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再来

セルフィーネは馬車の中で、座面に横たわったまま、僅かに動く右手を差し出す。

その白く細い指に、淡い水色の光が寄った。


カウティスが、とうとう詛いに飲まれそうになった。

「カウティス……」

セルフィーネは薄い唇を震わせる。




日の出の鐘を聞いて目を覚まし、セルフィーネは急いで視界を広げてカウティスを探した。

領民を守るために魔獣と戦っていたのだから、領内にいるはずだと思った。


領民達が避難している郊外を見て、すぐにカウティスを見つけた。

しかしカウティスは、内から湧き上がる黒い気配に飲み込まれそうになっていた。

怒りと憎しみに満ち満ちて、周りの物全てを飲み込んで破壊し尽くそうとする、あのどろどろとした暗いもの。


その姿を見て、セルフィーネの胸も潰れそうになった。


カウティス、駄目! 目を覚まして!


叫んで側に行きたいのに、渾身の力で領地の水を飛ばしたセルフィーネに、再び魔力を集めてカウティスを目覚めさせるだけの力はなかった。





セルフィーネは指先に寄り添う、水の精霊の魔力を見詰める。

「……皆、カウティスを助けてくれて……ありがとう」

さっきは精霊達が助けてくれて、カウティスを引き戻すことが出来た。

精霊達(彼等)はセルフィーネの嘆きを聞いて、カウティスの下へ飛んでくれたのだ。


しかし、今回は助けられたが、このままザクバラ国にいては、カウティスはどんどん澱んだ気に引き摺られてしまうだろう。


この国を出て、ネイクーン王国へ戻って。

詛から逃げて。

―――そう言いたいのに。

すぐ側にカウティスが来ているのを知ってから、早く、早く来てと思っている自分もいる。


早く側に来て。

早く抱き締めて。

詛なんてどうでも良い。

強く強く抱き締めて、その胸からもう離さないで。

そうしてそのまま、ネイクーンへ連れ去って欲しい。



「…………駄目」

セルフィーネはキツく瞳を閉じた。


本当は分かっている。

詛から逃げるのでも、放っているのでも駄目なのだ。

リィドウォルが、ザクバラ国の詛全てを解きたいと切望した意味が、今、よく分かる。

詛いに侵された者を一人解呪出来ても、王族に根付いた詛が全て消えない限り、どこかで詛は膨れ上がり、また誰かの大事な者を飲み込んでしまうのだろう。



『 お前が全てを浄化するのだ 』



リィドウォルの声が頭の中で響く。

「…………私が、全てを浄化する……」

国境地帯を浄化した時のように、もう一度、神を呼び下ろす。


セルフィーネは精霊(同胞)の光を見つめて、コクリと喉を鳴らす。

カウティスが飲み込まれてしまう前に、この詛の全てを解くことが、今の私に出来るだろうか……。



ふわり、ふわりと、精霊の光はセルフィーネの側を行ったり来たりする。

その様子は、元気づけようとしているようにも見えた。


この前、“魔穴”を作り出した時から、不思議と精霊達(彼等)はセルフィーネを気遣うように、側にいることが多かった。

ただ、話し掛けてはこない。

サワサワとした、声のような音が聞こえるばかりだ。

それでも、彼等と心は通じている気がして、セルフィーネの波立つ心は慰められた。




右手の指先に寄っていた光が、突然逃げるように飛んで、消えた。


目を瞬いたセルフィーネの身体が、無意識に震える。

何だろうと思った時、馬車に近付いて来る足音に気付いた。

そういえば、今朝は魔術師長が姿を見せていない。

そう思って、馬車の扉に視線を向けたセルフィーネは、近付く重い気配に怖気付いた。

「…………いや……」

ヒビ割れた唇から、思わず掠れるような声が漏れた時、ゆっくりと扉が開いた。



セルフィーネは起き上がれないまま震え上がり、萎縮して浅い呼吸を繰り返す。

馬車を覆い尽くすような黒い魔力を纏った人形(ひとがた)が、扉の外に立ち、馬車の中を覗き込んでニタリと笑った。






領主一族の説得と制止を振り切り、リィドウォルは護衛騎士イルウェンを連れて、魔獣討伐隊と合流する為、領街へ戻る。



馬を駆ける地面は、泥濘みの時に出来た歪な模様を残していたが、完全に乾いていた。

見上げれば、セルフィーネの魔力は美しい色合いで揺蕩ってはいるが、その輝きは弱い。

討伐隊と共に中央へ戻るつもりだったが、途中で待機しているはずの魔術師長一行の所へ寄って、セルフィーネの様子を見た方が良いだろうか。


終戦の話を出した時、本気で驚いている様子だった魔術師長は、タージュリヤが何をしようとしているのかは知らされていないのだろう。

しかし、タージュリヤは領主一族にリィドウォルを匿うように指示を出したのだから、魔術師長にも念の為、確かめておく必要がある。



領民達は郊外に避難し、魔獣被害もあったので、街にあった魔術士ギルドは機能していない。

昨日の討伐後、討伐隊の魔術士が建物に入り、通信の魔術具に被害がなければ復旧しているはずだった。

可能ならば、中央の状況を少しでも知りたい。




リィドウォルが領街の門に到着し、馬を止めたのは午前の一の鐘半を過ぎていた。


もしかしたら、既に討伐隊は野営地を片付けて、中央に帰還する為に出発してしまったかもしれないと思っていたが、門の内側の開けた場所に、野営のテントが幾つも張られたままである事に気付いて、門を入らずに外壁側に留まった。


全て倒したつもりだったが、取りこぼしていた魔獣がいたか、新たに湧いたのだろうか。

それとも、他に理由が……。



近寄らないリィドウォルに怪訝そうにしながらも、イルウェンは討伐隊のテントに目を眇める。

「リィドウォル様、陛下の近衛隊がいるようです」

「近衛……? 何故、今こんな所に……」

嫌な予感がして馬首を返そうとしたリィドウォルに、壁外の方から声が掛けられた。

「宰相閣下!」

壁外を探索していたのであろう近衛騎士の一人が、リィドウォル達を認めて近寄って来た。


「閣下、お探ししました。どちらにおいででしたか」

近衛騎士が馬を寄せて、馬上で一礼する。

「……被害状況を確認する為に、郊外の領主邸に行っていた。これから討伐隊と帰城するつもりだったが、何故近衛隊がいる?」

「実は……」

近衛騎士はリィドウォルに頭を寄せ、声を低くする。

側には護衛騎士(イルウェン)しかいないのに警戒する様子に、只事ではないと察したリィドウォルの手綱を持つ手に力が入る。



「陛下がお忍びでこちらにおいでなのです」



予想外の内容に、リィドウォルの頭の中は真っ白になった。

「……陛下が、こちらに? まさか、そんなことは……」

国王は寝たきりだった約二年のせいで痩せ細り、起き上がれるようになったといっても、魔術具の車椅子に頼らねば、自ら移動は出来なかった。

馬車で移動するにしても、ここまで来るには時間が掛かるはずだ。


しかし、近衛騎士は何処か熱に浮かされたような表情で、大きく頷いた。

「陛下には、特別な加護がございます。もう、随分と()()()()()()()()

「元に……()()()()?」

リィドウォルは貼り付きそうに乾いた喉を鳴らす。

「はい。陛下こそ、竜人族と並ぶ力を持つ、覇王の再来でございます」


近衛騎士の熱の籠もった言葉は、不吉な響きとなってリィドウォルの耳に届く。


過去に竜人の血を与えられ、その血を飲んで、多くの魔力と能力を手に入れた当時の王太子を、ザクバラ国の人々は“竜人族と並ぶ力を手に入れた”と喜び、称えた。

しかし、それが“詛”の始まりだ。

そんなものと同じ称賛を受ける王が、一体どんなものになってしまったのか。




「それで、陛下は今どちらに……」

リィドウォルが尋ねた時、街の中央通りを、見慣れた馬車が数台こちらへ進んで来た。

リィドウォルが、魔術師長と共にセルフィーネを運んで来て、領街の手前で街道を外れて待機していたはずだった物だ。


乾いた砂を散らし、馬車はテントが並ぶ手前で順に止まる。

扉が開いて、前の馬車を降りたのは、共に王城を出た者ではなく近衛騎士だ。

眉根を寄せたリィドウォルは、更に後ろの馬車から降りる者を見て、驚愕する。



使い込まれた黒光りする杖が、コツリと固い音を立てて突かれた。

続いて踏み出された足は、ゆっくりとした動きだが危なげない。

隙なく黒い詰襟を着た姿は、背筋が伸び、灰墨色の長い髪はきっちりと固められて後ろに一つに縛られている。

歪であったはずの顔面は、左の頬を中心に赤い肉塊が残っていたが、殆どが張りのある瑞々しい皮膚に替わり、その表情には精力が溢れていた。


馬車から降り、漆黒のマントを揺らして悠然と周囲を見渡したのは、紛れもなく、ザクバラ国王だった。



「…………叔父上……」

リィドウォルの口から、思わず漏れた。


それは、リィドウォルの敬愛して止まない、かつての国王に酷似した姿だった。






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