0話−1つの時代の終わり
「ようやく、俺たちはここまで来た。長年続いてきた魔人との戦争に、ようやく終止符を打つ事ができる。これまでの全ての犠牲に報いるために、俺たちは必ず勝たなければならない!勝って、新しい未来を掴み取るぞ!」
魔人。それは白い肌、赤い髪、緑の瞳を持つ種族。そして何より、圧倒的なまでの魔力を宿していた。はるか昔、魔族は人間を含めたあらゆる種族を支配していたらしい。
だが、支配されていた多くの種族が反乱を起こし、魔族の国を打ち倒した。それから、魔族との戦争は今に至るまでずっと続いている。
いや、続いてきた。この戦争は、今日、俺たちがここで終わらせる。魔族を滅ぼし、平穏な時代を作ってみせる。
魔族に残された最後の砦、魔王城。
魔人の魔法で強固に固められた城壁を多種族連合による魔法攻撃によって打ちこわし、強化魔法で大幅に身体能力が高まった魔人の兵士を取り囲んで殺した。魔人を1人でさえ逃すことのないよう、魔王城は完全に包囲している。
後は、俺たちがこの先にいる魔王を討つだけだ。
「皆んな、行くぞ!」
恐らく木で出来ているであろう扉を聖剣で叩き斬り、木の破片が舞い上がっている中を一気に突き進む。
ーパァン
何かが弾ける音。それに続いて顔の左に降りかかる温かい液体と固形物。
仲間が死んだ。魔王を討つべく集められた最高の仲間の1人が隣で死んだ。
仲間が死ぬのは珍しくもない。ただでさえ強い魔人。そして目の前にいるのはその王なのだから。
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魔人の王。
暴力的なまでの魔力量、種族の差と言う決して超えられない壁を嫌でも痛感させてくる種族の王。
その存在は、もはや生物である事さえ超越しているかの様に思えた。
ラギア王国の宮廷魔法使いであるパラスの火炎の魔法を腕の一振りで消し去り、そして魔人の甲冑でさえ叩き斬る剛腕の持ち主、マクリスの両手斧の振り下ろしを素手で簡単に止めてみせる。
魔王の生み出した火炎は大盾を持つガイウスを黒焦げにし、蹴り1つで槍使いのハイバットを赤黒いシミへと変える。
だが、ここにいるのは魔王を討つべく集められた精鋭達。精鋭だからこそ多くの戦場を渡り歩き、数多の仲間の死を見てきた彼らに動揺はない。
30人いた仲間が残るは20。だが、俺の持つ聖剣ガルバンドは確実に魔王を追い詰めている。聖剣に斬られ、聖痕となった傷跡は普通の回復魔法では癒せない。
今目の前の魔王に刻まれている聖痕は、仲間が俺に遺してくれた勝利へのチャンスだ。
各地から集められた人類最強の面々達。彼らの一級品の腕前と、そして何より俺への信頼。
道中に見た民達の目に浮かぶ希望の光、そして俺を信頼して命を投げ打っていく仲間たち。俺達は、絶対にここで負けるわけにはいない。例え最後の1人になろうとも、魔王を討伐してみせる。
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「グ、グガァ.ァ.ァ、キサマ、は。キサマだけは。我は魔人の王として、魔王として、キサマだけは殺さなければならぬ。もはや、亡びは避けられぬと、しても。
ユクゾ、我らが天敵、人類の英雄よ!」
「ここで、この永きに渡る戦争の終止符を打ってやる。来い、魔王!お前を殺して、俺たちの未来を勝ち取ってみせる!」
ドッーーー
床を砕き、俺へと飛びかかる魔王。そこにはそれまでの理知的な考えの一切が無く、ただただ、その見開いた目で俺への黒い憎悪を表していた。
この一瞬。
この一瞬のために、俺の今までがあった。これまでに死んだ仲間達も、俺が救えなかった人々も。
全てはこの一瞬のために。
身体が一気に軽くなる。疲労を叫んでいた筋肉は力を取り戻し、目はクッキリと魔王の動きを映し出す。
思考に遅れる事なく腕が聖剣を構え、足が前へと向かう。
1歩。2歩。
そして3歩。
腕を、足を、全身を使って聖剣を振る。
俺の目に映るのは、ただ聖剣の白い軌跡だけ。
一瞬。
俺の全てを、死んでいった仲間達の想いを、無残に殺された民達の苦しみを。
そして何より光輝く人類の未来を。
この一瞬の剣先に、全てを乗せて。
腕が動く。足が動く。全身が動く。
白い軌跡が真っ直ぐに。
ーーーそして、その白は鮮血をまとい突き抜けた。
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この部屋は、こんなにも広かっただろうか。
床に残る仲間の死体。壁から滴る赤い水滴。
そして、目前に横たわる魔王の死体。
全てが先ほどまでと同じ部屋だと訴えているのに、俺にはこの石造りの部屋がとても広く感じた。
静まり返った空間。耳はつい先ほどまで聞こえていた戦いの音を探す。
静寂。それがこの部屋にある全てだった。
「勝った、のか・・・?」
ロルガが声を漏らす。
「魔王は、死んだ?」
リッツが続く。
「勝った、俺たちは勝ったんだよ!魔王に!、勝ったんだよぉぉぉぉ!」
爆発する16の歓声。
それを見て、聴いて、俺はようやく魔王を斬り伏せた事を理解した。
「そう、か。俺たちは、勝ったのか・・・」
背中に走る衝撃。
それは先ほどまでの死を伴った冷たいものではなく、心が1人でに温まり、喜びに震えるような衝撃だった。
振り返れば、長く、綺麗な黒髪が目に映る。
力いっぱいに締められた腕。
彼女の肩に腕を回し、抱きしめる。
綺麗な髪の上から頭を撫でれば、生きていると言う実感がようやく湧いてきた。
「アレク。私達、勝ったよ。私は信じてた。アレクなら、絶対にやり遂げるって。
アレクが皆んなを救ったんだよ」
人類の行く末を誰よりも案じていた黒髪の聖女は、泣きながらそう言った。
お読みいただきありがとうございます。次話から本編開始です。