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第31話 帰る場所、そして――

 ヌルの街はお祭り騒ぎだった。

 花火はまだ上がっていたし、屋台はいつもより多く、家々やあらゆる店に飾られたガラス細工の結晶が輝いている。


「今日はヌルで一番大きなお祭りらしいの。これは綺麗じゃ」

「僕が大好きなお祭りなんです」


 フェリクスが笑う。

 行こうよとまだ完治していないローゼとコルネリアの手を握り、駆け出していく。


 会う人会う人が「おかえり」「お疲れ」「がんばったな」と声をかけてくれる。

 ローゼとコルネリアは泣きそうになる代わりに笑顔で「ただいま」と返す。


 魔法屋のザシャが今日はタコヤキの屋台を出していた。


「二人ともおかえり。どうだい、自慢のタコヤキを食べてかないかい? 安くしておくよ」

「お金はちゃんととるんですね。ちゃっかりしてますね、おばさまは」


 コルネリアはあははと自然に笑うことができた。


「今日は僕がおごるよ。ザシャさん、三人前お願いします」

「はいよ。うちのはちゃあんとタコが入ってるからね」


 ローゼとコルネリアは今回のリクエストの前にそんな話をしながらタコヤキを食べたのを思い出す。また日常に戻ってこられたような気がしてきていた。


「熱っ、あちちち」

「だから何度言えばロージィはわかるの? 猫舌なんだからちゃんと冷まして食べないと」

「はっへ、ふぐたへないほ」

「食べ終えてからじゃないと何言ってるのかわからないよ。んーおいしい。ザシャおばさんのタコヤキって初めて食べたなぁ」

「んぐんぐ、はぁ……」


 水を流し込んでタコヤキを飲み干すローゼ。


「だって、すぐ食べないともったいないじゃん」

「気持ちはわかるけど、その食べ方じゃ説得力ないよ」

 なんだようとすねるローゼ。そうだと立ち上がり、落ちそうになったタコヤキをフェリクスが支える。

「じゃあ、今度は熱くないもの喰おうぜ」

「それならあっちにロージィお気に入りの武器屋の屋台があったんだけど、クレープっていう甘いものを売ってたよ」

「あの親父、顔に似合わず食べ物の屋台してるのか。射的屋やればいいのに」

「あはは、確かにね」


 今はロージィと呼ばれても嫌じゃないローゼだった。今日だけはただのロージィに戻ってもいいのかもしれない。


 タコヤキの早食いを提案したローゼはものの見事に完敗し、ずるいずるいと言いながら武器屋の屋台を目指す。


「よお! ローゼ、退院したら店にも顔出せよ? 凄いの仕入れたんだから自慢できる相手が欲しいんだ」

「正直なおじさまだね、ロージィ」

「だよな。ああ! また行くよ。それより今はクレープってのくれよ」

「そこに書いてあるメニューから選んでくれ」


 どれどれとのぞき込む三人。誰からともなく大笑いした。


「おいおい、メニューって言うけど一種類しかないじゃねーかよ! あはは」

「じゃあ、モーリスさん、キウイ生クリームを三つお願いします」

「任せとけ!」


 薄いのかぶ厚いのかわからない小麦粉を使った薄く焼かれた甘い生地に、キウイと生クリームが挟まっている。

 焼き上がった丸い生地をを三角に畳んだクレープは出来は頗る悪かったけれど、懐かしい味がした。とてもおいしかった。


「やっぱりヌル産のキウイはおいしいね」


 コルネリアはローゼに話しかけたつもりだったのが黙りこんで返事がない。

 あと少しだったクレープを頬張って食べ終えるととても大まじめな顔でこう言った。


「アタシ、ヌルを拠点にして良かったと心から思う」

「うん。私も」


 フェリクスは口を挟まず聞いていた。その方が良いと判断したからだ。


「これからヌルの街に恩返しがしたい」

「うん。いいね」

「フェリクス、ありがとう」

「ロージィ……」

「お前だろ? お祭りに連れて行こうみたいな提案したのは。ばればれだっつーの」


 茶化すように震えた声で言う顔には涙が零れていた。泣き笑いの表情。でも指摘はしない。


「私もフェリクスだと思ったなー。屋台の下調べまでしてたみたいだし」


 ローゼに続いて軽口を叩くコルネリアは聞き取るのが難しいほど泣いていた。


「あれ? ばれてたの? 僕ってやっぱりぬけてるかなー」


 涙に気づかないふりをして受け答えする。

 ローゼとコルネリアは揃って空を見上げる。綺麗な夜空になっていた。


「これが最後の花火だから、見とけよ!!」


 誰かが言った。

 最後の花火が咲く。それは鈴のように見えた。



 しばらくしてヘルマンが退院したことで普通の部屋へと移動を願ったのだが、そのままそこを使えばいいと押し切られてしまい、広い部屋で二人ベッドに寝転がっていた。

 よっ、と立ち上がるなり、窓を開けると気持ちの良い風が入ってくる。


「なぁ、まだ入院してなきゃダメなのかなぁ?」

「お医者さんの許可が出ないとだめだよー」


 そうだよな、そうなんだけどとぶつぶつ言うローゼ。

 だけれど納得出来なかったらしい。


「でも、もう無理! アタシは退屈だと死んじゃうんだよ!」


 着ている病衣を脱ぐと真っ黒なショートパンツを履き、まだ包帯の巻かれている上半身に用意されていたキャミソールを着て、編み上げのブーツを縛り上げると丈の短い朱色の紋章の入ったレザージャケットを手に取る。

 黒髪のショートボブが風に揺れる。

 青い眼は好奇心に満ちていた。


 指輪型にしていたアインタウゼントを靴型装備へと換装し、コルネリアの静止も聞かず窓から飛び出そうとした。


 窓枠に脚をかけたローゼの手首を掴み「待って」とコルネリアが言う。


 ローゼが止まったのを見届けると素早くコルネリアも服を脱ぎ、魔法屋のザシャが調達してくれたシスターが着ていそうな可憐な白地のワンピースを着る。

 胸元に特殊繊維で出来た太いベルトを防具として身につけ、中指の根本にコルネリア銀のリングを通し左手の甲は銀白色の合皮で覆われる。

 リーベの中心にある宝玉が光を受けて華やかな紅色を魅せる。


 栗色の目がローゼを真っ直ぐ見る。金の髪が顔にかかるのを払う。


「私も一緒」

「そうだな、二人で一人だもんな」


 窓から二人で飛び出した。

 また明日へと生きていくために。


長きにわたる『野良猫生活』を読んで頂き、ありがとうございます!

ローゼとコルネリアのお話は一度これにておしまいとなります。

感想・批評等々、心からお待ちしております。

ありがとうございました!

次作もご期待ください。

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