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第3話 腕相撲勝負


 まだ見えぬ場所から歓声が聞こえる。


 熱がここまで伝わってきそうな男達の熱狂する声。


 路地を抜けると開けた場所があり、中央には一際目立つがっしりとした木のテーブルが一つ、離れた周りにもいくつか簡素なテーブルがあったがそちらは観客席のようだった。


 結構な賑わいをみせている。

 観客席は満員御礼だった。


 ここまで来るとコルネリアにもローゼの魂胆がわかった。


 いつもなら必死になって止めるのだが今日はリクエストの疲れと空腹感でそんな気力のでないコルネリアだった。


「アタシも腕相撲参加して良いか?」


 口ひげを生やしたひょろっとした人物に気軽に話しかける。

 タキシード姿が大道芸人を彷彿させる。


 今回開かれているささやかな大会はローゼの知らない人物ばかりだった。

 きっとこの間までいた人たちは別の場所へと流れていったのだろう。


 特に気にせず参加できるかどうかだけを争点とした。


「そんな細腕のお嬢ちゃんがかぁ~?」

「やめとけやめとけ」

「折られるだけだぞ」


 酒を飲んで良い具合に出来上がった観客達はヤジを飛ばすがローゼ達には慣れっこだった。


 この年齢、この性別でビルダーをやっているとこういった口撃を浴びることは多い。

 わかっていて飛び込んだのだから最初から聞き流すつもりでいた。


 主催者らしい口ひげにもう一度聞く。


「アタシも参加する。掛け金は二万ティア」

「そんなに言うなら止めないし、稼げるからこっちとしては良いけど、怪我しても責任はとれないよ」

「了解~♪」


 腕をパキパキ鳴らしヤル気満々のローゼ。


 するりとコルネリアのコネクトをつかみ取ると金銭のやり取りのできる送受信端末にチャリン♪ とかざした。


 コネクトはビルダー専用機ではあるが他の携帯型端末などとも互換性があり、一般人もコネクトを専用機でなければ所持できる。


 コルネリアが「あ」と声を漏らすがもう遅い。

 やっぱりパスワードは必要だよと思うが声には出さない。


 対して対戦相手の男性は、短く刈り上げた銀髪に冷気を感じさせる視線で次なる対戦者を見定めたまま微動だにしない。


 テーブルを挟んで正面に立つローゼは、ビルダーの経験で目の前の男を判断しにかかる。


 ローゼの二倍はあるような筋肉質な体格、ミリタリースタイルの服の上からでもわかるほどに盛り上がる胸板。腕もかなり太く相当な腕力を蓄えていそうだ。

 かなりの修羅場を潜り抜けてきたことで身につけたのでは、と思わせる雰囲気を漂わせている。


 ローゼ相手でも遠慮することなどなさそうだ。

 戦う相手としてローゼの好みのタイプだった。


 屈強な熊を彷彿とさせる男を見ていると、勝負相手を間違えたかと思う。が、自分が勝つと信じて男の正面に座り対峙する。


 コルネリアは願うように目を瞑ってそして見届ける為に開いた。

 どうか怪我だけはしませんようにと。


 擦り切れ傷んだグローブを外し、コルネリアに投げると腕をすっと出し肘を立て構えた。少女のものにしては逞しい腕。

 怯えは一切ない。


 男も同じく腕を立てローゼの手を握った。

 心臓が一瞬高鳴る。


 すっぽりと隠れてしまう手。

 お互い敵手の顔を見ているはずなのに、男はどこか遠くに思考を飛ばしているような気がした。


 タイミングを見計らった口ひげが腕を高らかに挙げ、素早く下ろし宣言した。


「レディーファイッ!」


 途端ぎしぎしとテーブルが軋む。

 思わず腰を上げ、羽織っていたジャケットが落ちる。

 腕だけじゃなく目にも力がこもる。

 本気の顔。

 全力を出そうと歯を食いしばる。力の差。圧倒されそうになる。


 どんな表情をしているのか気になり、ちらと顔を見る。

 驚くほど気力のない目。双眸に輝きはない。

 勝つことに意味を見いだしているようには見えない、濁った銀色の目に吸い込まれそうになる。


 やっぱりアタシは弱いんじゃないかと。そう思った瞬間。


 ダンッ!!


 勝敗が決まった音がした。


 勝ったのはローゼ。

 まさかとざわめく観戦者と主催者兼レフェリー。


 大柄な男は立ち上がると、掛け金を返せと近づいてきた男達をがっしりとした腕で無情に払い、孤独を好むように去っていく。


 対照的にローゼはコルネリアと他の男達に群がられていた。


 俺はあんたに賭けてたんだよ、まさかねぇ! なんていって寄ってくる酔っぱらいもいた。


 嘘か本当かどうでもよかった。目で去っていく男の姿を追う。


「お嬢ちゃんやるなぁ!」

「さっきは悪かったよ」


 掌を返すとはこういうことなのだろう。

 観戦者達に阻まれ、男の姿を見失った。


 主催者はローゼに「あんたは大したもんだよ」といいながら賞金の額を入力する。

 無言で賞金をコネクトで受けとると他の人達には目もくれず、「コルネリア行くよ」と早足で歩きだす。


 試合が終わってから黙ったままのローゼを――怒っているまたは試合後で疲れていると考えるのは主催者達だけで――コルネリアは怪我でもしたのではないかと心配だった。


 ローゼは路地の更に奥へ奥へと、人気のない場所へと足を運んでいく。


 盛り上がっていた場の空気を壊さないよう、二人きりになってから切りだそうと考えていたコルネリアは、もういいだろうと言葉にした。


「ロージィ、もしかして怪我とかしてない?」

「…………」


 まだ無言のローゼ。が、突然歩みを止めると


「ぐああああっっ!!」と叫んだ。


 やっぱり怪我をしていて我慢していたんだ、と思うコルネリアの予想とは違うことを続けて吠えた。


「むっかつく! あいつ途中で力抜いてアタシを勝たせやがった!! 手加減されたっ! くそっ」

「て、手加減?」

「そうだよ、あいつ自分の力をセーブしてた。途中でアタシが弱いと目で言ってた! 次に会ったら絶対本気出させてやる!」

「ロージィ……」

「ん?」


 ガツンとローゼの頭に鉄拳制裁が落ちた。


「痛っ。何す」

「心配かけてまたあんなことして! 私凄く心配してたのにロージィのバカっ!」


 目を潤ませながらも強いトーンで叱った。コルネリアの逆鱗に触れてしまったローゼは、しまったという顔を一瞬見せたものの、いつものようにつくろった。


 素直に謝ればコルネリアは大体のことは許してくれることを長年の付き合いから知っていた。あともう一つ機嫌を回復させる手段があるということも。


「あー……悪かったよ。ごめん。でもさ、賞金で魔法買えるぜ?」

「謝ったらいつでも許すと思ったら大間違……え? 魔法? 買えるの!?」


 ほらコネクト出せよ、と賞金の半額、十万ティアをコルネリアに渡す。


 コルネリアはかなりの魔法マニア。

 知らない魔法があれば飛び付くし、役に立つ立たないに関わらず手に入れたがる。

 その度にローゼに披露する楽しそうなコルネリアを見るのがローゼは好きだった。


 どうしてどんな魔法でも欲しがるのか理由を聞こうとしたことがあったが「教えな~い」と笑顔でかわされて以来聞いていない。

 ローゼは未だに魔法マニアである所以を知らない。


「じゃあいつものとこ行こうよっ」


 すっかり機嫌が治ってしまったコルネリア。今にも歌い出しそうだ。

 興奮状態のコルネリアについていけないローゼは今度は逆になだめる側になった。


「きょ、今日は遅いから早く帰って、明日朝一で買いに行こうぜ」


 ぽんっと両肩に手を置いた。「うん」と満面の笑みのコルネリア。

 無邪気で警戒心のない無垢な子猫のよう。


 ローゼがほっと胸を撫で下ろそうとしたその時「でも今日みたいな危険なことはダメだからね」と、ご機嫌な声とは様変わりした低く鋭い声で念を押された。

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