表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/381

未来

深夜、聖女の護衛をノックスと交代し、カウティスは宿の一室に戻る。

街にはオルセールス神殿があるので、夜の警護は付かないが、村での宿泊の時には交代で夜番に付く。

今日のカウティスの当番は、前半だった。



部屋に入るとすぐ、首から下げている銀の細い鎖を引いて、ガラスの小瓶を手に取る。

窓に近付き、薄いカーテンを引いて窓を少し開き、月光が入るのを確認すると、小瓶を置いた。

小瓶の中の小さな魔石に月光を当てるのは、日課になっている。


マントを外して壁に掛け、濃青の騎士服の上着を脱ぐ。

シャツのボタンを外していると、彼を呼ぶ小さな声がした。

「カウティス」

振り返ると、窓際で月光を複雑に反射しているガラスの小瓶の上に、小さなセルフィーネが立っていた。

水色の細い髪は、腰の下で毛先を揺らしていて、月光を浴びて淡く輝く姿は、今日も美しい。



「セルフィーネ。どうした、何かあったのか」

カウティスは窓際に近付く。

聖女一行がアドホを出発する際、セルフィーネは王城へ戻ったはずだ。


カウティスが側に来ると、セルフィーネは少し戸惑うようにしてから、言った。

「……カウティスに会いたくて」

カウティスの心臓が強く打つ。

最近、セルフィーネは自分の気持ちを口に出すことが増えた。

それが嬉しくて、カウティスも正直に気持ちを伝える。

「俺も、会いたかった」

カウティスは、小さなセルフィーネに手を差し出す。

彼女は小さな白い手を、カウティスの指に乗せ、微笑んだ。



「王城は変わりないか」

「ない。アドホには早々に官吏が送られた。近い内に、新しい領主を据えると王が言っていた」

カウティスは安堵する。

貧民街で見た光景を思い出し、これで暮らしが改善されるといいと思った。

「疲れているようだな」

セルフィーネに心配そうな顔で見上げられ、苦笑いする。

「今日、兄妹神の話を聞いて、少し当てられただけだ」

「……休んだ方が良いな。私は戻る」

「セルフィーネ!」

セルフィーネがカウティスの指から小さな手を引いたので、咄嗟に呼んで手を握ったが、実体のない彼女の手はすり抜けてしまった。

驚いて、セルフィーネが目を瞬く。

「驚かせてすまない。……そなたと居たい。もう少し、ここに居てくれないか?」


カウティスが少し恥ずかしそうに笑うので、セルフィーネは嬉しそうに頷いた。



「もしかして、もう西部へ向かうのか?」

着替えを終えて、椅子を窓際に運び、腰掛ける。

以前、南部の次は西部へ向かうと聞いていた。

行く前に会いに来たのだろうかと思った。

「西部へは、もう一度様子を見に行ったが……」

セルフィーネは表情を曇らせる。

「……あそこには行きたくない。精霊が狂いかけている」

「精霊が……狂う?」

不穏な言葉に、カウティスは眉を寄せる。

セルフィーネはカウティスを見上げる。

「以前から、西部は血の匂いがして、あまり心地良い所ではなかった。だが、これほど精霊(魔力)が荒れてはなかったはずだ。……十三年の間に、何があった?」


精霊は血が嫌いだと、以前聞いたことがある。

西部の国境付近は、ベリウム川の氾濫で犠牲者が出て、それを主原因としてザクバラ国と度々争ってきた場所だ。

精霊が狂いかけているという程に、血が流れたのだ。

カウティスは、アナリナが聖女になった時の話を思い出し、一度目を閉じた。

「……ザクバラ国と、また争ったんだ。随分犠牲者が出たと聞いている」

争いが一番激しかった時期、カウティスは未成人の上、フルブレスカ魔法皇国に留学期間で、直接関わる事は許されなかった。


ベリウム川は、水の精霊が常に気を配り、氾濫抑制してきた場所だ。

水の精霊が眠っている間に、フォグマ山の噴火と共に、大規模な氾濫が起きることは、当然だったのかもしれない。

セルフィーネは目を伏せ、長いまつ毛を震わせる。

「何故、人間は争いを止めないのだ……」



長く続いた争いの影響で、火の精霊だけでなく、風の精霊も無駄に勢いを増している様だった。

精霊を収めなければ、また何かしらの害が出るかもしれない。

やはり西部に長く留まり、水の精霊の守護を強めるべきなのだろう。

しかし、あそこに長く入り込めば、引きずられてしまいそうで、恐い。

もしも、またカウティスを忘れるようなことがあれば……。


「……行きたくない」

口をついて出たのはそんな言葉で、セルフィーネは苦しくなる。

精霊なのに、まるで小さな子供のようだと思った。

それなのに、返ってきた声はとても優しいものだった。

「行かなくていいよ」

伏せていた目を開き顔を上げると、いつの間にか、ガラスの小瓶はカウティスの手の中にあった。 

「氾濫を懸念する季節は過ぎているし、魔術士も多く派遣されている。数年前に停戦になって、ザクバラも今は復興に力を入れていると聞く。無理にセルフィーネが留まることはない」

カウティスの言葉に、セルフィーネが首を振る。

一緒にサラサラと音を立てて、髪が揺れる。

「でも、私の役割だ……」

「違う」

きっぱりとカウティスが言い切った。



セルフィーネが目を瞬く。

「兄上は即位後に、俺とセルフィーネの目で、辺境の隅々まで民の声を拾って欲しいと仰った」

「二人で?」

カウティスが頷く。

「そう、二人でだ。セルフィーネは存在するだけでネイクーン王国の“護り”なんだ。そなたがそれ以上に、一人で国中を守ろうとすることを、兄上も俺も望んでいない」

カウティスが小瓶を目の高さまで持ち上げる。

澄んだ青空色の瞳が、セルフィーネを映した。

「これからは新しいやり方で、一緒に国を守っていこう」

「一緒に……」

カウティスは優しく微笑む。

「一緒にだ。俺達の、未来だよ」

紫水晶の瞳が揺れ、セルフィーネは白い両腕を差し出す。

カウティスが顔を寄せると、彼女は日に焼けた彼の頬に寄り添った。


「カウティス……カウティスが、好きだ……」

耳の側でセルフィーネに囁かれ、カウティスは思わず目を閉じて、息を詰めた。


「…………泉で、そなたに会いたいな」

詰めた熱い息と共に、ようやく一言口に出せた。

「え?」

「小さいそなたではなく、大きなそなたを見たい。小さすぎて、瞳がはっきり見えないだろ」

小瓶を指して、わざと軽口のように、明るく言った。


そうでなければ、“触れたい”と、言ってしまいそうだった。

叶わない事であると同時に、セルフィーネにアブハスト王を思い出させる願いだ。

彼女の前で言うべきではない。


「……一緒に、エスクトの街まで行ってもいいだろうか」

セルフィーネが、上目にカウティスを見て言う。

「勿論いいが」

「エスクトの街のオルセールス神殿には、前広場に大きな噴水がある。神殿内は神の御力で満ちているから、姿を現せるかもしれない」

セルフィーネの頬に、ふわりと薄い桃色が差した。

カウティスが顔を片手で覆う。

等身大のセルフィーネに会えるのは、まだまだ先だと思っていたのに。

「……明日が楽しみだ」

ふふ、とセルフィーネが楽しそうに笑った。




火の季節の後期月、前半。

カウティスと聖女一行が城下を出発してから、十日経つ。

今日、南部最大の街、エスクトに到着する予定だ。



王城の王の執務室では、王がセシウムに渡された書類の束を睨んで唸っていた。

「これ程の額を、よくも隠し通していたものだな」

見ていたのは、アドホ領主の不正行為を調べ上げた書類だ。

国からの補助金を横領していただけでなく、領内の貴族達と、ネイクーン王国では認められていない物品の売買等で金を稼いでいた。

エスクト領主が独自に動いていなければ、まだ発覚していなかったかもしれない。


「北部と西部に問題が多かったとはいえ、他を後回しにしたツケが、民に降り掛かる形で回ってくるとは」

王は深い溜息をつき、額を押さえる。

「何と愚かな王か……」

白いものが増えた、明るい銅色の髪の毛が、一筋額に垂れた。


「まだ季節二つ分残っています。やれることはまだまだありますよ、陛下」

白いマントを揺らして、続き間から出てきたエルノートが言う。

“父上”でなく、わざわざ“陛下”と強調するあたり、憎らしい。

「言われずとも分かっておるわ」

息子を横目で睨み、書類を机にバシリと置いた。

「セシウム、暫くは向こうの官吏と密に連絡が取れるよう、魔術士館に要請しておけ」

「はい、陛下」

セシウムが手にした綴りに書き付ける。


「それにしても、カウティスは良い働きをするな」

王が書類に羽根ペンを滑らせながら言う。

「辺境に長くいたので、臨機応変に動くことが身に付いているのでしょう。やはり、カウティスは王城に留めておくより、外の方が活かせそうですね」

企みが成功したかのように、満足気にエルノートが頷く。

南部からカウティスが戻ったら、次はどのように動かすか、既に算段しているのかもしれない。

次代のネイクーン王国は、自分の代とはまた違う国作りになるのだろう。

王はエルノートを上目に見て、こめかみを掻く。

息子達の今後が楽しみでもあり、心配でもあった。




侍従が部屋に入ってきて告げる。

「ザクバラ国の使節団が、王城の門を入ったようです」

執務室の空気がピリリと張る。

王が立ち上がり、侍従が後ろから緋色のマントを掛ける。


「奴等、今回はどんな札を出してくるか」

王が顔を引き締め、緋色のマントを翻して部屋を出る。

エルノートがそれに続いた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ