第25話 罠
コンテナがいくつも乱雑に積まれている。
前の時は運良く誘拐犯の姿がすぐ発見できたが、中々にアンダーマインの姿も上へと続く階段も見つからない。
迷路になっているのではないかと感じる。
フェリクスのことを考えると焦りが出るが、確実に事を成す為に努めて冷静でいるようにした。そうすることがフェリクスを救う最善手になると考えた。
幾分か歩くもアンダーマインとはまだ遭遇しない。
あまりに不自然な状況に今の状況を疑わずにいられない。
この迷路は勝手に出来たものではなく、
人為的に作られたものではないか?
敵がどこかで待ち受けているのではないか?
声を潜めローゼは話しかけた。
「おかしい。何でこんなに複雑な迷路みたいな構造になってるんだ? このコンテナなんか不自然だろ」
こつっと拳をコンテナに軽くぶつける。
ローゼの仕草を見たあと、コンテナを見上げながらコルネリアは言う。
「うん、何だか前から用意されていたみたいだね。私たちを焦らせるつもりなのかも」
「まぁ、その手には乗らないけど。こう進めないと体力ばかり削れるな」
今進んできた道にもまた、ローゼ達の目の前にコンテナが積み重なり、道を阻んでいた。
上から全体を見ることが出来れば時間はかからないだろうが、背中に羽根でもない限り無理な話だ。
ローゼの滑空装備は地上から飛び立つことは出来ない。
コルネリアの聖霊召還なら可能かもしれないが、魔力を使い過ぎてしまう。
普段のローゼならコンテナを次々にぶっ飛ばし活路を開くところだが、今回に限っては――対アロイス戦などに体力をできるだけ温存しておきたい――強行手段に出られずにいる。
もう一つコンテナを吹っ飛ばせない理由に、なるべくなら気配を殺しておきたいという打算的な気持ちがあった。
建物に入ったのはバレているだろうが、出来るだけ音をたてず、可能なら奇襲に出たかった。
わずかでも勝算を上げる為。かつアロイスと戦うことも考えて。
アロイスは手強いはずだと、ローゼは確信している。
行き先がまた行き止まりだったローゼ達は、仕方なく来た道を途中まで引き返すことにした。
ここに来るまでにあった、コンテナが積まれて出来た十字路まで戻るつもりだった。
まだ行っていないルートを試す為に。
ところがそれが敵の作戦に上手くハマっていたらしかった。
十字路には一人の端整な顔立ち、スラッとしたスタイルに張りつくような真っ白なスーツ姿の――胸ポケットには何故か一輪の赤いバラ――男が不敵に立っていた。
「戻って来ると思って待っていたよ」
切れ長の目を細め男はにこやかに笑う。
ローゼ達の行動はこの男に予測されていたことになる。
口より先に敵だと判断し蹴りにかかるローゼ。
華麗に避ける男。
「危ないじゃないか。僕が怪我でもしたらどうするつもりなんだい」
「アロイスの手下か何かなんだろ!?」
コルネリアは何も言わないが油断なく男を見据えている。いつでも攻撃出来るように宝玉に手をかざすのも忘れず。
「ただ雇われているだけさ。そんなことより君がアロイスが言っていたローゼって女の子だね?」
男はコンテナにもたれ足を軽く交差させ、胸ポケットのバラを持ち嗅ぐようなポーズを決めている。
「そうだけど、それがどうした!」
「そう、君がね。アロイスの趣味も悪くないね。ちなみに僕のことはマテューって呼んでくれて構わないから」
言うなりマテューはウィンクをした。
ローゼにはマテューの言動の意味がわからずにいた。
だがいつの間にか話に引き込まれ、ペースを乱され、攻撃の手を止めさせられていた。
コルネリアに「こいつは手強いかもしれない」と、合図を送ろうと振り返る為に体を捻らせると――コルネリアからの雷の魔法攻撃が来る!
無条件反射で体をそらし何とか避ける。が、前髪を焦がすローゼ。
「コルネリア! 危ねぇじゃねーかっ」
そういっても指を二本の形にしたまま攻撃を止めず、ローゼの心に呼びかけることもしてこないコルネリア。
続けざまに今度は氷系の相手の動きを封じる魔法を、マテューではなくローゼ目掛けて仕掛けてきた。
「ちょっ! コルネリア、一体どうしたんだよ!?」
寸前で避けたローゼが叫ぶ。
はははとさわやかな笑いが倉庫に場違いに響く。
何がおかしい! と、なおも続くコルネリアの攻撃を避けながら、マテューを睨み付ける。
「そう怖い顔したら可愛い顔が台無しだよ? まぁ僕には劣るけどね」
返事代わりにコルネリアの攻撃が止んだ瞬間、再度マテューに蹴りかかるが、軽く避けられる。
「お前! コルネリアに何かしたのか!?」
「ちょっと暗示をかけて君を攻撃するように操ってるだけだよ。自分の手は傷つけたくないからね。僕ってスマートでしょ」
十字路に戻って来てマテューに出会ってからの僅かな時間で、コルネリアに暗示をかけたらしい。ひょっとしたら倉庫内に入ってからのコンテナの迷路が暗示に作用していたのかもしれない。
やはり只者ではない。
なぜコルネリアを選んだのかはさておき、このままでは八方塞がりだ。
コルネリアの攻撃を避けながらだとマテューに攻撃を当てることが出来ない。一対一でもぎりぎりかもしれないのだから。
だからといってマテューに専念するとコルネリアの攻撃を受ける。
それにあの状態のコルネリアを放って置くわけにもいかない。
「困ったねぇ。あのお嬢さんは君のお仲間だろうし、攻撃なんて無理だよね」
「アタシがコルネリアを攻撃なんて出来るわけ……」
千の名前を持つアインタウゼントを元の短剣に戻し腰にしまった。観念したのかと、ふふんと思惑通りになるのが楽しくて仕方がなさそうなマテューの笑顔。
「――ないわけないじゃないか! あははっ!」
コルネリアが別の魔法を詠唱中なのをいいことに腹に拳を入れた。
ぐふっと苦しそうな声を漏らすコルネリア。
それでも気丈に詠唱を続ける。
最初は切々に、徐々に調子を戻し無難な詠唱。
「なっ! 君は優しさというものがないのか! 仲間じゃないのかっ」
目の前で仲間のコルネリアを躊躇いなく殴りつけるローゼに、目を見張り笑顔が崩れるマテュー。
作戦の軌道に戻すべく、あれやこれやとローゼの心に訴えかける。
「ごちゃごちゃうるさいなぁ……。あんたはビルダーには向いてないな。臨機応変に対応出来なきゃパーティなんて組めないぜ?」
マテューがローゼの言葉に侮辱されたと思い声を荒げる。
「どういうことだ!?」
にやりと笑いながらコルネリアの魔法攻撃をかわし、カウンターで軽い蹴りを左脇腹に決めた。
苦しそうな呻きを出し、それでも倒れることなくコルネリアは立ち続ける。
コルネリアの体力ではあまり直接的な攻撃を受け続けられないはずだ。
なのに攻撃を受けても戦いを続けさせるぐらい、マテューから受けた暗示は強いらしい。
「昔はアタシらは仲なんか良くなくて、しょっちゅうこういう喧嘩をしてたんだよっ」
突進してくるコルネリアの肩に手をつき、飛び越えコルネリアの背後に着地、首に手刀を決め気絶させた。
(コルネリア、痛い思いさせてごめんな。でもあんな野郎に操られてるなんてコルネリアもイヤだろ?)
倒れたコルネリアをコンテナにもたれさせるように寝かせると、
「さて、次はマテューだっけ? あんたの番だな」
指を鳴らしながら近づき、腰にしまっていたアインタウゼントを抜き出し、指二本で宝玉に触れ靴型装備に換装。
「ちょっ、ちょっと待って……」
「待たない」
脚を大きく振り上げ――水平に――マテューの横っ面に蹴りが思いきり入る。
マテューがローゼの行動に戸惑っていたからか、今回は避けられずに済んだ。
攻撃は綺麗に決まり、頬骨を蹴りつけた鈍い音が倉庫内に静かに響く、だが大して効いていないようだ。