」
「…」
「…うんっ。お願いね?」
「…」
言葉は発しないが触れている手からゴーレムに宿った友達の意思を感じたテッタは笑みを浮かべながらアリアを指差し…
「アリア先生は強いんですよね…?」
「…ええ、全力でやりなさい。テッタが今まで抱えてきた鬱憤を受け止めてあげるわ」
「っ…わかりました。ゴーレムさん!!!」
「!!!」
今まで小さい体で感じ、溜め込んできた不満や苛立ちを吐き出す様に叫ぶと巨大なゴーレムは頑丈な岩同士が擦れる音を響かせながら巨大な拳をアリアに向って振り下ろし…地面を爆ぜさせ揺らした。
「わわわっ…す、すごい揺れた…今までこんな事した事なかったから自分でもびっくり…アリア先生大丈夫かな…つ…潰れてない…よね…?」
テッタ自身も予想外な威力に驚き、だんだん攻撃を受けたアリアが無事なのか心配し始めると…
「…っふぅ。流石にこの大きさはビビるわね…」
「…えっ!?!?」
地面を陥没させながらも片腕だけで巨大なゴーレムの拳を受け止め、無傷の姿を土煙の中から晒したアリアにテッタは目を見開く。
「なかなかやるわねテッタ。ただ…自分が振るった力の大きさを正確に把握出来てない所は減点よ。もし一般生徒との決闘でこんなの使ったら間違いなく殺しちゃうわ」
「っ!?…す、すみません…」
「でもまぁ…私を信じて全力以上を出してくれたわけだし…どうする?もう少し攻撃する?」
「い、いえ…今のが防がれるなら無理です…」
「そう。…んじゃテッタの実技テストは終了ね。今後の課題はゴーレムのバリエーションを増やしたり、攻撃手段を増やす事をメインに学んでいきましょうか」
「は、はい!!」
巨大なゴーレムが音を立てて姿を崩し、また校庭の一部へと還っていくのを見届けたアリアはすっかり雰囲気の変わったテッタの猫耳の間を撫でつける。
「ふぇ…ど、どうしたんです…か?」
「ん…なんかテッタを見てると私の大切な人と重なって見えるのよねぇ。性格は全然違うし性別も違うけれど、黒猫繋がりだからかしらねぇ…」
「そ、そうなんですか…?」
「ええ。どんな武器も魔法も笑って防ぎ、敵のありとあらゆる攻撃から仲間をその身一つで絶対に守る守護者の様な人よ。さっきのテッタの攻撃なら多分棒立ちでも無傷なんじゃないかしら?」
「え、えええええ!?そ、そんな人がいるんですか!?」
「ええ、そうよ。…だからテッタは特待生クラスの仲間達を守れる強い男の子になりなさい。私が育ててあげるわ」
「……はい!!」
テッタは初めてボロボロの人形の友達が出来た時から浮かべる事が無くなった満面の笑みを浮かべ…アリアの揺れる白黒の尻尾にじゃれつく様に後ろをついて行く…。
■
「…さぁ残りはシルヴィとイオリよ。どっちが先かしら?」
「…イオリどうする?」
「え…どうしよ…」
シャルロット、メイリリーナ、リーチェがテッタに実力を見誤っていたと謝り、楽しそうに会話をしているのを見つめながらアリアはシルヴィアと唯織に問いかけていた。
「シルヴィは自信…あるんだよね?」
「…円から出すだけならよゆー」
「へぇ…言ってくれんじゃない?言っとくけれど、シルヴィとイオリに関しては私も手を出させてもらうわよ?」
「「「「「えっ!?!?」」」」」
「…アリア先生せこい」
今まで攻撃を弾いたり防いだり、リーチェに関しては体に傷を負わせない寸止めしかしてこなかったのにも関わらず、明らかに攻撃する満々のアリアに離れた場所で話していたシャルロット達も唯織と一緒に驚きの声をあげ、シルヴィアは無表情のまま唇を突き出して思った事を漏らした。
「当たり前でしょ?シルヴィとイオリはシオリの弟子よ?無抵抗でぶん殴られたら簡単に円の外に出ちゃうわ」
「…別にそれでいいじゃん」
「よくないわよ。こっちは何でも言う事を聞くって条件も付けてるのよ?全力で抵抗するわ」
「…むぅ。…なら私が先にやる。…イオリ、いい?」
「え…?あ、うん…頑張ってねシルヴィ…」
「…うん」
「んじゃシルヴィね。あっちにいくわよ」
「…うん」
心配そうにシルヴィアを見つめる唯織を置いてシルヴィアとアリアが開始位置まで歩いていく中…
「…ねぇ…イオリ…君…」
「…えっと、シャルロット・セドリックさん…何ですか?」
「…あのシルヴィアって子とイオリ君は…シオリさん…あの乳茶の様な髪色をした方に育てられた?…んですよね…?」
「…はい。確かに僕はそうですが、僕は師匠と過ごしている間、シルヴィを見た事はありませんので詳しくは…」
「…そうですか。おじい様もミネアもイオリ君の師匠、シオリさんは私達の常識外の存在だと言っています。…それにシオリさんが特待生クラスの担任として推したアリア先生もです」
「…」
「だからシオリさんの事を教えてください。…常識外の存在に育てられたイオリ君の事もです。私達の常識外と言うのは…どういう事なんですか?」
ずっとシルヴィアが唯織を守る様に威圧していて話しかけられなかったシャルロットがそう唯織に尋ねたが…唯織は表情を暗くして呟く…。
「言っても信じてもらえないでしょうが師匠の事であれば少しだけお話しできます。…ですが僕の事に関しては教えたくありません…」
「…そうですか。…イオリ君は何かを抱え『やめてください』っ!?」
シャルロットの言葉を遮る様に止めた唯織の目は何があったらこんな目をする事が出来るのかと思わせる程の冷たさと暗さ…絶望を宿していた。
「…すみません。僕の事は探らないでください」
「…わ、わかりました…では…シオリさんの事を聞かせて頂いてもいいですか?」
「ええ。…ですが今はシルヴィのテストを見たいので放課後でもいいでしょうか?」
「…そうですね、少し急いてしまいました。今はクラスメイトの実力を見ますか…ここで見ても?」
「えっ!?…あ、はい…僕なんかでよければ…」
「…」
シャルロットはさっきまであんな目をしていたのに今は害の無さそうな苦笑いを浮かべている唯織を見つめ…
(…イオリ君…どんな方なんでしょうか…)
自然とそう思い始めた…。
■
「…シルヴィ、ルールを決めましょ?」
「…?」
開始位置までゆっくりと向かいながらアリアはシルヴィアにそう提案しながら面倒くさそうに呟く。
「シルヴィと私が本気でやったらどうなるかわからないでしょ?」
「…まぁ」
「だからまだ被害が少なそうな近接戦で勝負…はどう?」
「…はぁ、いいけど何使う?」
「んー…無難に剣かしら?」
「…わかった。剣は魔法で作っていい?」
「いいわよ。えーっと…我が血に宿りし聖剣よ…我が呼びかけに答え全てを斬り伏せる聖なる剣の姿を顕現させよ…我が名はアリア…聖剣の鞘にして聖剣を振るう者なり」
ルールが決まり、アリアがリーチェのテストをした時と同じ黄金の剣を呼び出す血統魔法の詠唱をすると…
「っ!?ぶふっ!!…あはははははは!!!!」
「ちょ!?笑わないでちょうだい!!私だって恥ずかしいんだから!!」
「ご、ごめん…うくくく…!!」
シルヴィアはお腹を抱えて爆笑し始めてしまう…。
「…っ!いいから早くやるわよ!」
「うくく…あー笑った…」
顔を真っ赤にしながら新しく描いた円の中にアリアが入るとシルヴィアは校庭に両手をつけて…
「…よいしょ」
よいしょと呟き、詠唱せずに魔法を発動させて地面から銀色の塊を抜き出し…
「…んーと」
んーとと言いながら右手に握った銀色の塊に何度も何度も炎を纏わせ…
「…これでよし」
ドロドロになった真っ赤な鉄の塊を一振りすると片手剣の形に変わり、その剣に氷を纏わせてこれでよしとやり切った表情を浮かべた。
「…おっけー」
「じゃあやるわよシルヴィ。いつでも来なさい」
「…っ!!」
「っ!!」
シルヴィアの氷の剣とアリアの黄金の剣がぶつかり合うとシルヴィアの氷の剣は砕けて中から真っ黒の刀身を持つ片手剣が姿を現し…ぶつかり合った衝撃で校庭の土を吹き飛ばす程の空気の爆発を生んだ…。