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信頼関係 (前編)

セルフィーネは王の執務室を出て、そのまま魔術士館へ向かった。


魔術士館では、セルフィーネの魔力を認めて、おかえりなさい、と魔術士達が次々と立礼する。

水差しを見つけたセルフィーネが、「立礼は必要ない」と言えば、声が聞けたと大喜びする始末だ。

セルフィーネは魔術士達の反応が嬉しくて、思わず笑った。




「セルフィーネ様、おかえりなさいませ!」

騒ぎを聞き付け、部屋から出て来たマルクが、セルフィーネの側に駆け寄った。

「ただいま、マルク。無事、合格したと聞いた。おめでとう」

「ありがとうございます」

マルクは満面の笑みで答える。


そんなマルクを見て、セルフィーネはなぜか、とてもほっとした。

しかし逆に、マルクは何か感じたらしく、こちらへどうぞと、今出てきた部屋にセルフィーネを案内した。



「何かありましたか? もしかして、ザクバラ国でお辛いことが?」

部屋に入るなり、マルクが心配そうな顔で尋ねた。

セルフィーネはドキリとした。

まだ見える姿は持たないのに、そんなに魔力にこの戸惑いが表れてしまっていたのだろうか。


「セルフィーネ様?」

気遣うように優しく声を掛けられて、セルフィーネは胸でもやもやしたままだった戸惑いを吐露した。

「……さっき王に、『ザクバラ国で言われたことを、そのまま信じるな』と言われて、戸惑っている……」



『そなたが聞かされた事が本当とは限らないし、今は表に出されていない目的があるのかもしれない。何にせよ、全てを信じるな』



セルフィーネはふるふると首を振る。

「ザクバラ国の人間のことを、よく知らない。よく知らない者の、どこを信じ、どこを疑えば良い? 私には分からない」

不安気に揺れる魔力に、マルクは栗色の眉をハの字に下げた。

「人間は嘘をつく生き物ですからね」

「…………嘘?」

「陛下は、ザクバラ国に対して思うところもお有りですし、セルフィーネ様が彼等の嘘に騙されて、傷付けられることを案じておられるのでしょう」


セルフィーネはゆっくりと眉寄せる。

それは、人間が自分に対して、悪意を持って騙そうとするかもしれないということだ。


「マルクも嘘をつくのか?」

正面からの問い掛けに、マルクは申し訳無さそうに笑う。

「正直に生きようと心掛けていますが、咄嗟に言った事が嘘になったり、本当のつもりで口にしたことが実は間違いであって、結果的に嘘になったりすることもあります」


セルフィーネは驚いて目を瞬いた。

信頼している人間(マルク)でさえ、絶対に嘘をつかないとは言わない。

彼女の中に、漠然とした不安が湧く。


「…………カウティスも、嘘をつく?」

「カウティス王子は、他者に対して常に誠実であろうとなさっていますから、悪意を持って嘘をつかれることはないと思います。特に、セルフィーネ様に対しては。王子の下に戻られた時に、聞いてみると良いですよ」

セルフィーネの戸惑いは益々大きくなって、俯いて胸を押さえた。



「セルフィーネ様」

呼ばれて、俯いていたセルフィーネが顔を上げる。

マルクはいつも通り、真っ直ぐセルフィーネの方を向いている。

「セルフィーネ様が、私のことを信用して下さるのはどうしてですか?」

「……マルクは、いつも私に対して誠実だ。どんな時も誤魔化したりしないで、私に向き合ってくれる。そなたは私にとって、最も信頼する者の一人だ」


自分で聞いておいて、その評価に少し照れながら、マルクは続ける。

「ありがとうございます……。でも、それは、出会ってすぐそう思って頂けた訳では無いですよね?」

セルフィーネはコクリと頷く。

「何度も関わって、そう思った」


ベリウム川に沈んで狂いかけた時、魔力干渉、進化の過程、いずれの時もマルクは、カウティスとセルフィーネを助けようと手を尽くしてくれた。


「では、これからも、セルフィーネ様はそれで良いのではないでしょうか」

「それで良い?」

マルクはゆっくりと頷く。

「はい。これからザクバラ国やフルデルデ王国の人間と多く関わっていく内に、きっと判断する何が見つかります。セルフィーネ様が、信用できると思われる者を見つけたら、その者を信頼なされば良いのではないでしょうか」


セルフィーネは目を瞬いた。

「ザクバラ国の者でも、信じて良いと?」

「どの国でも、色々な者がおります。陛下も、全てのザクバラ人を疑えと仰った訳では無いと思います。ただ、ネイクーンとは確かに違う事も多い国なので、警戒心を失くさないで欲しいというつもりで仰ったのではないでしょうか」


セルフィーネの胸の内で、ずっともやもやとしていたものが、ストンと収まった気がした。


不安気な色が薄れてきたのを見て、マルクはホッとする。

「……分かった。……ありがとう、マルク。そなたと話すと、とても落ち着く」

「勿体無いお言葉です。これからもセルフィーネ様の信頼にお応え出来るように、努力致します」

マルクは立礼してから、照れたように笑った。





セルフィーネは魔術士館を出て、泉の庭園に向かう。


小さな庭園は、見慣れた風景とは随分変わっていた。

中央の小さな泉は、八角形のガラスの建物に覆われている。

周りの白い石畳は全て剥がされ、黒い土が剥き出しになっていたが、均されてしっかり押し固められているようだ。

複雑に重なり合ったガラスの天井部分が、陽光を反射して輝き、黒い地面に小さな虹のような光を落とす。

変わらないのは外周の花壇で、小振りな花々が愉し気に風に揺れ、セルフィーネを迎えてくれる。

工事期間中も、庭師達が欠かさず手入れしてくれたことが分かり、セルフィーネの胸は温まった。



セルフィーネはガラスの覆いの中に、そっと入ってみた。

中の泉は、いつも通り、中央に細く一本噴水が上がっている。

サラサラという軽い水音が、ガラスの中で反響して、今までよりも大きく聞こえた。


泉に入ると、その心地よさに、セルフィーネはうっとりと目を閉じて深く息を吸う。

吸い込んだ息と共に、温かな魔力が鼻から身体の奥へと流れ込んでいく。


身体の表面から、じわじわと染み入る月光の魔力とは違う。

温かいものを飲み込んで、身体の内からジワリと温もりが広がるような、初めての感触だ。

それなのに、不思議と懐かしい様な気分になる。

まるで世界中に散らばる同胞達が、セルフィーネを助けようと、少しずつ魔力を送ってくれているように感じた。


世界(同胞)から切り離されたはずの自分が、まだ繋がっているのだと言われているようで、涙が出そうな気持ちだった。




「セルフィーネ!」


すぐ側で名を呼ばれ、セルフィーネはハッとして目を開けた。

泉の縁に臙脂色の鳥がとまって、真ん丸い黒曜の瞳でこちらを見上げている。


「ハルミアン」

「何度呼んでも反応がないから、驚いたよ。そんなに集中してたの?」

セルフィーネは目を瞬いた。

「もう午後の一の鐘が鳴ったのか?」

「うん、とっくに」

鳥が小さく頷く。


ここに入ったのは、午前の二の鐘半頃だった。

では、一刻半も他に気をやることなく、ここで魔力を浴びていたのだ。


「あまりにも心地良くて、全く気付かなかった……」

セルフィーネ自身も驚いている様子を見て、鳥がぷるると羽根を震わせた。

「ね! ちゃんと魔力が集まる場になっているでしょ!? 凄いでしょう!」

えっへんと言わんばかりに、鳥は白い胸を張った。

「凄い。こんなことが出来るなんて。これで、日中も回復が進む。ありがとう、ハルミアン」

「生み出したのは、イスタークなんだけどね」

そう言いながらも、まるで自分の事を褒められたように、鳥は嬉しそうに跳ねた。

その様子を見て笑うセルフィーネの魔力に、薄っすらと人形(ひとがた)の様な形を見て、鳥が黒曜の瞳を瞬いた。


鳥は確かめるように、パタパタとセルフィーネの周りを飛んだ。

「ねえ、セルフィーネ、ここの中なら、人形(ひとがた)を現せるかもしれないよ。やってみたら?」 


その言葉に、セルフィーネはドキリとした。

この中は魔力に満ちている。

出来るかもしれない、と思った。

しかし、既にセルフィーネの中の人形(ひとがた)のイメージは、フルデルデ王国で生んだ、実体のものに置き換わってしまった。

今、姿を現そうとすれば、どういうものになるのだろう。


「……もう少し、回復してからにする」

フルデルデ王国の神殿で、酷く消耗したことを思い出し、セルフィーネは逡巡して、今は諦めることにした。



「そっか。何日か様子見るといいよ」

セルフィーネが半実体を現せば、聖紋の確認が出来てしまうかもしれないと思っていたはずなのに、ハルミアンは残念なような、ホッとしたような気持ちになった。

イスタークの側にいるために何でもしようと思っているのに、この収まりの悪さは何なのだろう。

聖紋を確認したいのか、確認したくないのか、自分でもよく分からなくなってきた。


「機会があれば、イスターク司教に私が感謝していたと伝えて欲しい。ハルミアンは聖堂建築の場で、司教と顔を合わせるのだろう?」

「うん、まあね」

再び泉の縁に降りて、鳥は小さく頷く。

「司教と一緒にいられる機会が増えたのだな。良かった」


本当に嬉しそうにそう言ったセルフィーネに、鳥は尾羽根を力なく垂らした。

自分は、セルフィーネを聖職者として差し出す企みに加担しようとしているのに、そんな風に笑い掛けてもらっていいのだろうか。


ハルミアンは益々もやもやとして、いっそ投げやりな気分で吐き出した。

「ねえ、セルフィーネは神聖力を持ってるよね」

「持っている」

魔力がコクリと頷く様に動く。

セルフィーネが嘘をつけないのは知っているが、あまりにもあっさり答えるので、ハルミアンの方が躊躇った。

「…………聖紋も、刻まれたの?」

「何故、そんなことを聞く?」

「ただ、興味があって」


自分でも、随分いい加減な説明の仕方だったと思った。

カウティスに聞いた時の方が、それなりに理由を考えて質問した。

それなのに、セルフィーネの答えは更にあっさりとしたものだった。


「右肩の下にある」






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