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聖紋

アナリナはカウティスとラードを伴って、神殿に入る。

治療院へ行けば、聖女と王子は注目を集めるし、神官がカウティスの右手を治療しようとするだろう。

せっかく得た機会なのだから、自分が神聖魔法を施したかった。




太陽神と月光神の、両神殿の間にあるホールを抜けて、月光神殿へ入る。

礼拝の間には、人々の出入りがあるので、静かな祭壇の間に入った。


月光神殿の祭壇には、月輪を背負った静謐な月光神の像が立つ。

その前には、月光神の眷族である水の精霊の銀の水盆と、土の精霊の銀の稲穂が置かれてある。


カウティスが長椅子に腰掛けて、左手で包帯を取ろうとすると、ラードが膝をついてカウティスの包帯を丁寧に外し始めた。

特に会話はなく、カウティスは従者(ラード)に手を差し出したままだ。

当然のようなやり取りの二人を見て、アナリナは今更ながら、カウティスは王子なんだと思った。



「そういえば、一昨日の夜、セルフィーネに何かありましたよね?」

カウティスがぐっと息を詰めた。

アナリナには魔力が見えるのだから、異変を感じて当然だ。

「……いや、少し不安定になって……」

しどろもどろのカウティスに、ラードが言葉を被せる。

「ただの痴話喧嘩ですよ」

「ラード!」

焦るカウティスに、何故かラードは胸焼けしたような顔を向ける。

「痴話喧嘩……。その前日の()()が原因ですか?」


マレリィ主催のお茶会で、カウティスが『その名を呼ぶのは、俺だけだ』と宣言した件だ。

あの時、水盆の側にいたアナリナは、呆れて見ていた。

バツが悪そうな顔で目を逸らすカウティスに、アナリナは腰に手を当て、眉を上げる。

「子供みたいですね」

「うっ……」


顔を顰めたまま、反論しないカウティスに、アナリナは小さく溜め息をついた。

本当に、子供みたいだ。

でも、こんなところも嫌いではないのだった。



ラードが包帯を巻き取り、掌全体と、指の一部に貼り付けられた布を剥がす。

剥がす瞬間に、カウティスの顔が少し歪んだ。

その手を見たアナリナが、強く眉根を寄せた。

「どうしてこんな怪我を……」

掌全体は水膨れが裂けた跡があり、一部爛れたようになっている。

指の方は、鋭い物で切ったのか刺さったのか、裂傷のようで、ほぼ傷は塞がっているようだ。

「おそらく、ガラスの小瓶が手の上で割れたのだと思う……。薬師に診てもらっているが、なかなか治らなくて」

アナリナは首を捻る。

自分の手を怪我したのに、なぜそんなに要領を得ない説明なのか。


「とにかく、すぐに治しましょう」

アナリナはカウティスの右側に座り、痛むところを触らないように、手首より少し上を左手で握る。

薄手の布越しに感じた、カウティスの固い筋肉質な腕の感触に、鼓動が反応して慌てる。

治療するんでしょ! と、自分で自分を叱って、一度深呼吸した。

「なかなか治らないって、魔法で痛めたんじゃないですよね?」

話しながら神聖魔法を発現する。

アナリナはいつもそうだ。

相手の意識が痛みに集中すると、身体が強張ってしまうので、話せそうな患者なら、少し雑談で気を紛らわせる。


「魔法?」

カウティスが怪訝そうに聞く。

「ええ。魔法で怪我をすると、普通に治療してもなかなか治らないとか。まあ、魔法自体見る機会が殆どないですけど」

フルブレスカ魔法皇国の竜人族や、フォーラス王国のエルフ族でもなければ、魔法を使うことは出来ない。

ネイクーン王国にいれば、縁のない物のはずだ。

「魔法……なのだろうか。月光を一晩当てておいた魔石が、発熱したようだったが」

アナリナは首を傾げる。

「それ、一体どんな状況だったんですか?」

カウティスもどう説明するか迷う。

セルフィーネが狂った精霊に取り込まれそうになり、あの赤黒い泥のような姿になったことは言えない。

「西部の国境地帯で、セルフィーネが混乱していて……」


アナリナの神聖魔法が施されている間、右手が温かいものに包まれている気がした。

ずっとグズグズと感じていた掌の痛みが、嘘のように薄れていく。

神聖魔法を施されたことは、今までに何度かあるが、何度受けても心地良い。

しかし突然、傷を受けた時と同じような、焼けた金属を押し付けられたような痛みが走った。

「……つっ」


「痛みますか?」

アナリナは自分が右手を翳している、カウティスの右手を見た。

重度の火傷だったとしても、このくらいの大きさなら、とっくにきれいに治っていそうなものだが、まだ完全に皮膚が戻っていない。

指の裂傷はすっかり見えなくなったが、掌は、青黒い傷が斑に残っているように見える。

そう思ったが、神聖魔法を施そうとしても、もう何の反応もしなかった。

それは完治したということに他ならない。



「……カウティスって、掌に痣なんかありましたっけ?」

アナリナが、今まで治療していたカウティスの右掌を、覗き込むようにして言った。


さっきの痛みは一瞬だけで、もう微かな痛みも感じない。

「痣? いや、そんなものは……」

すっかり痛みの消えた右手を持ち上げ、自分の顔近くに持って来て、カウティスは眉を寄せた。

火傷をする前には、何の傷もなかった掌に、青黒い痣のような線が、途切れた円のように走っている。

その、やや右寄りの中央に、少し濃い塊のような痣もある。

「傷跡なのか?」

「いいえ。神聖魔法で治療して、傷跡が残った例なんてありませんよ」

アナリナも不思議そうに首を傾げる。

一人、立ったまま見下ろしていたラードが、思いついて言った。

「何かの模様にも見えますね」

「模様……確かに! そう言われれば似てる」

アナリナが目を瞬いて、勢いよく祭壇を指差す。


祭壇の後ろの壁面には、月光神の聖紋が刻まれていた。

丸い月輪に、月光と世界樹の花が題材として纏められている。


「聖紋ですよ。カウティス、月光神に聖紋を刻まれたのでは!?」

「聖紋? いや、そんなに似ていないぞ」

困惑気味のカウティスが、ラードの方を向く。

ラードがカウティスの掌を覗き込み、首を捻った。

「確かに……。一見して、聖紋には見えませんが」

薄っすら円になっている部分が月輪だと言ってしまえば、中心の青黒い部分は、世界樹の花の位置ではあるが、聖紋だと言い切るのは乱暴な気がする。


アナリナが急に立ち上がった。

薄い水色の祭服の紐を引き緩め、ストンと足元に落とすと、下に着ている法衣の襟元を緩める。

「ア、アナリナッ!? 何を……」

焦ったカウティスが立ち上がり、目の前に手をやる。

アナリナは、緩めた襟元を左肩に向かって引いた。

露わになった彼女の左肩の前辺りには、壁面の聖紋と同じ紋がはっきりと刻まれている。

「見て下さい。これですよ、聖紋です。カウティスの掌のと同じ大きさだし、色だって」

「もう見た! 見たから隠せ、アナリナ」

耳が赤くなったカウティスが、完全に目線を逸して言う。

「本当に見ました!?」

「見ました、見ました。これ以上王子を虐めないでやって下さい」

ラードが苦笑しながら、アナリナとカウティスの間に割って入った。

やや納得のいかない様子のアナリナが、唇を尖らせて服を整える。



カウティスとラードは否定するが、月光を当てていた魔石で火傷してこうなったのなら、やはり月光神に聖紋を刻まれたのではないだろうか。

「カウティス、聖騎士になったんじゃないですか?」

衣服を整えて終わったアナリナが、落ち着いて言った。


聖騎士は、兄妹神に誓いを立てた者が、オルセールス神聖王国に於いて、その実力と誓いを認められて任命される。

その際、いずれかの神の聖紋を、その身に刺青するのだ。

だが、稀に、神官や聖女のように、神に直接神聖力を与えられる、真の聖騎士がいる。

それらは皆、身体のどこかに痣のような聖紋が浮かぶ。

アナリナも聖女になった時、髪色が青銀に変わると共に、肩に聖紋が浮かんだ。


「聖騎士? 有り得ないな。私は神に誓いを立てた覚えはないし、神聖力もない」

カウティスはあっさりと否定した。

確かに、こんなはっきりしない聖紋を刻まれた人は、アナリナにも見たことがない。

どちらにしろ、その内はっきりするはずだ。

聖紋を受けたなら、オルセールス神聖王国から、召喚の知らせが必ず来る。

決して神の力からは逃れられないのだ。




アナリナは、鼓動の高鳴りを抑えられない。


もしも、掌の痣が本当に聖紋であれば、数日中には召喚の知らせが来るだろう。

そして、カウティスはオルセールス神聖王国の所属に変えられることになる。

その時、アナリナとカウティスは、神聖王国所属の聖女と聖騎士になる。


つまりは、結ばれることが可能な関係に変わるのだ。





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