13話^カリカットの街
甲高い音が聞こえる。
カーン、カーン、カーン――
音は目の前のカリカットの街から聞こえてくる。
我に帰った僕とゼルはカリカットの街が見えなくなる所まで一旦戻り、地上に降りて準備を整えてから歩きで再びカリカットの街へ向かう。
カリカットの街が見えてきた頃には日が傾き、街で一番高い建物の影に日が隠れ、まるで建物自体が発光しているかのようにさえ見える。空から見た街の様子も素晴らしかったが、こうして下から見上げる景色もまた同様に素晴らしかった。
石でできた城門の高さは、3日前に滞在した村とは比べることさえバカらしくなるほどに高い。石でできている分、頑丈さも桁違いだろう。城門付近にいる門番は見える人数だけでも10人はいる。しかもその全員が鈍く光る金属製の鎧を身につけており、装備の充実ぶりには目を見張るものがある。空から見た時点で分かったけど、3日前の村とはまるで別物だ。城門付近には門番の他に10人ほどの人がいる。きっと、街の中に入る順番待ちをしているんだろう。僕はゼルと一緒に列の最後尾に並んだ。
「よし、禁則品は持ってないな。入ってよし。――次の人」
僕の前にいた人がカリカットの街に入り、僕が呼ばれる。
「ようこそ、カリカットのま、――つ、使い魔か!?」
今まで淡々と対応していた門番がゼルを見た瞬間に驚愕の表情を浮かべた。
「は、はい。そうです……。えっと、使い魔を連れているとこの街に入れないのでしょうか?」
使い魔とはいえ、魔物だ。もしかすると、大きい街には入れないのかな
「いや、申し訳ない。あなたのような子供が使い魔を連れているとは思わなかった。使い魔を連れていると言うことは魔法使い……。その、もしかすると貴族の方でしょうか?」
「いえ、僕は冒険者です」
「なんだ、驚かせるなよ。貴族の方かと思った。いやまあ、その年で魔法使いってだけで驚きもんだがな。それにその使い魔、随分と強そうだ。街中で暴れ出したりしないよう、手綱はきちんと握っておいてくれよ。一応言っておくが、この街の衛兵に魔法使いはいないが対魔法使い戦の訓練を積んでいるのはたくさんいるからな。変な気を起こさないように」
「ゼル――この使い魔は大人しいから問題ありませんよ」
「ならいいがな。この街に来るのは初めてだな?冒険者としいての仕事を探しているのなら、ここを出て目の前の大きな通り沿いに斡旋所がある。冒険者は領主様が定めたこの斡旋所を通してのみ仕事をすることが認められている。斡旋所を通さないで仕事をすると罰せられるからな。それと、魔物の素材を売る時もこの斡旋所でだ。他所で売ることは認められていない。まあ、冒険者なら今さら言うことでもないか。それと、街中で武器を抜くこともダメだぞ。後はとりあえず、街中で騒ぎになるような事をしなければ問題ない。いいな?」
自由な職業だと思っていた冒険者にも色々な制約があるのか。
「わかりました」
「よし。じゃあ冒険者の通行税、半銀貨1枚を払ってくれ」
「……」
――デルランド様から、外の世界で生きるには税金と言って金が色々とかかるとは聞いていた。でも、まさか街に入るだけでお金がかかるなんて……。それも半銀貨1枚、つまり銅貨50枚分だ。そういえば、僕の前に街に入った人も何か渡していた。きっと、あれがこのお金だったんだろう。
「どうした?その年でも、魔法まで使える冒険者なら半銀貨1枚程度持っていないわけはないだろう」
しまった、お金がいるという事に驚いて呆然としてしまった。少し怪しまれちゃったかも。
「その、城壁に見惚れてしまって。半銀貨1枚ですね。これで」
気を落ち着かせながら懐の袋から半銀貨を1枚取り出し、金属製の鎧を身につけた門番にお金を渡す。
「よし、入っていいぞ。くれぐれも問題を起こさないように」
ただ街に入るだけなのにものすごい緊張した。門番の人と話していた時間はごく僅かだったはずなのに、ずっと話してたような気分だ。
十分に通り抜けることができるスペースはあるのに、どこか圧迫感を与えてくる門をゼルと一緒に通り抜ける。
地面に整然としかれた石畳。石と木をうまく組み合わせて作られた大きく立派な家。そして、この大通りを行き交う人、人、人。
この喧しく騒々しい、しかし生き生きと活気あふれる光景は、まるで今まで僕が生きてきた世界とは全く別の新しい世界がそこに在るかのように思わせる。
「今朝取れたばかりの新鮮なリコがあるぞ!1個銅貨3枚だ。そこの魔法使いさん、どうだい!ここで取れるリコはうまいぞ!」
「魔法使いさん、うちの乾燥ベグーは生のリコより断然甘いぜ!しかも長持ちだ!一粒食べれば疲れは吹っ飛び、体に元気がみなぎるぞ!買ってかないかい!」
「魔法使いさん、食料は足りてるかね!うちの干し肉はそこらの塩っからいのとは訳が違うんだ!わざわざヌリス商業国から仕入れた珍しいハーブを使ってるからな。匂いを嗅いだだけで食欲がモリモリ湧いてきて、一口食べればもう病みつき!試しにどうだい!」
大通りを少し進んだだけで左右から威勢のいい声が次々と飛んでくる。僕は子供だから背が低いけど、ゼルが真上を飛んでるせいでひどく目立ってるんだ。右から声をかけられたと思えば左から、そしてまた右から。絶える事なく喧騒は続く。
こんなにひっきりなしに誘われて、しかもいい匂いまで漂ってくる。こんなの、我慢できない!
「おお!これもうまい!こんな果物初めて食った!ゼル、次はあっちだ!」
手のひら大の赤い果実にかぶりつくと、シャクっという硬めの食感と共に口の中に甘酸っぱさが広がる。この食感、この味、なんてうまいんだろう!
(確かにこれはうまいぜ!そっちのも食わせてくれよ!)
ゼルと一緒に威勢のいい声に誘われるがまま、あっちこっちへ大通りを巡り歩く。しっかりとした食感と甘酸っぱい味のリコという赤い果実。指先くらいの大きさの紫色でシワシワに乾燥したベグーという甘い粒。リコの数倍はある緑色で水分をたっぷり含んだ甘い果物。太陽の色に似た手のひらにすっぽり収まるくらいの果物。
「ゼルは肉以外食わないんじゃなかったのか」
(こんなにウマイものを独り占めしようってのかよ。それだけは温厚なオレでも許せないぜ!)
「あ、半分以上とったな!ならこっちは僕が全部食べる!」
(飛べるオレを避けながら食えるもんか!それも食ってやるぜ!)
「そこの食いっぷりのいい魔法使いさん、こっちもどうだい!」
「食べます!」(食う!)
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「う、動けない」
声をかけられるがままに食べ続けた僕は、満腹を超え苦しくて動けなくなってしまった。でも、今の僕は圧倒的な満足感で包まれている!こんなに美味しいものが、しかもこんなにたくさんあるなんて!
(なーなーカイル、あっちにもまだ美味そうなの売ってるぜ)
今だけはゼルの胃袋が心底羨ましい。とりあえず、もう少し休んだら……もう少しだけ、あと少しだけ食べてから斡旋所に行こう。
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エイヴァニオン侯爵家。パラス共和国西部国境沿いにを領地に持ち、パラス共和国西部にある宗教国家群からの防衛を担うパディール帝国時代から続く歴史ある家である。
「エイヴァニオン卿、執務中に失礼いたします。影のものから緊急にお知らせしたい報告が」
「レドルガか。なんだ」
レドルガ・エイバン子爵はエイヴァニオン侯爵家の軍務を支えている。
「西のパルテット神聖国が大規模な動員を開始しました」
パルテット神聖国はパラス共和国の西から南西部にかけて5カ国存在する宗教国家の1つで、パラス共和国の西部国境と接している。つまるところ、パラス共和国の西部に位置するエイヴァニオン侯爵家領と直接領土を接している。
「――わかった。レドルガの言う事だ、裏はとってあるだろう。それで、いつ動く?」
「1ヶ月です。既に物資の集積はほとんど完了している模様で、現在は兵の徴募、訓練を行なっています」
「規模は?」
「総勢3万になるかと。常備軍は重装歩兵7000、騎兵2000、獣騎兵500ほどになるでしょう。更に竜騎兵を20騎ほど保有していると思われます」
獣騎兵は馬ではなく、魔獣や魔物に跨った騎兵だ。馬よりも身体能力が高く、更には魔法を使う種さえもいる。ただし、野生の子供を捕獲するしか確保手段かないために貴重であり、総じて肉食性であるためにその維持にも馬より多くのコストがかかる。
そして竜騎兵は更に貴重である。魔物の頂点である竜種に跨り、空を舞う。ただ、用いられる竜は竜の中でも低位のリトルドラゴンで、ここまでが人が手懐けられる限界とされている。
「すぐに準備を始めろ。今すぐに動かせるのはどれだけいる?」
「重装歩兵2000は3日、騎兵1000と獣騎兵200は2日、竜騎兵8は今すぐにでも動かせます」
「用意が出来次第即出撃だ。竜騎兵は騎兵、獣騎兵と共に国境の砦に向かわせろ。砦には1000が詰めていたな?」
「はい。砦で警戒任務についています」
「最大の警戒をさせろ。常備軍だけで直ぐにでも動いてくる可能性もある」
「無論です。既に国境ぞいの砦全てに通達を出しました。私もグーランデル砦に向かいます」
「分かった。農民兵は練兵が済み次第、順次グーランデル砦に送る」
「分かりました。では、失礼します」
エイバン子爵が退室した事を確認し、考える。
パルテット神聖国はノイス教を国の政治に取り入れた気の狂った国家群の1つだ。そのパルテット神聖国が動いたと言うことは、ノイス教の大本、ノイス神聖国が動く恐れもあると言うこと。
国家規模で言えば、パラス共和国の西にある宗教国家群よりもノイス神聖国の方が大きい。パラス共和国軍はノイス神聖国を警戒してこちらに増援を送ることはしないだろう。
いや、増援が可能だとしてもビグジット王のことだ、動かさないか。
今から全力で動員をかけても1ヶ月では1万も集めることはできない。現状ではかなり不利だ。エイヴァニオン侯爵家単独で対処できないとなれば、取るべき手は1つしかない。
グーニール伯爵家とヴィランドル伯爵家。領地を接し、派閥を同じくする両家であれば援軍派遣を断りはしないだろう。無論、援軍要請によって両家に対するエイヴァニオン侯爵家の影響力は低下せざるを得ない。領地を独力で守れないとなれば、他派閥からの糾弾も免れない。だが、今は後の事を考慮する余裕はない。打てる手は全て打つ必要がある。それも早急に。残された時間は少ない。




