第21話 暴かれる敵
裏路地で一息つくローゼ。珍しく肩で息をしている。
体力自慢のローゼがここまで体力を削られるところをみるのはいつ以来だろうとコルネリアは思うと同時に心が痛んだ。
「また無茶して……ロージィまで倒れちゃったらやだよ……」
泣きじゃくりながらローゼの傷を診るコルネリア。
そして治癒のためのしばらくの沈黙。
「アタシはコルネリアを残して死なないよ。そう約束した。コルネリアとの約束は破らない」
言葉で返せないコルネリアはローゼの心に訴える。
『でも……何度も武器に大金を使ったり、危ないことしたり、しないって約束しても破るよ?』
「そ、それはだな……」
ローゼがあわてふためくと楽しそうに笑顔になるコルネリアがいた。嘘でも良いから笑えば本当になると思った。
「っ痛! 笑うと痛いなぁ、あははは、痛っ」
「あんたたちよくこんなところで笑ってられるわねぇ」
この街、アンファングのリビルド特別室室長兼マスターのレナーテが何故かこんな人通りの少ない裏路地にいた。
「私がここにいるのが不思議? 特別室の窓からあなたたちが見えたから待ち伏せしてたのよ」
どう受け取ったらいいのかわからないレナーテの笑み――桜のような色の髪は頭の上で束ねられ、異国を思わせる艶美な装い――。
「で、でも私たち!」
コルネリアが言おうとしていることを理解しているかのように、優しく口を挟むレナーテ。
「……ローゼとネリアちゃんが依頼人をどうにかしちゃうとは思えなかったのよ。私は自分の目で見たものしか信じないのよ。知ってるでしょ?」
「レナーテさん……ありがとう、ございます」
と、神妙な顔でローゼ。
「まずはリビルドで傷を診ましょう。ローゼ怪我してるんでしょ」
ローゼに手を貸そうと近づいてくるレナーテを制して軽口を叩く。
「あーでも、コルネリアに止血してもらいましたし、大丈夫ですよ」
遠慮がちなローゼ。本当ならリビルドでちゃんとした治療を受けてもらいたいコルネリア。
お尋ね者になってしまった二人はリビルドに行くことを今はまだ避けたかった。
行きづらく感じていたこともあるが、何よりフェリクスに会うのが怖かった。フェリクスに何ていえばいい?
「居たぞ!」
おそらくあれはリビルドの人達だ。レナーテに続いてリビルドの人達にも見つかった。全力疾走したのに、全然逃げられてないじゃないかと拳を握りしめる。
「ちっ!」
ローゼとコルネリアはレナーテが何かを告げているにも関わらず、横をすり抜け走って逃げた。
脇腹を押さえながらのローゼ、まだコルネリアの治癒は完了していない。
止血のみだ。
靴型装備で疾走するかわりに攪乱させることにし、路地を右へ左へ走り、人が来なそうな場所へとどんどん逃げる。
もう大丈夫だろうと腰を下ろしたかったがそうはいかなかった。
ローゼ達の目の前に今一番会うことを躊躇う人物がいたからだ。
思わずどちらともなく名前を呟いていた。
「フェリクス……」
フェリクスはいつもの姿、いつもの笑顔でそこにいた。
「ロージィ、コルネリア、そんな怖い顔しないで。たまたま僕はここにいただけで追いかけて来たわけじゃないよ、二人の味方だよ」
「でも、フェリクス――」
「あのさ、ずっと感謝しているんだ」
思いもよらない言葉で返され、二人して言葉を飲んだ。
「昔、二人に助けてもらったことで、僕にも大事な家族が増えたから」
「家族って……ヘルマンさんの……ことだね」
言い辛そうに答えるコルネリア。
泣きそうになるのを必死で堪えている表情、気づけばコルネリアはローゼの手を握っていた。
「そう。あの時、二人に助けってもらった時、僕が無事だと知って嬉しそうな顔をしてくれたおじいちゃんの顔が僕には忘れられないんだ。大企業の創始者だから……リビルドのみんなの目を盗んでこっそりとしか会えなかったけど、嬉しかったんだ。それだけじゃないロージィとコルネリアが――」
「でもアタシは守れなかった……!!」
コルネリアと繋いでいない方の手に力がこもる。
「……おじいちゃんを盾にしたっていうのは嘘だよね?」
「それは違う! ヘルマンさんとコルネリアが銃を仮面の奴に向けられたけど、アタシが間に合わなくて、コルネリアがヘルマンさんの盾になったけどヘルマンさんが……ヘルマンさんが!」
「ヘルマンさんが私を助けてくれたの。だけど私はヘルマンさんを助けられなかった……」
パニック半分に話すローゼをどうにかフォローするコルネリア。
伝わることを祈るしかない……。
フェリクスは終始笑顔のまま首を横に振った。
「ううん、ありがとう。アロイスさんが言ってたことより二人を信じたことは間違ってなかった」
とても誇らしげな顔だった、そんなフェリクスに水を差すような一言がローゼから漏れる。
「え、アロイスって……どういうことだ?」
突然アロイスの名前が上がり、違った意味で苦い気持ちになるローゼ。勘違いをされ犯人だと思われてしまったままだからというのも大きい。
リビルドでそういったことを聞いてしまったのだから仕方がないのだが、一緒に仕事をする以上ある程度は信頼していたのだった。
それがアロイスはそうではなかったらしいのだからコルネリアも似たような気持ちを抱いたことだろう。
「アロイスさんはロージィ……ローゼ達がアンダーマイン達から身を守るために、おじいちゃんを盾にしたってリビルドで言ってた。でも僕は違うって信じて――」
「おかしい」
フェリクスの話を遮りそういい切るローゼ。
「え?」
「いや、フェリクスがおかしいって言いたいんじゃない。そうじゃない、アロイスの話がおかしい。まだ何がかは理解できてないけど、それじゃおかしいんだ」
話についていけないコルネリアとフェリクス。
コルネリアはローゼに確認するように説明をした。
「だってローゼ、私たちアンダーマインに襲われたし、仮面の敵ともやりあったよ? 事実とは違うけど、そう勘違いされてもおかしくないんじゃないかな」
首を大きくふるローゼ、まだおかしいおかしいと呟き続けている。
そこでフェリクスがある提案をする。
「ねぇ、良ければその時のことを詳しく教えてよ」
「……うん、いいよ」
悩み続けるローゼの代わりにコルネリアは説明を始めた。
「あの時、ヘルマンさんから話があるってロビーで待ち合わせて、鍵を使わなければ動かないエレベーターに乗って、リビルドの特別室をもっと豪華にしたような感じの部屋に案内してもらったの」
ゆっくりとフェリクスが飲み込めるように話しているつもりのコルネリアだが、いつもより気持ちが落ち着かないままで、上手く言葉に出来ないもどかしさが見てとれそうだった。
「多分、僕がおじいちゃんに会ったのもその部屋だ」
嫌味ではなくローゼ達も同じ部屋に呼ばれたことがフェリクスは嬉しくてそう答えた。立場もあり、あまり人を寄せ付けないヘルマンが心を許したということなのだから。
「そうだったんだ……。その時はヘルマンさんの話をローゼと二人で聞いて、そうフェリクスのこと嬉しそうに話してた。大事な家族だって。……話の途中に窓からアンダーマインが数匹入ってきて、エレベーターの前には仮面をした兵士のような人が居て逃げ道がなくて……」
「ローゼとコルネリアはおじいちゃんを守ろうとしてくれたんだと僕は思う。ありがとう。あとはローゼから聞いた通りかな?」
「うん……」
やはり目の前で依頼人を、いや、フェリクスの家族を守れなかった傷は小さくない。コルネリアは真っ直ぐな笑顔を向けてくれるフェリクスを直視できなかった。
「やっぱり変だ」
「まだ言ってるの?」
懐疑的なコルネリア。
ローゼが続ける言葉は自信に満ちたものだった。強い口調で続けた。
「コルネリア、何でアタシ達は窓から飛び降りてまで逃げたんだ?」
「それはガードの人たちに疑われちゃったから……」
「何で疑われた?」
コルネリアなら解るだろと言っているようにもとれる言い方をするローゼ。
「その場に私たちしかいなくて、アンダーマインも仮面の敵も居なくなっていたから……あ」
「どういうこと?」
フェリクスがローゼの話についていけず、――でも重要な何かを聞かされている気がしたのか――思わず質問する。
「アンダーマインも仮面の敵も居なくなっていたから、自動的にアタシ達がガードから犯人扱いされることになったんだ。つまりアンダーマインが居たことは信じてもらえなかった」
「そうだよ、だったらなんでアロイスさんは私たちがアンダーマインと戦ってたなんて、盾にしたなんて言えたの……?」
「あともう一つ確認したい。フェリクス、どうしてヌルじゃなくアンファングのリビルドに居たんだ?」
「それは……、アロイスさんに呼ばれたんだ。ローゼ達が危ないって」
「決まりだな」
にやっと音がしそうな顔で――自身を勇気づける為にも――笑った。
「決まりって?」
「仮面の敵はアロイスだ」