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自分を大事に

日の出の鐘が鳴る。


フルデルデ王国西部の神殿で、寝不足の聖女アナリナが、朝の祈りの為に祭壇の間に入って来た。


「夜更かししすぎたな」

水盆の水から聞こえた笑い含みの声に、アナリナはあくびを噛み殺して答える。

「女友達の話は尽きないものなの。徹夜しなかっただけマシなのよ」


昨夜二人は祭壇の間で、一刻半は話していたのではなかろうか。

互いの近況など話し始めたら楽しくて、いつの間にかあっという間に時間が過ぎていたのだ。

眠る必要のない精霊(セルフィーネ)はともかく、アナリナは務めがあるのだから眠らなければと、セルフィーネが切り上げさせたのだった。




「ああ、それにしても残念だわ。セルフィーネの姿、見たかったのに」

聖水の入った瓶の蓋を開け、アナリナが残念そうに言った。

セルフィーネの半実体の話をして、その姿をアナリナに見せたかったのだが、昨夜は祭壇の間が月光の魔力で満ち溢れる程には、月が出ていなかった。

おかげで、話すだけで姿を見せることができなかったのだった。


「私も、早く見せたい。アナリナは、まだ暫くこっちにいるのか?」

「そうね。これからこの領の町村をまわることになってるわ。魔獣討伐隊が編成されたって言ってたから、怪我人もまた出るだろうし……」

聖水を杯に汲むアナリナの言葉に、セルフィーネは眉を寄せた。

「フルデルデ王国にも魔獣が出るのか?」

「そりゃあたまには出るわよ。でも今回の魔獣は、ザクバラ国側から入って来たらしいわ。魔獣には国境なんて関係ないから、時々あるみたい」


フルデルデ王国西部のこの辺りは、ザクバラ国との国境に近く、地形もなだらかで家畜が放牧されているので、それを狙って魔獣が侵入して来る。

今回アナリナが診た怪我人達は、そういった魔獣の侵入が原因のものだった。

近年、防護壁を建造して、もう少し南にある砦の城壁と繋げる建設工事がなされているが、完成までにはまだまだ時間が掛かるようだ。



「ザクバラ国は、魔獣の出現が多いから……」

ザクバラ国は、三国の中では魔獣の出現率が著しく高い。

三国共有になって、セルフィーネが視界を広げてすぐに気付いた事だ。


澱んだ気が影響しているのは分かっている。

精霊達が狂っているわけではないが、あの気のせいで、時折均衡を崩すのだ。

その時、魔界に繋がって魔獣が出現する。

狂っているわけではないので、同じ場所から魔獣が湧く訳ではなく、逆に質が悪かった。

突発的に出現するので、常に警戒出来ない。

精霊の見えない人間には備えることが難しく、対応が後手に回りやすいのだ。


セルフィーネは唇を噛んだ。


『 お前の魔力が空を覆っていた時、ネイクーン王国では、魔獣の出現が他国に比べて格段に少なかった 』


ザクバラ国で、リィドウォルに言われた。

確かに今までのネイクーンには、魔獣は殆ど出現していなかった。

三国共有となった今、ザクバラ国もネイクーン王国と同様に、気を配るべきであることは分かっている。

だが、未だ精霊であるセルフィーネには、あの国の澱んだ気は恐ろしく、とても不快だ。

出来る限りザクバラ国に意識を向けたくなくて、魔力の回復がまだ十分でないことを言い訳にして、極力水源地にだけ気を配るようにしていた。


しかし、こうやってザクバラ国以外の場所にも影響が出ているのなら、それは放置していた自分のせいなのかもしれない。

もっと護りを強くするように、何か出来なかっただろうか。

あの澱んだ気を清められるのは、お前だけだと言われたのだから、せめて魔獣の出現が減る程度には……。



「セルフィーネ!」

強く名を呼ばれて、セルフィーネは我に返った。


聖水を満たした杯を手に、アナリナが真っ直ぐセルフィーネを見ていた。

「今、余計なことを考えていたでしょう」

「……余計なこと?」

「ザクバラ国に魔獣が出るのは自分のせいだとか、魔獣の出現を減らす為に出来ることはないか、とかよ」

図星を指されたセルフィーネは、目を見開いた。

「何故分かった?」

「だって、セルフィーネだもの!」


セルフィーネにはよく分からない理由を挙げたアナリナは、杯を月光神の像に捧げてから、大きく溜息をついた。

「セルフィーネは水の精霊でしょう。水の精霊の役割は、三国の水源を保つことよね?」

「そうだ」

セルフィーネがコクリと頷くと、アナリナは人差し指をビシリと突き付けた。

「役割は、それ()()なの。それ以上のことは、あなた自身に余裕があって、やりたいと思えば、初めてやればいいの! 今、余裕ある?」

「…………ない」

「そうよね?」



アナリナは指を下ろし、軽く首を振る。

「特別な力を持つと、色んな人が頼ってくるでしょう? 私ね、ネイクーン王国へ入った時、結構いっぱいいっぱいだったのよね。でも、南部へ巡教に出た時に、老婦人言われたの。『貴女が一人で世界を背負わなくてもいいんですよ』って」


月光神から与えられた力で、世界中の命を救わなければいけないような気がしていたアナリナは、それで目が覚めたような気がした。


「カウティスやセルフィーネも助けてくれて、気付いたの。特別な力を持ってるっていっても、私に出来ることは限られているんだって。まずは、この手に届く所から、一生懸命やっていく。皆そうやって生きていて、それが繋がって大きな力になるんだって」

「……カウティスも、いつだったか同じ様なことを言っていた」

アナリナは深く頷いた。

「それにね、セルフィーネが実体化すれば、三国共有はなくなるのよ。人間達は結局、自分達の面倒は自分達で見なきゃならなくなる。だから、手助けし過ぎては駄目なの。あなたは精霊だから、人間とは違うことが出来るかもしれない。それでも、あなた一人で何もかもは出来ないし、する必要もないわ。皆が、まず自分達で出来ることから繋いでいくんだもの」


魔獣を減らす為に土地を清める。

被害を抑える為に自警団を作り、防護壁を築く。

人間達には人間達なりの、暮らしを守る努力がなされているのだ。



アナリナが、静かにセルフィーネの魔力を見詰める。

「……だから、お願いセルフィーネ、自分の事を後回しにしないで。あなたもまず、自分を第一に大事にして。そして、周りの大切な人達のことを。あなたの事を常に心配して、進化を心から願っている人が、何人もいるわ」


アナリナの黒曜の瞳は、セルフィーネを気遣う気持ちに溢れている。

セルフィーネは胸を突かれて言葉を失くす。

“心配して、進化を心から願っている人”の中には、アナリナも含まれているのだ。





女神官がやって来て、朝の務めを始めたアナリナを見てから、セルフィーネは神殿を出た。


フルデルデ王国の水源に問題がないことを確認し、宮殿へ行って王族に挨拶すると、ネイクーン王城へ戻る。

昨夜も月は雲にほぼ隠れていた為、夜の内に祭壇の間に満たされた月光の魔力は、日中弱まる。

ネイクーンの泉の覆いにいる方が、回復できそうだった。



覆いの中で、セルフィーネは午後の二の鐘を聞く。

メイマナは、王とお茶の時間だろうか。

フルデルデ王族は、皆元気だったと伝えておこうと思い、セルフィーネは覆いを出た。


王の執務室に、メイマナはいなかった。

エルノート王は、メイマナがいないからか、休憩せずに公務を続けているようだ。

セルフィーネがメイマナを探すと、彼女は自分の居室で横になっていた。




ひんやりと清浄な空気を感じて、メイマナは目を開けた。

水の精霊の魔力の纏まりが側にあって、仄かに白い光が見えたと思うと、胸の悪さがすうと消える。

「水の精霊様、ありがとうございます」

「つわりとやらが酷いのか?」

メイマナが寝台から起き上がり、ハルタが上掛けを持って来た。

「大丈夫です。でも、エルノート様と午後のお茶を楽しめないのは辛いですわ」

気分が悪くて横になっていたのであろうに、笑顔でそんなことを言って立礼しようと立ち上がるので、セルフィーネは慌てて止めた。


「そなたは我慢ばかりしそうで、心配だ」

セルフィーネが溜息をつけば、メイマナはつぶらな瞳を見開いた。

「まあ、私は随分我を通しておりますわ。エルノート様と、どうしても毎日お茶の時間が欲しいのだと我儘を言って、気分の良い時に、いつでも付き合って下さる約束を取り付けておりますもの」

「陛下は、夜中でも嫌な顔せず、メイマナ様に付き合って下さるのですよ」

横からハルタが笑い含みに付け加えた。


ふふと嬉しそうにメイマナが笑う。

その笑顔は、とても幸せそうだ。



「……私は、水の精霊様の方が心配ですわ。こうして、王城に回復に来られる度、私の体調を気遣って来て下さるでしょう?」

セルフィーネはメイマナのつわりを知ってから、王城に来ると、度々メイマナに神聖魔法をかけに立ち寄っていた。

「もっとご自分の事を優先して下さって構いませんのに」

申し訳無さそうに言うメイマナに、セルフィーネは小声になる。

「アナリナにも言われた。私はそんなに、自分を後回しにしているだろうか。最近は、随分欲張りになったと思うのに……」


メイマナとハルタは顔を見合わせる。

「水の精霊様は、寡欲な方だと思いますよ。欲が向かうのは、殆どカウティス殿下に対してだけですもの」

魔力が恥じらうように揺れるのを見て、何故かメイマナが頬を赤らめる。

「もう、本当にお可愛らしい! もっと欲を出してカウティス殿下に甘えなさいませ! 殿下は絶対に喜ばれますわ!」

「あ、甘える? それでカウティスは喜ぶのか?」

「ええ、きっと!」

メイマナが強く言い切った横で、ハルタがうんうんと頷く。




セルフィーネの胸は、ドキドキとして落ち着かない。

今以上に欲深くなっても、いいのだろうか。

胸の奥底にある願い達を外に出してしまっても、皆に受け入れて貰えるだろうか。



「………………メイマナにも、我儘を言って良いのか?」

より小さくなった声でセルフィーネが言った。

「私に? まあ。なんでしょう」

上掛けを掛けたメイマナが、前のめりになった。


「メイマナにも、私の名を呼んで欲しい」


「…………なんて控えめな願い……」

キュンとメイマナの胸が鳴る音が聞こえそうだった。





珍しく女子会……じゃなくて、女子回。


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