表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/381

事件

この回には、暴力的な表現や、血の描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

午後の一の鐘が鳴り、昼食会の会場であった大広間から、退室する参加者が出始める。

それに合わせて、衛兵も移動し始めた。


会談に参席する面々にとっての昼食会は、今夜行われる四度目の会談の、前哨戦的な位置付けだ。

どちらの国も、昼食会の交流を踏まえて、これから夜までに指針を練り直す。




ザクバラ国の使者二人が、離宮の奥へ続く扉から出た。

暫くして、リィドウォルと年嵩の使者が、護衛騎士一人を従えて同じ扉から退出するのを見届けると、王とエルノートは合流して、歩き出す。

「主使殿はどうであった?」

王がちらりとエルノートを見て尋ねた。

「食えない人物ですね。何が本音か分かりません。ですが、今回の会談で合意に漕ぎ着けたいというような意志を……」


エルノートの言葉が終わる前に、ザクバラ国の使者達が出ていった方から、悲鳴が上がった。

王と王太王子の近衛騎士が、即座に二人を囲む。

「何事だ!」

エルノートの近衛騎士一人が、悲鳴の上がった扉の方へ走った。


騒ぎがあった扉の方から、侍女達の悲鳴や叫び声が聞こえ、続けて「薬師を!」という声が響く。


何かがあったのは確実で、エルノートは近衛騎士を連れて騒ぎの方へ向かう。

「エルノート!」

エルノートは王が呼ぶ方へ顔を向けると、声を上げる。

「陛下は急ぎ退避を。護衛騎士と衛兵は皆の安全を確保せよ。急げ!」




金糸の縁取りがされたマントを翻し、エルノートが近衛騎士に前後を挟まれた形で、ザクバラ国の使節団が出た扉をくぐる。

衛兵が取り囲んだ間を掻き分けると、磨き上げられた廊下が見える。


そこには、右脇腹を押さえて年嵩の使者に支えられたリィドウォルと、二人を背に庇ったザクバラの護衛騎士が、血に濡れた片刃剣を持って立っていた。

そして、護衛騎士の足元には、侍女らしき女が一人、血を流して倒れている。

その手も血に染まり、側には、食事用のナイフが赤々と濡れて転がっていた。


「リィドウォル卿!」

リィドウォルの右脇腹を押さえた手に、血が滲んでいるのを見て取り、エルノートが一歩踏み出すと、ザクバラ国の護衛騎士が、血の付いた片刃剣をエルノートに向けて持ち上げた。

「国の正式な使者に、使用人が刃を向けるのがネイクーンの流儀か!」

エルノートの近衛騎士が剣を抜き、対峙する。

「よせ、イルウェン。王太王子殿下だぞ」

「やめろ、治療が先だ! 薬師は呼んだのか!」

年嵩の使者と、エルノートが同時に制止するが、イルウェンと呼ばれた護衛騎士の殺気は薄れない。


「剣を収めろ、イルウェン」

リィドウォルの低い声が響いた。

侍女(その者)の刃を止められなかった、お前の失態だ」

ぐっと息を詰め、イルウェンが殺気を薄めて剣を下ろすと、エルノートがリィドウォルに近付く。

黒い衣装で分かりづらいが、近くで見ると、押さえた右脇腹の周りが血で濡れている。

彼の顔は血の気が引き、脂汗が滲んでいた。

「薬師はまだか! 城下の神官も呼べ!」

近衛騎士が叫ぶ。

「一体、何が?」

エルノートの問いに、近くにいた衛兵が顔を歪めて答えた。

「脇に控えていた侍女の間から、突然、あの者が出てきて、主使殿を刺したのです」

リィドウォルと護衛騎士イルウェンの間に、ちょうど年嵩の使者がいて、護衛騎士が止めるより早く、侍女の刃がリィドウォルに届いてしまった。

直後に侍女は、イルウェンに斬り伏せられたということだった。



薬師が到着して、すぐにリィドウォルの傷を診始める。

それと同時にセイジェの声が響いた。

「ソル!」

エルノートが振り返ると、薬師と共に来たらしいセイジェが、倒れた侍女を抱き起こしたところだった。

彼の若葉色の服に、血が滲む。

倒れていたのは侍女ではなく、セイジェの乳母のソルだった。



「何故このようなことに……」

セイジェの声が震える。

背中から一刀に斬られて虫の息だったソルが、抱き起こしたセイジェの顔を見た。


……愛しい私の王子()

父のように、領民達のように、苦しめられることがないように。

どうか、人殺しのザクバラに行かないで。


「……王子……、どう、か……行かない……で……」

血の付いた震える指で、セイジェの頬を撫でると、ソルは事切れた。

彼女は最期まで、ザクバラ国と魔眼の恐怖から逃れられなかった。



頬に血を付けたまま、呆然と周りを見渡したセイジェが、血の付いた片刃剣を鞘に収めるザクバラ国の護衛騎士を見付けた。

「……何故。主を守る為とはいえ、このように斬り伏せる必要はなかったはず……」

青褪めたセイジェが、声を震わせる。

護衛騎士のイルウェンは、吊り上がった目で冷ややかにセイジェを見下ろしている。

「なぜ酷いことを……!」

「やめろ、セイジェ!」

エルノートが厳しく制止した。

「……国の使者を害したのは、我が方だ」




リィドウォルは離宮の一室に運ばれ、薬師の治療を受けている。

深い刺し傷だったが、命に別条はなかった。

城下の神官を呼びにやっているので、到着すれば神聖魔法で傷は塞げるはずだ。


王の執務室で、王とエルノートは、事件を目撃した衛兵から話を聞いたところだった。

王が深く長い溜息を吐く。

セイジェの乳母のソルが、なぜリィドウォルを狙った凶行を起こしたのかが分からない。


「魔眼の使用はなかったのだな?」

王の問いに、側に立っていた魔術師長ミルガンが頷く。

「はい。魔力の異常はありませんでした」

魔眼を使えば、近くにいる魔術士には分かる。

魔眼を使用したのでなければ、ソル自身の意思でリィドウォルを刺したことになる。

王が額を押さえ、身体を椅子に預けた。

「……今回の会談合意は、流れたな」

国の正式な使者を害したとあっては、会談続行どころか、新たな争いの火種になりかねない。

エルノートも目を伏せて腕を組んだ。



「失礼します。陛下、ザクバラ国の使者殿が、謁見を求めておいでです」

侍従が王に伝える。

王とエルノートは眉根を寄せて、顔を見合わせた。

謁見に訪れた使者は、王の予想と異なり、会談を予定通り続けることを求めたのだった。





午前の一の鐘と共に、カウティスはエスクト砂漠の南のオアシスへ向かった。

ラードと、辺境警備の兵士二人が一緒だ。


砂漠用のゴーグルと日除けのフードを身に着けて、馬を走らせる。

セルフィーネが目覚め、最近まで南部に留まっていた事もあって、砂漠には魔獣も出ず、小さな砂ミミズも殆ど見ないらしい。

火の季節だというのに、カウティスが南部にいた時よりも、僅かに日差しが和らいで感じる。

水の精霊が存在する(いる)ということが、いかに恩恵を与えているのか分かった。



オアシスで休憩を取りながら、国境近くの様子について話していると、護衛を連れた隊商がやって来た。

護衛の中にパリスを見つけ、ラードが声を掛けた。


「国境越えの依頼なんです。ネイクーン産の宝飾品をお望みとかで」

隊商と共に、パリス達傭兵数人が、護衛として隣国フルデルデ王国まで行くらしい。

傭兵ギルドでは、討伐依頼以外でも様々な仕事を請け負う。

護衛業務は特に多い依頼の一つだ。


「宝飾品ねぇ。どっかの大店に卸すのか?」

ラードが荷物の山を見て言うと、パリスが首を振る。

「いや、貴族の結婚式の引き出物だって。国家間の婚姻らしいから、用意が大変みたいよ」

ネイクーン王国のフォグマ山と、そこから連なる山々からは多くの鉱物が発掘される。

酪農地帯の多いフルデルデ王国では、宝飾品の類は殆ど他国からの輸入に頼ることになるので、必然的に隣国のネイクーンから運ぶことが増える。


「国家間……。フルデルデ王国と、何処だ?」

カウティスが問う。

「ザクバラ国だって聞いてます。少し前にも、ザクバラに輿入れする娘の為にって、あれこれ注文が入ってましたよ」

国家間の王族の婚姻は、フルブレスカ魔法皇国の許可が必要なので、他国にも伝わりやすい。

しかし、貴族間なら、他国にまでは伝わらないものだ。


ザクバラ国は、どちらかといえば閉鎖的な国で、他国の血と交わることを好まない。

だからこそ、黒髪に黒い瞳はあまり見ないのだ。

フルデルデ王国とザクバラ国も、ネイクーンの南西で隣り合っているが、今まで国家間は良好な関係であるとは言い難かった。

それが突然、国家間の婚姻話だ。

カウティスとラードが顔を見合わせる。


「そういえば、カウティス王子もザクバラ国の王女と縁を結ぶって噂ですけど、本当ですか?」

パリスが興味津々の様子で聞く。

カウティスは顔を顰めた。

「ただの噂だ」

なーんだ、とパリスは笑うが、ラードは俯き加減に、何か考えている様子で口を開く。

「同時期にネイクーン王国(あっち)でもフルデルデ王国(こっち)でも縁を結ぶ話が聞こえてくるのは、気になりますね。……王子、エスクトにいつまで滞在の予定ですか?」

「……明後日の午前に出発する予定だ」

カウティスが答える。

明日の夕の鐘に、セルフィーネとアナリナとの約束がある。



ラードが顔を上げてカウティスを見ると、諜報員の様相で、口の片端を上げた。

「王子、パリス達と一緒に、隊商に付いて行かせて下さい。少し、隣国で探ってきます」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ