第4話 黒い追手達
濛濛とする爆撃の煙とも砂塵とも蒸気ともとれる霞の中には、まだ立ち上がる人の姿はない。着弾したミサイルが直径5m以上の穴となって幾つも空いている。そして、火薬独特の硫黄臭とも取れる臭いが立ちこめていた。
1人うなだれるホワイトキャッツ隊の彼であった……
しばらくして、微かに動きだすユンナの姿を確認すると、急いで小屋の中へと戻り、バックパック、装甲、ヘルメットをかき集めだした。
「うっ、うっ……」
爆撃の影響は致命傷にはならなかったようだが、ユンナは頭を抱えるようにうずくまっていた。爆風の衝撃で酷い耳鳴りがし、周辺の音が良く聞こえない。状況を把握するために回りを見渡すが、頭痛がそれを阻むように襲ってくるので、しばらく身動きが取れなかった。目の前にセレナの手が見えているのだが、まだ手を伸ばすことが出来ない。
「セ、セレナ、大丈夫?! セレナ」
ようやく腕を動かすことができるようになった自分の手を確認すると、その手をセレナの手へと重ねた。ギュッと握りしめその感触を感じた彼女は一安心するが、その直後に異変に気付くこととなる。思ったより軽く感じられるそれは、途中で途切れていたのであるから……
他に、セレナの姿は見えない、無惨に散った肉の固まりが点々とし、そして辺りには焼けた肉の臭い……常軌を逸する惨劇に彼女の心は一瞬崩壊する。
「ヒィーーーーっ!」
「いやぁあーーっ!」
錯乱状態のユンナは我を失い、その場から動くことができない状態になってしまっていた。
「なにをやってる、早く逃げるんだ!」
ユンナの危機的な状況を感じた白い装甲の彼は、腰のダイヤルを調整しながら地表ギリギリを飛行しユンナへと突進した。彼女を小脇に抱えるとまた、地表際を飛行する。慌てて装備を身につけたに違いない、ヘルメットは装着せず腰のホルスターに引っかけていた。そんな彼らを探知するのはんて容易だ、B.F隊が見逃すはずがない。センサーの反応に何名かの兵が気づくのにそう時間はかからなかった。
「しまった、気づかれた……」
「……いいか……良く聞んだ……」
「何処でもいい……隠れる場所はないか……」
友人を目の前で亡くし、半ば錯乱状態に陥っているユンナに懸命に逃走しながら聞く彼だが、彼女は泣き叫ぶばかりだ。そんな彼にもはや弾薬は全く残っていない、逃げるしかないのだ。
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どれくらいの時間が過ぎたであろうか、実際にはさほど時間は経っていない筈であるが、白い装甲の彼は、随分と逃げ回った様子が伺える。そこは、ユンナの家の地下物置だった。周りの家は既に完全に破壊されていて、辛うじてこの家だけが半壊程度で残っていると言う状況であった。
倒壊した家屋に隠れるようにして逃げ回わっていたのであろう。彼の白い装甲は土や泥で黒く汚れていた。そして、地下に入ると彼はその場に倒れこんでしまうのだが、すぐに思い出したかのように起き上がると、這いずるようにして部屋の四隅に移動し、銃の様な物で電子杭を打ち込んだ。磁波/熱線を遮断するエリアシールド(空間封印)だと思われる。
しかしその直後、息がしにくいためか口を大きく開いて呼吸する彼は、そこから動かなくなった。身体を動かしたショックで傷口も開きアンダ-ス-ツはもう血塗れになっていた。
「こ、ここなら大丈夫だ……ち、地下ならやつらのセンサーも反応しにくい……ハァ……」
痛む傷をかばいながらそう言う彼に、ユンナは急に、ヒステリックになった。
「一体あなたは、何者なの!さっきのは何よ!」
「あなたが来たせいで、セレナが……! あなたが来たせいで……」
「……しっ、静かに!」
騒ぎ立てるユンナに、ありったけの力を出して、彼女を押さえ込む彼だった。抵抗しようとする彼女の口に手を当て、冷静な態度で言う彼であった。
「……やつらが近くにいる……オレ達を捜しているんだ……」
「厄介な事に……対ゲリラ用の特殊装備もしている部隊だ、大声はご遠慮願うよ……」
涙を浮かべパニックになっている彼女は、やがて目を丸くし、見えもしない階上へと視線を送った。
探知機やセンターの音だろうか、直ぐ真上ではヒュンヒュンという機械音が幾つも聞こえてくる。すぐ近くまで追ってきているのは確かだった。2人はしばらく息を凝らしていたが、やがて音は小さくなっていく。
「どうやら……やり過ごしたらしいな……」
それを聞いてホッとしたのであろうか、完全に落ち着きを取り戻した感じの彼女。
「……落ち着いた……?」
「……えっ、ええ……ありがとう」
「ごめんなさいさっきは、あんな事言っちゃって、私どうかしてたわ……」
「無理もない、友達が……目の前で死んだんだから」
サンバイザーで良く判らなかったが、ユンナは髪は結い上げていた様だ。今は、ミサイルの爆風で、髪の毛が解かれていた。肩まである栗色の髪は所々が焼けちぢれを見せ、服もボロボロになっていた。
「やつらも、しばらくはここへは来ないだろう……」
「ここがキミの家ならば……今の内に着替えておくといい……」
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もう日は暮れていた。昼間同様に天候は最良の状態にあるようだ。大きな満月が暗闇を照らし、月明かりで作業が出来る程である。
着替えに行って戻らない彼女が心配になった彼は、1階に上がると月明りと鎧の胸に装備しているポイントライトの明かりでユンナを探していた。
傷口の出血も呼吸の状態もかなり良くなり、ゆっくりなら動けるようになったようだった。
一番奥の部屋に、月明かりで彼女のシルエットが映し出されているのが見えた。それを目指す彼だった。
机に座り込んで、泣いているユンナがそこにいた。机には、ユンナとセレナの写っている写真が、飾ってあった。
「すまないネ、あまり遅いんで、気になって……」
「大丈夫か、少し休んだ方がいいな」
そう言って、彼女の肩をポンと叩いた。再び傷口の手当を行ったのであろう、彼の顔色は幾分か良くなっていた。
「兵隊さん、兵隊さんは大切な人を亡くしたことはある?」
「そのとき、どうやって乗り越えたのかな……」
目に溜めた涙を、拭いながら彼女が言った。
「オレか? さぁねぇ、忘れちまったなぁ」
「憎しみに駆られ、死に場所を捜している者には関係ないことかな……」
「死に場所?」
ユンナは不思議そうに聞いた。
「ああ、オレには君みたいに悲しんでくれる人はいない……」
「そうだったの……」
何か聞いてはいけない事であったのではないかと思い、ユンナは俯いて黙ってしまった。それに気を使ってか、ホワイトキャッツ隊の彼は笑顔で言葉を続けた。
「……仮に、そう言う人物が現れたら、きっとそこが……」
そう何か言い掛けた彼であったが、急に表情が曇って行った。
「いや、やっぱり、そこが死に場所だな……」
「えっ、どうして……」
彼が何を言いたいのか、全く理解出来ないでいるユンナであった。彼は恐らく、自分の為に涙する人物がいるのであれば、その者の為に死ねると言いたかったのであろう。
「こんな話しはやめよう……」
「それより、早く、下へ降りるんだ」
「ここも、安全とは言えない…… 長居は無用だ……」
そう言うと、彼は彼女の手を取ると、半ば強引に連れて行くのであった。
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2人はまた、地下室へ来ていた。部屋の真ん中で薄明かりの照明を点し、2人はそれを挟んで向かい合っていた。暫く会話がなく静かに時が経って行った。再び言葉を口にしたのは、彼であった。手にはなにかガムの様な物を持っていた。
「食べるかい?」
「それなに?」
「オレ達の戦闘食だ。ペーパー食品だが、これ1枚で1日分の栄養素がある」
「いらないわ」
ペーパー食品を口にくわえて言う彼に、ユンナは差し出られたものを受け取らず、ソッポを向くのであった。
「ペーパー物は口に合わないか……」
そう言って、彼は小さな凹んだ鍋を探し出してきて、そこに湯を沸かしだした。それをみていた彼女は、驚いた表情をする。鍋が汚いというのもあったのだが、火を起こせば見つかると思ったのだ。
「ハハハ、心配しなくてもいい、こいつは電磁マットさ、火は使わないから煙はでない……それに……」
「この部屋に、レ-ダ、磁力探知、熱線遮断の細工をした」
そう彼は説明するのだが、そういう難しいことはユンナに理解できなかったようだった。そんな彼に、ユンナはちょっと不満げな表情をした。
「スープにすればいけるだろう、少しは食べないと身体が持たないぞ」
そう言う彼に、彼女はようやくうなずいてくれた。