1話~閉じた世界
千年前の人魔対戦、人々は追い詰められながらも魔王の討伐に成功した。
その魔王討伐を成し遂げた者は勇者と呼ばれ、人々は勇者と共に魔王討伐を果たした者を揃って讃えた。
人魔対戦後、勇者はバランディル王国へ、聖女はノイス神聖国へ、また他の者も出身国へと帰還し、復興に尽力した。
勇者と聖女。この2人は魔王討伐の過程で互いに想いを通わせ、惹かれあった仲だった。
しかし、その想いは身を結ぶ事なく、互いに国を想ってそれぞれの国で伴侶を得、子をなした。
世界は徐々に平穏を取り戻しつつあった。
そんな時、バランディル王国にいた勇者は聖女ら約20名失踪の報を受ける。
それは、民衆に絶大な支持を得る聖女が自身の宗教的権威をも脅かすと考えたノイス神聖国の統治者、教皇が仕組んだものだった。
勇者はこれに酷く憤り周辺国と共に教皇を摘発しようとしたが、丁度時を同じくして聖女からの手紙が届く。そこには人々の心の支えであるノイス教を守るために、真相の公表をしないよう要請するものだった。
勇者は苦悩の果てにこれを受け入れた。
だが、彼が何もしなかった訳ではなかった。人魔対戦の折に友誼を交わした古き友、古龍デルランドに聖女の身の安全を願ったのである。
古龍デルランドはこれを快く承諾し、聖女らを自身の縄張りへと案内した。
その縄張りは北にアルジャンギル山脈、東にドル大森林、南にレルネーの沼地、西にウーリアの泉に囲まれた未踏の地で、これらの中央に平原が存在した。
聖女ら20名はこの平原へと移り住み、穏やかな生活を送る。
古龍デルランドは勇者亡き後も彼女らを護り続けた。
「これがドーサ村の始まりです。そして千年たった今、村には千人ほどが生活しています。これも古龍デルランド様が我々を見守ってくださるおかげであり」
「そんな事もう知ってるよ、ドーラおばさん。何か新しい話はないの?」
「カイル君!私はあなたに面白い話を聞かせるためにここにいるんじゃありませんよ」
「も、もちろん分かってるよ!今のはウソウソ、ちゃんと聞いてるよ」
隣でミリムがクスクスと笑っている。
「全く、もう10になるのに何でこうも落ち着きがないんでしょう。最近はミリムも妙にソワソワしているし。ミリムと一緒にいれば落ち着くと思ったのですけど」
それは無理ってものだよ、ドーラおばさん。むしろ最近はミリムが一緒だから尚更楽しい。
でも、これは言っちゃいけない。これを言ったらミリムと遊べなくなっちゃうかもしれないから。
その後、2時間ほどドーラおばさんの話は続いた。300年前に起きた大侵攻の話は最初こそ面白かったけど、耳にタコができるほど聞かされた今ではちっとも楽しくない。
「では、ここまでにしましょうか。これに懲りたら、もうあんな事してはいけませんからね」
「はぁ。このセリフ、何度目でしょう」
ドーラおばさんの言葉に頷き、ミリムと別れて家へ帰る。
ミリムはドーラおばさんの一人娘だから、ここでお別れだ。
「ただいまー!」
ミリムの家と僕の家はお隣さんだ。ミリムと気軽に会えるから、この家が大好きだ。
「お帰り、カイル。夕ご飯、もうちょっと待っててね」
家に帰るとイリス母さんが夕ご飯の準備をしていた。
「僕も手伝うよ。ドーラおばさんの話は長いんだから。ほんとにまいっちゃう」
「ありがとう。じゃあこの鍋をかき回してくれる?焦がさないようにね」
僕の家にはお父さんはいない。
でも、お母さんはとっても優しいから、全く寂しくない。
「カイル、今日は村から抜け出したと聞いたわよ。せめて魔獣には気をつけなさい」
近頃のイリス母さんは僕のやる事に対して寛容になった気がする。
今日は隣に住む幼馴染のミリムを誘って子龍と村の外に出てみた。
日中、村の大人達は龍達と一緒に狩りに行っていたから大人の龍はいなかったけど、子龍は僕たちのように遊んでいたんだ。
それでいつも一緒に遊んでいた子龍が遠出した事がないと言っていたから、3人で村から抜け出して冒険に出た。
村の外には危険な魔獣がいることは知っているからそこまで遠くには行けなかったけど、とても楽しい時間を3人で過ごすことが出来た。
そしていつも通りにドーラおばさんに見つかり、いつも通りにドーラおばさん怒られた。
「今更カイルに大人しくしてなさいとは言いません。でも、あなたの10の誕生日はもう間近なんですよ。デルランド様にご迷惑をかけるような事は決して言ってはいけませんからね」
ドーサ村では10を迎えた子供は大人となり、以後大人に混じって村で仕事をする。
そして古龍デルランド様は新たに大人になる子供の願いを1つ聞いてくださる。
願いをそのまま叶えてくれる事もあるけど、大抵はそれを叶えるための助言や課題を貰えるんだ。
僕の願い事は決まっている。遂にこの願いが叶うのだ。例えどれほど困難な課題を与えられたとしても、絶対に達成してやる。
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それから数日が経ち僕の誕生日がやってきた。
夜はなかなか寝れなかったけど、朝はいつもよりも早く目が覚めた。でも、イリス母さんは既に朝食を作り終えて、僕を待っていてくれたんだ。
優しいイリス母さんのことは大好きだけど、それでも僕は僕の夢を追いたい。
そして村の大人達がデルランド様の待つ場所に先導してくれた。
「カイル、よく来た。今日でお前の生誕から10の年が流れた。さあ、願いを言うがよい。そして、明日からはこのドーサ村を支える一員となるのだ」
ようやく今日が来た。
幼い頃から追い続けていた夢。
毎日同じことを夢見て、少しでも近づこうと足掻いてた。
今日、その夢への道が開けるんだ!
大きな翼を持ち、僕の家よりも巨大なデルランド様に気圧されないよう、大きな声で叫ぶ
「僕は、この村の外に出たいです!僕のまだ知らない世界を見てみたい!」