表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
281/381

新王即位

光の季節後期月、初日。


ネイクーン王国ではこの日、王の譲位により、王太子であった第一王子エルノートが新王として即位した。

ネイクーン王国に駐在している、イスターク司教が神事を執り行い、王城の王座の間にて即位を宣言した。


民に向けての即位式が延期となったことは、残念でならなかったが、兄のその誇り高い佇まいと、希望と強い信念を宿す眼差しに、カウティスの胸は熱くなった。

式に参列した王族と、貴族院も皆、同じ様に感じている事だろう。



「今より、私がこの国の王だ」

神事を終え、王座を前にして、エルノートが参列した者一人一人に視線を送る。


「今は困難の多い時だと言う者もいるが、生きていれば程度の差はあれ、困難は付いて回るものだ。そしてどのような困難も、一人では立ち向かうことは難しいのだと、私は身を以て知っている」

エルノートは父王を見て、最後にメイマナ王女を見る。

「しかし、皆が力を合わせれば、必ず難を転じて幸いを得られるものと信じる。どうかこれから先、私に皆の力を貸して欲しい」


新王の所信に、メイマナ王女が流れるような所作で立礼すると、次々と皆がその場で立礼した。




行事が予定通り進み、全て終えた時、ふと朝露のような蒼い香りを感じて、カウティスは目を瞬いた。

「エルノート王は、以前よりもずっと芯が強くなったように見える。きっと、立派な王になろう」

耳に、小さくセルフィーネの声が聞こえた。

胸のガラス小瓶から聞こえたのだ。

「セルフィーネ、何処にいる?」 

小声で尋ねると、小さく笑うような声が続く。

「そなたの後ろに」



セルフィーネは、昨夜カウティスの腕の中で動く気力を失くしていた。

そこで、マルクの作った魔術符を周りに貼って、簡易の魔術陣を敷き、強制的に強い魔力の場を作って回復を促した。

月がよく輝く夜だった事も幸いして、日の出まで月光を浴びたセルフィーネは、再び声を出すことが出来るようになった。

ただ、魔術符に魔力を流したマルクは、想像以上に符に魔力を持っていかれて、魔力不足に陥り、酷い頭痛で動けなくなってしまった。

あれが並の魔術士だったら、昏倒しただろう。

無謀な物を作って使用したと、魔術師長ミルガンに頭痛の上から大目玉を食らっていた。



「何故後ろを気にしているのかと思えば、セルフィーネを連れているな?」

気が付けば、真新しい緋色のマントを身に着けたエルノートが、目の前に立っていた。

笑い含みにカウティスを見ている。

エルノートは魔術素質があまり高くはないが、近くに来ればセルフィーネの魔力はよく見えた。


「あ、いえ、……陛下」

慌てて姿勢を正すカウティスの胸から、小さなセルフィーネの声がする。

「そなたの即位を間近で見たくて、私が勝手に下りて来たのだ。……邪魔をするつもりではなかった」

「邪魔な訳がないだろう。そなたは今でも、ネイクーンの水の精霊だ」

エルノートは、カウティスの後ろ纏まっている魔力に向かって笑う。



セルフィーネは『ネイクーンの水の精霊』という言葉を、何度も頭の中で反芻した。

ザクバラ国でリィドウォルに、『お前の全てはザクバラ国のもの』と言われたのが、セルフィーネの中にずっと澱のように残っていて、苦しかったからだ。


「セルフィーネ、私の即位を祝ってくれるのなら、水盆から皆に声を聞かせてくれないか」

エルノートの言葉に、セルフィーネは瞬く。

「……このような場で、私が声を発しても良いのか?」

「何を言う。そなたはこの国の者にとって、今でも国益の精霊だ。無事な声が聞けるなら、皆喜ぶだろう」


これ程に国を掻き回すことになったのに、今でも国益の精霊だと言われ、嬉しかった。

セルフィーネはガラスの水盆に近付く。


エルノートが軽く手を上げると、サワサワとしていた人々が一斉にしんと静まった。




皆が、水盆に期待の目を向けている。

セルフィーネは、一度カウティスを見た。

カウティスもまた、期待に満ちた瞳で、こちらを見ていた。


セルフィーネは、高鳴る胸を押さえて口を開く。

「新王即位のこと、喜ばしく思う。ネイクーン王国の弥栄を心から祈る」

たったそれだけの言葉に、声が震えそうになった。

「……私は今も、ネイクーン王国が好きだ。ずっと、ずっと見守るから……」

絞り出すようにして、セルフィーネは心からの気持ちを添えた。


エルノートが水盆に向けて目礼した。

再び、皆が立礼し、自然に拍手が湧いた。

魔術素質のある者の中には、笑顔で魔力を見詰める者もいる。

温かい拍手に、笑顔に、ザクバラ国での十日間で冷えた、セルフィーネの胸が温まっていく気がした。




「……神聖力が……」

神事を終え、既に壇上から下りていたイスタークが、水盆の側に立つ水の精霊の魔力に目を見張る。

弱々しく不安定とも思える魔力の中に、力強い神聖力が輝いて見える。

「何と……、これ程に魔力(自身)を乱されても、水の精霊は神聖力を失っていないのですね」

側に控えていた聖騎士エンバーもまた、驚いて身を乗り出すようにしている。



「どうしますか、イスターク様。やはり、水の精霊を聖職者として、登録を?」

エンバーが隣に立つイスタークを見るが、彼は暫く黙って王座の間の人々を見ていた。

「……放っておこう」

「よろしいのですか?」

意外な反応に、エンバーは色素の薄い目を瞬く。

「管理官が“神聖力はない”としたのだ。水の精霊自身が神聖力を持っていると認めなければ、私に勝手は出来ないよ。それに、もう消えた」

水の精霊の内に湧き出た白い光は、彼女の魔力に広がって、馴染むようにして消えた。

「何にせよ、今の弱った魔力では、聖職者として登録できても何も出来ないだろう。もっと回復するまで、様子を見よう」

納得して頷くエンバーと話をしている間に、水の精霊はカウティスの下へ戻り、上空(うえ)へ行ってしまった。



このまま年月を重ねれば、水の精霊は回復して、元の魔力を取り戻すのだろうか。

もしそうなるのであれば、やはりネイクーン王国に建つ聖堂の為に、月光神は水の精霊に神聖力を与えたのではないかと、イスタークは考える。


進化を成し、実体を手に入れた水の精霊が、大きな神聖力を持った聖女として聖堂に収まる。

国境地帯を浄化し、水の精霊の進化を認めるこのタイミングは、そういう月光神の意志なのではないかと思った。


「最後まで、見届けたいものだな」

イスタークは、もう動かない水盆の水を見詰めて呟いた。






ザクバラ国の魔術士館では、リィドウォルと魔術師長、使節団で共にネイクーン王国に行った年嵩の魔術士が話していた。



「オルセールス神殿の祭壇の間?」

魔術師長が、巻煙草に火をつけながら聞き返した。

「ああ。水の精霊の魔力回復には、月光神殿の祭壇の間に入れてやるのが早いそうだ。フルデルデ王国では、実際そうしていたらしい」

リィドウォルの説明に、それで回復が早まったのかと魔術師長は納得して頷く。


「しかし、神殿の奴等が、よくすんなり許可したな。袖の下でも渡したか?」

魔術師長がニヤリと笑う。

「私は渡していないな」

「私()?」

訝しむ魔術師長に、年嵩の魔術士が言う。

「月光神の司祭は、ザールインと随分前から癒着していたのです。政変で奴が捕らえられてからは、小心翼々の態だったようですが」

オルセールス神聖王国(神の国)も、清く正しい者ばかりではないらしい。

ははっ、と魔術師長は馬鹿にしたように笑う。

「司祭は新宰相(お前)の申し出に、怖くて逆らえないといったところか」


リィドウォルは巻煙草から昇る煙を睨む。

「ザールインは司祭に、密かに陛下の体調を操る手助けもさせていたらしい」

忌々しい、と吐き捨てるリィドウォルに、魔術師長が顔を顰める。

「神聖王国まで敵に回すなよ。後を任されるタージュリヤ殿下が不憫だ」

リィドウォルはその言葉が聞こえなかったかのように、素知らぬ顔だ。


「とにかく、今月はそれで魔力回復が進むだろう。我が国に入るたびに消耗されては、使い物にならん」

リィドウォルの溜息に、年嵩の魔術士が心配気な視線を送る。

「お疲れでは?」

「……やることが多くてな」

前宰相ザールインと、処刑された貴族院三首のせいで、改竄された政策や、滞っている地方援助が山とあった。



リィドウォルは、何もかもを急いでいるように見える。


魔術師長は、リィドウォルの影のように付いている、護衛騎士のイルウェンに向かって顎をしゃくる。

「お前、ちょっと出てろ」

あからさまにムッとした顔を見せるイルウェンに、リィドウォルは苦笑いして室外に出るよう促す。



イルウェンが、ドアを閉めるのを確認してから、魔術師長はリィドウォルを睨む。

「お前、殿下にもあの護衛騎士にも、血の契約を解く気がないと言ってないんだろう」

「……解くつもりがないのではない。解けないと思っているだけだ」

「詭弁だな」

魔術師長は、巻煙草の煙をリィドウォルに向かって吐きつける。

「何もかも丸投げして、殉死するつもりのクセに」

リィドウォルは眉を寄せて、煙を手で払うが何も答えない。


年嵩の魔術士もまた、黙っていた。

彼も、王に血の契約を課せられた者の一人だった。

水の精霊の魔力で詛を解くことが出来れば、王は正気に戻り、リィドウォル達の血の契約を解ける。

それが、リィドウォルが示した事で、タージュリヤ王女達の望みだ。

しかし、受け継いできた竜人の血の効力で生き存えている王が、果たして詛を解かれても命を落とさないのか。



「……クソッ、本当に解けないのか? 水の精霊の魔力で詛が解けるなら、血の契約()だって解けるんじゃないのか?」

魔術師長の腹立たし気な言葉に、リィドウォルは可笑しそうに笑った。

「魔術師長ともあろう者が、無茶を言う。契約と詛は全くの別物だろうが」

「他人事のように言うな!」

「声が大きい」

リィドウォルは仕方のない奴だと言うように、溜息をつく。

「そもそも、血の契約とは殉死の誓いも兼ねているようなものだ。今更足掻いてどうする」




リィドウォルは、黒いローブに付けられた、宰相の記章を撫でる。

「……但し、我等はただ丸投げしては逝かぬ。この国から詛を消し去り、未来に希望を残して逝きたい」

彼の声は静かだ。

「だから、最後まで見届けてくれ」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ