第26話 取り戻す為の闘い 1
ローゼは手応えを感じていなかった。が、一撃を入れられたことには意味がある。
マテューの整った顏は別の意味で歪んでいた。怒りに満ちた気配。
与えたダメージは少なくとも、マテューの逆鱗に触れる行為に違いなかった。
「ぼ、僕の顔に……許さない!!」
先までの涼しげな笑みは消え、醜い顔つきになるマテュー。
それだけでがらりと印象を変え、ホワイトのスーツも冷徹な色に見えてくる。
マテューはスーツの内側から取っ手のついた鉄の棒――と説明できそうな武器、トンファーを取り出し両手に持った。
どうやらトンファー使いらしい。
トンファーを握ってからのマテューの息遣いにローゼは戦く。全身で静かに酸素を取り込むように、落ちついた余裕のある呼吸。集中力を高めているのが見てるローゼにもわかった。
(相手に暗示をかけて戦わせるなんてコイツにとっては遊びでしかないんだ……!)
相当の使い手だとローゼは直感し気合いを入れ直す。
アインタウゼントは靴型装備のままで、マテューに先手を打たせまいと走った。
ぶんっと――マテューの腕に蹴りをぶち込もうとするが――蹴りを外した音がする。
マテューは横にすっと平行移動し避けたようだ。
攻撃を失敗し、マテューに背を向けることになったローゼの後頭部に一、二撃トンファーが決まる。
「がはっ!」
倒れまいと攻撃を受けきるようにと足を踏ん張るローゼ。口からは血が零れる。
軸足がしっかりしないまま振り向き様の力を利用してマテューを蹴る。
しかしそんな状態での攻撃は今のマテューには到底通用せず、スーツにすらかすらない。
往なされるローゼ。
無防備になったローゼを見逃すことなく、空に浮いた足にトンファーが下ろされる。
間一髪で避ける。再度体勢を立て直し腹めがけて蹴る。躱される。しゃがみこみ足払いを目論むローゼの脳天にトンファー。
「ぐぁっ!」
圧倒的に劣勢のローゼ。
(視界が歪む……!)
それでも気丈にダメージでクラクラする頭で考える。
銃を使おうにも鞭を使おうにもコルネリアが気を失っている今は使えない。
跳弾した弾を今のコルネリアが避けれるとは思えないし、マテュー相手に跳弾も含めた計算が完璧に行くとは思えなかった。
あまり鞭は使わないこともあり、続けざまに頭に攻撃を受けた状態じゃ、コルネリアに当てずに使える自信もない。
そう考えていくと最初に少しでも恐怖感を与えられた――と信じている――靴型装備で蹴りを中心にした攻撃がまだ効果的に思えた。
何か画期的な打開策が思い付かない限り厳しい状況が続く。
打破したいが打つ手が見つからない。
鈍くなった頭で考えを巡らせつつも何発もの蹴りを打ち込むが、ローゼ自身が受けた攻撃数の方が多い。
決まらない。
「僕の顏がどれだけ神聖で大事か君にもわかっただろう? 君には同じ気持ちを味わってもらわないと気が済まないよ」
「けっ! 野郎が貧弱なこと言ってんじゃねーの。お前こそさっさとアタシに倒されろ」
口では悪態をつくがこのままだと倒れるのは確実にローゼだ。
アロイスと会うまで体力を温存するなどといってられない。
負けてしまってはそこで何もかもが終りだ。
今は二人の命を背負ってるんだ。
コルネリアの顏を見、首もとの鈴を触り……閃いた。
ローゼは覚悟を決め、目の前の相手に全力を尽くすことにした。
硬い鉄製のはずのトンファーがマテューが扱うと蛇のように絡みついてくる。
紙一重で躱したつもりが躱しきれてなく打撃を喰らう。
靴型装備の利点を生かして速さで上回ろうとするが、それすら空振り、反撃が容赦なく繰り出される。
ローゼは考えを改め、アインタウゼントをグローブ型の装備に代えた。
トンファーに拳をぶつけるつもりだ。
「子猫ちゃんの可愛いパンチなんて効かないよ?」
コルネリアの近くにわざと移動したローゼ。
挑発するマテューへ返事代わりに、リーベの宝玉に指四本で触れ、素早く目を閉じプリズムを発動させた。
登録者なら魔法が使えなくてもショートカット機能は使うことが出来る。
その際リーベに溜めた魔力は減ってしまうがこの魔法なら微々たるものだ。
そのことをさっき閃いたのだ。
「はぁっ!」と腹に力を入れて声を上げながら、拳を視界が戻りきっていないマテューの持つトンファーに打ち付ける。
トンファーからの振動に手が痺れたのか、マテューは左手を押さえトンファーを落とした。
すかさずローゼは動きトンファーを拾うと、コンテナの向こうへと投げる。
がらんがらんと床に転がる音がする。
トンファーを失ったマテューは、驚いたことに三角飛びの要領でコンテナを蹴ってローゼに頭突きをしてきた。
(視界が戻るのが速い!)
もろに頭突きを受け額から血が流れる。衝撃の反動で上を向いた状態になっているローゼの顔面に、かかと落としを決めてきた。
鼻と口の両方から血が溢れる。
構わず着地したマテューの脚を踏みつけ、靴型のくるぶし辺りの宝玉に指一本で銃に換え足の甲を撃ち抜く。
骨を折ろうと膝を逆方向へ銃で殴るよう追撃するがマテューはローゼの足を払い距離をとった。
「なかなか、やるね。折られるかと思ったよ」
「嘘つけ。これっぽっちも思っちゃいないくせに」
ぜぇぜぇと肩が上下に動くほど呼吸が乱れ始める二人。
短期決戦で決めたがっていたように思えたマテューはあまり体力がないのかもしれない。チャンスだと感じた。
「コルネリア! どでかいの一発頼むぜ!!」
マテューはコルネリアがいるはずの場所を睨む。
コルネリアは気絶したまま詠唱している様子もない。
しまった! と思った時にはもう遅い。
グローブ型に換装したローゼが
「ひっかかってくれてありがとよっ!!!」
マテューの顔を力一杯殴る! よろけ、後ろへ転びコンテナに派手にぶつかるマテュー。ローゼの方へ顔を向けたかと思うと、
「くふふっ……」
最後にそう気味の悪い笑いを残し気絶した。
バッグからワイヤーを取り出しがんじがらめに縛った。
これで動けるなら諦めるしかない。
コルネリアに万が一でも攻撃を当てていないか心配になりつつも近づく。特に外傷はないように見えた。
「コルネリア、コルネリア」
頬をぺちっと叩きながら声をかけるが「ううん……」と唸るだけで起きない。
「仕方ねーな」
手で乱暴に顔の血を拭うと、コルネリアを担ぎ上への階段を目指した。