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この回には、暴力的な表現があります。

苦手な方はお気を付け下さい。

セルフィーネは、ザクバラ国中央のオルセールス神殿で、祭壇の間に留まっていた。



呆然自失の状態から、セルフィーネが己を立て直すのはとても難しいことだった。


あまりに暴力的な内容を突き付けられ、十四年前に、まだ8歳だったカウティスの命が危険に晒された時の事が、否が応でも思い出されてしまった。

恐ろしさと不安に震えて一夜を過ごし、その後に頭に浮かんだのは、一体何がどうしてこうなったのか、ということだった。


悪意をもって嘘をつかれたのか。

だとしたら、どこからが嘘で、どこまでが本当だったのか。

それとも、全て本当に誠意だったのに、自分の何かが間違っていて、全てを覆されたのか。

それともまさか、三国共有になったその時から、ザクバラ国には、全て本当のことなどなかったのか……。

それとも、それとも……。


こうなってしまうと、セルフィーネにはどうして良いのか分からず、思考は混乱を極めた。




ふと気付いた時には、外では大雨が降っていた。

水の季節の集中雨期間に入ったのだ。

セルフィーネはハッとした。


カウティスは大丈夫だろうか。

西部に被害は出ていないだろうか。


セルフィーネは急いで視界を広げた。

豪雨を降らせる厚い雲は、ザクバラ国からネイクーンの北西部に掛かっている。

国境地帯の堤防建造現場では、ネイクーン王国側もザクバラ国側も、落ち着いて対策に当たっている様子だったが、そこにカウティスはいなかった。

更に視界を広げて探せば、カウティス達は北部の川辺りに敷かれた、大型の魔術陣の辺りにいた。

そういえば、大雨が降った時には効果を確認しに行くのだと言っていた。



カウティスの無事な姿を見て、一先ずほっとした。


あれからどれくらい経っているのか、はっきりとは分からなかったが、セルフィーネが戻らなかったことで、カウティスはとても心配しているだろう。

何とか無事を伝えたかったが、祭壇の間から出るわけにはいかず、水を動かそうにも、集中雨期間で水の精霊が活発化しており、そこにセルフィーネが介入することはできなかった。


今はせめて豪雨が過ぎるのを待つしかない。

セルフィーネは名残惜しくも、一度視界を戻した。




幸いカウティス達を心配したことで我に返り、ようやく色々な事を落ち着いて考えることが出来るようになってきた。


まず真っ先に、留置場に入れられているという、ネイクーン王国の魔術士達を探す。

思ったよりも、その場所はすぐに見つかった。

そこは地下牢や、禁錮塔に近い場所にあった。

六人の魔術士は、緑のローブと若草色のローブの者がいたが、皆一様に手枷を付けられ、発動体となる金の指輪は外されている。

魔術が使えない魔術士は、警戒する必要もないというように、鉄格子から離れた所に見張りの兵が一人いるだけだった。


特に危害を加えられた様子はなく、セルフィーネは安堵した。



魔術士達の無事を確認して、次にセルフィーネは神殿の神官や司祭に働き掛けた。

水盆の水や聖水を通して、リィドウォル卿を呼んで欲しいと訴えたのだ。

とにかくもう一度、リィドウォルと話をする必要があると思ったからだ。

しかし神官達は、水から響く声を不気味がり、青褪めたり、聞こえないふりをしたりした。

それでも声を掛け続けていたら、水盆の水を抜かれ、聖水の入った瓶は太陽神殿へ移動されてしまった。



セルフィーネは王城に向けて視界を広げる。

リィドウォルを探す途中で、部屋にあった暦で、今日が水の季節前期月、六週二日だと知る。


文官棟らしき場所の一室に、リィドウォルを見付けた。

彼は当たり前のように執務に当たっていて、周りにいる文官や侍従達とのやり取りも、信頼関係があるように見える。

それだけ見れば、有無を言わさぬ調子でセルフィーネを脅したことが、嘘のようだった。


セルフィーネは、リィドウォルの机の側にある水差しの水を揺らしてみた。

誰も気付かなかったので、もう一度、チャプと音が立つ程に波立たせる。


侍従が気付き、不気味なものを見るような目で水差しを見た。

「……リィドウォル様、水が……」

リィドウォルは視線すら上げずに、素っ気なく言った。

「鬱陶しいので下げておいてくれ」

その調子に、全くセルフィーネを相手にするつもりがないのだと分かり、唇を噛む。


その後も、魔術士館を見て、高位魔術士が魔術師長だと分かり働き掛けてみたが、リィドウォルと同じように素っ気なくあしらわれた。

セルフィーネは出来る限り、水を通して主張してみたが、魔術士館の誰もが気付かない振りをする。




セルフィーネは視界を戻し、祭壇の間で溜息をついた。

意思の疎通が全く出来ない。

まるで、全く別の世界に来たようだ。

裏切られたような悲しさと痛み、ネイクーンへ戻れない寂しさと辛さが混ざり合って、もう何も考えたくなくなってしまった。


大人しくしていろと言うなら、そうしていてやろう。

後三日やり過ごせば、ネイクーンへ戻れる。

セルフィーネは左手首のバングルをそっと撫でた。

留置場の魔術士達と、外の天候にだけ僅かに意識を向けて、後は視界を狭めて時間が過ぎるのを待つことにした。





六週三日の深夜、日付が変わる頃になって、雨はようやく、小雨に変わった。


セルフィーネは視界を戻し、空をよく見た。

空の水の精霊は静かになってきている。

これなら、カウティスに無事だと伝えられそうだ。

視界を広げ、ネイクーン王国北部のカウティスを探した。



高い堤防の上にある管理屋の外に、カウティスが立っていた。

少し疲れたようにも見えたが、空を見上げる青空色の瞳には強い光が灯る。

セルフィーネの胸が切なさに痛んだ時、カウティスが口を開いた。



「セルフィーネ」



そこにいないのに。

今セルフィーネが見ていることも分からないはずなのに。

それなのに、名を呼んでくれた。


« カウティス! カウティス! »


堪らずセルフィーネは声にならない声を上げ、カウティスの足下の水溜りに魔力()を伸ばした。

「セルフィーネか!?」

« そうだ、私だ »

水溜りの水が跳ねると、カウティスはすぐに気付いて膝をついた。

セルフィーネは再び水を跳ねさせて返事をする。

「無事なのだな!?」

三度水を跳ねさせると、カウティスの表情が安堵したように緩んだ。


その顔を見て、セルフィーネは胸を押さえた。

会いたい。

今すぐにでも駆けて行って、あの胸に飛び込みたい。

「戻って来い、セルフィーネ!」

カウティスの声が胸に刺さって、堪らずセルフィーネは顔を覆って視界を戻した。

セルフィーネを助けるために力を尽くしてくれた、ネイクーンの魔術士達を危険に晒してはいけない。

後二日。

それだけ耐えれば、戻れるのだ。


それなのに、セルフィーネの耳に届いたのは、留置場の魔術士の、苦痛に呻く声だった。


弾かれたように留置場を見れば、一人の魔術士が拘束された右手の甲を、護衛騎士に踵で踏み付けられている。

« やめて! »

セルフィーネは叫んだが、声にならない。

代わりにパンパンと手を叩く乾いた音が響いて、セルフィーネはハッとして音のした方を振り返る。

祭壇の間の入口に、黒い文官服のリィドウォルが立っていた。



彼は緩くクセのある黒髪を揺らし、満足気に拍手して頷いて見せる。

「さすがは慈悲深い水の精霊だ。愛しいカウティスの下へ行くよりも、名も知らぬ魔術士達の腕を守るか」

「リィドウォル卿! あれを止めさせて! 私はここから出ていない!」

詰め寄って叫んだセルフィーネの声がリィドウォルの胸から響いて、驚いて一歩下がった。

「どうして……」


リィドウォルの首からは、ガラスの小瓶が下がっていた。

カウティスが下げているような、青味がかった丸みのある小瓶だった。

「カウティスを真似てみたのだ。一々水を用意しなくても会話が出来て便利だな」

「っ……、そんなことより、魔術士に手を出すのをやめさせて! 私は一歩も出ていない」

二人の想いを“便利”だと表現された事に嫌悪感が込み上げたが、今はそれどころではないと、セルフィーネは首を振った。

だが、リィドウォルは全く気にした様子はない。

「腕は折るなと言ってあるから、折れてはいないはずだが?」


セルフィーネは驚愕に目を見張った。

リィドウォルはセルフィーネが祭壇の間から出ていないのを知っていて、やらせているのだ。

こうしている間にも、もう一度魔術士の呻き声は聞こえた。

助けに行きたくても、セルフィーネは祭壇の間(ここ)から出られず、何も出来なかった。



セルフィーネはギュッと目を閉じた。

「酷い……。なぜ? 何故こんなことをする!? 一体私をどうしたいのだ!」


絞り出すようにして叫んだセルフィーネ(魔力の纏まり)を、リィドウォルは暫く黙って見ていたが、口を開く。


「神聖力」

セルフィーネは目を開けて、眉を寄せる。

「神聖力?」

「そうだ。持っていないとは言わせんぞ。しかし、今の弱い魔力では駄目だ。……別の場所に回復の場を用意したので、明日、ここから移動してもらう。回復した後、お前に役目を与えてやる」

セルフィーネは更に強く眉根を寄せる。


魔術士の呻き声は収まった。

視線をやれば、護衛騎士は魔術士の手の上から足を離していた。

セルフィーネは震える息を吐く。

「………………明日、ここから出た途端、魔術士の腕を折るつもりではないだろうな?」

はっ、とリィドウォルが可笑しそうに笑った。

「ようやく疑うことを覚えたようで、何よりだ。お前が望むならそうしてやるが?」

「やめて!」



焦って叫んだセルフィーネを再び笑って、リィドウォルは魔力を一瞥して踵を返す。

「明日、迎えに来る。それまではここで、大人しくしていろ」






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