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庭園での手合わせ

式典から十日程過ぎた、過ごしやすい晴天のある日。




「水の精霊!いるか!」

大きな声で、水の精霊を庭園の泉に呼び出したのはカウティスだ。

「そなたは相変わらず騒がしい」

サラサラと泉の水が音を立て、人形(ひとがた)の水の精霊が現れる。

カウティスは、水の精霊が現れて固い表情で頷く。


今日はカウティスと護衛騎士のエルド、そして若い見習い騎士がひとり、一緒に来ていた。

カウティスも見習い騎士も、訓練に使用する簡素な革の防具を身に着けていて、手にも訓練用の木剣を持っていた。


見習い騎士は、初めてエルドが水の精霊と遭遇した時のように緊張した様子だった。

「あの、王子、本当にここでやるのですか?」

見習い騎士がおずおずと尋ねる。

「当然だ。水の精霊よ、手合わせをするからしっかり見ておけ!」

ビシッと人差し指で水の精霊を指すと、カウティスは木剣を構える。

見習い騎士も仕方なく、という様子で木剣を構えた。

「王子、なんの説明もなく…」

エルドが頭を抱えて呟いたが、カウティスの耳には届いていないようだ。


木剣を構えて低く腰を落とした途端、カウティスの表情から幼さは消えた。

躊躇いなく踏み出し、素早く相手の間合いに入ると横に剣を払った。

見習い騎士も呼応するように一歩下ると、すかさず斜めに斬りかかる。

カウティスは身体を捻って剣筋を避けると、剣を返して相手の剣を弾き上げた。


そうして、年若い二人は幾度も剣を受け合い、庭園の石畳の上で四半刻ほど手合わせをした。

最後には、足払いで身体の重心を乱されたカウティスの木剣を、見習い騎士が跳ね上げて飛ばした。

飛ばされた木剣が、泉の側の石畳に高い音を立てて落ちる。




石畳に片膝を付いて、肩で息をしていたカウティスが、しばらく悔しそうに落ちた剣を眺めていた。

「…ご苦労だった。もう下がって良いぞ」

カウティスが、なんとか呼吸を整えて立ち上がりながら言うと、見習い騎士は姿勢を正して礼をする。

そして泉にも礼をして、庭園から出ていった。


カウティスは一度深呼吸してから、水の精霊に正面から向き直った。

「どうだ!?」

「…どう、とは?」

カウティスから向けられた質問の意図が分からず、水の精霊は首を傾げる。

「あれからずっと、体術も剣術も鍛えてきたのだ。今の手合わせを見ても、オレに騎士は無理だと言うか!?」

カウティスは、真剣な瞳で水の精霊を見つめた。



水の精霊はゆっくりと瞬きした。

あれから、とは、カウティスに騎士は無理だろうと言った時のようだ。

カウティスはずっと、その言葉を取り消させるために鍛錬を重ねていたのだろう。

「とても良い動きだった。鍛錬を続ければ、立派な騎士になれよう。そなたに騎士は無理だと言ったことは、撤回する」

水の精霊は深く頷く。

カウティスはようやく表情を和らげ、大きく息を吐いた。

ホッとしたようでもあり、目標達成をした満足感も見える顔だった。

護衛騎士のエルドも、花壇の側で胸を撫で下ろしている。



水の精霊は、細い指をクルリと回してカウティスに向けた。

泉の水が頭の大きさ程の塊になって、突然カウティスの頭からバサリとかけられた。

「ん〜っ!がふっ!!ゴホッ!」

「王子!!」

エルドが顔色を変えて駆け寄る。

水の精霊が反対の手をヒラリと揺らすと、水はすぐに払われた。

「な、な、なんだ!何をする!?」

カウティスが上ずった声を上げる。

エルドがカウティスに触れるより早く、カウティスに付いていた水滴は、一滴残らず吹き飛んでいた。

「汗を流しただけだ」

平然と水の精霊が言う。

カウティスが自分の身体を見ると、さっきまで汗と土埃で汚れていた身体は、沐浴した後のようにサッパリとして乾いていた。

「…せめて一声かけてからやってくれ」

カウティスは脱力して泉の縁に腰を下ろした。

訳が分からず混乱しているエルドに、大丈夫だと軽く手を振る。



はー、と大きく息を吐いたカウティスの後ろから、水の精霊が涼しい声をかけた。

「そなたには剣術の才があったのだな」

カウティスは頭を起こして振り向いた。

サラサラと長い髪を揺らし、美しい紫水晶の瞳を細めて、水の精霊はカウティスを見ていた。

「何より、この短期間でこれ程の力を付けるとは、相当な努力を要したことだろう。そなたの一番の才能は、目標に向かって努力を惜しまないことかもしれぬ。誰でも出来ることではない。よく頑張ったな」


カウティスの瞳が大きく見開かれた。

抜ける青空が映り、青味を増した瞳が輝く。

水の精霊を見つめたまま頬が高潮し、照れたように、そして嬉しくてたまらないというようにくしゃりと笑った。

その笑顔に、水の精霊もつられたように緩く笑んだ。

会話の聞こえないエルドは、初めて見る王子の表情に驚いたが、この半年間の(あるじ)の必死の努力が報われたことが分かって、とても嬉しかった。





「しかし、ここで手合わせをするのは今回だけにして欲しい」

水の精霊が、カウティスから視線を外して言った。

まだ頬に熱を上らせたままのカウティスが、パチパチと目を瞬く。


水の精霊はスイと手を上げて、さっきまでカウティスと見習い騎士が手合わせしていた辺りを指した。

その辺りの花壇は、彼等の手合わせで幾つも花を散らしていた。

石畳は散った花や葉が落ち、踏まれて無惨な跡を残している。

それを踏んだカウティスの靴底も相当汚れているはずで、泉の側の石畳まで草花の汁が付いていた。


「ひどい有り様だ。なぜここで手合わせしたのか」

水の精霊は小さく息を吐く。

「そ、それはそなたに鍛錬の成果を見せるためで…」

慌てて言うカウティスに、水の精霊はいつもの調子で続ける。

「水盆でも持っていけば、私は訓練場でも闘技場でも見に行けるが」

「えっ…」

「水があればどこにでも、と説明してあったはずだが」

「あ…」

完全にそんなこと頭になかったと、カウティスの表情が物語っている。

再び小さく息を吐いて、水の精霊は首を振る。

「これ程荒らしては、毎日手入れをしてくれる庭師のセブに申し訳ない」

「うぬぬ…」

先程までとは違う血の上り方で、カウティスが顔を赤くした。


水の精霊は首を軽く傾げる。

「今日はのどに詰めるものなどないはずだが」

「前も今日も、詰めてないっ!」

カウティスは耳まで真っ赤にして叫ぶと、エルドに向き直る。

「エルド!セブ爺の所に行って、庭掃除の道具を借りてこい!」

「は?掃除道具ですか?なぜ?」

ついさっきまで喜色満面だったカウティスの突然の指示に、エルドは目を白黒させる。

「なぜでもいいから!早く!」

地団駄を踏む勢いで言われて、エルドは首をひねりながら庭園の外で待機をしている侍従に指示を出し、庭師の元へ走って行かせた。





庭師が掃除道具を持って一緒にやって来ると、カウティスは道具を奪い取るようにして掃除を始めた。

慌ててエルドや侍従達が止めたが、どうやっても聞かない。

結局、庭師も含めて全員が巻き込まれる形で、泉の周辺がすっかりピカピカになるまで掃除をしたのだった。







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