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口に出せない

カウティスとラードは、ハルミアンを王城へ残して、先に西部へ戻る事になった。


昨夜、魔術士達に使い魔を見せたことで、ハルミアンに魔術士達から、質問や講義依頼が殺到したのだ。

全て受けることは出来ないが、情報交換も兼ねて、二、三日彼等に付き合うことになった。

その間にマレリィと王に、フォーラス王国でのフレイアの様子を話して聞かせるようだ。


ハルミアンと別行動になることは、顔を合わせづらい気分のカウティスにはちょうど良かった。


マレリィは、朝食時には普段通り大食堂に姿を見せた。

皆に心配を掛けてしまったと恐縮していたが、特に調子の悪いところもなさそうで、カウティスはひとまず安心した。




午前の二の鐘で王城を出発し、街道沿いの町で、昼に休憩を挟む。


「王城で何がありました?」

食堂で椅子を引いてテーブルに着くなり、ラードがカウティスにそう聞いた。

カウティスは、ギクリとしてラードを見返す。

ラードにはいつも、僅かな気鬱も気付かれてしまう。


「……母上が、昔ザクバラ国を出る頃に、記憶操作を受けていたらしい」

「記憶操作!?」

「どうやら、リィドウォル卿の魔眼によるものらしいが……」

ラードは例によって、王城では寝泊まりせず、城下に一晩姿を消していた。

昨夜マレリィが倒れた事も、ハルミアンの使い魔を見て、魔術士達が熱狂したことも知らない。

勿論、カウティスの気鬱の原因が、今朝のハルミアンとの会話にあることも。

それで、記憶操作の話にすり替え、カウティスの気鬱の原因はそれと思わせておいた。


「そういえば、そのリィドウォル卿ですが、現在はフルブレスカ魔法皇国にいるようですよ」

「皇国に? 皇国で何をしているのだ」

カウティスが、煮込み肉を口にしかけて止めた。

「ザクバラ国方の事務官として、文官仕事をしているようです。本国から追い出されたという噂ですよ」

それが本当ならば、やはりリィドウォルはザクバラ国王に遠ざけられているのだろうか。




二人は、夕の鐘の前に西部の拠点に到着した。


旅装を解きながら、マルクに明日王城へ戻るよう伝えると、マルクは青ざめた。

「……私はもう、ここには必要ないということですか?」

「何故そういう話になるのだ」

カウティスが驚いて振り返り、ラードは呆れ顔でマルクを見ている。

「わ、私が水の精霊様を怒らせて、嫌われてしまったから……」

尻すぼみに声を小さくして、マルクがおずおずと水差しを見た。

「セルフィーネはいるのか?」

「いえ、今も上空(うえ)です……」

セルフィーネは、今朝一足早く西部へ戻ったが、カウティスがいないと一度も降りて来ていないらしい。


そのしょんぼりとした様子に、カウティスは小さく笑って溜息をついた。

「セルフィーネは、そなたのことを嫌ってはいないと思うぞ」

「え?」

本当は黙っておこうと思ったが、マルクの傷心ぶりが、あまりにも不憫に思えてきた。

「セルフィーネか好きな人間の中に、マルクとラードは含まれるそうだ」

「ほ、本当ですか?」

栗色の目を目一杯開いて、マルクは机から身を乗り出す。

「本当だ。昨日、そう言っていた」


マルクは感激に目を潤ませ、脱力して椅子に腰を落とした。

「……う、嬉しいです……。でも、じゃあどうして王城に帰されるのですか?」

「ミルガンに言われたのだ。そなたを少しも休ませていなかったからな。すまない、私の配慮が足りなかった。つい、そなたを頼りにし過ぎてしまった」

栗毛を揺らして、マルクは強く首を振る。

「いいえ! 私はここが居心地が良くて、自分から帰らなかったのです。だから、その、……また戻って来ても良いですか?」

「当たり前だろう。帰ってきてくれないと困るぞ。なあ、ラード……って、何故そんな顔をしている」

カウティスが同意を求めようと顔を向けると、驚いたような顔のままで、壁際でラードが固まっていた。


「い、いえ、まさか水の精霊様が、私を一個人として認識していると思っていなかったもので……」

珍しく狼狽えているラードを見て、カウティスは声を上げて笑った。




日の入りの鐘が鳴り、今夜も月が青白い光を降らせ始めた。

窓を半分開けて、月光の当たる場所にガラスの小瓶を置く。

青味のある美しい色合いの小瓶が月光を弾くと、その光を吸い込むようにして小さなセルフィーネが姿を現した。

「セルフィーネ」

カウティスが手を差し出すと、その指に、彼女は小さな頬を寄せた。


セルフィーネがふと、気付いたように顔を上げ、不安の混じる表情で聞く。

「私のバングルは?」

セルフィーネにバングルを贈った日から、毎夜窓際に置いていたが、昨日は王城に戻っていたので、拠点を出る時に棚の引き出しに仕舞っていた。

「仕舞ってある。出そうか?」

ホッとしたようにセルフィーネが頷くので、カウティスは寝台の横にある棚から、小さな薄い箱を取り出す。

それを窓際に置き蓋を開ければ、薄い飴色のバングルが、月光を弾いて鈍く輝いた。

セルフィーネは喜色を浮かべてバングルを見つめる。

それでも、やはり手は出さなかった。


何故、あんなに嬉しそうなのに、触れようとしないのだろう。

疑問を口にしようか逡巡した時、セルフィーネが顔を上げて目が合った。

ほんのりと頬を染め、サラサラと髪を揺らして幸せそうに微笑む彼女の顔に、カウティスは言葉を飲み込む。

軽い気持ちで質問を投げ掛けて、あの夜のように泣かれたら……。

そう思うと、喉の奥に言葉が固まって出て来なかった。


『 カウティス王子が水の精霊の気持ちを放ったらかしにしてるのは……、残念です…… 』


ハルミアンに言われた言葉が頭を過って、カウティスは軽く唇を噛んだ。





風の季節前期月、四週三日。


フルデルデ王国の宮殿は、明かり取りの窓が多く、室内は常に外光をふんだんに取り込む。

採光の設計が上手くされていて、奥まった部屋でなければ、天気の良い日は、昼間は照明などはいらない。

女王の気質からか、宮殿内は必ずどこかの窓が開けられていて、新鮮な空気が流れ込んでいた。



太陽光が明るく照らした室内を、侍女達が忙しなく動いている。

メイマナ王女の荷造りをする為、大忙しなのだ。

そんな慌ただしい室内で、一人泣きベソをかいてメイマナに縋っているのは、フルデルデ王国の王配だ。


「ひどい、ひどいよメイマナ〜。ずっと父様と一緒にいてくれると言っていたじゃないか〜」

「そんなこと言っておりません。『ずっとフルデルデ王国にいる』と言ったのです」

「同じ事でしょ! 父様を置いてネイクーン王国へ行くだなんて、ひどい〜」

「同じ事ではありません!」

メイマナは自分と良く似た父を軽く睨む。



メイマナがネイクーン王国から帰国してから、何度も行われてきたこのやり取りに、侍女達は慣れっこになってしまった。

王配が王女に縋って泣いていても、気にせず作業を続けている。

護衛騎士達も、不動のまま視線を合わせない。

王配の侍従だけが、申し訳無さそうに汗を拭いている。


王配は、メイマナと同じ錆茶色の瞳を涙で潤ませている。

色白で優しげな顔立ちは、メイマナと並ぶと紛うことなき親子だ。

全体的にふっくらした印象の身体は、フルデルデ王国特有の、身幅や袖幅の広い服を着ていると、尚の事大きく見えた。


彼は自分にそっくりなメイマナを、子供の頃から溺愛していた。

以前、メイマナが婚約破棄となった時には、怒り狂ったが、娘が結婚せずにずっとフルデルデ王国にいると宣言した時は、大いに喜んだ。



「確かに、ずっとフルデルデで生きていくつもりでしたけれど……」

メイマナは、ふうと小さく息を吐いて、父の両手を握る。

「私、ネイクーン王国で、とても大切にしたい方を見つけたのです。父上にとっての母上のように。……それを喜んでは頂けませんの?」

父の顔を上目に覗いて瞬き、メイマナは心を込めて言った。

王配はぐっと言葉に詰まる。

メイマナはそんな父に少し安堵して微笑んだが、次の瞬間、父にぎゅむと抱き締められる。

「やっぱり嫌だ〜。いくらなんでも、すぐネイクーンへ行くなんて認めないよ。せめて婚約期間はフルデルデにいておくれ〜。いや、いっそのことエルノート殿下を婿養子に……」


今まで我慢していたメイマナが、ベリッと力任せに押して父を剥がした。

「いい加減になさいませ? そうでないと、私、父上を嫌いになってしまいそうです」


溺愛している娘に、冷ややかな目でニッコリと最終警告を告げられ、王配は情けなく、ヘナヘナとその場に座り込んだ。







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