9話~夢の始まり
一体どれほどの間、この時を待ちわびていただろう。幼い頃から夢見てきた。デルランド様から聞くたびに想像を膨らませてきた。
ドル大深林の光景は確かに目新しかった。でも、それに興奮しながらもこの景色への憧憬が心の中から消えることは決してなかった。
ぐるりと地面に並ぶ木の壁。地面に縦に突き刺さった丸太は外壁というやつだろう。僕の身長の倍程もあろうかと思われるそれは、ただの壁でありながらも確かな威圧感を感じさせる。
なにせドル大深林という危険度の高い領域に隣接しているのだ。それに対する防備も相応ということなんだろう。
「えっと、確かどこかに出入りするための門があるはずだ。壁に沿って進んでみようか」
木の壁の隣を歩く僕の横をゼルが飛んでついてくる。龍の姿の時に比べ、どこか不安定でフワフワした飛び方をしている。デルランド様のところで練習していたとは言っていたけど、まだ慣れていないみたいだ。
え飛び方の知らない子供みたいな飛び方をするゼルと一緒に少し歩くと、明らかに壁ではないものが見えてきた。
(お、あれじゃないか?カイル。そばに人が立ってるぞ)
「あれが、外の人間……。ドーサ村のみんなと特に変わったところはなさそうだ。
――よ、よし。話しかけてみよう」
門の近くに立っている人は2人の男。どうやら僕とゼルが来た方向と逆の方を2人で喋りながら見てる。
僕たちに近い方の人の年齢は30くらいで、赤髪。もう1人の方は20歳手前くらいの少し赤い茶髪の男だ。2人共木の盾と剣を持ってる。門番、というやつに違いない。
「あ、あの、ぼくは――」
「うぉぉぁぁ!」
「うわぁぁぁ!」
「わぁ!」
――ズデン
2人の激しい反応に驚き、つい尻餅をついてしまった。
「こ、子供?すまない。まさか村の後ろから来るとは思わなかったんだ」
そう言うと、僕の近い方にいた1人が手をばして立たせてくれた。
「ありがとうございます。ぼ、僕はカイルと言います。冒険者、です。こいつはカイル。えっと、使い魔、です」
手を貸してくれた1人がまた驚いて言った。
「使い魔!?こんな小さい子供が……。いや、例え子供でも冒険者の詮索は厳禁だったな。すまない。
見ての通り、この村は禁忌の森にほど近い場所にある。戦える者はいくらでも欲しい。どんな背景があろうとも、村の中で問題を起こさなければ拒否する理由はない」
そばに立っていたもう1人がさらに続ける。
「疑うわけではないんだが、もし冒険者としてこの村で働くのであれば実力を確認することになっている。禁忌の森に近いから、ここらに出る魔物は中央のよりも手強いんだ。示す力はなんでもいい。剣の腕でも槍の腕でも、魔法の腕でもいい。前に来た冒険者は変わり種でな、魔物と禁忌の森の知識を力として示してきたぞ」
「ああそうそう、俺の名前はブレグ。で、こいつがガラだ。使い魔を連れてるってことは、お前さん魔法が使えるんだろ?まさかこんな辺境に魔法使いが来るなんてな。初めて見たぜ。とにかく、強いやつは誰であろうと歓迎するぜ!」
「あ、ありがとうございます」
やばい、そうだった!使い魔がいると言うことは使役魔法が使えると言うこと。そして使役魔法が使えると言うことは、当然魔法が使える魔法使いと言うことになる。だけど、僕は魔法を使う事が出来ない。正確には魔法を知らない。デルランド様によると魔力を持ってはいるらしいのだけど。
(おいカイル、お前魔法が使えると勘違いされてるぞ。どうすんだよ。今更魔法が使えないなんて言えないし)
ゼルが念話の魔法でこっそり話しかけてきた。
とりあえず、魔法はあまり使わないようにしていると言う事にしよう。
魔法使いはかなり希少な存在らしいし、冒険者の中には魔法が使えることを隠している人もいるらしい。どうやら、冒険者に色々と深い質問をすることはマナー違反みたいだし、詳しく聞かれることはないと思う。
こうして魔法について考えていると、ブレグさんが話を進める。
「まあとりあえず、入ってくれ。他の村なら入るのに金取るところもあるんだが、こんな辺境の村でそんなことしてたら来る人も来なくなっちまうからな。それに小さな村だ。村人じゃない奴はすぐにわかる。泊まりたいなら村長の家だ。冒険者として仕事をしたいなら、それも村長に聞いてくれ。大体は狩の手伝いだけどな」
「わかりました。ありがとうございました」
ブレグとガラから説明を受け、開かれた門から村の中に入る。
立ち並ぶ家々。忙しなく歩き回る村人。その光景は――
「なんか、壁で囲まれている以外ドーサ村とあんまり変わんないな。ちょっとショックかも」
「しかもこの村の方がちっこいしな。壁があるせいで空が見えにくいし、なんか狭く感じる。オレはドーサ村の方が開放感があって好きだな」
「ゼルもそう思うのか。とりあえず、村長さんのところに行こう。それで聞くだけ聞いてみて、僕らでもできそうならやってみようよ」
「おっし、じゃあまずは村長探しだな。ちょっと楽しくなってきたぜ」
ドーサ村の方が好きとか言いつつ勝手な奴だな。まあ、その気持ちもわかるんだけど。
新しい場所って言うだけでどうしようもなくワクワクする。それにゼルも同じ感覚なんだと知れて嬉しい。
「冒険者か。魔法使いとはいえよくもまあその年で。お前も苦労してんだな。村長の家まで案内してやるよ」
村に入って直ぐのところにいた人に、村長に会いたいと言ったらわざわざ案内してくれるらしい。その道すがら、この村につて色々と聞く事ができた。
それによると、この村では基本的に物々交換で賄っているらしい。硬貨は時たま来る行商人との取引や納税で使うのみだそうだ。村で作れない物を行商から購入し、狩で手に入れた毛皮や爪、牙といった物を売って金銭を得ている。村の人口は100人と少し。そしてどうやら、この村の村人は他の場所にいられなくなった者が大半らしい。この案内してくれれいる人が僕たちに優しかったのは同情心、と言うものだったのかも知れない。
「ガハルトさん、いますか。冒険者の方が来てます」
「おう、今行くわい。
――お、案内ご苦労さんザガル。で、冒険者ってのはこの方かい。また随分とちっこい冒険者だな。しかも魔法使いときた。まあ詳しくは聞かないからゆっくりしていくといい。強い冒険者はいくらでも大歓迎だからな」
案内された住宅から出てきたのは初老と思われる人だった。髪は白くなっているが、まだ若干青みが残ってる。元は青い髪色をしていたんだろう。
「そんで、若い冒険者さんがこの村に何のようだい。泊まりたいなら2階部屋をかすぞ。宿泊料は1泊銅貨3枚、食事は1食で銅貨10枚もらう。食事代が高いのは勘弁してくれ。ここは他の村から離れているからな。食料品は貴重なんだ。ただ、この村で仕事をしてくれるのならそれなりに儲けられるはずだ。受けるかは冒険者さん次第だけどな。で、どうする?」
ここの食事代は高いらしい。今村長さんが言った事も理由の1つなんだろうけど、あえて値段をあげて仕事を受けてもらおうとしてもいるのかも知れない。
「とりあえず、その仕事についてのお話をお聞ききしたいです。あと、今日1泊お願いします。それとその、こいつの食事はどうなりますか?」
僕はゼルを指差しながら食費について恐る恐る聞いた。1食銅貨10枚と言うのは、人1人分だろう。ゼルの分は含まれていないはずだ。今のコイツは僕よりも小さいけど、本来は僕よりも大きいんだ。食べる量だって僕の比じゃない。更にさらに、コイツは食いしん坊で……。一体、いくらになるのやら。
「お、それが君の使い魔か。正直な所、ワシは使い魔を見るのは初めてでな。無論、ワシ以外の村人もみたことがない。それで、どのくらい食べるんだ?」
ゼルの食べる量か。チラッと横目でゼルを見てみると、忙しなく周囲を見回している。この興奮した様子だと、いつもより沢山食べそうだ。
えーと、多分ゼルは
「今日は沢山食べそうです。僕くらいの大きさの魔物1匹くらいでしょうか」
「なに!?自分よりも大きな魔物を丸々1匹も食べるのか!うーむ、その量は村からは出せないな。すまない。自力で調達してもらう事になる。多少の金を貰えるなら、解体くらいは村人が手伝ってくれると思うのだが。本当にすまないな。一度に大量の食料を消費することは村長として受け入れることができんのだ」
「いえ、普段通りに2人で確保しますから気にしないでください。それよりも、仕事の話をお願いします」
「わかった。今冒険者にやってもらいたい仕事は狩人の手伝いだ。これには護衛も含まれる。場所は禁忌の森。勿論奥までは入らない。時間は日の出頃に門近くの井戸周りに集合だ。その後森へ行って狩りをして、日が傾いた頃に村に戻る。狩人は3人。加て運搬人が7人だ。運搬人は狩には参加しない。報酬は狩った獲物の皮、爪、牙等の内から1つ。何でも好きなものを選んでくれ。受けてくれるんなら明日にでも森に入りたい。狩人たちの準備もあるから早めに教えてくれ。おっと、名前を聞いていなかったな。お前さんは何て言うんだ?」
「僕はカイルと言います。こいつはゼルです。とりあえず、今日一泊お願いします。食事はゼルと狩ってくるので結構です。銅貨3枚でしたね。これを」
懐の袋から銅貨を3枚取り出し、村長さんに渡しす。
「おうわかった。言い忘れていたが、ワシの名前はガハルトだ。それで、仕事はどうする?受けてもらえるとありがたいんだがな」
うーん、仕事をうけると言うことは明日も1日この村に滞在する必要が出てくる。となれば、出発は早くても明後日になってしまう。デルランド様が用意してくれたお金の残りは銀貨10枚に半銀貨10枚、銅貨47枚。直ぐに不足することはない。それに、僕はもっと色々な所に行きたい。
でも、先に進む前に仕事の経験をしておいた方がいいかも知れない。この先、もっと人の多い場所で仕事を受けた時に不慣れだと目立ってしまうかも知れない。
(オレはどっちでもいいぜ。受けるにしても進むにしても、この姿を保つ練習もしなきゃいけないし、この体にもなれないとな)
ゼルがいいなら、仕事を受けておいた方がいいかも。外の人がどんな戦い方をするのか興味もあるし。
「わかりました。受けてみようと思います。では、今日と明日の分の宿泊と明日の夕食をお願いします」
「そうかそうか、助かるぞ!部屋は今から案内する。もし狩りで肉が余ったらオレに言ってくれ。物物交換にはなっちまうが、買い取るからな」
それだけ言うと村長もといガハルトさんは僕たちを2階に案内してくれた。
扉の先にはベットと机が1つずつ。広々というわけではなかったが、寝るには十分な大きさだった。
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その後、水浴びや閉門時間などの村の規則を教えてもらい、ゼルと共に再びドル大深林へ向かい、狩りをした。
ちなみに、獲物は僕の分を残して全てゼルが平らげたため、村長に渡す分はカケラも残らなかった。