表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第一章 箱庭
1/157

透明の花

 





 昔々…この世界は悪い魔王に支配されていました。



 畑と家は踏み焼かれ、森も川も枯れた悲しい死の世界…。



 そんな世界を憂いた神様は一人の勇者をこの世界に招き、今まで死を待つだけだった人々に勇者はこう言いました。



「私がこの世界を救ってあげる!!こういう展開はいくつもラノベで見たことあるから!!」



 そして一人の勇者のおかげでこの世界…アルマは救われ、それ以降魔王は姿を現す事は無く平和な世界になったのでした…。



 ………



「…………はぁ、私は何時まで…」



 真っ黒な空、真っ赤な雨、ひび割れ赤黒い水溜まりを作る地面…そして積みあがる姿形が様々な屍の山に腰かける乳茶の様に優しい髪色の女性…。



「今回の魔王はいつもより弱かった…。これぐらいならもう私がやらなくてもいいよね…」



 彼女の碧い瞳に生気は感じられず…目の前には今にも死んでしまいそうな異形がこちらに手を伸ばしてもその姿を瞳に映す事すらなく彼女は…



「…死にたい。もう疲れた…」



 そう呟きながら異形を跡形も無く真っ黒の剣で切り刻み、眠る様に屍の上に倒れ込む…。





 ■





「おい無能!!少し顔がいいからっていい気になるなよ!!」


「っ…」



 暴言と一緒に放たれた拳は鈍い音を立てながら長めの黒髪の男の子の腹に当たり、拳を受けた黒髪の男の子はそのまま地面に蹲ってしまう。



「このっ…!!このっ!!!」


「っ…」


「ハハハ!!顔は止めとけよ~!!教師にバレたら面倒くさいからな!」


「わかってるよ!!このっ!!」


「っ…っ…」



 地面に蹲る黒髪の男の子を何度も蹴りつける男の子を笑って見続ける男の子…それでも痛めつけられている黒髪の男の子は声も漏らさず真っ白な制服が土まみれになっても男の子の拳と蹴りをその身で受け続けていると…



「はぁ…はぁ…チッ、もう行こうぜ」


「しっかしお前容赦無いなー怖い怖い…」


「無能がこの学校にいる時点で俺達の顔に泥を塗ってるって事を少しはわからせないとな…。さっさと辞めて欲しいもんだぜ…」


「違いないな!あ、お前の財布はもらっていくぜー?これだけで済ませてやったんだから感謝してくれよー?ハハハ!!」


「……」



 息を切らしながら殴っても蹴っても何も反応を示さない男の子に苛立ちを露わにしつつ二人の男の子は去っていく。



(はぁ…これ…僕じゃなかったら骨が折れてる…。お金は銅貨3枚しかなかったし…今日はもう寮に帰ろうかな…制服も綺麗にしないと…)



 声に出さず無表情のまま二人の男の子を見送った黒髪の男の子は人目が付かない建物の影から顔を出す。



(…やっぱり学校終わりだから帰る人でいっぱい…。この格好で出て行ったらまた汚らわしいとか言われるだろうし…人がいなくなるまでここに居よう…)



 真っ白な建物から続々と現れる人の波を見つけた黒髪の男の子はまた地面へと腰を下ろして制服の内側に仕舞っていた紙とペンを土で汚れた黒い手袋を外して取り出すと初めて女の子に見間違うほどの可愛い笑みを浮かべる。



(よかった…。紙も破れてないし、師匠からもらったペンも壊れてない…)



 そして黒髪の男の子は壁に紙を押し当てて師匠からもらったペンを()()()()()()()()()()()()()()で握り、文字を書いていく…。



 ………



 師匠へ


 唯織(イオリ)です。今日でハプトセイル王国の学校、レ・ラーウィス学園に入学して一ヶ月が経ちました。


 同じクラスになった人達はとてもいい人ばかりで、僕を()()だからと言って変な目で見てきたり、嫌な事を言ってくるような人は一人もいませんでした。


 既に同じクラスに友達と呼んでいいと思う程親しくしている人もいます。


 今度師匠にも紹介したいと思うのでその時はいつものだらしない格好ではなく、しっかりした格好をしておいてくださいね?


 それにしても師匠がプレゼントしてくれたこのペンはとても凄いですね?このペンのおかげで師匠への手紙を書きたくて仕方なくなってしまいます。


 これだと紙代だけでかなりのお金を使ってしまいそうで少し怖くなってしまいます…。


 …師匠のおかげで僕は今、とても楽しく過ごしているので何も心配しないでくださいね。


 師匠も僕がいないからって何時までも寝てたり、ご飯を食べなかったりと僕が心配になる様な事はしないでくださいね?また手紙を書かせて頂きます。


 由比ヶ浜 唯織(ユイガハマ イオリ)



 ………



(うん…これでいい…師匠には心配かけたくない……嘘をついて…ごめんなさい…師匠…)



 手紙が涙で汚れない様に丁寧に封筒へ入れた唯織はそっと制服の内側に封筒とペンを仕舞い、土で汚れた制服の袖で涙を拭うと既に空は暗く、白い建物…校舎からは誰も人が出て来なくなっていた。



(…ここで手紙を送ってもいいけど誰かに見られるかも知れないし…寮に帰ってから送ろう)



 そして男の子…由比ヶ浜 唯織は古傷だらけの両手を黒い手袋で隠し、レ・ラーウィス学園を後にしようと校門へ向かって行くといつもの門番とは違う人が校門を警備していた。



「こんな時間まで居残りとは熱心だな?それともやんちゃして怒られてたのか?」


「あ…いえ…」


「…?まぁいいや、一応規則だから学生証を見せてもらってもいいかい?」


「…はい」



(この人もきっと…)



 この後の門番の対応が分かり切っている唯織は俯きながら制服のポケットから学生証を取り出し、門番へと渡すと分かりやすく門番の表情が苛立ちに歪んでいく。



「レ・ラーウィス学園1年生のイオリ君……無色…?…何だ()()()()()かよ。丁寧に対応して損したぜ、さっさと行きな無色」


「……はい…」



 学生証を地面に投げて返却された唯織は自分の学生証を拾い、そのまま自分に与えられている寮の部屋に向かう為に賑やかな街並みを一人俯きながら歩いていく…。



(…ただ()()()()()()()だけでこんなに息苦しいなんて……)



 美味しそうな食べ物の匂い、一仕事終えた後の大人達の楽し気な声、親と手を繋いで楽しそうに笑みを浮かべながら道を歩いていく親子の光景…珍しくも何ともない日常の光景が唯織の心を締め付けていく…。



(どうして僕の魔力には色が付かなかったんだろう…。色が付いていればこの街の人達の様に笑っていたのかな…師匠…世界を知れば知る程…僕には居場所なんかないんだってわかって息苦しいです…)



 師匠の事を考える度に溢れそうになる涙をぐっと堪えた唯織は足早に寮へと向かい…



「ただい…ま…」



 自分が居ない間に()()ボロボロになっている寮の部屋を見て静かに涙を零す…。





 ■





「よし、欠席者はいないですね。ではこれから授業を始めたいと思います。皆さんはレ・ラーウィス学園に入学して一ヶ月ですので授業内容は事前にも伝えていた魔法の授業となっております」



 眼鏡をかけた少し神経質そうな男性が黒板の前でそう言葉にすると生徒達が喜びで浮足立つが…唯織だけは俯いて自分の机を見つめているだけだった。



「はい、嬉しいのはわかりますが静かにしてくださいね。既に受け取っていると思いますが、魔法基礎の教本を机の上に出してください。忘れた者がいないかチェックさせて頂きますね」



 先生の声で騒がしかった声が静かになり、端の席から教本があるかどうか確認し始めていくと先生が唯織の席に近づく度に教室から嘲笑が聞こえ始め…



「…またですかイオリ。事前に今日、魔法の授業があるから教本を持ってくるようにと連絡していましたよね?」


「…申し訳ありません」



 唯織のその一言で教室の嘲笑は一際大きくなり、先生も呆れたように眉間を歪めた…。



「…そうやって謝るのも何度目ですか?かなりの頻度で教本を忘れていますよね?他の授業をする先生方からも唯織は教本を持ってこない、提出物もまともに出さないと問題になっているんですが…」


「…申し訳ありません」


「…はぁ、もし後一度でも未提出や忘れ物があれば理事長ガイウス・セドリック公爵様へ報告をさせて頂きます」


「っ…」



(まずい…ここで理事長ガイウス・セドリック公爵様の耳に入ってしまえば師匠に嘘を付いてた事がバレてしまう…だけど今教本を出したらそれこそ間違いなく…)



 このままだと自分の現状が師匠にバレてしまう事を危惧した唯織は机の下に隠し続けていた買い換えたはずの一度も使用していないのにボロボロになっている教本を机の上に出そうか迷っていると…



「…まぁいいです。私の教本をお渡ししますのでしっかりと授業を聞いていてください。わかりましたか?」


「…はい、ありがとうございます…」


「はい。では皆さん授業を始めますので最初のページを開いてください」



 皆の嘲笑を聞きながら先生から受け取った教本を開いた唯織は一先ず難を逃れた事に胸を撫で下ろし、先生の話に耳を傾けていく…。



「魔法…それは皆さんの体の中で作られる魔力を言葉の力、詠唱という魔法を発動する為の言葉で体内から魔力を引き出し、魔力を様々な形へ変える事を魔法と言います。そして…」



 黒板に矢印で六角形を描くとその隣に線を一本引いて続きの言葉を溢していく先生。



「魔力には()()()()()()()()()()()()()。これは既に皆さんわかっていると思いますが、生まれてから5歳の誕生日の時に行う『適性の儀』によって初めて自分の魔力が何色か…魔色(ましき)がわかります」



 六角形の頂点に一つずつ文字と色を描いていきながら先生の説明は続いていく。



「まずは赤の魔色…これは火の魔力です。この赤の魔力を持っている人は火の魔法を扱う事が出来ます。次に青の魔色…これは水の魔力。同じ説明にはなりますが、青の魔力を持っている人は水の魔法を扱えます。そして緑の魔色は風、茶の魔色は土、水の魔色は氷、黄の魔色は雷となっており、これには()()と言うものが存在します」



 六角形の頂点に火と書いて時計回りに氷、風、土、雷、水と記された図形を棒で指し示す。



「この図を見て頂ければわかると思いますが、火は氷に対して相性がよく、氷は風に、風は土に、土は雷に、雷は水に、水は火にとなっています。そしてこれを逆に考えれば火の魔法には水の魔法を、水の魔法には雷の魔法をぶつければよくなります。これをしっかりと把握していれば氷の魔法に対して少ない魔力の火の魔法で打ち勝つことも防ぐ事も出来る様になるのでしっかりと覚えてくださいね。そして忘れていけないのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事です。これもテストに出ますので忘れない様にしてください」



 六角形の図形を完成させた先生は残りの線の両端に文字と色を追加で書き、もう一度棒で指し示す。



「次にこの六角形の相性図に囚われない()()()()()について説明します。…それは白の魔色、光の魔力と黒の魔色、闇の魔力…そして()()()()()()()()()の三つです」



 透明の魔色…無の魔力という単語が先生の口から発せられると教室にいる者達は一斉に唯織を見つめて嘲り始める。



「はい先生!!私知ってます!!無属性は無能なんですよね!!」


「「「「ははははははは!!!!」」」」


「……」


「はい、皆さんお静かに…」



 線の両端には光と闇、六角形の中心に無と書いた先生はまた騒がしくなった教室を静かにさせて説明を再開する。



「先程出した三つの魔色は少し特殊なのですがまずは白の魔色と黒の魔色について詳しく説明します。この白と黒の魔色はお互い相性が良くてお互い相性が悪いのです。闇の防御魔法に一番効果的なのは光の攻撃魔法、光の防御魔法に一番効果的なのは闇の防御魔法という具合になっていまして、この光と闇は六角形の相性図のどの魔色に対しても有利不利というものは存在しません。ですのでこの六角形の相性図の魔色の方は白と黒の魔色を持つ者とは優劣が付きませし、その逆も然りです。そして透明の魔色なのですが…」



 不自然に言葉を切った先生は唯織の事を憐れむ様な目で見つめ、この先の説明をしたくないとでも言いたげな表情で言葉を吐き出す…。



「極めて稀に透明の魔色を持つ者が生まれます。…そして無の魔力は攻撃魔法も防御魔法も存在せず、詠唱も何も存在しないが為に魔法が使えません…」


「あははははは!!!!だってよイオリ!?お前やっぱり無能じゃねーか!!ハハハハハ!!!!」


「……」



 そう…透明の魔色、無属性の魔力は攻撃の手段も防御の手段も持ち合わせていない無色の無能と言われているのだ…。



「現代の魔法は戦争に勝つ為により強力で、より殺傷能力の高い魔法を扱う事が出来る魔法師が世界からは重宝されています。…ですのでこれからこの学園で行う魔法の授業は強力な攻撃魔法と強固な防御魔法、そして傷を癒す回復魔法をメインに進めていきます。それでは一旦座学はここまでにして外で魔法の練習へと移りたいと思いますので皆さん校庭へ移動を開始してください」



 先生の言葉で魔色を持つ者達は校庭へと楽しそうに向かい、唯織は俯きながら先生の授業の内容に対して思案し、ゆっくりと校庭へ向かって行く…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ