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混戦

この回には、暴力的な表現があります。

苦手な方はお気を付け下さい。

「はっ……ぁぐっ……!」


悲鳴にもならない声と共に、リィドウォルの喉の奥から苦いものが込み上げた。

心臓だけでなく、胃の腑がねじ切れるような痛みが襲い、床に這いつくばって爪を立てる。

息が出来ず、ぼやける視界に黒い火花が散った。



ここで死ぬのだ。

―――これで楽になる。



苦しみの最中に、ぼんやりと思ったのはそんなことだった。

幼い頃から苦しい事が多かったが、今ようやく楽になれる。

それなのに、ふとリィドウォルの頭に浮かんだのは、家族や友のことでも、敬愛して止まなかった叔父のことでもなく、初めて見たネイクーン王国の美しい空だった。


あの水色と薄紫色の、揺蕩う魔力の層。

その下にいるだけで、身も心も清められていく気がした。


あの清らかな魔力に包まれてみたかった。

そうして、身の内に巣食う詛を消し去り、自由になる。

ザクバラ国の空をあの魔力で覆い、全ての者が同じように、澱んだ気から解放される日を夢見た。




ふとリィドウォルは、正に今、その清らかな魔力を感じて目を開けた。

這いつくばったままの格好で、目の前には汚れた床面がある。


私は生きている……? 何故?


困惑したリィドウォルの背に、更にどんどん温かく清らかな魔力が流れ込み、身体中の痛みを和らげていく。

両手を床についたまま、ハッとして肩越しに振り返ったリィドウォルの背に、セルフィーネの細い指が添えられていた。

その手から白く聖なる光が溢れ出る。


今にも潰れて止まるはずだったリィドウォルの心臓は、セルフィーネの神聖力で蘇生されていた。




「死んでは駄目だ」

目を見張るリィドウォルに、セルフィーネはぎこちなく首を小さく振って、ヒビ割れた唇から辛うじて声を出す。 

そして、その手から溢れる魔力は、白く眩しい輝きを増して王の目を刺した。


「ううっ!」

王が目を押さえて怯んだ。


王が怯んだのを見て、転がったままの魔術師長が渾身の力で足を突っ張り、リィドウォルの隣に転げた。

後ろ手で縛られた手で、床についたリィドウォルの指の発動体を乱暴に握る。

水の精霊(そいつ)を連れて行け!」

魔術師長は王の杖を睨んで魔術を放つ。

握った発動体が僅かに輝いたが、王は防護符を身に着けていたらしく、杖ごと弾かれて後ろに倒れた。

同時に魔術師長の身体も、衝撃波で飛ばされて、側の壁に打ち付けられる。


ズルリと壁から床に滑り落ち、強く顔を顰めた魔術師長は、リィドウォルの指から抜き取った発動体を握り締めて、間髪入れずにもう一度魔術を発現させる。

「爆煙!」

バフンと乾いた音を立てて、室内に白灰の煙が沸き起こった。


痛みの余韻を無理やり押し込んで、近寄ろうとしたリィドウォルに、煙に巻き込まれる寸前に魔術師が叫ぶ。

「構わず行けっ! そいつ(魔力)を渡すなっ!」


リィドウォルは舌打ちして、背を向けていたセルフィーネを振り返った。

彼女は怯えたように縮こまり、揺れる紫水晶の瞳で見上げた。

その下に敷かれたままだった毛布を、泥の塊のような身体に素早く巻き付けて、リィドウォルは彼女を横抱きに抱き上げる。

そしてそのまま、白煙に巻かれて見えなくなった扉の方へ、躊躇わず駆け出した。




開いたままだった扉の前で、リィドウォルは誰かとぶつかって踏み止まる。

近衛騎士だ。

廊下に控えていた近衛騎士の二人が、中の騒ぎに飛び込んできたのだ。

騎士はリィドウォルを認めると、一瞬躊躇いを見せた。

中で何やら揉めている気配に気付いて警戒したが、突然のこの爆煙で、状況がよく分からないのだ。



王と魔術師長の荒らげた声が同時に聞こえ、煙の中から衝撃と共に木っ端が襲う。

「陛下をお守りしろっ!」

爆風に煽られながら、リィドウォルが側の近衛騎士に向かって、室内を指した。

反射的に二人の近衛騎士が煙の中に飛び込む。

入れ違いに、リィドウォルは扉の外へ飛び出した。

「イルウェン! 来い!」

近衛騎士に続いて中に飛び込もうとしていた、護衛騎士イルウェンに向かって叫び、廊下を走り、階段を滑るように駆け下りる。



「リィドウォルッ!!」



激高した王の声と共に、更に何かが破裂したような音が響き、邸が僅かに揺れた。

戸惑って一瞬振り返ったイルウェンに構わず、階段を下りたリィドウォルは、何事かと構える階下にいた騎士達にも叫んだ。

「陛下をお救いしろ! 急げ!」


近衛騎士だけでなく、領街に駐在していた騎士や、討伐隊の騎士と魔術士が混在していた場は、不測の事態に対応出来る程には統率されていなかった。

リィドウォルの指示に従い、階段を駆け上がる騎士に、上から「閣下を止めろ」という声が届き、場は混乱を増した。



リィドウォルは、領主邸の前玄関を飛び出し、討伐隊の馬が繋がれた塀の側へ走る。


共に魔獣討伐に赴いた魔術士が側にいて、馬に飛び乗ろうとしたリィドウォルを止めた。

「閣下! 一体なんの騒ぎで……」

「水の精霊を安全な所まで運ぶよう、陛下に命を受けた!」

魔術士がリィドウォルの指差す方を見れば、騎士が二人前玄関を走り出たところだった。

「反逆者を足止めしろ!」

鋭く言って、リィドウォルは馬に飛び乗る。

重さを感じないセルフィーネは片腕で十分抱えられたが、落とさないように強く抱えて飛び乗った瞬間、毛布の中で苦しげな声が聞こえた。


リィドウォルが王の血の契約に縛られている事は、王城周辺では周知の事実だった。

魔術士は困惑しながらも、リィドウォルに従って魔術を発現させた。




裏門を馬で駆け出る時、頭上から爆破音がして、リィドウォル達にまで木っ端が届いた。


「リィドウォルを捕らえろ! 我が前に引き摺り出せ!」


木っ端と焦げた匂いと共に、王の憤怒の声が降ってきたが、リィドウォルは奥歯を強く噛んで振り返らずに走り去った。







カウティス達は領主別邸を出て、まず住居群へ向かう。

別邸を出る時に騎士に呼び止められたが、間違いなく聖職者の一行であることで強く留められることはなかった。


聖職者は、派遣先の国内であっても、神祭事と救済が目的であれば、司祭の判断で領地間も移動出来る決まりだ。

特に、現在この領地には、災害援助の目的で別の領地からも聖職者が集まっている。



住居群に着くと、そこで神官と下女を置いて、六人で領街の側門へ向かう。


街へ向かうとなれば、再び騎士に止められたが、魔獣の討伐も完了している今、街の中にある神殿に入ろうとする聖職者を留める理由はない。

ただ、街の中心近くにある領主邸は、中央から官吏や騎士達が来ていて使用しているので、近付かないようにとの忠告を受けた。




「水の精霊がいるのは、領主邸だと思ってまず間違いないだろうね」

馬に乗り上げる前に、領街の側門の方を見て、イスタークが言った。


カウティスは領街の上空を睨んだ。

魔獣討伐の時に感じたよりも、何故か今の方がずっと気が澱んでいた。

中央から何やら人が移動したなら、それにも謀反が関わっているのだろうか。


無意識に腰の長剣の柄を撫でる。

こんな所に留められているセルフィーネが心配だ。

そして、これからザクバラ国へ越そうとしている、セイジェのことも気掛かりだった。

せめてネイクーン王城へ、ザクバラ国で再び政変の可能性があることを伝えられたなら良いが、聖職者となったカウティスには許されないし、そもそも急いで伝える術もなかった。



もどかしさに唇を噛んだカウティスの隣に、ラードがいつの間にか馬を引いて来て、こっそり言った。

「そういえば貰った魔術符の中に、マルクの奴が通信符を紛れ込ませていたんですよ」

ネイクーン王国の通信符といえば、ネイクーンとフルデルデ王国でのみ使われている、魔術においては、現在最速の通信手段だ。


「まあ、くれた物は使わないと勿体無いですよね?」

「そなた……」

カウティスが思わず口を開けると、ラードがニヤリと口の片端を上げた。

通信符は、対応する符にしか繋がらない。

ラードは通信符で、ザクバラ国の状況をマルクに知らせたのだ。


カウティスはくっと笑った。

状況が伝わったのなら、ネイクーンのことはマルク達に任せられる。

「心の重石が減った。感謝する」

ラードが満足気に灰色の瞳を細める。




出発しようと、カウティス達が馬に乗った時、領街の方から微かに破裂音のようなものが聞こえ、一斉に全員が目を向けた。



鳥の群れが飛び立った。

その空に、魔術の赤い信号弾が上がる。


カウティスは馬の腹を蹴って、領街に向けて駆け出した。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王の目を刺したって表現は、竜人から賜ったはずの詛が神聖力と相反するってことなのかな。 そういえば今までも浄化されてたし
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