表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/381

エルフの頼み事

「おー、痛かった……」

離された手首を擦り、座り込んだ男が眉を下げた。

その姿はやはりどう見ても、ひ弱な人間にしか見えない。

少年のような顔立ちだが、カウティスと同じ位のようにも見える。


カウティスは、フルブレスカ魔法皇国でエルフを見たことがあったが、彼等は人間の姿とは随分違った。

痩せ型の長身で、筋張った細い手足は長く、透けるような白い肌と、宝石のような瞳を持つ。

尖った耳が特徴的で、一様に整った美しい顔立ちだった。

今、目の前で地面に座り込んでいる人間の男とは、似ても似つかない。



「そなたは何者だ」

カウティスが改めて問う。

「エルフ族のハルミアンといいます。はじめまして、カウティス王子」

くすんだ金髪の平凡な顔立ちの男が、立ち上がって土を払い、ニコリと笑む。

カウティスは眉を寄せて、警戒を露わにした。

今は一般的な髪色に染めていて、服も平民の兵士服のような物だ。

第二王子として特定される特徴はないはずだ。


「……何故、私を知っている?」

「水の精霊がくっついてるし、フレイア妃に聞いていた通りだったから」

「フレイア姉上?」

思わぬ所で、フォーラス王国に嫁いだ姉の名前が出て、カウティスは驚いた。

「とりあえず、注目を浴びてるので場所を変えましょうか」

言われて周囲を確認すると、何の騒ぎかと、通る人々が足を止めて見ている。

カウティスは胸のセルフィーネが小さく頷くのを見て、不承不承歩き出した。




「王族に無闇に触れるものじゃなかったですね。ごめんなさい。こんな所で王子と水の精霊に会えると思わなかったもので、つい興奮しちゃって」

通りを抜けて広場まで出ると、ハルミアンはペコリと頭を下げた。


「……本当にエルフなのか?」

カウティスはまじまじとその姿を見るが、特徴のないひ弱そうな少年の姿は、カウティスの知っているエルフの姿とは程遠い。

「ええ、そうですよ。隠匿の魔法です。本来の姿でウロウロしていたら、すぐ注目されてしまうので」

隠匿の魔法は、竜人ハドシュが姿を消したときにも聞いたことがある。

存在が薄く感じられ、印象に残りにくくなるらしい。

それで少年なのか青年なのか、判断がつかないのだろうか。

それでも、セルフィーネが警戒する様子なく胸に添っているので、カウティスも少し安心した。



「黒髪じゃないので驚きましたけど、水の精霊がくっついてるし、周囲のこの凄い魔力はフレイア妃に聞いた通り……、いや、それ以上だったので、カウティス王子だって分かりましたよ」

ハルミアンはカウティスの身体の周りをくるりと見回すと、左胸に添ったセルフィーネに屈託のない笑顔を向ける。

「はじめまして。僕は“考究の森”のハルミアン。ネイクーン王国の水の精霊、君の魔力は、素晴らしく複雑だね」


カウティスは咄嗟に一歩引いた。

リィドウォルやイスターク司教の例があり、セルフィーネに目を向ける者には構えてしまう。

「大丈夫だ、カウティス」

セルフィーネがカウティスを見上げて、小さく頷いた。

ハルミアンの視線には嫌悪を感じない。

ただ純粋な興味が滲んでいるだけのようだった。


「……ネイクーン王国の水の精霊は、本当にカウティス王子が好きなんだね」

暫く見つめた後、突然感心したように言われ、セルフィーネの頬に赤みが差した。

長い髪の先が恥じらうようにフワリと揺れる。

潤んだ紫水晶の瞳でカウティスを見上げると、再びハルミアンを見て、コクリと頷いた。

「……凄いやぁ」

ハルミアンは嬉しそうにセルフィーネとカウティスを見比べた。


彼には人形(ひとがた)は見えていないはずだが、一体セルフィーネのどんな魔力が見えているのだろう。

カウティスはそれも気になったが、セルフィーネが自分を好きだと肯定したことに、ジワリと喜びが込み上げて、頬が緩みそうになった。


いや、呆けている場合ではないと、カウティスは気になっていた事を口にする。

「ハルミアン殿は、姉のフレイアと面識が?」

「ハルミアンで良いですよ。僕達エルフはフォーラス王国内の、“考究の森”が生活拠点ですからね。王族とは面識があります」

ハルミアンは何を思い出したのか、ふふと軽く笑う。

「特に種族の性質上、魔術士とは懇意にしてますから、魔術師長補佐のフレイア妃はエルフには人気ですよ」


フレイアが縁を結んだフォーラス王国の第三王子は、王国の魔術士を統括する魔術師団長だ。

夫婦で魔術素質が高く、その評価は高いらしいが、エルフに人気とは知らなかった。

「姉は元気だろうか」

何気なく聞いてみると、ハルミアンはコテンと首を傾げる。

「さあどうでしょう。三年程帰ってないもので、何とも。でも、物凄く活発な方なので、元気なのではないでしょうかね」

王子妃なのにその評価はどうなのだろう。

向こうでも、やはり姉は姉らしく過ごしているようだ。



「ギリミナへは、何が目的で訪れたのだ?」

カウティスはハルミアンに慎重に尋ねた。

エルフは魔法に長けているし、人間にしか使えない魔術にも詳しいと聞いたことがある。

もしかして、水の精霊(セルフィーネ)に興味を持っているのではないかと、警戒心を強めた。


「ネイクーン王国の堤防建造の現場を見せて頂きたくて!」

ハルミアンはパッと顔を輝かせて言った。

予想外の答えに、カウティスは目を瞬く。

「堤防建造?」

「はい。貴国が現在行っている堤防建造は、魔術具を利用した新しい建造技術だと聞きました。何と素晴らしい発想! 是非とも詳しく知りたくてここまで来たのですが、まさか王子に会えるとは。幸運でした!」

ハルミアンはカウティスの手を握ろうとして、無闇に触れてはいけないと思い出したのか、両手を急いで引っ込めた。

しかし、迫る勢いで懇願する。

「お願いします、カウティス王子。是非現場を見せて下さい!」





「何で同行者が増えてるんですか。誰です?」

午後の二の鐘が鳴る前に、傭兵ギルドで合流したラードが、見るからに下働きといった風の少年を連れたカウティスを、ジロリと見た。

「エルフのハルミアンだ」

素っ気なく答えるカウティスに、ラードが眉を寄せた。

「は? エルフ……?」

これが? という様な目で、ラードがハルミアンを眺めた。

ラードも貴族の血筋だ。

成人前にはフルブレスカ魔法皇国に留学して、何度かエルフを見たことがあるのだろう。

どう見てもエルフでないハルミアンに、疑念の目を向けた。

「隠匿の魔法だそうだ」

魔法と聞いて、ラードは余計に眉を寄せる。

「……それで、どうして一緒に?」

「拠点まで一緒に戻ることになった」

「はあ?」


エルフというのは、知識欲の強い種族らしい。

特に、自分の興味のあるものに関しては貪欲だ。

フルブレスカ魔法皇国から出ない竜人族と違い、エルフは隠匿の魔法を使って、大陸中の国を行き来して、多くの知識を日々得ているのだという。

セルフィーネが言うには、人間が気付いていないだけで、意外と側に存在しているらしい。


ハルミアンは、ネイクーン王国の新しい堤防建造を、直接見たくてギリミナまでやって来た。

カウティスと出会わなければ、隠匿の魔法を駆使して、直接イサイ村に向かうつもりだったらしい。

こっそり作業員に混じることも考えていたというから、カウティスは思い留まるよう、強く言った。



「こっそり混じられて、気付かない内に何か起こっているより、最初から近くにいて監視できる方がマシだろう」

カウティスが諦めの溜息と共に言った。

厩で馬を引き取りながら、ラードと二人で話している。


相手が魔法を使えるエルフである以上、強引な手を使われたら対処のしようがない。

友好的に交渉してくれるなら、乗った方が得というものだ。


ラードがチラリとハルミアンを見遣る。

彼は宿に馬を預けているらしく、この後受け取りに行く。

「ですが、信用できますか? 他国の密偵だという可能性だってあります」

堤防建造技術は特に秘密にしておくつもりはない。

魔術具が上手く機能するのであれば、今後大陸中に発信しても良いと思って、王や魔術師長ミルガンにも話はしてある。

だが、ラードは堤防建造に加えて、セルフィーネの神聖力や聖堂建築の件で、特にオルセールス神聖王国を警戒しているようだった。


「セルフィーネが、信用しても良いだろうと言うのだ」

「水の精霊様が?」

ラードがカウティスの左胸を見るが、そこには何も見えない。

「……エルフは大体が事なかれ主義だそうだ。何処かの国や組織に属することはないらしい」

セルフィーネがカウティスの胸で頷く。

己の知識欲を満たす為にだけ、動くのがエルフという種族らしい。

ラードが一瞬呆れた顔をしたが、すぐに渋い顔に戻る。

セルフィーネの言うことも理解出来るが、直接聞くことも見ることも出来ないラードには、簡単に呑み込み難い。



「では、堤防建造技術を見せて頂く代わりに、情報を提供するのはどうです?」

背後からハルミアンに声を掛けられて、ラードとカウティスが振り向く。

ハルミアンは、特に特徴のない少年の姿で、申し訳無さそうにフードの頭を掻くと、人間と同じ丸い耳を指で指す。

「ごめんなさい。耳が良いので、聞こえちゃいました」


「何の情報をくれると?」

ラードが訝し気に聞いた。

「ザクバラ国の内情について、なんてどうでしょう」

ハルミアンはにこりと笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ