表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/381

緩徐

土の季節、後期月五週二日。


王太子エルノートは、城下へ下りるための身支度を整えた。

部屋を出ようとして、机の側で足を止める。

机上には、王太子妃候補の五人の令嬢の姿絵がある。


園遊会から三日経つ。

王太子妃候補として参加させたのだから、早々に結果を通達せねばならない。

今朝も朝食の席で、王に催促をされた。


エルノートは小さく溜息をつくと、その内から無造作に一枚を抜いて、侍従に渡した。

「この者に決めると、マレリィ様に伝えよ」

言って、そのまま部屋を出た。





西部国境の拠点では、カウティスとマルクがテントで話していた。


打ち合わせに使う大型テントの中は、昼間はまだ暑い。

外幕を巻き上げて網状の内幕だけ下ろし、風が通るようになっているので、外を人が通るとよく分かる。



「やはり魔力と神聖力は、全く違うものなのか」

「そう聞きますね。神聖力を持っていないので、実際のところの差は分かりませんが、扱い方は全く違うようです」

カウティスの問いにマルクが答える。


「魔術士に、魔力の“慣らし”という行為はないのか?」

カウティスがチラリと下を見る。

今日もセルフィーネは、小さな姿で彼の左胸に添っていた。

カウティス達の話を興味深く聞いている。

「ありません。魔術士は魔術素質を生まれ持っているので、幼い頃から、成長と共に扱いを覚えます。改めて“慣らし”は必要ありませんから」


確かに、神によって後付される神聖力とは違い、幼い頃から当たり前に持っている力なら、“慣らし”などという行為は必要ないだろう。

「では、マルクでも神聖力の“慣らし”は出来ないということだな」

「そうですね。やはり聖職者でなければ難しいかと……。あ、あの、王子、水の精霊様の魔力が、剣呑なものに……」

マルクが怯むように一歩下がって、上体を反らした。


マルクの言葉に、カウティスが下を向くと、セルフィーネが形の良い眉を強く寄せて、カウティスを見上げている。

「セルフィーネ、どうした」

「“慣らし”は、カウティスでなければ嫌だ」

カウティスはドキリとする。

「他の者に任せようなどと思っていないぞ! マルクに出来るなら、コツを教わろうと思っただけで……」


昨晩のあれは、聖職者同士が行うものとは違うようだが、実質“慣らし”行為だったようだ。

セルフィーネは少し感覚が分かったのか、あれから今迄、何度か小さな光が発現しそうになったが、カウティスの側から離れないままで消すことが出来ていた。

離れないままというよりは、むしろカウティスの指に掴まって離さなかった。

その姿がいじらしく、良くは分からないが役に立てているようで、何となく嬉しくい。



「こんな所で痴話喧嘩しないで下さいよ」

顰めっ面で外幕を潜って来たのはラードだ。

「痴話喧嘩じゃない」

「はいはい。昼食の準備が出来たので、話の続きは向こうでお願いします」

ラードは、半眼で抗議するカウティスをあっさりあしらった。


昨夜、二人の周りの魔力が消えると、川原には心配そうなマルクと、仁王立ちしたラードがいた。

この辺りが浄化され、聖職者達も散らすことができ、ようやく落ちついたばかりだというのに、何をやっているのかとラードに散々嫌味を言われた。



自室にしている住居棟の中に入り、下男が運んでくれた昼食を食べる。

相変わらず拠点では、三人一緒に食事だ。


「南の神殿の方では、気付いた者はいなかったようです」

ラードがグラスを一気に空にしてから言った。

ついさっき、拠点より南にある、修繕中の神殿から帰って来たところだ。

昨夜の“慣らし”中に高まっていた神聖力を、神殿の聖職者が感知したのか、確認に行ったのだ。


イスターク司教のおかげで、聖職者達がこの辺りを好き勝手にウロウロすることはなくなった。

巡教に訪れる者には、今のところ各所の神殿や、カウティス達が用意した宿泊場所を経由して、日中の決められた時間、復興作業の邪魔にならない場所を開放している。


「神降ろしのように威力の大きなものは別ですが、割と近くにいないと、神聖力は分からないようですよ」

ラードが、もう一杯水を注ぎながら言う。

「水の精霊様の神聖力を消せれば一番いいんでしょうが、一旦授かると自ら失くすことは出来ないみたいですからね。やはり、隠す方法を考える方がいいかと思います」

もう一杯水を飲んで喉の乾きが癒えたのか、ラードは食事に手を付けた。



カウティス達は、昨夜セルフィーネから、王城で王達と話した内容を聞いた。

聖堂建築は理解できるが、セルフィーネを神殿に据えると聞いて、怒りが湧いた。

『精霊を無下にはしない』と言いながら、司教は結局自分達の利の為に、セルフィーネを利用するつもりなのだ。


王太子が正当な手続きを求め、時間を稼いだようだった。

管理官が、水の精霊の神聖力を確かめに来る前に、セルフィーネの神聖力をどうすれば良いか思案している。


「でも、水の精霊様の魔力は特別ですから、神聖力もそうかもしれません」

「特別?」

マルクの言葉に、パンを口に入れようとしていたカウティスは、眉を寄せる。

カウティスが食事をするので、胸のガラス小瓶から離れたセルフィーネも、机の端に置かれた水差しの側に佇み、マルクの方を向いている。

「はい。普通、神官が神聖魔法を使っても、僅かな光しか見えません。でも水の精霊様の場合は、眩しい程の光が溢れますよね」

確かに、魔術素質のないカウティスにも、セルフィーネの胸の光ははっきりと見える。

「感じることが出来なくても、見えてしまえば、神聖力を持っていることが分かってしまいます」


制御出来ずに、光が突然溢れる今の状態では、どれ程隠そうとしても難しいということだ。

隠す方法を探すにしても、まずはセルフィーネが神聖力を制御し、安定させなければならない。

「……司教は、“慣らし”が何度か必要だと言っていたな」

カウティスの言葉に、ラードが顔を顰める。

「ベリウム川で昨夜みたいなことを何度もやれば、隠すどころか公表するようなもんですよ」

「確かに……」

マルクも苦笑いで同意する。

カウティスはスプーンで、くるくるとスープを掻き混ぜながら考える。

聖紋を合わせる為には、人形(ひとがた)が人間と同等の大きさでなくてはならない。

ベリウム川では、ラードの言う通りになってしまうので、これ以上は無理だ。


「……泉」

セルフィーネが呟いた。

はっとしてカウティスも顔を上げる。

「ラード、急ぎ王城に戻るぞ」


セルフィーネが人間の大きさで人形(ひとがた)を現せ、“慣らし”を誰にも見られず行える場所。


庭園の泉だ。





エルノートが王城を出て向かった先は、城下のオルセースル神殿だった。

到着した時には、午後の一の鐘が鳴った後だったが、神殿の前庭に大型馬車が並び、視察団が出発しようかというところだった。



「これは王太子殿下。まさか、見送りにお出で下さったのですか?」

エルノートに気付き、イスターク司教が立礼する。

聖騎士達が後ろに続いた。


「猊下ともう少しお話出来ないかと思い、参ったのですが、まさかもう出発されるところだったとは」

視察団が神殿に着いたのは、一昨日の日の入りだったと聞いている。

早くとも出発は明日の朝だろうと思っていた。


「視察というのは、必要以上に現地に留まるべきでないのです。視察の結果に便宜を図るよう、圧力を掛けられる場合もありますので」

「……それは、我が国にも当てはまると?」

エルノートが薄く笑み、イスタークは形式的な微笑みを返す。

「お許し下さい。それを前提として動くのが、視察団なのです。それに、王太子殿下のお望み通り、管理官を急ぎ呼び寄せなければなりませんので」



エルノートは一つ息を吐いた。

「……猊下、多くの資料を調べてみましたが、精霊の性質からも、やはり水の精霊が聖職者になれるとは思えません。その件を取り下げて頂く訳にはいかないのでしょうか」

イスタークは困ったように、焦茶色の濃い眉を下げた。

「前例がないからこそ、試してみなければ分からないのではありませんか?」

「しかし、水の精霊は昔からネイクーン王国の為にその力を使ってきました。水の精霊自身が、これからもそう有りたいと願っております」


イスタークは小さく首を振った。

後ろで縛った焦げ茶色の髪が、馬の尾のように揺れる。

「考えてみてください。例え聖職者扱いになったとしても、水の精霊はネイクーン王国から出られない。ネイクーンの為に使われる魔力に変わりはないでしょう。……私は、今のうちに水の精霊を、オルセースル神聖王国の所属にしておくべきだとお勧めしますよ」

エルノートが訝しげに薄青の瞳を細める。

「……どういうことでしょうか」

「竜人族です」

イスタークが両手を広げる。



「竜人族は、変化を嫌います。いえ、自分達の望む流れから勝手に外れるものを厭う。彼等が水の精霊の変化を知れば、水の精霊はどう扱われるのでしょう。竜人族が手を出せないのは、神の物だけ。オルセースル神聖王国に属する、聖職者だけですよ」

言ったイスタークが、左手で首から下げた金の珠を握り、右掌をエルノートの目前で一度開いた。


「!」

司教の掌が、淡く金の光を帯びると同時に近衛騎士が反応したが、司教は何のことはなくそのまま手を降ろした。

エルノートは頭痛が消え、神聖魔法を施されたのだと知る。

「……猊下」

「殿下、水の精霊よりもまず、自身のお身体をお厭い下さい。顔色が病人のようでしたよ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ