番外編 第6話 少年の過去と誘拐事件 2
おじいさんは口を開くことなく、フェリクスの腕を掴むとエレベーターに乗るようにくいっと顔を動かした。戸惑いはあったものの抵抗する気持ちは湧かず、されるがままにエレベーターに乗った。
するとおじいさんは懐のポケットから鍵を取り出し、パネルの下にある鍵穴に挿した。確かリビルドでの仕事でこういった鍵を加工したことがあったなと思い出す。実際に使用されるところを見たことはなく、使ったこともなかったが。
階数表示を教えてくれるものは有りもせず、どこまで上るのか下るのかフェリクスには見当もつかない。おじいさんは終始無言。でも居心地の悪さを感じることはなかった。
チンと音が鳴ると扉が開いた。真っ赤な絨毯と大きな窓がまず目に飛び込んできた。一見しただけで年代物だろうと想像がつくソファや調度品が部屋の広さと相まって現実感を失わせる。
「ほら、早くこちらへ来なさい」
「は、はい」
ソファに座るよう勧められ座ると、対面に位置するものだと思っていたフェリクス。ところがおじいさんはフェリクスの横に並んで腰かけた。所在なくしているとおじいさんが苦しそうに目元を押さえうずくまり始めたものだから、慌てて声をかける。
「え、あ、どうしたんですか? どこが具合でも――」
「うう、違うんじゃ、違うんじゃ……」
嗚咽を漏らすおじいさん。泣き続けるおじいさん相手におろおろするフェリクス。勝手に使うのは気になったけれど、温かいものを飲んだら落ちつくかもしれないと考えた。紅茶でも入れさせてもらおうと立ち上がりかけたところで腕を掴まれた。
「ど、どこへ行くんじゃ」
「何か温かい飲み物でもあったらいいかなと思ったのですが……、ご迷惑ですよね、すみません!」
とんでもないと首をオーバーに振るおじいさん。
「フェリクス、なんじゃよな?」
「はい」
「わしはヘルマンという」
「え? あ、あの……もしかしてヘルマングループの創始者様さんですか!?」
突拍子もない発言だとは思ったが、エレベーターの事やこの部屋の事を考えると、そうだとしか思えない。思ってもいなかった展開に変な口調になってしまった。フェリクスの言葉にそうだと消え入りそうな声で答えるヘルマン。
「今までずっとフェリクス、お前のことを捜していたんじゃ。捜させていた。ずっと会ってお前には謝りたかったんじゃ……」
何の話か飲み込めず、だからといって口を挟める雰囲気でもなく、黙ってヘルマンの話を聞いた。
「お前さんはわしのたった一人の孫、家族なのじゃ。お前から家族を奪ったのはわしといっても過言じゃないだろう」
言い終わるなりフェリクスを抱擁した。とても天下の偉人ヘルマンには見えない。一人の優しいおじいさんにしか見えない。ふと、まだ両親がいた頃に祖父の写真を一度だけ見せてもらったことを思い出す。多少違いはあるものの、その顔は目の前のおじいさんと同じものだった。
「お、じい、ちゃん……」
行き場をなくしていた腕をヘルマンの背中に回す。ヘルマンはびくりと体を恐がらせたが、フェリクスの気持ちが嬉しかったのか抱きしめている力を強くした。
しばしの時間が経つとヘルマンも落ち着きを取り戻し、いきなり強引に連れてきてすまなかったと謝った。
「手紙はわしがヌルのリビルドマスターに頼んで届けてもらったのじゃ。あまり詳しいことを書くことができず、本当に孫と再会できるのか、会社を立ち上げたときよりも心臓が高鳴った。人違いだったらわしは誘拐犯じゃったな」
ヘルマンの笑顔に同調するようにフェリクスの顔にも笑みが浮かぶ。
密会を選んだ理由。それは大企業グループの創始者ヘルマンに家族がいると知られれば、フェリクスを危険にさらしてしまうのではないかとの配慮だった。ヘルマンは一週間はずっとこのホテルのロビーで待ち続けるつもりだったという。仕事はすべて信頼できる部下達に任せてあると。ただちょっとばかし怒られたんじゃけどなと笑った。
その後、ヘルマンから手紙が届いた日はリビルドの仕事を変わってもらうなどどうにか時間を作り、アンファングのホテルへと足を運んだ。胸に空いた穴は少しずつ埋まっていっている。リビルドでも大きな仕事を任せられるようになってきていたし、ローゼとコルネリアという友達もできた。
ローゼは「その愛称は嫌なんだよ!」と中々呼ばせてくれないけど、本当はただ照れているだけで自分の愛称が好きなことを知っている。何よりローゼは破天荒で見てて飽きなかった。今日も「楽して儲けられるリクエストがないなんておかしいぜ!」なんてルドルフに食ってかかっていた。
コルネリアはローゼとは正反対でおしとやかに最初は見えた。穏やかな人は怒らせると怖いと聞くけど、まさか本当だとは思わなかった。ローゼを本気で怒るコルネリアを見た時に、フェリクスはコルネリアだけは怒らせないようにしようと密かに誓っていた。
二人とも元々コンビを組んでいたわけじゃないらしいけど、その辺りの話はあまり聞かせてくれない、主にコルネリアが。
二人にもヘルマンを紹介できたらいいなと想像しながらいつものルートで裏路地に入った時、後ろから多分、腕で首を絞められ……フェリクスは連れ去られた。
「情報屋の話が正しいならたんまり身代金を要求できるな」
「ああ、そうだな」
「こいつの身柄が大事なら! でもいいだろうし、孫の存在を世間に公表されたくなければ! でもいいな」
「どっちも要求すればいいんじゃね?」
「お! お前頭良いなー!」
覆面をした男達はあらかじめ用意していた車のトランクにフェリクスを詰め、当面のアジトとなる使われなくなった倉庫に向けて発車した。