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王太子の病

エルノートが熱を出した日、午前の内に城下から太陽神の神官がやって来た。

神官の診立てでも、やはり具体的な病名は出ず、疲労による内臓不調ではないかということだった。

その後、薬師達と側妃マレリィ、魔術師長ミルガンが見守る中、“神の救い(神聖魔法)”が施される。

みるみる間に、エルノートの顔色が戻り、皆が安堵した。




「なぜここにいる」

王が憮然として、腕を組んだ。


昼食を摂って、宰相セシウムと執務室に戻ってみれば、続き間に人の気配がする。

まさかと思ったが、エルノートが当然のように椅子に座って書類を揃えていた。

「書類を取りに来ただけです。今日くらいは部屋で大人しくせよと、散々言われましたので、ちゃんと大人しくしておきます」

仕方なくそうすると、顔に書いてあるようだ。

見れば、薄衣の上に一枚羽織っているだけの、エルノートにしては寛いだ格好ではあるが、自室に公務に関するものを持って入っては、仕事をする場所が変わるだけではなかろうか。


王は、エルノートが揃えている資料を、上から机に押さえつけた。

「公務に関するものは、自室に持って入ってはならん。侍従は何をしている! 何故止めない!」

「申し訳ございません!」

王の剣幕に、控えていた侍従が小さくなって頭を下げる。

止めてもエルノートが聞かなかったことは分かっているが、今は何としても止めるべきだ。

「父上、分かっていますから、そのように責めないで下さい」

眉を寄せて、エルノートが立ち上がる。

「分かっておらん!」

王は声を荒げた。

「セイジェが危ないかもしれぬという時、私がどんな思いだったか想像出来ぬか?」

王の歪んだ顔に、エルノートは息を詰める。

「エレイシアに続き、息子まで亡くすかと恐怖した、父の気持ちが分かるか……」

王の青空色の瞳に、苦悩が滲んだ。


セシウムが王の手を除け、机上の書類を揃えて取り上げた。

「王太子殿下。民を大事にお思いなら、ご自身を先ず大事になさって下さい。即位の後、貴方が健在でなければ、民は誰を頼りにすれば良いでしょうか」

エルノートが深く息を吐いて、目を伏せた。

「お部屋にお連れせよ。せめて今日一日は、お休み頂くのだ」

セシウムの指示で、侍従が頷き、エルノートを促す。

大人しく部屋を出ていくエルノートが、肩越しに振り返って言った。

「……申し訳ありません、父上」



自室に戻ったエルノートは、侍従に羽織っていた上着を渡す。

「すまなかったな」

呟いた一言に、侍従が恐縮して頭を下げた。


寝台に、仰向けに身体を投げ出す。

額に手をやって溜息を付いた。

ずっと王座に就くつもりで生きてきた。

そのための努力を惜しんだことはない。

だが、いざ即位が目の前に迫り、民が誇れる王にならねばと、少々焦っていたのかもしれない。

気負い過ぎて、徐々に身体に負担を掛けているのに、気付けなかったのだろう。


王太子である自分の身を、どれ程周囲が案じるか、考えればすぐに分かりそうなものだ。

視野が狭くなっていたのを感じ、自嘲する。

気が抜けると、急に眠気が襲った。

彼はそのまま意識を手放し、眠りに落ちた。





セイジェは、午前中はずっと、薬師館に籠もっていた。


薬師館は、温室の近くに建っている白い石造りの建物だ。

温室や、訓練場の近くにある薬草園で、薬草を育てて管理している。

比較的ケガ人が多く出る訓練場の側には、医務室があり、常に薬師が数人詰めているが、普段薬師が過ごしているのは、この薬師館だ。


薬師と薬師長を交え、セイジェは、エルノートの症状から考えられる病を洗い出していた。

病の為に、特例措置でフルブレスカ魔法皇国への留学を免除されたセイジェは、王城で学べることは全て学んできた。

薬師長を講師に、薬学も学び、図書館の本は殆ど読み込んでいる。


薬や薬効のある食物、病に関する本は、図書館にもあるが、薬師館の方が専門的に揃っている。

多くの本を机の上に広げ、書き出しながら検証する。

胃の不調から始まり、倦怠感、発熱……。

当てはまるものは多いが、決定的な特徴のある病には当てはまらず、薬師達が首を捻って、過労を原因として挙げるのも頷けた。



昼の鐘が鳴り、一旦置いて食事を摂る。

午前の内に、神官がエルノートを神聖魔法で癒やし、体調が回復したと知らされ、安堵した。

このまま何ごともなく、兄が元気なままであれば良い。


午後からも薬師館に戻り、検証を続ける。

一度休憩をはさみ、更に希少疾患について広げていると、入口の方から、バタバタと慌ただしい音が聞こえた。

一人の薬師が、大汗を掻いて部屋に駆け込むと、薬師長に向って上擦った声で言った。

「王太子様が先程、嘔吐されました」

セイジェは持っていたペンを落とし、白い床にインクが散った。





エルノートは、酷い喉の乾きで目を覚ました。

知らぬ間に眠っていたようだが、窓の外の明るさから、それ程長く寝ていた訳ではなさそうだった。

水を飲もうと起き上がると、酷い倦怠感が襲う。

やけに身体が重く、側に置いてある水差しに手を伸ばすのが億劫だった。


エルノートが起きた気配を感じ、控えていた侍従と薬師が寝台に近付く。

「水を……」

エルノートの掠れた声に、侍従が急いでグラスに水を注いで渡す。

薬師はすぐにエルノートの発熱に気付いた。

しかも、明らかに昨夜より高い。

体調を詳しく診るため、彼の腕を取った時だった。

水を飲み干したエルノートが、激しく咳込み、嘔吐した。



「神聖魔法で良くなったのではなかったのか!?」

王が執務机から乗り出すようにして言った。

薬師は顔を曇らせて、言葉を絞り出す。

「一旦は確かに回復されました。しかし、また症状が出たのです。こうなると、考えられるのは、毒か、魔術であるとしか……」

「何だと……」

王の顔から血の気が引いた。


大方の病気ならば、神官の神聖魔法で治る。

治らないのは、回復が間に合わないほど進行性の早いものや、既に身体中を病魔に侵されていて、手の施しようがない場合だ。

セイジェが、それにあたる。

そういう場合は、聖人や聖女の“神降ろし”でなければ治らない。

しかし、そのような病であるならば、一旦回復したりはしない。

一旦回復したということは、エルノートの不調は、やはり病気ではないということだ。


聖女は南部から、城下に向けて帰途についているはずだが、行きと同じ様に十日掛けての旅程だ。

聖女の居場所を知るために、魔術士館に各街に通信を送るよう通達する。

原因を突き止めるまでの応急処置として、もう一度神官が呼ばれることになった。





セイジェは図書館へ急いでいた。

先程、エルノートの様子を見に行ったが、高熱で息が荒く、苦しそうだった。

近くに行けば、大丈夫だと無理に笑おうとする。

セイジェはすぐに兄の部屋を離れた。


病ではない。

人を病のように害する魔術は、多く存在すると言うが、ネイクーン王国での使用は禁止されている。

そもそもセイジェには魔術素質がないので、基本的な知識はあっても、詳しくは分からない。

そちらの方面は、王命で魔術士館が総出で検証している。

それならば、自分が出来るのは、毒について調べることだ。


廊下の角を曲がると、フェリシアと出会う。

急いでいたので、危うくぶつかるところだった。

「失礼しました、義姉上…………それは?」

脇に避けて詫びたセイジェが、目を細めた。

朱色のドレスを来たフェリシアが、濃く甘い香りを振りまく、大輪の赤い花を束にして持っていた。

「エルノート様が、またお熱を出されたと聞いたので、お見舞いですわ」

フェリシアは赤い唇に笑みを乗せる。

セイジェは愕然とした。

侍従達も眉をひそめる。

「……兄上は、吐き気の症状があるそうなので、香りの強い花は不向きです」

顔を顰めて言えば、フェリシアは眉を上げた。

「ああ、まだ治まっていないのですね。ではこれは私の部屋に飾りましょう」

後ろの侍女に渡すと、侍女はセイジェと目を合わせずに受け取った。



すれ違って別れ、図書館に向かいながら、セイジェはもやもやとした気持ちで眉を寄せた。

義姉上は、本当に兄上を心配しているのだろうか……。

急いで首を振る。

気持ちの表し方は人それぞれだ。

自分には理解できなくても、フェリシアなりに心配をしているのかもしれない。


だが、さっきのフェリシアの態度に不満があったらしく、侍従も後ろで呟いた。

「王太子妃様は、エルノート様の症状をご存知なかったのでしょうか。あのような花を……」

フェリシアは兄と一緒に夕食を摂っていたし、見舞いにも行っていたのだから、知らないはずはない。


セイジェが侍従を嗜めようとして、ふいに足を止めた。

―――フェリシアはさっき、何と言った?


『 ああ、まだ治まっていないのですね 』


()()”とは何だ。

まるで、この後で、吐き気が治まることが分かっているような言い方だ。

たまたま、そういう言い方になっただけだろうか。


セイジェの中に、言いようのない不安が込み上げた。




また、主人公達が出ませんでした……。


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