第28話 取り戻す為の闘い 3
階段を一刻みつつ上る度に、フェリクスを助けられなかった思いが重く強くなっていく。
ローゼもコルネリアも何も言葉に出来ないでいる。
静かな時間。心地のいい時間ではない。
薬が効き始めたのか、耐えられなくなったのかローゼが走る、続くコルネリア。
三階は気味が悪いほど、あの事件の再現がされていた。恐らく同じ配置のコンテナ。
酒の空き瓶や携帯食料の袋が散らばっていた。
あの時のまま時間が止まっているような錯覚に陥りそうになる。
違うと否定するが、まだ癒えていない傷を抉られ心が痛む。乱れた自身の心臓の音がどこまでも響いて聞こえる気がする。
過去の事件と同じ場所まで歩くと、コンテナの上に悠々と座り、こちらを見据えるアロイスがいた。
虚勢でもいい、臆すなと、ローゼ達は心に刻む。
「満身創痍だな」
「へっ、こんなの熱いタコヤキ食うのと変わんないね。……あんたのお仲間はダウンだぜ、諦めろ」
「仲間……? あいつらとは利害が一致して、ただ雇っただけだ。思いきり人を操り殺してみたいと願う青年と、俺の役に立つことが一番だと言った女がいただけだ」
「あんた見た目以上につまんないやつなんだな」
「あいつらがどうなろうと、俺にとって有利な状況が生み出されれば何でも良かった」
本当にどうでもよさそうな目をするアロイスを力いっぱい睨みつけるコルネリア。ローゼよりも仲間を大事にしないことが割り切れないのかもしれない。
「フェリクスはどこですか」
「ここにはいない」
「なんだと? どこにやったんだ!」
それまでの話には冷静な対応していたが、フェリクスの無事を確認できない事実にローゼはいきり立った。今にも飛びかかりたかったが体が思うように動かなかった。
ローゼに代わってコルネリアが一歩踏み出し啖呵を切る。
「あなたを倒せばわかることですよね」
「そうだな」
「あなたに勝ったら教えてくれますよね」
「そうだな」
『ローゼ、行こう』
コルネリアが名前を呼ぶ。途端、呪縛が解けたように言葉が溢れそうになる。
「アロイス、お前はもしかして――いや、とにかく戦って聞き出すぜ! コルネリア!」
『任せといて!』
二人は左右に分かれ、来る前に手渡されたアインタウゼントの宝玉に指四本で触れグローブ型にし、左からローゼがアロイスに殴りかかる。
簡単に回避される。そこへコルネリアの氷の魔法がアロイスの脚へ狙いを定めるが、それもまた逃れられ、銃が二人に撃たれる。
二人とも避けきれず、コルネリアは左足をローゼはまた腹を掠めた。
漏れそうになる声を抑え、指を一本立て二丁拳銃に換装し、急所以外の箇所を躊躇なく撃ってくるアロイスに対抗する。アロイスには余裕があった。
ローゼは集中力を高め惜しむことなく発揮し、アロイスから来る銃弾を銃弾で落とす。
どこからそれだけの精神力や力がくるのか……! きっとそれは、フェリクスへの思いとフェリクスを待つヘルマンという家族が待つというしあわせを壊させたくないという願い。
コルネリアも同じ思いでもう一度アロイスの脚を次々と氷の魔法で狙う。
とにかく、動きを止めるんだ! そういう思いで二人は動く。
ローゼは体力、コルネリアは魔力、何もかもがギリギリだ。突き動かす原動力はただ“思い”だけ。
『ローゼ! 靴型装備であそこのコンテナに向けてアロイスを蹴れないかな!?』
そうする為には一度こうするべきだなと思案し、オッケーと二人だけにしかわからないわずかな仕草と目配せをする。
「アロイス! お前の目的はなんなんだ!」
二丁拳銃で撃ち続けながら自分に集中させるべく声を荒げる。
「……さあな。特にあの少年にもお前達にも興味はない。金の為と言った方がいいのか?」
「お金が理由だとは思えない。けど、そうだとしてあんたぐらいの強さならいくらでも稼ぎ口はあるだろ!?」
悔しくとも強さを認めるローゼだからこその本音だった。
ビルダー稼業だけでも相当稼げるだけの実力はアロイスにあるはずだ。
ヌルやアンファングよりもっと栄えた街へ行けば、桁違いのリクエストもあると聞く。
「ビルダーなんかやりたくてやってるわけじゃない。あんなクソみたいな職業、反吐が出る」
「反吐が出るか。あんたビルダーの面白さ知らないんだ。可哀想だね」
「挑発には乗らん」
「あんたならドラゴンだって一人で倒せるだろうに、可哀想だ」
「その顔を……やめろ。その顔をやめろっ!!」
アロイスは拳銃を邪魔そうに捨て、ローゼに殴りかかる。素早く指四本でグローブ型にし、拳を拳で受け止める。ローゼが予想するより弱い攻撃だった。
「あんたは弱い。あんたは可哀想だ」
「憐れまれる謂われはない!」
感情が揺れた。その瞬間をローゼは見過ごさない。
ふっと力を緩めると相手との身長差を生かし、背後に回り背中を数発連続で殴り、瞬時に指二本で靴型に換装し、全力で足払いをかけた。
雑多な気持ちに侵されかけているであろうアロイスに上手くかかり、アロイスは体勢を崩す。だがそのまま倒れることはなく、ローゼの方へ振り返った。
待っていたとばかりに、力を溜めていた渾身の蹴りを腹に入れる。
アロイスの巨体が浮き上がり、ひとつのコンテナへとぶつかりそうになったところに、コルネリアは指一本を添え一段階目二段階目と魔法を唱え、アロイスに水を浴びさせ、コンテナには氷を張った。
二人の作戦通り。
アロイスはそこに縫い付けられるように、一時的に身動きが取れない状態となった。
コルネリアは追い打ちにと首に脇に股に氷柱で固定する。
「ちっ!」
寒さや痛さなど感じないようにただ悔しさだけを滲ませる。
疾走するローゼ。
大きく飛躍するとアロイスを何発も何発も蹴る、蹴る、蹴る!
動きに更に制限をかける為、脚を重点的に蹴り、氷の戒めが解かれても素早い動きができないように封じる。
コルネリアは魔法をずっと唱え続け、氷柱が壊れないように氷が溶けないように集中した。左手をかざし続けながら右手でバッグの中を探る。
氷属性の攻撃魔法が詰まったクリスタルをありったけ投げつけた。
弾けて破片やダイレクトに魔法がアロイスに直撃する。
外したクリスタルがあったせいか、床や別のコンテナに凍った部分が出来ていた。
頭を垂れることも許されず縛りつけられているアロイスの表情は、醜悪な笑みを浮かべている。
このまま決着かと思いきやアロイスが咆吼をあげ、コンテナから右腕を服が皮膚が破れるのも痛みも何も構わず剥がした。
「まだそんな力が――」
言い終わらない内に近くにいたローゼの肩に刺さったままの杭を力任せに引き抜かれた。
「ぐはああああぁぁぁ!!」
「ローゼ!」
数秒も経たず、全身を氷の呪縛から解き放ち、今度はコルネリアへと向き直り、アロイスの姿を確認するより速く、頭を掴まれ力任せに床へと叩きつけられた。
床に二人は蹲る。
形勢逆転。
「よくもやってくれたなお嬢さん達」
静かな怒り、とは程遠い剥き出しの怒りがローゼ達を喰い潰そうとしていた。
「は、ははっ。あんた怒れるじゃん」
憎まれ口のローゼ。強がりなのは姿を見れば一目瞭然。
杭を抜かれた肩には穴が開き血が止めどなく流れ出ている。
「本当だね、その方が人間らしくていいね」
同じくコルネリア。コンテナに手をつきつつ立ち上がる。
あの時と同じく先にコルネリアをと思ったのだろう。
ゆっくりと歩みを進めていく。
ローゼは思わずアロイスの背中にすがりつきとめようとした。
どう戦うかなんての計算なんて最早ない。
ただコルネリアを守ろうと惨めな姿をさらしているだけだ。
「お前はあとで殺してやるから、どけ」
「どかない」
振り解こうとされるがしがみついたまま叫ぶ
「コルネリア、逃げろ!」
「逃げないよ。私だってフェリクスを助けたい」
傷だらけの体と違い、魔法センスゼロのローゼですら見たことのない力が宿っているのがコルネリアの目に表れていた。
「ロージィ、そのまま押さえてて」
アロイスは攻撃を打たせまいと、ローゼを背にぶらさげたままコルネリアに近づいていく。が、今度はコルネリアの方が速かった。
「我ら一つとなる意志の目覚め、我らの共通の同胞イフリート、我らの声に応えよ」
『お願い、フェリクスを助けたいの! 私たちを助けて!』
コルネリアの得意な聖霊召還。イフリートを呼び出す。
炎でできた赤い体は近づくだけで燃え尽きてしまいそうなほど火熱を帯びている。
召還者と召還者が除外した人物――この場合ローゼ――にはイフリートに触れても問題はない。
実力をつけ反魔法毒素を持つ者がいても聖霊召還することが出来るようになったコルネリアだが、この速さの召喚は異常だった。
ローゼにはわかった。これは命を削った分の速さだと。
「主様、お任せ下さい」
恭しくコルネリアに対し素早く礼をすると、コルネリアが敵対しているアロイスをきりっと睨みつけた。
「我が主の命、遂行する」
「聖霊召還か……!」
イフリートは、すっとアロイスに近づこうと浮遊した体を動かす。アロイスは避ける。
体に纏わり付いた氷が熱で溶けて滴となる。
空き瓶を踏んでしまいよろめくアロイスの顔面に掌底を見舞わせるイフリート。
「う、おおぉぉぉ……!!」
アロイスは悲鳴を圧し殺すが、何千度もの高熱にはさすがに耐えられないようだ。
脊髄反射でイフリートからアロイスは距離をとろうとする。
「うわ、あああぁぁ……」
決着は、思いの外、あっけなかった。
アロイスの声が遠ざかっていき、何かが壊れた音がした。
アロイスはこの場から一旦逃げようとしたのだ。
そこで誤って窓にぶつかり、運悪く窓は開き転落した。窓の下を見る勇気は今は生まれなかった。
イフリートが主であるコルネリアの代わりにアロイスの様子を見に行ってくれたが、首を横に振っただけだった。
イフリートがこれをとコルネリアに渡し「またお呼び付けがあれば」と姿を消した。
素っ気なくも思えるイフリートの対応は、主の命を消費していることを知っての配慮だった。
「後味、わりぃな……、リビルドに連絡しなきゃな……。コルネリア、それは?」
「特別室のパスみたい……。落ちる時にに落としたみたいだよ」
「何だイフリートのやつ、アタシの考えもお見通しか。そんな気の利いたヤツだったとはね」
「どういうこと?」
「アロイス自身には聞きそびれたが、多分、そこにフェリクスはいる」